2:神からの指令
城の場所を少し変えました。
徐々に光が差し込んでくる。
なんだ?もう朝か?
「……き……ろ……」
ん?誰の声だ?聞き覚えが無い。
「お……ろ!……おき……!」
随分と幼い声だな。近所の子か?いや、俺の知り合いにちびっ子はいない。
「起きろ!起きろって!おい!」
どうやら、誰か俺を起こしてくれているらしい。
まだ寝ていたいが、目を覚ますとしますか。
体を起こし、辺りを見渡す。
……え?……森?
どうして森の中に?思い出せ、俺。
確か、自宅アパートに向かって歩いていて……あ、車に轢かれたんだった。
もしかして、天国か?
「お前!起きたんなら我の呼びかけに応えぬか!」
声がした方に向くと、見た目は13か14歳位の青色の髪の美少女が立っていた。
誰だこの子?
「……天使?」
「違うわ!神だよ!神!お前を生き返らせた神!」
……神?
中二病か?
「えーっと、神様?俺は今どういう状況なんだ?」
「よくぞ聞いてくれた!お前はな!元の世界で死んだんだよ!」
……死んだ?あ、やっぱりここ天国なんだ。
「それを我が蘇らせたって訳だ。ま、別の世界でだがな」
蘇らせた?別の世界?
あ、そういう事ね。これ夢だ。
そういえば、俺を轢いた人達が救急車を呼ぶとか言ってたから、きっと今の俺の状態は意識不明の重体で生と死を彷徨っているとかそんな感じか。
だからこんな意味不明な夢を見ているのか。
いや、夢にしては鮮明すぎるな。
「ふっふっふ。お前は今、これは夢だ、とでも思っているだろう。そう思ってくれても構わないが、その夢は一生覚めないと思うぞ?」
一生覚めない……
ま、寝ればわかることか。
「まぁ、とりあえずだ。早速本題に入ろう。今日からお前は魔王としてこの世界で生きてもらう」
「……は?魔王?」
「そうだ。お前の世界では空想上の存在だろうが、この世界では勇者や魔王、魔法や魔物が存在する。そういう世界で、お前には魔王になってもらうと言っているのだ」
「すまん。もう設定についていけない」
ちょっと中二病こじらせすぎじゃないか?
「設定だと?そうか。お前の国の言葉だと、百聞は一見に如かず、だったかな」
そう言うと、少女は近くの木に向かって何かを言い始めた。
「『バーストカノン』」
少女がそう呟くと、少女の手から漆黒の光が生み出され、破壊光線のごとく木々を消し飛ばしていった。破壊光線が撃たれた場所は爆発し、大きな穴が出来た。
「どうだ?これで信じる気になったか?」
「……え……」
目の前で起きた光景に絶句していると、はぁ……とため息を吐く少女。
「まだか。……あとは……あ、お前も撃てるぞ。今の。適当な場所に手を向けて、『バーストカノン』と言ってみろ」
よくわからないまま、言われた通りにする。
「……バーストカノン?」
すると、俺の手から漆黒の光が輝きだし、少女の時と同じように破壊光線が撃たれた。
「うおっ!?」
びっくりした!?反動で尻もちをついてしまった。
破壊光線が出た自分の手の平を見る。特に異常は見られなかった。
「どうだ?信じる気になったか?」
「いや、もう頭がついていけなくなってきている」
「あーもう!めんどくさいな!もう夢でも嘘でも何でもいいから魔王として働け!」
「は、はい!」
怖い!なんか急に変なオーラ纏い始めた!?
