第一話 始まり
その日はいつものように何もない平凡な一日だった。
ミリタリーオタクの友人に誘われ、その場のノリで国際平和安定機構軍基地のイベントに参加することになった。
間近で戦車や戦闘機が見られる等と半ば興奮気味に彼が言うものだから、少し見てみたいななんて気になったのだ。
そうしてやってきたイベント当日、案の定友人は興奮気味だった。
その時は僕――村田京一もよくわからないながらに楽しんでいた。盛り上がっている友人に感化されたのだろう。
基地内を見ていると、どこからか若々しくて優しく、可愛げがあって綺麗で、色があって純粋な声が聞こえてきたので、思わず辺りを見回して声の主を探してしまった。
声の主はスタッフの制服を着てはいるが、軍人には到底見えない、僕と同じ学生にしか見えない華奢な女性だった。
友人にどうしたのかと聞かれたので、彼女も軍人なのかと訊ねた。
最初広報官だろうと友人は言ったが、すぐに首を横に振って、バイトスタッフだと結論付ける。
僕はこのときはじめて「惹かれる」という言葉を知りった。
初恋の相手は一目惚れした相手で、今日が終われば見かけるようなことすら無くなるような相手だった。
楽しむ友人とは反対に、無慈悲だななんて思い、憂いていた。
しかし、友人の為にも憂いてばかりはいられず忘れようと、意識を出来るだけ遠ざけようとした。
昼には中空に響く轟音は鳴りを潜めたが、却って人の声は騒音になり得るということを明確にする。
有象無象の発する奇声なんかではなく、彼女の声が聴きたかっただけというのがあった。
適当に空いた場所を見つけ、来る前にコンビニで買ったおにぎりとパンを食べる。
その時彼は悪いな、楽しんでるかといったような僕を気にかける言葉を言ったいたが、全くもってその通りだ。
イベントは楽しい。友人と騒ぐのも嫌いではない。しかしまさか、自分が実ることのない恋をしてしまうなんて思わなかった。
何か事件でも起きて、彼女と一緒にいられないだろうか。
僕は、そんなことを思った。思ってしまった。
突然、今までとは何か違うざわめきが起き始め、イベントを中止するとアナウンスが流れだす。
何があったのかよくわからないまま、ごみを袋の中に詰め込んでいると、滑走路の方に輸送機のようなものが降り立ってくるのが見えた。
ミリタリーオタクである友人も見たこともないというそれからは、白い装甲を纏った巨人が降下を開始した。
彼らは手に持った武器をこちらに構え、攻撃してきた。
平和呆けしたこの国の人民が逃げ惑うところへ彼らの攻撃が着弾し、真っ赤な液体が飛び散る。
攻撃してくるとなれば軍も黙ってはおらず、降下してくる飛行物体三機へミサイルを撃ち込んで撃墜し、敵の装甲が堅固だと言っても軍の方が数は多く、次々に赤紫色の液体をまき散らして動かなくなっていった。
戦闘に参加していた人たちが勝鬨を上げるのも束の間、三十、四十程の円盤がゆらゆらと不規則に動きながら降下してきた。
航空機も離陸し、ミサイルで、銃弾で落としていくが、増援のように円盤が降下してきて、最終的にその数は五十を超えているように感じた。
円盤の下部には武器が搭載され、兵器を優先的に攻撃しているようだった。そうして先程こちらがしたことをやり返され、ミサイルも航空機も落とされてしまう。
邪魔者は排除できたと言わんばかりに八機の飛行物体が旋回しながら降りてきた。
生きているミサイルで撃墜を試みるものの二機落とすのが限界のようで、飛行物体から巨人が降下してくる。
数こそ少ないが、二発も受ければ倒れてしまううえに、民間人を庇いながら戦う隊員と、堅固な装甲を纏う敵では個々の戦力差に開きがあり、明らかに劣勢だった。
半分くらいまで敵の数を減らしたころにさらに一機の飛行物体が降下してきて、白い装甲の上に更に、黒くてより金属のような質感の鎧を纏った敵が降り立った。
その姿は、剣と魔法の世界で魔王軍の幹部か、闇に飲まれ狂戦士と化した味方が剣の代わりに重火器を持っている様な雰囲気だった。
その鎧は凄まじい強度があるのか、銃弾を弾き返し、戦車の攻撃を受けても怯み、倒れはすれど鎧には殆ど損傷は認められなかった。
彼らの持つ重火器の破壊力も高く、次々に軍の戦車を破壊していく。
戦車隊が離れたところで重装備の敵を引き付けている間に、先に降下した敵部隊は更に数を減らし、赤く染まった道に動かなくなった人の身体が無数に横たわっていた。
隠れている場所からは少し距離があり、どんな人が倒れているか正確には分からなかった。ただ、彼女が生きていることを願うしかなかった。
顔を出している時間が長すぎたのか敵に見つかってしまい、見つかったと叫んで友人の背中を叩き、コンクリートの弾ける音やガラスの割れる音に追われるように駆け出した。
友人には悪いことをしたのかもしれない。それでも、そのくらい気になって仕方なかったのだ。
走っている時、僕たちと同じように物陰に隠れている人たちがいた。
