犯人の標的(タ―ゲット)
翌日の反岡高校は、いつもよりどんよりしていた。それもそのはずだ。モデルの野上まどかが、生徒会室で刺殺されていたからだ。生徒会室の前はたくさんの生徒で群がっていた。
「殺害されたのは、野上まどか。この生徒の三年で人気モデルです」
二十代後半になる爽やかな感じの三宅刑事が警察手帳を見ながら、隣にいる上司のでっぷりとお腹が出た相田警部に報告している。
この二人の警官は、欣司の父の知り合いで、欣司もよく知っているのだ。
「この状況だと犯人は相当な返り血を浴びているな」
相田警部はまどかが倒れていた周辺を見ながら言う。
「まどか!」
生徒会室に奈津の声が響いた。
「なんでまどかが殺されなきゃいけないの?! ねぇ、まどか、起きてよ!!」
奈津は警官の制止を振り切り、生徒会室へと入ってくる。
奈津の後ろには、欣司と佐紀と千代、生徒会のメンバーもいた。
「小川君達も来ていたのか」
「うん。野上はナイフでひとつきか」
欣司は奈津の倒れていた場所を見る。
「殺されたのがまどかなの? まどかは殺されるような子じゃないのに…」
大粒の涙を流し、奈津は相田警部に問いただす。
「まだそれはわからないんだ」
「早くまどかを殺害した犯人を見つけて下さい。そうじゃないと、まどかが浮かばれないもん」
必死にお願いする奈津。
そんな奈津に欣司達は胸を痛めた。
「とりあえず、小川君達七人は会議室に来て欲しいんだ。僕は山川先生と寺田先生を呼んでくる。三宅、小川君達と会議室に向かってくれ」
「ハイ!」
相田警部は三宅刑事の返事を聞くと、生徒会室を出て行った。
欣司達が会議室に来てから五分が経った。まだ相田警部は来ていない。誰も口を開こうとしない中、会議室のドアが静かに開いた。
「遅くなってすいませんな。先生方も座って下さい」
三宅刑事の隣に相田警部、良樹の隣に山川先生と寺田先生が座った。
「では、まず野上さんの行動をわかってる範囲で報告しますが、昨日の授業終了後、中田さんと雑誌の撮影をしていた。そうですよね? 中田さん?」
「はい。撮影が終わってから、一緒に帰るつもりだったんですけど、まどかに“先に帰って”と言われて、先に私一人で帰ったんです」
奈津は落ち着きを取り戻し、昨日の出来事をありのままに話した。
「撮影現場はどこで?」
「学校の中庭です」
「学校で撮影を行っていたんですか?」
三宅刑事は珍しそうな表情を奈津に向けた。
「私とまどかが学校で撮影してみたいって言ったんです。それで校長先生に許可をもらって、学校での撮影が実現したんです」
奈津は学校で撮影出来た事は嬉しく思うが、今となっては悲しい思い出になっている。
「そういうことだったんですか。撮影が終わった時刻は?」
「午後五時半です」
「その後に生徒会室に行ったというわけですね」
三宅刑事は警察手帳に書き込みながら言った。
「刑事さん、ちょっと待って下さい。昨日、野上は生徒会室には来てないですよ」
良樹が意見した。
二人の警官はえっという表情をする。
「じゃあ、なんで生徒会室を…?」
「生徒会が終わった後に、誰かが野上を呼び出したんだ」
欣司は腕を組んで言う。
「昨日、生徒会が終わった後に、鍵を取りに来た人物はいませんでしたか?」
相田警部は教師に聞くが、二人共首を横に振った。
「そうですか」
「そういえば、職員室に変な電話がかかってきたんじゃなかったかな?」
寺田先生が山川先生に同意を求めるように、相田警部に言った。
「ああ…変な電話ありましたよ」
「どんな内容でしたか?」
「それがよく聞き取れなかったんですよ。生徒会室がどうのこうのって言ってたんですけどね」
寺田先生はすまなそうに答えた。
「いいですよ。それでその後どうしましたか?」
「その電話がかかってきたのが午後六時前でした。その時、職員室には僕と寺田先生しかいなくて、念のため二人で校内を見回ったんです」
次に答えたのは山川先生だ。
