孤独だった犯人
翌日の放課後、欣司は誰よりも先に生徒会室の横の教室に来ていた。
千代と佐紀は友達と話していて時間までには行くと言っていて、残りの三人は掃除当番である。
四時半前で相田警部達もまだ来ていない。
誰もいない教室の中で、欣司は一人で考え事をしていた。
――あの人が犯人だなんて…。オレらの中に犯人がいるって疑っていたけど、ホンマにいたとはな。これじゃあ、あの事件と同じじゃね―か。
欣司は悔しい思いでいっぱいだった。
「小川君、もう来てたんだ」
瞳は教室に入るなり言った。
瞳の背後には良樹達もいる。
「あぁ…みんな一緒に来たんだな」
「うん。途中で刑事さんとも会ったんだ」
「みなさん、お集まりになりましたね」
相田警部は全員をいるのを確かめるように言った。
「小川君、事件の真相を話してくれ」
欣司は相田警部の催促に頷くと、何かを吹っ切ったように立ち上がり、みんなは前に立つと推理をし始めた。
「今回の事件は、野上だけを殺害するつもりだった。しかし、中田も殺害しないといけない理由も出来た。二人を殺害することで、あるキ―ワ―ドを関連させた」
「キ―ワ―ド…? なんだよ、それ?」
良樹が首を傾げる。
「そのキ―ワ―ドとは、“モデル”なんだ。犯人は生徒会室に宇治原を残すことで、自分は犯人から逃れた。当然、一人で生徒会室に残っていた宇治原にアリバイがないということで、警察に連れていられる。だけど、犯人にとって計算外のことが起こってしまった」
「計算外のこと…?」
瞳はわからない様子だ。
「あぁ…。それはオレが犯人は宇治原じゃなく別にいると証明したことと中田が犯人が誰だかわかってしまったことだ」
「それが中田さんを殺害した理由ってわけ?」
「そうだ。犯人はオレがいること自体が計算外だった。野上と中田は、前から生徒会室にほぼ毎日通ってたみたいだけど、オレら三人は野上が殺害された日、初めて生徒会室に来た。犯人にしてみれば、特にオレは予想外の人物だった」
何事もなく話す欣司の胸中は、殺人を犯した犯人を事前に止められなかったのか悔やむばかりだ。
「予想外だったとしても、なんで欣司を犯人にしなかったの?」
千代は欣司の言ってることがわからないようだ。
「目的はオレじゃなくて宇治原だったからだ」
「宇治原君に…?」
「どうしても宇治原を犯人に仕立てあげなければいけない理由があった。その理由は後で話すけど、オレが犯人にしなかったのはもう一つあったんだ」
欣司の言葉に、目を丸くする一同。
「もう一つの理由ってのはなんだ?」
「犯人はオレに犯人だということを当てて欲しかったんだと思うんだ」
「予想外の人物なのに、ですか?」
三宅刑事は千代よりも余計に欣司の言ってることがわからないでいる。
それもその通りだ。他人を犯人に仕立てあげているのに、自分が犯人だということを当てて欲しいと思っているのは、犯人以外誰も思わないからだ。
「そうだ。仮にオレの言ってることが間違っていたとしても、何かを理由があるはずだ」
「小川、犯人は誰なんだ?」
山川先生がしびれを切らしたように、犯人が誰だか聞いてきた。
「宇治原を犯人に仕立てあげ、野上と中田を殺害した犯人…そろは…石原良樹、お前だ!」
欣司が犯人の名前を言ったとたん、ざわめきが起こった。
「そんな…嘘でしょ? なんで石原が…?」
「そうよ。石原君が犯人なわけないじゃない」
「小川、いくらんでもオレが犯人なわけないじゃないか」
冗談はよせよという口調で言いながら、欣司を見る。
「まずは野上の事件からだ。生徒会役員と先に生徒会室を出たお前は、学校近くで全員と別れ、学校に戻った。五時半に仕事が終わる宇治原を待ち続け、宇治原が生徒会室を出て行ってから、職員室に電話をかけ、鍵を盗んだ」
欣司は推理をする。
「でも、山川先生と寺田先生が職員室から出て行かなかったらどうするんだよ?」
匠は聞く。
「だからわざと聞き取れなくしたんだ。生徒会室の単語だけ言ってな」
「二人が見回りに行かなかったら…?」
「それはオレにもわからない。石原は野上を呼び出し殺害した。そして、急いで職員室に鍵を戻した」
まどかの殺害方法を話すと、
「あの電話は石原本人がかけてきたものか。どこかで聞いた声だと思ってたんだ」
寺田先生は良樹のほうを見ながら言った。
「もし、二人が職員室に早く戻って来たら、石原自身が持って行くことにした。役員だし理由はなんでもごまかせるしな」
「千代が見た野上さんと言い争っていた相手っていうのは石原君なの?」
これは佐紀だ。
「そう。恐らく、ある理由で話したいことがあると言い断られたってところだ。撮影が終わり、もう一度話がしたいと生徒会室に呼び出した。話がまとまらずカッとなった。ある理由ってのは石原に話してもらう」
淡々と推理する欣司に対し、良樹は何も言わず口を閉ざしている。
「じゃあ、次に中田の事件だ。あの日、日曜で部活動の生徒だけがいた。しかし、午前中に竜巻が発生し、午後から生徒はいなかった。それを理由した中田のほうが、石原を呼び出し生徒会室で話をすることになった。殺害理由は野上を殺害したことがバレてしまい、中田を殺害した」
全員、奈津が良樹を呼び出したことや奈津が良樹が犯人だとわかっていたことが、信じられないという表情をした。
