第四話 降る御柱 後編
後方の部隊と合流をはたすと、すぐに武器弾薬の補給を行う。
爆発物は極力使用しないようにと言われているのにグレネードなんかもあった。
分隊長からは単独での戦闘は感心しない、と少々咎められたが、命令に背いたわけでもなんでもなく、寧ろ命令通りに、接近してきた目標を撃破したに過ぎない。
命令に背いていたわけではないことが、分隊長としては扱いに困るポイントだったらしく、溜息を吐かれてその話は終わった。
弾薬等の補給を終えた後は命令があるまで現地で待機、敵が接近してきた際は迎撃せよとのこと。
離れたところに、おおよそ人の住めそうにないものが佇んでいる。
それぞれの高さがばらばらなのは、落ちてきたときの勢いによるもなのだろう。
僕はトラックを背にして、人や物の往来の眺めながら無線に耳を傾けていた。
「一本の目標が、まさか、四本に増えるとはな。目標をより効率的に破壊する手段はないのか」
「現在のところ、そのような情報はありません」
「弾着観測ができたところで作戦エリアは市街地だ。砲兵、ましてや空爆なんか要請できない。もっとも、目標付近は瓦礫の山らしいが」
皮肉交じりの溜息が聞こえてくる。
上の人たちもなかなかてこずっているようだ。
「目標は、落下時のエネルギーで地表へ損害を与え、出現させた生命体によって部隊への攻撃を図る、運動エネルギー弾と揚陸艇合わせたような兵器のようです」
「神の杖、か。いや、侵略者の杖、だな。効率的な破壊方法がわからないのであれば、やはり今はタンクに任せるしかないのか」
「先の戦闘で使用されたのは対物ライフルではないので、そちらを使えば狙撃班だけで破壊できる可能性があります」
「タンクですら破壊に時間がかかった事を考えれば、そう簡単に破壊できるとは思えんな」
物資の補給は出来たというのに、作戦の方に進展はまるでないようだ。
目標一帯は瓦礫の山だとわかっているのだから、とかげを砲兵に任せ、遠距離から戦車砲と対物ライフルで地道に削っていってもいいと思う。
市街地へ砲撃することが対外的によろしくないのだろうけど。
「優依、ちょっと頼みが」
「頼み? 何?」
「今回はそっちの話が流されてるけど、いつもそうとは限らない。だから」
「情報を流せって?」
嫌だと言いたそうな溜息が聞こえてくる。
「ごめん、でも……、うん」
間をあけて返ってきた返事はそんな曖昧なものだった。
辛そうな、申し訳ないというような、そんな声で、向こうにも事情があると感じさせる。
「僕の方こそごめん、無理ならいい」
分隊の下へ戻ろうと歩いていた時、優依とは違う無線が入る。
「戦線司令部より本部へ。こちらで立案された作戦があります」
それはついさっき現場に置かれた司令部からだった。
「どういうものだ、目標を破壊できるのか」
声色だけですぐに上の人が興味を示したのがわかった。
「それはまだわかりません。内容は三部隊に分かれ、それぞれ目標を攻撃する、というものです」
「ほう、それで。分ける、戦力を分散するという事は何か秘策があるのか。それとも増援が必要か」
「秘策というほどではありませんが、戦車で目標上部への攻撃を試みます」
「目標上部? まさか、弱点を見つけたのか」
藁にも縋る思いなのか、適当にも思える作戦だというのに、本部の食いつきはなかなかのようだ。
「明確に弱点と判明したわけではありませんが、目標下部が地表との衝突に耐えうる強度を持っているのであれば破壊は難しく、衝突が考慮されていないであろう上部はその分だけ破壊が容易になっているであろう、ということです」
上部とは緑の水晶部分だろう。
確かに、目標下部は白い金属のようなもので出来ているのに対し、上部の水晶部分は中で機械が動いていると認識出来るくらいに透明で、材質が違う事は明らかだ。
