後始末
半年以上、放置してしまった。
申し訳ないです。
イドフロンに唆されたヒールックを叩きのめして、俺達を殺そうと襲ってきたイドフロン達を返り討ちにし、漸く一段落がついた。
後は後始末を付けるだけなんだが、これが一番面倒だな。
単純にイドフロン達を消せば終わるなら消すんだが、こんな馬鹿な計画を立てたとはいえ、シビアの有力クラン〈誇り高き剣〉のトップパーティだ。
消せば何処まで影響が及びかわからないし、面子の問題でクランと敵対することになるかもしれない。
どうケリを付ければ良いかな。
「さて、こいつらどうする?」
襲ってきたイドフロン達を返り討ちにしたあと、魔法の鞄に入れてあった縄で縛り上げてから、今後についてヒールックとアスリラに尋ねてみる。
「どうするって言われても……」
アスリラはハチを抱いたまま途方に暮れ、何か無いかと考えているのかヒールックは黙ったままだ。
ハチはイドフロン達の処遇など興味が全く無いのか眠っている。
ハチは気楽で良いな。こっちは色々と考えているのに。
もう、いっそのことアルナーレ男爵に丸投げするか?
「テ、テメーら。俺達に…こんな…事して、ただで済むと思うなよ」
「わかった、わかった。とりあえず黙ってろ」
どうするかを考えていると(電撃)による痺れが取れてきたのか喋れるようになったイドフロンが上半身を起こし恨み言を言ってくる。
こいつは自分の立場がわかっているだろうか? 今生かしているのは、後の面倒事を小さくしたいだけで、それがなかったら綺麗さっぱりする為に消すんだが。
とにかく煩いから黙ってほしい。
「調子に乗りやがって」
「黙れって言ってるだろ。次、喋ったら黙らせるぞ」
「ふざけんな! 早く縄をと、ぶっ―――」
「うるさい。黙れって言ってるのが理解出来ないのか」
槍の石突で頭を殴打して倒し、鳩尾に蹴りを入れて強制的にイドフロンを黙らせる。
まったく、人の話を聞かないやつだ。
「コ、コウセル。そこまでしなくても良いんじゃないの」
「ん? ああ、ちょっとやり過ぎたかもな」
イドフロンを強制的に黙らせたのにアスリラもヒールックも引き、イドフロンのパーティは次は自分じゃないかと(一名は白目を向いて意識を失ったままだが)怯えている。
俺としては、それほど酷い事をやったという思いは無いが二人が引いているならやりすぎたんだろう。
命は取ってないし、手足を切り落とした訳でもないんだがな。
「コウセル。俺にイドフロン達を預けてくれないか」
アスリラに生返事を返したところで何か思いついた、というか決意したような表情のヒールックが声を掛けてくるので、そちらに顔を向けて続きを促す。
「今回の事は俺が良い様に動かされたのが原因だ。責任を取りたい」
「後始末をしてくれるのなら助かるが、単純に出来るのか?」
ヒールックは一探索者でしかない。責任を取りたい言うがどうするつもりだ。
「今回の事をクランマスターに話して対応してもらう。クランの面子もあるしクランマスターは義理堅い人だ訳を話せば無下にはしないはずだ」
「でも、クランに今回の事を話せばヒールック、不味いんじゃないの?」
「最悪、クランを追出されるかも知れないが、それでも責任を取りたいんだ。覚悟の上だ」
確かヒールックの所属しているクラン〈迷宮の狩人〉は〈誇り高き剣〉と同等のクランだったはずなので対応は可能だろう。
「分かった。後始末を任せても良いんだな?」
「ああ、任せてほしい」
ここまで覚悟を固めているなら任せてもいいか。
「アスリラさんも、それで良い?」
「う、うん。分かった、それでいいよ」
アスリラにも確認を取るが心配なのか納得しきっている感じではない。
それでもヒールックの覚悟を駄目にするのは何か違うと思っているのか渋々、頷く。
「それじゃあ、後始末を頼む。それと今回の事はアルナーレ男爵に話さない訳にはいかないから、そこは納得してくれよ」
「……分かった」
最後の最後に貴族が出てきた事にヒールックが声を詰まらせるが了承する。
秘密にしようとしても有力クラン二つが争うことになるんだ、バレるのは時間の問題だ。
俺は報告しない訳にはいかないし、最初から話していた方が事が大きくならずに済むだろう。
ヒールックが後始末をすることが決まってからは、すぐに動く事にした。
俺達だけでイドフロン達を縛って連行するのは問題が有ると思い、ヒールックとアスリラが〈迷宮の狩人〉に事情説明と仲間を呼びに行く。
