イコン
目が覚めると、ダンセイニ風の男が正面の座席に座っていた。茶焦げたハット帽をかむったその初老の男は、左の隠しからタバコを抜き出した。ダブリンから名前のない街へ向かうその列車はひどく空いていて、この車両にはその男と私だけだった。私の視線に気付いた男は微笑すると、タバコを一本分け与えた。随分と香りの良いタバコだった。男の左頬には細い傷痕がいくつか引かれていた。男は独り言のように話し始めた。
「カーンソアの岬に大きな館がありますが、あれは祖父の建築でしてね。あなたはご覧になったことがありますか?」
「いいえ。向こうの方にはあまり」
「そうですか。切立った崖上にそびえているんですがね、それはそれは堅牢な、崖の一部のような建築ですよ。今じゃ想像もできないようなことをやってのける。昔の人というのは、今の人より聖人ですからね」
「あなたが所有されているんですか」
「いやいや。数年前までは、ドイツの資産家の別荘になっていました。屋敷の中は、一般人には埋めきれない広さですからね。しがない美術品なんかの倉庫だったのでしょう。湿気にさえ気をつければ、こんな贅沢はない」
「それで、いまは」
男は大事そうにタバコを吸うと、車窓の外を眺めた。夕陽が青ざめていた。
「皮肉なものですが、私は解体屋の下請けでしてね。ちょうど昨日、その祖父の屋敷を仕事にしたところです。まさかこんな仕事だとは思いもしなかったのですが、やらなければ私も生きていけませんから。誰も維持できなくなってしまったとかで」
「それは残念ですね」
「こんな話をすみませんね。形見というわけではありませんが、こういうのは持って来れました。小さいですが、装飾の一部だったのでしょう」
男が鞄から取り出したのは錆びた銅製の右腕で、掌には釘が打ちつけられていた。