ヘタレ戦士からの挑戦
すいません。怠け癖が付いて遅くなりました。
「コウセルさん、私、魔術を覚える事が出来るんでしょうか」
「まだ、四日目ですよ。最短でも大体、三ヶ月ぐらいは掛かる予定なんですから、そんなに落ち込まないでください」
訓練四日目が終り、夕食を摂る為に〈黎明の剣〉と適当に入った酒場で注文を終るとナーレンが不安を口にする。
「でも、覚えようとはしている私より、ラルベルグの方が順調じゃないですか」
訓練四日目だが、俺が魔術を覚えようとするナーレンよりラルベルグの方を評価したのが、思ったよりもナーレンに不安を与えたかな。不安に思うような事でも無いんだが。
一概には言えないが魔術師よりも魔力操作を用いて戦う戦士、騎士なんかの方が魔力操作が上手い事が多い。
魔術師は魔術が使える程度の魔力操作が出来るようになれば、研究の方を優先して、そこから魔力操作の向上をしようとはしないが、魔力操作を用いて戦う戦士、騎士なんかはより強く、巧くなるために向上しようと努力し、結果、魔術師よりも戦士、騎士の方が魔力操作が上手くなる。
それに今の時点では、まだまだ練度が低いので他人を気にするような段階じゃないんだが。
「ナーレン。僕は無自覚でキチンとしたやり方じゃないとはいえ、魔力操作の訓練を何年かしてたんだよ。三日、四日ぐらいじゃ負けられないよ」
「そうかも知れませんが、このままだとラルベルグの方が先に魔術を使えるようになるじゃないですか」
不安というより不満なのか。
ラルベルグの言い分を聞いても、ナーレンの機嫌が直らない。
「いや、僕は魔術を覚えるつもりはないし、呪文の詠唱が出来ないから覚えられないよ」
「そうだよな。あれって魔法の詠唱とは全然、違うが言葉なのか?」
ラルベルグは詠唱が出来ないから魔術は覚えられないと否定すると、ルウェインは魔術の詠唱が魔法の詠唱と全く違う事に疑問に思ったのか、それを口にする。
魔術と魔法の詠唱が全く違うのは当然だ。
魔術の詠唱は必要な物で(魔力操作で魔力の流れを再現できるならなくても魔術は使えるが)魔法の詠唱はイメージを補填する為で必ず必要とはしていない。
「どうなんだろ? 俺もそこは知らないんで調べていきたいな」
ルウェインの疑問には知らないと返すが一応、知識としては知っている。
魔術文字は人が世界や魔力、或いは高次元の存在に働きかける為に人が使えるように無理矢理作ったモノなので、知識がないと印なら意味の分からない落書きに見えたり、声なら言語になっていない奇音にしか聞こえないだろう。
知識が有ったとしても人の感覚では本当の意味で理解するのは、ずっと先の事だ。
「『犬飼』は居るか!」
ナーレンの愚痴も収まり、食事を始めてから少しすると大声を発しながら酒場の扉を乱暴に開けて男が一人入ってくる。
―――誰だ?
向こうは俺を知っているみたいだが、俺は相手の事は知らない。どこかで見たことも有るような気もするが……
「ヒールック?」
ああ、初めてアスリラ達に出会って、リディアの迷宮の中層部から地上に連れて帰る時に出会った探索者か。
俺の疑問に答えたのはアスリラだが、答えたというより思わず呟いたという感じで、ヒールックの様子をいぶかしんでいる。
「いたな……『犬飼』俺と勝負しろ! お前にアスリラは渡さねぇ!」
こいつは、いきなり現れて何を言っているんだ?