俺と眠ったままのハチはその間、イドフロン達の監視とほぼ居なくなってしまったが魔物が住む森なので護衛のため残った。
アスリラ達を待っている間、イドフロン達は俺に何かされるんじゃないかと怯えた視線を向けてくるのが(一名は気絶したままだが)鬱陶しかったが無視したまま放置。
そして、アスリラ達が〈迷宮の狩人〉の探索者三人を連れて戻ってきたからは、イドフロン達を森の外まで歩かせ、(電掌)で痺れさせてから牽いてきた幌馬車の荷台ににイドフロン達を放り込み―――。
「痺れて声も出せないと思うが、俺が外の誰かに自分達が捕まってる事を報せようと思ったら、黙らせる為に頭をカチ割る。
加減なんて期待するなよ。勝ち割った後、あんた達がどうなろうと気にしないからな」
『今、ヤっちゃた方が早いでアリマス』
『それで済むならヤるんだけどな』
『面倒でアリマス』
『全くだ』
と、脅してからハチと念話で話ながら共に俺は幌馬車の荷台にと乗り込む。
ここでもアスリラとヒールックには引かれ、探索者三人は驚いた顔で俺を見ている。
ただの脅しなんだけどな。
まあ、本当にイドフロン達が暴れ始めたら頭をカチ割るけど。
アスリラも幌馬車に荷台に乗り込み、ヒールックは御者台に座り馬車の運転し、探索者三人は徒歩で移動を開始する。
移動している途中で、イドフロン達はどうするのかとヒールックに尋ねてみると〈迷宮の狩人〉の拠点で監禁しておくと返答してきたが穏便に検問所を通ることが出来るのか?
その疑問を改めて問うと自分たちは有力クラン〈迷宮の狩人〉の所属の探索者である事と、リディアの迷宮の踏破者である俺とアスリラがいるので、間違いなく言い分は信用され検問所を通してくれるそうだ。
自身満々にヒールックが言い、探索者三人も頷くので、そうなのかと納得する。
そして、特に何も無くシビアの検問所まで着き、検問所の衛兵たちには縛ってあるイドフロン達は襲って来たから返り討ちにし縛って連れて来たと説明すると、あっさりと信用、納得し検問所を通してくれた。
こういう時は名声の力は有効で有ってよかったと思う。
まあ、付随してくる面倒事(今回ならイドフロン達の襲撃)が嫌なので欲しくはないが。
検問所を抜けてからは、まっすぐと〈迷宮の狩人〉の拠点に行き、そこでヒールックと探索者達とは別れ、アルナーレ男爵の屋敷へと今回の事を報告するために向かった。
突然、訪ねたのが悪かったのか、俺とハチ、アスリラがアルナーレ男爵の屋敷を訪れた時にはアルナーレ男爵は留守。
次期当主のジルモルトとリーゼ、ラーネルは居たので今回の顛末をとりあえず三人に話した。
話を聞き終えるとリーゼは憤慨し、ラーネルも感情こそ表に出さないが怒っているのは分かり、ジルモルトは「分からないものなのか?」と呟き、眉間にシワを寄せながら考え込んでしまう。
「コウセル殿、リラ。任せてください。二度とこんなことが起こらないように〈誇り高き剣〉に厳重注意し実行犯は厳しく処罰します」
「リーゼ、簡単に安請け合いをするな。コウセル、父上と話し合って、〈迷宮の狩人〉とも連絡を取り対応する事になる。
出来る限りの事はするが、何処まで出来るかは分からん。過剰な期待はしないでくれよ」
リーゼは怒っているせいか興奮して処分について任せてくれと言うが、落ち着いているジルモルトが諌め、出来る限りの事はすると請負ってくれた。
シビアの探索者クランは殆どが貴族の後ろ盾が存在する。敵対したくない、或いは出来ない貴族が要るかもしれないから仕方がないことだろう。
俺としては二度とこんな事が起こらないようにして貰うだけで良いので、その事を伝え、アスリラは〈迷宮の狩人〉というかヒールックの処分の軽減または免除を頼んでいた。
三人に話を終え、アルナーレ男爵が帰ってくるまで待たせてもらえないかと、お願いをすると了承してもらったんだがリーゼが待っている間、試合がしたい言い出し試合をすることになる。
俺としては魔術で、すぐに綺麗に出来るとはいえ汗を掻きたくなかったがジルモルトにまで頼まれたので断ることが出来ず、夕方まで試合をする事になり暗くなってきたので、その日は解散する事になった。
日々、何をしているか知らないがストレスでも溜まるような生活でもしていたのだろうか、リーゼは汗だくなのに表情は晴れ晴れとしていて、ジルモルトがリーゼの頼みを聞いてやって欲しいと言ったのはリーゼの事を思ってだろうか?。