「とりあえず、まずは拠点だ。主にダンジョンだな。冒険者共を誘い込んでぶっ殺す所を作ろう。ほら念じてみろ」
……もういいや。深く考えるのはやめて、気楽にやっていこう。
丁度、会社疲れを癒したいと思っていた頃だ。息抜きにでも楽しんでやるか。
とりあえず、アニメやゲーム、物語に登場する魔王をイメージしてみよう。そこから何かわかるかもしれない。
「……魔王の拠点か……魔王城とか?」
ヨーロッパにありそうな尖った屋根が多い城を思い浮かべると、森の奥に巨大な城が出てきた。
「え!?」
「おー!結構立派だな。よし。あの城が今日から我らの拠点だ」
全体を眺めた後、少女はさっさと城の方に行ってしまった。
急いで俺も後を追う。
しばらく森の中を進むと、美しい野原に佇む禍々しい城の前にやって来る。
少女と共に城の中へと入ると、巨大な分厚い鉄の扉を開けた中には何もない、空っぽの空間があった。
「……まぁ、中身は後で作っていけばいいか。とりあえずは合格だ」
「……そりゃどうも」
一頻り城の中を見渡した後、さて、と少女が話し始める。
「拠点も出来たことだし、自己紹介といこうか。我が名は!……名は……無いな。まあいい。名前も後回しだ。先程も言ったが、我は神だ。そして、とある目的の為に、お前には最強の魔王になってもらいたい」
「……最強の……魔王?」
「そうだ。実は今、神の間で勇者召喚や魔王召喚が流行ってるんだ。そこで、我は全ての召喚者の頂点に立ちたい!」
そう言うと、少女は真上を指さし、格好良くポーズを決めた。
……神様達は何をやっているんだ……
「……色々と突っ込みたいことはあるが……要は、その流行の勇者召喚や魔王召喚で一番になって目立ちたいって事か?」
「そーゆーことだ!物わかりの良い魔王で助かるね」
なんて単純な理由なんだ。暇潰しと一緒じゃないか。
轢かれた所を生き返らせてくれたからありがたいけどさ……まぁ、まだこの状況が現実と確定したわけじゃないから、本当に生き返らせてくれたかは不明だが。
「さあ、次はお前の自己紹介の番だ」
俺か。特に紹介する内容は無いんだがな。
「俺は甲賀朝陽。部長がクソうるさいとこで働いてる新人社畜サラリーマンだよ」
「社畜?なんだそれは?」
あー。神様って社畜を知らないのね。
暇潰しに勇者召喚とかやってるもんな。働くことを知らないだろうな、きっと。
「会社に飼いならされて、家畜の如く扱われる労働者の事だよ」
「……ホントかそれ?そんなとこやめちまえばいいだろう?」
何度辞めたいと思ったことか!だが、それが出来ないから社畜になってしまった……情けない。
だって、俺みたいな人間を雇ってくれる会社なんてほとんど無いし。
「行く当てが無いんだよ」
「人間社会は厳しいんだな。神界ではそんなことないぞ」
「しんかい?」
「神の世界の事だ。一応、神も仕事があるんだぞ」
「え?神様って働いてんの?」
何の仕事をしてるんだ?生物の一生を決める仕事とか?
「嫌な言い方だな……働いてるぞ。新しい生命を生み出したり、企画したり、色々な。まぁ、ほとんどの奴がサボって遊んでるけど。ち・な・み・に、サボってるのをバレると神界から追い出されて、神の権限を剥奪される」
サボったら速攻クビかよ。いや、サボってる方が悪いんだろうけどさ……神様も楽じゃないんだな。
「あ、そうだ。我もサボってるんだった。上の神々にバレる前に、お前に色々と魔王の能力を与えないとな。ダンジョンを造る能力、配下の魔物を生み出す能力、これは能力ではないが、強大な魔力はお前にもう与えてある。他に欲しい能力はあるか?」
おっと、いきなり沢山の情報が来たぞ。
まず、ダンジョンを造る能力。この城を造った時に使用したものか。後で色々とこの城を改造してみよう。割と箱庭ゲームとか好きだから、造るのが楽しみだ。
配下の魔物を生み出す能力は、言葉通り、魔物を出すんだろうな。魔物ってゴブリンとかオークとか何だろうか?後で聞いてみよう。
そして、強大な魔力。あの破壊光線を撃つためのものか。他には何か使えないのだろうか?これも後で詳しく聞こう。
……さて、後は欲しい能力か。
「その能力って、どの程度までなら貰えるんだ?」
「制限なんて無いぞ。ただ『この世の全てを下僕に出来る能力』とか『どんな攻撃も効かない無敵になれる』みたいな強すぎる能力は、与えられるけど無理だ。それだとつまらないし、世界を乱すような真似をすると上の神々に存在を消される」
そりゃどうだわな。それだったら最強になんてすぐになれる。
いや、もし出来たら他の魔王も同じことをするか。そしたら矛盾が起きるな。
強すぎない、世界を乱さないような能力か……
やっぱり魔王だから、簡単に殺されないように強い武器とか防具が欲しいよなー。いや、魔王なんだから、自分自身を強くするってのもありなのか。あ、でも、強大な魔力はあるんだよな……もうこの時点で強いのでは?