俺を見つけたヒールックが俺を指差しながら勝負をしろと吠えてくる。
初めて出会った時からアスリラに好意を抱いているの分かっていたから、アスリラと行動を一緒にしている俺が気に入らないのは分かるが、どこからそんな話が出て来たんだ。
「あんた、ヒールックだったよな。誰から、どんな話を聞いたんだ?」
「そんなのはどうでも良いだろう! 俺と勝負しろと言ってんだ!」
おい、コラ、人の話を聞けよ。
「おお、女を賭けての勝負か?」
「やれやれ!」
「逃げんじゃねーぞ『犬飼』」
面倒くさい事になったな。ヒールックの大声を聞いた外野がおもしろおかしく囃し立てくる。
他人事だと思って、いい加減な事を言いやがって。
「なあ、アスリラさん。ヒールックって、人の話を聞かない奴なのか?」
「う~ん…普段なら、もうちょっと話は聞くとは思うんだけど、今は顔が赤いから酔ってるんだと思う」
アスリラにヒールックがどんな奴、というか話を聞かない奴なのか小声で聞いてみるが、今回は酔っているから俺の話を全く聞かないんだと説明が返ってくる。
「おい!? 『犬飼』! アスリラに引っ付くんじゃね!」
小声で話をしたので自然と体を寄せ合う事になるのでアスリラと近くなり、それをヒールックは嫉妬して文句を言って来る。
面倒くさい奴だ。俺に嫉妬して文句を言う暇があれば、さっさとアスリラに告白なりすれば良いのに、なんで何もしないかね、このヘタレは。
「明日だ! 明日の二の鐘が鳴る頃に検問所に来い! いいな」
「はっ? え、おい!」
こちらの返事を聞かずに言いたい事だけ言ってヒールックは酒場を出て行き、何も無いことに外野の連中は文句を言いながら、飲み食いを再開したり、身内同士の話しに戻っていく。
「……どうするのコウセル?」
「どうするって……面倒だな」
俺、アスリラ、ラルベルグ達もヒールックの行動に呆気に取られて沈黙していたが、その沈黙を破ってラルベルグがどうするかと聞いて来る。
どうするって……どうすれば良いんだ。とにかく面倒だという感想して出てこない。
ヒールックを無視して放っておこうかな。
「コウセル、面倒かもしれないけど、明日ヒールックに会ってあげてくれない」
よっぽど面倒臭そうな顔でもしていたのか、アスリラからヒールックに会って上げて欲しいと頼んでくる。
「ヒールックも酔った勢いで言っただけだと思うから、酔ってなかったら、すぐに謝ると思う。
それに完全無視するとヒールックの面子を潰すことになって、ヒールックが色々と引けなくなっちゃうから。お願い」
頭まで下げられると断りずらい。面倒だが明日、ヒールックに会うしかないか。
すぐに謝ってくるみたいだから、時間はそんなに掛からないだろう。それに今後、突っ掛かってくるかもしれないヒールックとの面倒事を回避できると思えば幾分、気は楽になるか?
「……分かった。明日、会う事にする。ラルベルグ達は予定通り迷宮に潜ってくれ」
「ついて行かなくても、大丈夫なのか?」
「すぐに謝るみたいだから、多分、大丈夫だろ。それに本当に勝負することになっても負ける気はしない」
アスリラに明日、会うと返事してからラルベルグ達には予定通りに迷宮探索をお願いする。
ラルベルグが付いて行かなくても大丈夫かと心配されたがヒールックの実力はシビアで中堅、冒険者のランクにすれば多分Dランクくらいだから負ける気は一切しない。
「まあ、確かにコウセルの負ける姿を思い浮かべるっていうのは出来ねーな」
「そうですね。彼がどの程度なのかは分かりませんがコウセルさんを負かすほどの人には見えませんでしたね」
ルウェインはあきれた感じで、フォトルは苦笑い、他の面子は声こそ出していないが二人に同意するような表情を浮かべ。
「……コウセル、もし勝負するような事になっても手加減してあげてね」
と、アスリラは心配そうな表情でお願いをしてくる。
アスリラには俺が自分より弱い奴をいたぶる様な奴に見えるのだろうか心外だ……いや、 勝負する事になったら面倒事を持って来たことの憂さ晴らしに必要以上に叩きのめすかも知れないので間違いでは無いのか?