汗だくになるのは貴族令嬢としては駄目なんだろうが騎士を目指しているならギリギリ有りか? まあ、本人は気にしていないみたいなので良いとしよう。
結局、解散をするまでにはアルナーレ男爵が帰ってこなかったので明日も屋敷を訪れても良いかとリーゼとラーネルに聞き了承をもらい、明日の正午ぐらいならアルナーレ男爵が居るはずだと教えてもらったので正午ぐらいに訪ねることにして、ジルモルトには仕事中かも知れないので執事に伝言を頼み、屋敷を後にした。
「すまなかった、コウセル殿。ウチの者が迷惑をかけた」
次の日の朝、子犬の寝床亭の食堂でハチと一緒に朝食を食べていると顔を腫らしたヒールックを伴って一人の老人がやって来て、挨拶をして早々に頭を下げて謝られた。
俺は朝食を食べるのを止めたがハチは訪れてきた二人に意識を向けず、そのまま朝食を食べ続ける。
老人は〈迷宮の狩人〉のクランマスター、フォードム。
老人といっても身体は衰えておらず、鍛え抜かれた身体を維持されている。
今でも現役で迷宮に潜ったりしてそうだ。
「全く気にしていない、と言えば嘘になりますが、遅かれ早かれイドフロン達は何かを仕掛けて来たでしょう。
今、ギルドマスターである、あなたが直々に謝罪に来てくださったんです。それでもう十分です」
「そう言ってくれるのは有り難いが、ワシらとしては、それでは気が済まん。
だから、ヒールックを荷運び、いや、雑用係として使ってくれんか。もちろん、報酬も何もいらんし、日々の使い走りしてもらても構わん」
フォードムの言葉に後ろに居るヒールックは僅だが嫌そうな表情が浮かぶ。
侘びのためとはいえ、日々の使い走りまでさせられるのは堪ったもんじゃないと思っているんだろう。
俺も同じような事になれば嫌だと思う。ただ、それを表情に出すのは駄目だろ。
俺は気にしないが怒ったり、それをネタに何かを要求してくる奴は居る。
俺の呆れと非難が含んだ視線に気が付いたのか、ヒールックは慌てて顔を取り繕うとするが遅い。
注意するのは面倒なのでしなかったが、フォードムは俺の視線で気が付いているのか額に青筋を立てている。
―――後で存分に怒ってくれ。
「ヒールックレベルが荷物持ちをしてくれるなら、楽なんで俺はパーティに入ってもらっても良いんですが。パーティにはもう一人アスリラさんがいます。
彼女に話さないで決める訳にはいきません」
アスリラがどう判断するかは分からないが、俺としては入っても、入らなくてもどっちでもいい。
アスリラとパーティを組んでいる時点で俺は色々と制限されている。
それに雑用として使ってくれと言われても細々したことは表立って使える魔術を使った方が楽だし、快適だ。
だから、ヒールックがパーティに入っても本当に荷物持ちをするだけになる。
まあ、それを伝えると相手の面子を潰したり、別の形で詫びたい言われるだろうから伝えないが。
「今日はパーティで動いたりするんだろうか。出来れば早く、アスリラ嬢に確認したいのだが」
フォードムは少し申し訳なさそうに今日の予定を聞いてくる。
朝っぱら押し掛けておいて自分勝手に動こうとしていることに負い目を感じているだろう。
まあ、それでも俺への心象よりもクランの利益を考えて行動せずにはいられないといった所か。
「今日はパーティとして活動はしませんが、昨日の事について正午ぐらいから一緒にアルナーレ男爵と話し合いをします」
「もし、アスリラ嬢とアルナーレ男爵が許可したなら、その話し合いにワシ達も参加しても良いだろうか」
「俺は構いませんよ」
「ヒールック。今すぐアスリラの嬢ちゃんの所に行って許可貰ってこい。ワシはアルナーレ男爵にアポイントを取る準備をしておく」
「分かりました」
俺が話し合いに参加しても良いと許可すると他の面子にも許可を取るために、すぐさま動き、ヒールックはアスリラの元に行く為に子犬の寝床亭を出て行く。
「コウセル殿。朝から押し掛けておいて申し訳ないがお暇させていただく。何かあればワシに相談して欲しい可能な限り協力させてもらう」
「分かりました。何かあれば相談させていただきます」
引き止める理由も無いので、申し訳なさそうにしているフォードムに帰ってもらい朝食を再開する。
朝食が冷めていて残念だったが腹が減っていたので構わず食べ、すっかり朝食を終えていたハチは丸くなって寝ている。