「見回りはどれくらいで…?」
「三十分くらいです」
「犯行には十分な時間ですね」
三宅刑事は相田警部の耳元で言った。
それを見逃さなかった欣司は、
「警部、野上の犯行時刻って何時なんだよ?」
「午後六時から七時までの間なんだ」
「一時間の間ってことか。二人は生徒会室にも行ったのか?」
欣司は二人の教師のほうを見て聞いた。
「一番最後に行ったんだ。でも、鍵がかかっていて室内の電気も消えていたから、電話はイタズラかと思って職員室に戻ったんだ」
山川先生は欣司に向かって答える。
「生徒会室に来た三十分後には犯行を終えていた、そういうことになるってわけか」
相田警部は頷きながら呟く。
「そういえば! 私、野上さんが誰かと話してるとこ見たよ!」
突然、千代が声を思い出して上げた。
「いつなんだよ、それ?」
「昨日の掃除が終わった後よ。私、掃除当番でゴミ捨てに行くのに当たって、ゴミ捨て場の近くで。放課後、野上さんと中田さんが撮影だって知ってたから、スタッフの誰かと打ち合わせだと思ってたんだけど…」
千代は昨日のゴミ捨て場で見た光景が、どこか変だったことに気になりながらも答えた。
「どうしたんだよ? 何か気になる事でもあるのか?」
「なんか、その相手と言い争ってたっぽいんだよね」
「野上がスタッフと言い争うってことは、実際にあったのか?」
欣司は奈津に聞いてみる。
「ううん、そういうことはなかったよ」
「そっか。その相手って誰だかわかるか?」
次に千代に聞く。
「わかんない。校舎に隠れてたから…」
「そいつが犯人ってことか?」
「待ってくれ、警部。ホントにそいつが犯人なのか?」
「しかし、林田さんが言ってることは…」
相田警部の話してるのを遮り、
「ただ単にケンカかもしれない。犯人だという証拠がない。だけど、誰かが野上を殺害しようとしてたのは確かだ」
欣司は力強く言った。
「ところで生徒会っていつも何時に終わるんですか?」
三宅刑事は良樹達に聞く。
「大体、五時半から六時です。昨日は何も用がなかったので、いつもより早目の五時に終わりました」
代表で瞳が答える。
「授業が終わるのが三時半。終礼が終わって掃除がしてからでも、四時迄には生徒会室に来れます」
次に匠が警官に説明する。
「昨日は五時に終わったのに、なんで一時間も犯行を遅らせたんだ?」
相田警部は顔をしかめる。
――確かに警部の言う通りだ。何も一時間あけて犯行を遅らせる必要なんてない。野上を殺害するなんて、よっぽどじゃないと殺害しようなんて思わね―よ。
欣司はイスに深くもたれかかり思う。
「あの―…職員室に戻っていいですか? 臨時の職員会議があるもんで…」
山川先生が言いにくそうに申し出た。
「構いませんよ」
相田警部は承諾すると、二人の教師は会議室を出て行った。
「昨日、最後に生徒会室を出たのって誰だよ?」
「オレだよ。山川先生に学園祭の時にデジカメで撮った写真をパソコンの中に入れてくれって頼まれたんだ。みんなは五時に終わったんだけど、写真をパソコンに入れるのに時間がかかってオレ一人でやってたんだ。全て終わったのが、五時半くらいだったかな」
匠は時間を思い出すように答えた。
それと同時に相田警部は立ち上がると、匠のほうを見た。
「君は副会長の宇治原君だね?」
「はぁ…そうですけど…」
「少し話を聞きたいんだが…」
「話を聞くって…オレを疑ってるんですか?」
匠の胸中には、嫌な思いが駆け巡った。
「いやいや、参考程度にね」
「なんでオレが…?」
「今日はここまでだ。さぁ、続きは署でだ」
「オレは何もしてね―よ! 小川、なんとかしてくれよ!」
助けを求める匠に、欣司は頷いた。
「宇治原、大丈夫だ。オレらみんなお前のこと信じてるから…。絶対にお前の無実を証明してやるから…」
「小川、頼んだぜ」
その日の放課後、欣司達は欣司の教室の前に集まった。
「宇治原君が人殺しなんて出来ない。それなのに警察って何考えてるんだろ?」
