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少年と少女と侵略者と  作者: プレイヤー1
知性との遭遇
3/8

第二話 円盤

 先の市街地戦を切り抜け、僕は生きて基地へ戻ることが出来た。

 市街地を占領していた敵部隊と増援部隊の殲滅は果たせたが、こちらの消耗も小さくなく、僕自身、英雄たちがいなければ死んでいたかもしれない。


 装備を脱ぎ捨て、国際平和安定機構軍実践部門の制服へと着替え、休憩所で待つという彼女のもとへ急ぐ。

 彼女は僕専属のオペレーターをやってくれている。軍が僕一人なんかのわがままを聞いてくれたのだ。

 何故、そんなわがままを聞き入れたのか、今でも不思議に思う。


 休憩所に着くと、他の隊員たちに混ざって彼女の姿があった。

 僕の存在を認めた途端、小走りで詰め寄ってくる彼女が件のオペレーター、三上優依だ。

 優依とは長い付き合いというわけではなく、初めて会ったのは基地のイベントがあった日、敵性生命体が初めて降下して来た日だ。


「けい君、私の呼びかけにまったく答えなかったよね。納得できる理由を聞かせてくれるかな?」


 僕を見つめて、いや、睨んで凄んでくるが、微塵も怖いと思えない。

 睨まれているように感じないというのもあるが、問題は声だ。凄んでいるつもりだろうけれど、透き通ったような、甘く可愛い声で言われたところで、いじめたくはなっても、畏怖し、はいすいませんと言う気にはあまりなれない。


「けい君、聞いてるかな。絶対聞いてるよね。答えてくれるかな」

「優依の声を聞いていたかったからだよ」


 それが本心だと分かっているからだろうか、呆れた、そういわんばかりに優依は溜息を吐く。

 僕にとっては怒った顔も呆れた表情も可愛らしく感じ、思い切り抱きしめる。

 優依の体温を、匂いを、柔らかさを間近で感じ、胸が高鳴り興奮してしまう。


 今なら敵性生命体の五体や十体くらい容易に狩れそうだ。

 仕事終わりのビールが至福というのは全く理解できなかったが、大好きな彼女を抱きしめている今ならわかる気がする。

 ああ、このまま部屋に連れ込んで、キスをして、一晩中抱きしめていたい。


「けい君のために、仕事しないといけないから離してほしいんだけど」


 どれくらいの時間が経っていたのかは分からないが、僕のためにと強調されては、惜しくとも離さないわけにはいかなかった。


「それじゃあ、またあとでね」


 そう言い残すと、走り去っていく。

 改造された制服と相まって、その姿はどう見てもコスプレ少女にしか見えなかった。

 他の隊員がいても僕らはこんな調子だ。最近では日常となりつつあるのか、見られることも少なくなってきている。


 自動販売機にゆっくりと歩み寄り、スポーツドリンクを購入する。

 正直なところ、非戦闘中に於いて僕の知らないところで優依が仕事をしていると思うと気が気でない。

 いや、仕事をしていることが問題なのではなく、下心を持っている奴がいるかと思うと、上官だろうと撃ち殺したくなる。


 そんな奴がいたらと思うと手に力が入り、飲みかけのペットボトルが音を立てて潰れる。

 今と比べるなら、戦場にいる時の方がずっと精神状態はまともだ。

 なにも僕は戦争を求めているわけではない。純粋に優依の側にいたいだけだ。優依の声を聞いていたいだけだ。優依の体温を感じていたいだけだ。優依の目にうつっていたいいたいだけだ。


 もうこの場所にいる意味も無くなったので、寮にある自室へと戻る。

 ここへ来るときはそんなことは無かったのに、今は疲労からか足が重い。




 翌日、昼になっても出動命令は出ず、優依と昼食を共にしていた。

 僕の目の前にいて笑ってくれている。それだけで安心できた。


「今日は、ううん、いつもこんなだといいのにね」

「優依の側にいられるなら、声が聞けるなら、僕はなんでも構わない」

「私は、やだよ。いっぱい人が死ぬから」


 そう言ってじゃがいもとにんじんだけのカレーを頬張る。


「それはそうと、けい君。ちゃんと応答してね。答えてくれないと私の方が仕事にならないし、声が聞きたいって言うなら話しかけてあげるから、ね?」

「ああ、うん、わかった」


 カレーをかき混ぜながら適当に答えた。


「絶対、わかってないよね」

「さあ、それはその時になってから、という事で」


 呆れたような顔でカレーを口へと運ぶ。

 昼食後も出動しろなんて招集もなく、比較的穏やかな時間が流れていた。


 取れる時に休息をとる。それはこの組織における常識なのか、訓練に勤しむ者もいたが、大半は昼寝をしたりゲームをしたりとなかなか自由で、僕もまた、前日の疲労と食後の満腹感から睡魔に襲われ、優依に膝枕をしてもらい休んでいた。