ぐぅ~
頭を使いすぎたからなのか、体が空腹を音で知らせてきた。
やべ。そういえば、会社から何も食べてなかったな。
あ、思いついた。
「自由に食料を出す能力とかは?」
魔王っぽくないが、腹が減っては戦が出来ぬ、だ。
空腹で勇者や冒険者に殺されたら堪ったものではない。
「食料だけか?お前が欲しいと思った物を出す能力でもいいんだぞ?まあ、強すぎたり、つまらない物は出ないようにするがな」
その手があったか。想像した物を全て出す能力。そっちの方が良いに決まってる。
だが、一つ気になることがある。強すぎがダメとは聞いたが、つまらない物って何だ?
考えるより、聞いてみた方が早いか。
「つまらない物って、どういう物の事だ?」
「そのまんまだ。そうだな……主に、我が気に入らない物は出ないようにする。我はな。最強を目指していると言ったが、単純に楽しみたいとも思っている。つまらないのに最強になったって、何も面白くないだろ?」
わからなくもないが。
この神様なりにこだわりがあるんだろうな。
「わかった。じゃあ、その欲しい物を自由に出す能力で」
「りょーかい!よっと!」
俺に手をかざし、光の粒子が俺を包み込んだ。
しばらくすると、光の粒子は消えた。これで、能力が発動できるのか?
試しに、好物の焼き鳥をイメージする。
すると、俺の手の中にホカホカの焼き鳥が出てきた。
一口。
……!?メッチャ美味しい……!!
予想以上だった。はっきり言って、こんなに美味しい焼き鳥を食べたのは初めてだった。
夢中になって食べていたためか、あっという間に無くなってしまった。
これは凄い能力だな。いつでもこの超美味い焼き鳥を食べれるなんて。魔王最高だわ。
「…………」
焼き鳥に夢中で気付かなかったが、神様がずっとこっちを見ていた。いや、焼き鳥があった串に目を向けていた。
もしかして食べたいのか?
焼き鳥を一本だし、神様に渡す。
「流石は我の見込んだ人間!いや、魔王だ!気が利くな!」
俺から焼き鳥をひったくると、夢中で焼き鳥を食べだした。
「……!?これが食というものなのか!?素晴らしい!こんな素晴らしいことは神界では味わえない!」
渡したばかりだが、すぐに食べ終わってしまった。
そして、勢いよく俺の方を向く。
「アサヒ!もう一本だ!いや、一本じゃ足りない!沢山だ!我が満足するまでだ!」
「えぇぇ……」
「いいから早く!」
面倒くさくなりそうだったので、椅子とテーブル、その上に皿と大量の焼き鳥を出した。
その瞬間。神様はものすごい勢いで焼き鳥にかぶりついた。
「……神様。ほどほどにしておいた方が……」
「別にいいだろう!それと、我はもう神ではないぞ」
「え?どういうことだ?」
もう神ではないって何?
俺の疑問に答えるように、神様は食べるのをやめて俺に説明を始める。
「お前に能力を与えた直後に、神界にバレたみたいだ。もう能力を与えることはできないし、神界に帰ることも出来ない。ま、神界に帰っても退屈だし、仕事も面倒くさいし別に構わないけどなー。というわけだから、神様と呼ばないでくれ。そうだな……アサヒ、アサヒ……ヒアサ……ヒサア……ヒサ……よし。今から我の事はヒサと呼べ!」
喋り終えると、神様……いや、ヒサはまた焼き鳥をほおばり始めた。