そして翌日、ヒールックを心配するアスリラとハチを連れて二の鐘が鳴る少し前に検問所前に行けば、何とも気まずそうな顔をしたヒールックが待っていた。
「アスリラも来たのか……まあいい、付いて来い」
俺達に気が付いたヒールックはアスリラが居る事に気まずそうな顔を、さらに顔を渋くするが付いて来いと言うだけでアスリラに何か言う事無く勝手に検問所の方に歩いて行く。
アスリラの予想が外れて、どうやら本当にヒールックは勝負をするつもりらしい。
「コウセル、お願い。手加減してあげて」
「仕事の邪魔をされたんだ。大きな怪我をさせるつもりは無いけど二、三日は動けない程度に叩きのめす」
『ヤっちゃうでアリマス』
改めてお願いしてくるアスリラに返事をすれば、ハチが楽しそうに犬声で鳴くと同時に念話で声を上げる。
ハチは好奇心旺盛なので単調な日々が退屈で、今回の様な突然の出来事が面白そうだと思うのは仕方がないが、言っているセリフが物騒なモノに聞こえるのは気のせいか?
妖精特有の無邪気な悪意でなければ良いんだが。
「え~と、それは……仕方がないかな。それで勘弁してあげてね」
アスリラはもう少し加減をしてあげてほしいと思ったのか何かを言おうとしていたが、思う所(多分、ヒールックの態度)が有ったのか、仕方がないと納得して、それ以上は怪我をさせないでくれと頼んでくる。
人をいたぶる趣味は無いが憂さ晴らしの相手になってもらおう。
なんせ原因なんだからな。
先を歩くヒールックの後を追いかけて行けば検問所を抜けて町の外へ出て森へと向かって行く。
何処に行くつもりなんだ?
「おい、ヒールック。何処に行くつもりだ? 勝負をするだけならここでもいいだろう」
今、俺達が立っているのは街道から少し外れた平原だ。特に遮蔽物になる様なモノも無く、人、二人が動き回るのに十分な広さもある。
勝負をするだけなら何も問題は無い。
「ここからだと街道を通っている連中に見える。見世物になるつもりはないし気が散る。
森の中に勝負するのに丁度良い場所がある。そこなら人目も付かない。それに……今は黙って付いて来い」
誰にも見られたくないというなら森の中に入っていくのは分かるが、やっている事と言っている事がおかしい。
誰にも見られたくないと言うなら酒場で大声を上げて勝負を挑んでこない筈だ。
酔った勢いだったと思えばそこまでなんだが、何か怪しい。さっきも何かを言い淀んでいた。
ヒールックを後ろで動かしてる奴が居るんじゃないか?
そんな事を考えてヒールックの後を付いて行けば、案の定それらしい奴が居る事に気が付く。
『ご主人様、誰かが小官達を付けているでアリマス』
最初に気が付いたのはハチだ。
ハチからの報告を受けてから自分でも魔術を使い調べれば、少し離れた位置に人一人の反応が有る。
『偶々、近くに居たという可能性は?』
『小官も初めはそう思ったでアリマスが、何時までも臭いが遠ざからないので、つけていると判断したでアリマス』
ハチの判断になるほどと納得しながら反応の有った奴を魔術で監視すれば、付かず離れずの距離を保ちながらついて来ている。
こいつが何なのかは分からないが隠れてつけて来ているのだからロクでもない奴なのは確かだ。
つけている奴をどうするべきかと考えていたが、その前に前方に五人分の人の反応が有る事に気付く。
ヒールックは真っ直ぐ反応のある方に歩いて行っている。
前方に居る五人組が偶々そこで休んでいると思うのはあり得ないだろう。
今回、ヒールックを後ろで動かしていた奴らか? 後ろからつけている奴のと関係は有るんだろうか無いんだろうか?
………あれこれ予想で考えても仕方がないか。とりあえず前方に居る奴らに合流したら話をしてみるか。
「やっと来たか」
「すみません、遅くなりました」
視界に入るほど近付けば前方に居た五人組も俺達に気付き、一人が不機嫌そうな顔で文句を言い、ヒールックは謝罪しながら歩み寄っていく。
どうやら前に居る五人組が誰だかわからないがヒールックは知っているみたいだ。
「ヒールック、そっちの人達は誰だ? 見世物になるつもりは無いんじゃなかったのか」
「この人たちは「俺はクラン〈誇り高き剣〉イドフランだ。今回、勝負の立会人をする」
「立会人?」
「そうだ、お前が勝負の結果について嘘を言ったり、逃げねえようにする為に俺達が居る」
―――胡散臭い
貴族なんかの決闘などで公平性を保つためや勝負の結果を虚偽させない為に立会人を立てる事は有るが、探索者や冒険者の私闘で立会人を立てる事など普通は無い。
それに、どうして〈誇り高き剣〉の 探索者が立会人をする?