瞳は怒りいっぱいで言った。
「確かに。宇治原は仕事をしてて、一人で生徒会室に残ってただけなのに…」
良樹も瞳に同感している。
「宇治原は犯人じゃね―よ。犯人は別にいる」
「やっぱり校内の人?」
「そうだ。こんなこと思いつくっていったら校内の人間しかいね―からな。それにさっき千代が言ってた野上が言い争ってた人物ってのも気になるしな」
欣司は考え事をしながら言う。
「早く宇治原君をなんとかして助けてあげなくちゃ。今は欣司しか助けられる人はいないんだから…」
千代は匠を心配しながら言う。
「そうだな。それにしても、警部はどういうつもりで宇治原を署まで連れていったんだ? ただ仕事してただけなのにな」
欣司は相田警部のやり方にカチンときていた。
いくら知り合いの警部だからといっても、自分の友人を巻き込むとは許せないでいる。
――今は何がなんでも宇治原が犯人じゃないと証明しないと…。このままじゃ、ホントに宇治原が犯人になってしまう。
「小川、これから生徒会室に行ってみようぜ。オレは宇治原が犯人だと思ってないし、早いとこ宇治原の無実を証明しないとダメだし、一人でも欠けてたら生徒会は成り立たないからな」
良樹は匠を信じる気持ちを欣司に伝えた。
「私も行くっ!」
佐紀は手を上げる。
「私だって! 宇治原君はまどかを殺したなんて思えない。だって…まどかは…」
奈津の目には、涙が溢れている。
「オレらが宇治原の事を信じてやらね―と何も始まらないもんな」
欣司はみんなの思いを引き受けた。
六人が生徒会室に来てから、三十分が過ぎようとしている。何の手掛かりもないまま、六人は諦めかけていた。
「これといって何もないね。このままじゃ、ホントに宇治原君が犯人になってしまう。早くなんとかしなくちゃ」
千代が焦る気持ちを出して言う。
「焦るな。大丈夫だって」
「決定的な何かがあればなぁ…」
欣司は頭をかきながら呟く。
「ロッカーって一人一人のロッカーがあるんだね」
佐紀はロッカーに貼られた名前のステッカーを見ながら言った。
「中に何入れてもいいんだよ」
瞳は佐紀の隣で、ロッカーを開けながら答える。
「小川君、これ…」
匠のロッカーの中から何かを見つけた瞳。
「どうした? 何か見つかったのか?」
そう言いながら、瞳に近付く欣司。
残りの五人も匠のロッカーの中を覗く。
「ケ―タイのストラップとハンカチタオルか…。これって宇治原の物か?」
欣司は良樹と瞳に聞く。
「ううん、宇治原の物じゃないけど…」
「じゃあ、犯人の物なの?」
「多分な。他人のロッカーに自分の私物なんて入れるわけないし、万が一、入ってたとしても宇治原が気付くはず。この二つを入れたのは、昨日、野上を殺害した後に入れたってことなんだ」
欣司はロッカーを背にして、五人に言った。
「それだったら早く警察に行こうぜ」
「待て、石原。これだけだと無理だ」
警察に行こうとする良樹を止め、欣司はどうしたらいいか考えていた。
「なんでだよ?」
「誰かの物を盗んで、自分のロッカーの中に入れたって言われるぜ」
「そうか…そうだよなぁ…」
良樹は頭を抱え、完全にお手上げ状態でいる。
――宇治原が犯人の標的(タ―ゲット)になっているのは確かだ。宇治原に恨みを持つ人間…そう、そいつこそが犯人だ。でも、なんで宇治原に恨みなんか持つんだ? それに野上を刺したナイフの刺され方って…。
欣司は今朝、生徒会室で見たまどかの刺され方に違和感を感じていた。
「警察に行くぜ!!」
急に欣司が言ったため、驚いた表情を見せた五人だったが、すぐに引き締まった表情になった。
ここは警察の会議室である。急いで警察にやって来た五人は、相田警部と三宅刑事を呼んでもらい、会議室に通されたのだ。
「警部、宇治原は犯人なんかじゃね―よ」
最初に口を開いたのは欣司だ。
「なぜそういうことが言えるんだ?」
「ケ―タイのストラップとハンカチタオルを見て欲しいんだ。この二つは宇治原の物なんかじゃない。そうだよな?」