 それでは優依が休めないと分かっていたが甘えたかったのだ。

 実のところ、そのまま押し倒して唇を奪いたかったが、周りの目があること、何より、頭を撫でてもらっていたので、身勝手な行動は控えていた。


 今日は出動することもなく優依といられるといいな、なんて思っていても現実は非情で、住民の支援に当たっていた自衛隊が円盤の攻撃を受け、援護に向かえと指令が出た。




 作戦開始地点に到着する前から爆発音は度々聞こえてきていた。


「現在、民間人を守りながらも自衛隊は善戦していますが敵数が多く、消耗戦になった場合全滅は避けられません。敵援軍も確認されておらず、敵円盤の殲滅が達成された時点で勝利です」


 ヘッドセットから戦場に不釣り合いな声が聞こえてくる。


「了解」

「私ちゃんといるから、応答はしてね」

「はいはい。僕の名前呼んでくれるならね」


 はあと、息を吐く音が聞こえた。溜息でも着いたのだろう。

 呆れよりずっと優しいものだ。

 僕らは分隊長に連れられ、建物の合間や細い路地を進んでいく。

 近づくにつれて叫び声に似たものや銃声、爆発音が大きくなる。


「狙撃部隊、配置に着きました」

「了解、各隊が目標地点に到達次第攻撃を開始せよ」


 そんな会話がヘッドセットから聞こえてきた。

 目標としていたビルへと到達すると、分隊長が停止のサインを出す。


「こちら第三分隊、目標地点へ到達」

「こちら第一分隊、まもなく目標地点へ到達します」

「第四分隊、目標地点に到達」


 僕のいる第三分隊の通信から始まり、第一、第四分隊の通信が入るが、第二分隊は遅れているのか通信が入らない。


「こちら第二分隊、敵に気付かれこれより交戦します」

「仕方がない、各隊戦闘を開始せよ」


 司令部より攻撃開始の指示がなされ、分隊長の合図でビル陰から飛び出し、戦闘中の自衛隊へ向かって移動する。

 耳に届く爆発音がいきなり増え、一機、また一機と円盤が落ちてゆくのが見えた。


 狙撃部隊の活躍が見て取れる。僕たち前衛はいらないのではと思うほどだ。

 後ろへ回られたとしても撃たれることがないというこの安心感、それはまさに狙撃部隊のおかげと言うものだ。


 眼前に迫る敵を撃ち落とし、撃滅する。実に簡単な仕事だった。

 前方は自衛隊が、後方は狙撃部隊が敵を殲滅し、左右には味方が展開している。


 後は可能な限り多くの民間人とやらを救出すれば仕事が終わる。うまくいけば、完全に日が没するまでには基地に帰ることが出来、今日が終わるまで優依と過ごせる。


 数が減り、不利な状況になったとしても撤退するというプログラムは組み込まれていないのか、円盤は逃げも隠れもせずにふらふらと漂いながら攻撃してくる。

 どことなく哀れな気もするが、破壊しなければ殺されるので、躊躇うことなく僕は引き金を引く。




「目標の全滅を確認しました。戦闘部隊は帰投してください。後続の支援部門が自衛隊と協力し民間人の避難誘導を行います。お疲れ様でした」


 狙撃手が円盤に対して有効だというのは欧米からの情報らしい。

 今の戦闘においても、その見事な活躍ぶりから間違いないのだろう。


「そうだね、疲れたから帰ったとき褒めてくれてもいいよ」


 冗談のように言ってやると、向こうから小さく笑う声が聞こえる。


「それと、耳元で愛の言葉を囁いてくれてもいいよ」

「ばか」


 照れているのか笑っているのか、やけに可愛らしい悪口が飛んできた。


「もう一回言ってくれないか」

「ええ」


 ひいているのか困惑しているのか、そんな声が耳に届く。


「ば、ばか。これでいい?」

「いいよ、可愛い」


 溜息を吐くのが聞こえる。呆れているのだと流石に分かるが、少なくとも、今の僕にはそれすらも愛らしく思えた。

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