その人たちを見た時、悪魔のような考えが脳裏をよぎった。
僕たちが生き残る方法、彼らは他人なのだ。
思いついてしまうと口元が歪まないように堪えなければならなくなった。この妙な動悸は走っているからではなかった。
屋外に出ると、今までいた場所よりも暑く感じた。アスファルトの張られた道のせいだろう。
それだけではなく、生臭い赤錆のような臭いが充満し、決して気分が良いものではなかった。
戦車の往来を可能にするためか、基地内の道幅は異様に広く、敵の目を避けて別の建物に逃げ込むためには、暑くても隙を伺わなればならなかった。
しかし、幸か不幸かここは既に戦場と化しているため、隙が出来るのは案外早かった。
こちらを警戒していた敵は挟撃に会い、あっさりと殺されたからだ。
僕らはすぐに隣の建物へ逃げ込もうとしたが、人が多いことに気付いて、その建物に沿うように移動して次の建物へ向かった。
離れたところから銃声や爆発音が聞こえてくるが、今いるあたりからは全く聞こえてこなかった。
そのことから、重装備の奴が残っているだけで、軽装備の奴は残ってないのではと思った。
突然日の光が遮られ、地面に真っ黒な影が出来上がる。
見上げると、飛行物体が基地の外の方へと向かっていった。
それから間もなく、銃と人の声が耳に入って来るようになった。
偶然居合わせた人や逃げていった人たちを追撃し、殲滅しているのだろう。
基地内で戦闘していたため、護衛に人を割くことが出来なかったのだろう。聞こえてくる銃声は敵の物ばかりだった。
遅れて隊員が駆けつけ応戦を始めたようだが、降下したのが重装兵ならおそらく全滅するだろう。
そんなことを思いながら逃げ込んだ先の建物で心臓が飛び出そうになった。
そこでみたのは今にも壊れそうな笑顔で他人を励ます彼女の姿だった。
他人の心が折れてしまわないように元気づけようとしているのだろう。
その顔が、その表情が、僕の中から何かを引きずり出し、意図せずして口角が上がる。
何と言えばいいのか、何と形容すればいいのか。そう、激しくそそられるそういうものだった。
この戦場に於いてそれは不謹慎なことかもしれない。かもしれないが、そう感じてしまったのだから仕方がなかった。
数が多かったのか重装兵だったのか、銃声が少しずつ近づいてきていた。
銃なんて興味もなければエアガンすら持ったこともない。それでも無意識のうちに戦うことを選んでいた。
なにもそれで英雄と称されたかったわけではなかった。彼女へのアピールといった意図があっただろうし、彼女へのあてつけだったのかもしれない。
反転し、ゆっくりと建物からでると、赤く染まった軍服を着て横たわる隊員からライフルを回収した。
僕を追って来た友人に止められたが、先にお前を殺すと銃を突きつけると、随分とあっさり引き下がった。
危機的状況下にある為か、直感的にこうやって撃つのだろうと分かっていた。
隊員たちと戦闘しながらゆっくりと迫ってくる敵を、物陰に隠れて待ち構える。
僕は死ぬつもりなんかない。だから先に相手を殺す。それだけの事だった。
目の前に現れた敵の数は三体だったが、見えないだけであと二体はいるようだった。
隊員たちが敵一体を撃破した直後、もう一体が傷を負って僕の目の前に逃げ込んできた。
改めて目の前にすると、その体格と殺されるかもしれないという恐怖からすくみそうになった。
僕の存在に気付くのが遅れた相手よりも早く構えることが出来、引き金を引いた。
想像より反動は小さかったが精度は良いとは言えず、入っていた弾を全て撃ちきってしまった。
それが僕の初めての戦闘経験だった。
すぐに建物内に逃げ込み、中を通って移動する。
弾が無くなれば攻撃できない。なら、弾を持っている死体を探せばいいのだ。
リロードの方法は友人に聞くか、そうでなければ弾の入っている銃を調達すればいい。
弾倉を回収し、全力で友人のもとへ駆け込んだ。
持った時は想像通りか少し軽いくらいに思っていたライフルも、走り回って体力を消費すれば重く感じるようになっていった。
心配してくれているのか、あまり乗り気ではなかったようだったが教えてもらうことは出来た。
先の戦場へ戻ると、敵の数が減ったためか戦線が大きく変化しているようなことはなかく、敵もよく身を隠すようになっていた。
僕は敵の視界に入らないように身を潜め、隙が出来るのを待っていた。
気付かれてはいないものの、常に構えられているので手を出すのを躊躇っていた。
だが、僕が囮になるという手もあった。
火力や命中精度でいうなら、間違いなく素人の僕なんかより正規で統率のとれた隊員たちの方が上のはずだ。
銃床を肩に当てて狙いをつけるが、やはり引き金を引くことは躊躇ってしまった。
目を閉じて彼女の顔を、声を思い起こした。
僕は死ねない。だから奴を殺すのだ。
やがて基地での戦いに決着がついた後、僕のことに気付いていた隊員に怒られると同時に多少、称賛もされた。
それが僕の初めての戦場で、初めての戦果だった。