欣司の問いかけに頷いた匠。
それを確認した欣司は、
「警部達からすると、宇治原が盗んだ物だと言うかもしれない。生徒会室の宇治原のロッカーの中に入ってたんだけど、宇治原じゃない物を見ず知らずの人間が入れるわけないんだ」
「犯人が入れたってことか?」
三宅刑事は欣司に聞く。
「そう。それに野上の刺され方おかしくなかったか?」
欣司は二人の警官に、今朝の事を思い出させる。
「おかしかったかもしれないがそこまでは…。三宅、写真を取ってこい」
相田警部は三宅刑事に写真を取って来るように命じた。
少しすると、三宅刑事が戻ってくると、写真を欣司に渡した。
「写真を見て欲しい」
欣司は話しながら、ホワイトボードに写真を貼る。
「この写真を見ると、野上はナイフを持ったまま殺害されている。ナイフをよく見てみると、順手になっている。この持ち方を見ると、犯人は野上に狙われいたということになるんだ」
「なんだって?!」
全員はまさかという表情になる。
「つまり、犯人は正当防衛になるのか?」
相田警部は身を乗り出す。
「そうだけどまだ正当防衛と決まったわけじゃない。宇治原を犯人にしようとしてるんだからな。正当防衛を逆手にとって、殺人を犯した可能性もあるからな」
そう言うと、欣司は糸が切れたようにため息をついた。
「ナイフの指紋を調べたほうがいいんじゃないですか?」
瞳は二人の警官に向かって言った。
「もうしたんだ。小川君達が来る少し前に結果が出て、野上さんの指紋しかなかったんだ。まぁ、犯人の指紋がついていたかどうかはあまり期待していなかったんだけど…」
説明する三宅刑事。
「あのさ、オレらにそんな情報教えても大丈夫なのかよ?」
不安になってくる欣司。
「特別だよ。宇治原君の事で必死になってる小川君を見ていたらどうしても教えたくなってね」
三宅刑事はウインクを欣司にした。
「ありがとう。警部、宇治原を釈放して欲しいんだ。きちんとした証拠があればいいんだけど、今のこの状況じゃ宇治原が犯人だって言えないからな。アリバイがあやふやで納得しないかもしれないけどさ」
「わかった」
渋々、首を縦に振った相田警部。
――宇治原のロッカーの中から見つかったケ―タイのストラップとハンカチタオル。野上が手にしていたナイフが順手だったこと。この二つが意味してることってなんなのか? それに、野上が狙っていた人物が誰なのか? わかればいいんだけど…。
「それにしても、まどかは誰を狙ってたんだろ?」
奈津は首を傾げる。
「誰かわからないの?」
「まどかっずっと一緒にいるけど、全てを知ってるわけじゃないしね。まだまどかが誰かを襲おうと決まったわけじゃわけじゃないけど、なんでもっとまどかのことをわかってあげられなかったんだろう…」
悔やんでも悔やみきれないでいる奈津。
「中田さんのせいじゃないよ。誰だって人のことを全てわかるなんて出来ないんだし…」
千代は奈津に優しく語りかける。
「正当防衛かなんだか知らないけど、次の被害者が出ないためにも早いとこなんとかしね―とな」
良樹はどこかホッとした声で言った。
欣司達が警察から出たのは、午後六時を回っていた。
「みんなありがとう」
匠がペコリと六人に頭を下げた。
「いいの、いいの。宇治原君は私達の仲間なんだしね」
笑顔になる瞳。
「そうよ。宇治原君が犯人じゃないっていう気持ちが、みんなの中にあったからなんだよ」
佐紀は匠のほうを見上げて言った。
「今日の事はあまり気にするなよ」
匠の肩を軽くポンッと叩く良樹。
「あぁ…」
涙目になっている匠。
「明日、学校休みだけどみんな用事ってある?」
「いいや、オレはないけど…」
「私もだけど…?」
欣司以外の六人は、欣司が何をしようとしているのかわからないでいる。
「事件のこと調べるついでに、みんなに聞きたいことがあるんだ。来れる人だけでいい。明日の午前十時に生徒会室前に集合」
欣司の呼び掛けに、全員頷いた。