ヒールックが所属しているクランは〈迷宮の狩人〉という名前だったはずだ。こんな私的な勝負に第三者の立会人を立てるなんて大袈裟だ。
ヒールックが親しい人に頼んだというのなら、まだ分からなくもないんだが、ヒールックとイドフランの関係は親しい様には見えない。他人行儀だ。
何が目的かは分からないがヒールックを後ろで動かしていたのは多分〈誇り高き剣〉というかイドフランか?
理由は分からないままだが、とにかく面倒事の予感しかしない。
「それじゃあ、後ろでつけていた人はお仲間ですか?」
「……気付いていやがったのか」
後ろからつけている相手の事をイドフランたちに聞けば不愉快そうに顔を歪めながら驚きの声を上げる。
「優秀な相棒が居ますから」
「えっ、 あたし?」
「違う」
相棒という言葉に全員の視線がアスリラに向けられアスリラも自分なのかと驚くが違うとすぐに否定して、視線をハチへの向ける。
俺の視線に釣られて全員がハチへと向き、アスリラは「あ、ハチちゃんね」と黄昏た表情で納得しハチは相棒は自分だと言うように犬声で一声鳴く。
ハチは犬声で鳴いただけなのに『小官の事でアリマス』という副音声が聞こえてくるようだ。
「犬っころに何が出来るっていうだ」
「後ろを付けてた人を見つけたように索敵。後は追跡、魔物にもよりますけど足止めも出来ます」
「――お前程度なら犬っころで十分だろうよ。スプラ! お前もこっちに来い!」
―――何かやたらと偉そうだな。
イドフロンの疑問に答えたが、不機嫌そうな顔のまま鼻を鳴らし見下してるようなセリフを言い捨て、後ろからつけていた仲間を呼び出し始める。
別に敬ってほしい訳じゃないが、俺はリディアの迷宮の踏破者だ。見下される謂れはない。
「よし。おう、お前ら、さっさと勝負を始めろ」
「えっ?」
「はぁ?」
「早く勝負を始めろと言ってんだよ。お前たちと違って俺達は暇じゃねーんだ」
―――じゃあ、何で立会人なんてやってんだ。
後ろをつけていた奴がイドフロン達と合流するイドフロンがさっさと勝負を始めろと言い、ヒールックは戸惑い、俺は呆れる。
立会人なんだから仕切りをしろよ。始めの合図すら出さないつもりか?
「わ、分かりました。おい、『犬飼』準備は良いか?」
ヒールックはイドフロンに急かれても文句は無いのか、俺との勝負を始めようと戸惑いながらも剣を構える。
俺が知らないだけでヒールックに指図できるほどイドフロンは偉いのか?
〈誇り高き剣〉はシビアの有力クランで有る事は知っているがヒールックの〈迷宮の狩人〉も負けず劣らずだったと思うんだが。
「アスリラさん、ハチと一緒に離れていてくれ」
「う、うん」
『ご主人様、ヤっちゃうでアリマス』
不満に思う所はあるが、とりあえず目の前の事を片付けよう。
ハチを抱えたアスリラに離れてもらい、ハチの物騒な声援を聞きながら槍を構える。
「良いぞ、何時でもかかって来い」
俺の言葉が不快に思ったのかヒールックは戸惑った雰囲気を消し、怒気を含んだ真剣な表情で俺を睨む。
「いくぞぉおおおおおお!」
十分な身体強化を施せたのか、雄叫びを上げながらヒールックが突っ込んで来て剣を振り落として来る。
さて、ヒールックには憂さ晴らしに付き合ってもらおう。
イドフランたちに操られている感じはするが、ほぼ自業自得なんだ覚悟してもらおう。