「中田さんは石原君が犯人だってこといつ気付いたの?」
瞳は声を震わせ欣司に聞いた。
「オレらと会った土曜日の帰りにはわかってたと思うぜ」
「ナイフを順手にしたのはなんでなの?」
「そうすることによって、自分は被害者だと警察にアピールするためだ。それに自分は二人に襲われたと思わせるためでもあるんだ」
一通りの推理を話終えた欣司は、良樹を見た。
「小川…証拠はあるのか?」
良樹は何かをこらえたような声で欣司に聞いた。
「証拠はあるぜ。お前が残した証拠がな!」
欣司の言葉に、ビクッとなる良樹。
「それはこれだよ」
まどかの事件の時のハンカチタオルとハイビスカスのストラップを差し出す欣司。
「この二つは、宇治原を犯人に仕立てあげるために自分で用意して、宇治原のロッカーに入れたんだ」
「ち、違う!! オレの物じゃない!!」
「いや、お前の物なんだ。調べたら指紋がちゃんと残ってるんだ」
「何言ってんだよ?! オレの物じゃないんだ!!」
「そうか…」
強く否定する良樹に、背を向けた欣司。
「小川君、どうしたんだ?」
相田警部の問いかけに、欣司は何も答えないままだ。
そして、学ランのポケットの中から一枚の写真を取り出し、みんなに見せた。
「それは…」
「そう。一ヶ月前まで石原と野上は付き合っていた。みんな知ってるだろ?」
欣司の問いかけに、警官以外は頷く。
「二人は“恋人”と呼び合える仲だった。反岡高校のカップルの中で、一番の仲の良さだった。ところが一ヶ月別れることになった」
「野上さんのモデルの仕事が忙しくなったからって聞いたけど…」
「それも別れた理由の一つだったけど、他にもあったんだ。そう宇治原を犯人にするために…」
「まさか…その理由って…」
山川先生はわかりきっていたが、その先は言えずにいた。
「山川先生もオレと同じ考えだと思うけど、野上は宇治原を好きになってしまったんだ」
再びざわめきが起こったが、一番驚いていたのは匠はだった。
「そうなのか? お前、そのことを知っててずっと黙ってたのか?」
匠は努めて冷静な口調で良樹に聞いた。
「…そうだよ…」
良樹は小さな声で呟いた。
「じゃあ、犯人は…」
「…あぁ…オレが犯人だ…」
ため息まじりで首を縦に振って認めた良樹。
「宇治原を好きになった野上は、石原と別れた。まだ野上が好きだった石原は…」
欣司の推理をさえぎるように、
「あの日、終礼後にまどかを呼び出し、“もう一度やり直してくれ”って伝えたら断られたんだ。生徒会室に来てくれとお願いした時、嫌だと言われたけど、なんとか来てもらえることになった。中田の場合は、小川の言った通りだ」
ゆっくりとした口調で話す良樹。
「もし、宇治原が最後に帰らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「宇治原に何か仕事をさせて残すつもりだった」
良樹の説明に、絶句してしまう匠。
「許せなかったんだ。こんな短い時間で人の気持ちが変わってしまうなんて…。人の気持ちなんてものは、簡単に変わってしまうものなのかって思ったさ」
良樹は目をうるわせて遠くを見つめている。
「そうよね。短い時間で人の気持ちが変わったら誰だって嫌なものだよ。だけどね、人を傷つけることだけは決してしちゃいけないんだよ。例え、自分にとって大切な人でも…」
佐紀は良樹に優しい眼差しを向けて言った。
「西岡…」
「佐紀の言う通りだ。野上から告げられたことは辛いことだけどちゃんと受け止めるべきだったんだ」
良樹の目をしっかりと見る欣司。
「一つ教えて欲しいことがあるんだ。なんでハイビスカスのストラップをロッカーの中に入れたんだ?」
欣司は最後までその意味がよくわからなかったんだ。
「噂で聞いたんだ。あの事件のことを…」
「あの事件って…?」
瞳は欣司を見る。
「春休みにサッカー部の合宿でハイビスカスの殺人事件が起こったんだ」
「あの事件は小川にとって思い出したくない事件だと聞いて、ハイビスカスの物を置いておけば、小川が事件から身を引いてくれると思ったんだ」
欣司の後に言った良樹は、悔しそうな表情をした。
「だけど、小川は身を引かなかった。石原の誤算だったな」
匠は静かに言った。
「そうだな。小川がいること自体、誤算だった」
良樹は頷くように言うと、匠のほうを振り向いた。
「宇治原、ごめん。この一ヶ月間、ずっとうらやましかったんだ。まどかに好かれている宇治原がうらやましくて…」
泣きながら謝る良樹。
「いいんだ。オレは大丈夫だし何も気にしてね―よ。お前は今まで頑張りすぎてただけなんだって。なっ?」
自分のことを叱りもせずに、優しく許してくれた匠に、自分が犯した過ちに深く反省する良樹。
そして、相田警部は手錠を取り出し、良樹にかけようとした。
「警部、待ってくれ。署に着くまで手錠はかけないでくれ。今はまだオレらの同級生だから…」
良樹を気遣う欣司。
「わかった。じゃあ、行くぞ」
二人の警官と共に教室を出て行く良樹。
少し歩くと、良樹は立ち止まり振り返った。
「小川、ありがとう。気が楽になった」
「…あぁ」
一瞬、キョトンとしていた欣司だったが、すぐに引き締まった表情になった。
――こうして、この事件は幕を閉じた。欣司達の胸に、苦い想いを残しながら…。