もっとも、下部の金属部分が霞んでしまうくらいに強度がある可能性もあるけれど。
侵略者の杖とは見たのか見てないのかよく言ったもので、緑の宝石で装飾された白い杖のようにも見える。
「そうだな、よろしい、それでいこう。念のために攻撃ヘリ部隊を送る。破壊できなかった場合は接近する敵を排除しつつ直ちに後退し、残りは攻撃ヘリ部隊に任せよ」
「了解」
作戦が承認されると隊員たちの行動が途端に忙しなくなった。
右から左へ、左から右へ、それぞれが自分たちの指揮官の下へ迅速に集う。
「歩兵諸君、今回の作戦において君たちは予備戦力などではない。弾を持て、銃を構えろ。とかげ似の怪物に鉛弾をぶち込んでやれ。異星の害虫どもを一匹残らず叩き潰せ。戦車部隊諸君、敵さんの落とし物を、一基残らずぶっ壊せ。落とし物は全部ぶっ壊してやると、思い知らせてやれ」
誰が言っているのかわからないが、ヘッドセットからそんな演説が流れてくる。
戦線司令部にいる誰かだろうけれど、これで失敗すれば目も当てられない。なんて愉快な人なんだろうか。
彼の事はいいとして、今回の作戦は、五台の戦車と多数の歩兵をそれっぽく振り分けたような部隊を三部隊作り、三箇所の杖を攻撃、付近のとかげを撃破し、残った一本を三部隊で撃滅する。
杖の耐久性が不明という点に目を瞑れば問題ないように思える作戦だ。
分隊の乗った車両はクリケット1についていき、正面の目標へと向かう。
壊れなかったらどうしよう、という不安がないわけではない。
ただ、その時はその時で、死なずに優依の下へ変えれればまさに、恩倖これに過ぎたるはないというたものだ。
目標地点で車両が停止すると銃を構え、とかげに警戒しながら戦車を中心に展開する。
とかげの集団はは目と鼻の先だ。攻撃前に襲われてもおかしくない。
他の隊よりも早く到達するという事は、その分だけ他の隊を待たなければならないし、察知され、先制攻撃される可能性も高くなるだろう。
処理が容易でも、弾が切れればこちらの負けだ。
それに加えて、こちらの処理能力を超える量のとかげを生み出せるのなら、他の部隊を待っているなんて悠長なことは言っていられなくなる。
平静を装うが、内心では早くしてくれ、そう何度も唱えていた。
同じことを思っている奴はいるだろうし、聞こえていないだけで口にしている奴もいるかもしれない。
「スカウトよりクリケット1へ。目標Aに動きあり、気付かれた模様」
「了解、歩兵部隊、カバーしろ。クリケット1より司令部へ、攻撃を開始する」
「許可できない、指示があるまで接近する敵の排除に努めよ」
「……、了解」
ビルを乗り越え、道路を疾駆するとかげが視界に入る。
中には、銃声と同時に緑色の体液をまき散らして倒れこむ奴もいた。
「優依。僕は、君のそばに、戻るから」
攻撃命令が先か、弾切れが先か。どちらにせよ、仲間を盾にしてでも僕は生き残る。
回り込もうとしているとかげがいないかと警戒し、接近する影があれば、仲間と共に引き金を引く。
とかげが次々と奥の方から這い寄ってきて、じわりじわりと近づかれていることに焦りだしているものもいたが、僕は、その程度で焦っている余裕なんかなかった。
優依の声が聞こえない。その事実だけが僕の中で重く示されて、強い不安感を煽る。
うん、とか、そうだね、なんて、軽くあしらってくれるだけでもいい。ただ、声が聞きたい。見捨てられたくない。
「喰われた、佐藤が、佐藤が喰われた」
叫び声に似た無線が入る。
「グレネード」
注意を促す短い無線の直後、左翼側から爆発音が聞こえてきた。
「だめだ、助け――」
言葉がノイズに変わり、やがて途絶える。
銃声に混ざって悲痛な声も聞こえてくる。
飛び散った赤い液体を、緑色をしたとかげの体液が洗う。
今まで気付かなかっただけか、それとも、不安感から耳がそういう声ばかりを拾っているのか。