ハチは気楽だな。
朝食を終えた後は時間つぶしの為に市を見回り、時間になればアスリラと合流してアルナーレ男爵の屋敷への訪ねる。
屋敷に到着してからはハチはメイドに―――必要はないが―――面倒を見てもらい、俺とアスリラは執事に案内されて、応接室だろう部屋に入ればアルナーレ男爵とジルモルト、無事に許可を得られたのかフォードムともう一人〈迷宮の狩人〉の貴族との交渉、折衝役が居た。
最後に来た事を詫びるが、どうやら予定していた正午ぐらいよりも早い時間に集まって、先に話し合いをしていたみたいなので咎められる事無く、反対に先に話し合いをしていた事を詫びられた。
先に集まって何を話していたのか分からないが、おそらく〈迷宮の狩人〉がどう責任を取るかを話し合っていたんだろう。
アルナーレ男爵家が庇護している俺とアスリラをどういう理由であれ〈迷宮の狩人〉の一員が害したんだ責任を問わないとアルナーレ男爵家の面子が保てない。
それにアルナーレ男爵家としては俺たちに何も無かったので、これをきっかけに〈迷宮の狩人〉に対して影響力を持ちたいと考えていると思う。
アルナーレ男爵家は特に懇意にしているクランは無かった筈だ。だから良い条件で関係を結ぶ事が出来る、今の状況は好都合なんだろう。先に話し合いをしていたのは俺たちをそっちのけでアルナーレ男爵家の利益のみを求めるのはばつが悪いからな。
さて、改めて全員で話し合いが行われるが、特に何事も無く話し合いは終えることになる。
〈迷宮の狩人〉の謝罪から始まり、俺とアスリラの要求と要望を聞き、どうするかという流れなんだが、俺とアスリラは今後、同じ様な事が起こらないようにしてもらえれば特に言うことは無い。
アルナーレ男爵家も〈迷宮の狩人〉も今後、個人どこの組織にも手を出させないようにするのは当たり前なので何も言うことはなく受け入れられるが、それだけということに戸惑い「良いのか」と聞いてくる。
双方とも慰謝料的なモノを求めてくると思っていたんだろう。
俺としては金銭はそんなに求めていないし、魔術の研究のための触媒やら道具は欲しいとは思うが、現状の俺では荷物になるだけなので今はいらない。
それよりも何も受け取らないで一方的に貸しを作ることのほうが、今後、役に立つかもしれない。
アスリラは表情を見るに、貴族と有力クランに対して慰謝料的なモノを求めるのは怖いのでいらないという感じだ。
双方とも納得はしていないみたいだが、いらないと言われた以上、追求する訳には行かないので話しを進めていく。
後は細かい話を抜けば、ヒールックが一時的に俺とアスリラのパーティに荷運びとして入ることが決まり、イドフロン達とイドフロン達が所属している〈誇り高き剣〉に対して、どう対応するのかをアルナーレ男爵達に説明を受けて、それに俺達が納得して終わりだ。
ヒールックの事に関してはどうでも良く、イドフロン達と〈誇り高き剣〉に関してはアスリラはどうかは分からないが、俺のほうは、この件には関わりたくない。
非は完全にイドフロン達と<誇り高き剣>に有るのだが、それを素直に認めることは無いだろうし、<誇り高き剣>と関わりのある貴族たちも何かと動くだろう。
そうなれば政争になり、ややこしいことになる。今の段階でも巻き込まれる可能性は無い訳ではないが、関わりが少なければ可能性は低いままだ。
話に納得した俺たちはアルナーレ男爵達に暇を請い、預かってもらっていたハチを迎えてから屋敷を出る。
アルナーレ男爵達と〈迷宮の狩人〉は、まだ話すことがあるのか屋敷に残ったままだ。
今回の騒動は多分これで終わり、当分は余計なちょっかいを掛けてくるような奴は出てこないだろう。
今回の騒動で俺とアスリラに手を出すのはリスクが高く、無理やり取り込んでもメリットが少ないと周りの連中は理解したはずだ。
時間が経てばイドフロン達のような馬鹿が出てくるかも知れないが、そろそろシビアを離れようと考えているので出てくる頃には多分、俺はシビアには居ない。
アスリラはシビアに残るので少し心配だが、アルナーレ男爵家とヒールックを通して〈迷宮の狩人〉が後ろに居るので最悪の事態にはなることは無いだろう。
まあ、一番良いのは安心できるクランなりパーティに所属してくれれば良いんだが。
俺がシビアを離れるまでに決めてくれないかな。