僕の方へと真っ赤な大口が近づいてくる。僕はこれをどうすればいいんだろう。
撃てばいい、その判断は間違いなく遅れていた。
僕ではない誰かがそいつを仕留め、僕は生きている。
「けいくん、けいくん大丈夫?」
ああ、助かったみたいだ。
不安感が除かれて、かかっていた靄が吹き払われるよう鮮明に変わっていく。
「大丈夫、僕は、生きて帰るから」
「ごめんね、遅れて」
「いいよべつに、僕はまだ生きてるから」
人間を喰らおうと、大口を開けながら走るとかげに彼岸への手土産として鉛弾を贈る。
無線を聞き逃しただけなのか、今度は右翼側から爆発音が響く。
「撤退出来ないのかよ」
「タンクに近づかせるな、道を開けろ」
「弾が尽きそうだ、助けてくれ」
「広尾分隊長も喰われた、代わりの指揮官は」
無線が今の状況をわかりやすく示しているのだろう。
分隊として纏まっているつもりだったのに、死骸に分断されたのか気付けば班になっていた。
「こちらクリケット2、目標地点に到達」
「もうすぐポイントCにも部隊が到着します。それと、ポイントAへの増援が検討されてるみたいだけど」
検討されているだけで来るわけではない、と。
「優依、攻撃ヘリ部隊はどうなってる?」
「作戦エリアに急行中、でも、もう少し時間がかかるの」
空いた弾倉は原則回収することになっているが、投げ捨てたくもなる。
「こちら戦線司令部、クリケット1、攻撃可能か」
「攻撃は可能だ。しかし、歩兵部隊が消耗している。増援を求む」
「了解した、増援を送る。クリケット1、クリケット2、攻撃を開始せよ」
死骸を押しのけるように戦車が前進しながら砲塔を旋回させる。
「目標は静止している。全車、外すな」
その無線が終わると同時に前を行く戦車、クリケット1が砲撃を行う。
「目標への効果を確認、攻撃を続行する」
銃声に隠れて重い音が響いてくる。
「こちらクリケット2、目標の破壊に成功、目標の破壊に成功。上部透明部は弱点の模様」
空が橙色に変わり、体の内側までも揺らすような振動が鼓膜を揺らす。
「クリケット1、目標の破壊に成功」
戦況は優勢のようだが生憎と僕たち歩兵は、人員も減り、弾も底をつきそうだ。
「先行部隊、到着した。直ちに戦闘を開始する」
「クリケット4目標地点に到達、攻撃を開始する」
増援が来たので彼らに任せてしまいたいが、とかげたちはそんな僕の気分などお構いなしにやってくる。
「優依、ようやく落ち着きそうだよ」
「それはいいんだけど、でも、気を抜いて死んだりしないでね」
ヘッドセットの向こうから苦笑いのような声が聞こえる。
なんということはなくても、それが嬉しくて口元が綻んでしまう。
「優依の側にいたいから、死ぬつもりは――」
「こちらクリケット4、目標破壊」
吉報なうえに、戦場で、雑談していた僕らの方が悪いのはわかっているが、水を差されたのが少しだけ不満だ。
「了解、そのまま合流ポイントへ……、いや、攻撃ヘリ部隊が到着した。地上部隊は撤退し、接近する敵を排除せよ」
ローターの音を響かせながら頭の上をすぎていった。
「パイソン3、味方に接近する生命体を掃討する」
「パイソン1了解、すぐに終わらせろ」
鉛の雨粒が、群れていたとかげを瞬く間に引き裂き、粉砕していく。
群れからはぐれて這い回るとかげも上空から執拗に機関銃で追われ、その数を減らす。
「地上部隊、後は俺たちに任せろ」
「こちら地上部隊、救援感謝する」
「戦線司令部よりパイソン1、目標上部、透明な部分を狙え。地上部隊の報告ではそこが弱点のようだ」
「パイソン1了解した。攻撃を開始する。パイソン2、地上の敵を優先せよ」
撤退命令は既に出ている。
いつの間にか壊れかけていた車両に乗り込むとき、一瞬だけ振り返った。
上空を飛ぶヘリの位置だけでも、敵の位置がわかるような気がした。向かおうとは思わないけれど。