閑話 ジルモルトの波乱万丈 (下)
お久しぶりです。殆どの方が忘れ去っているのではと思っていますが更新しに来ました。
この閑話は書いている途中で、コウセルがシビアに来てからの話の復習にしかならないんじゃないかと思いましたが中途半端に置いておくのは嫌だと言う事で完成させましたが、思ったより書くのに時間が掛かったり、現実の用事で書けなかったりと遅くなって申し訳ないです。
文字数が多めなので二話に分けています。次の更新は本編に戻り早めに更新したいと思っています。
こちらは(下)方になっています。
リディアの迷宮の最下階層に挑む事が決まってから、コウセルが殺人容疑を晴らす事が出来るまで我が家に下働きとして住み込む事になった。
私としては彼が屋敷に住むのはコウセルの事を良く思っていないので不快感がある。
我が家に厄介事を持ち込んでおいて本人はのんびりと暮らしているようにしか見えないからだ。
しかし、コウセルを不快に思っているのは私とラーネルだけの様で、父は一杯喰わされたとはいえ、役に立つ協力者として信頼しており、リーゼは心強い仲間であり教官として信頼しおり。
他の我が家で働いている者は仕事が片付くのが格段に早くなったり、気が利くと言う事で好意的に受け入れている。
コウセルが屋敷に住んで居る事に不満は有るが、だからと言って屋敷から追い出す事は出来ない。
嫌がらせでも、と頭の中に考えがよぎるが、そんな事をすれば我が家で働いている者は快く思わないだろうし、何より貴族としての矜持が嫌がらせをしようと僅かでも考えた事を恥じるばかりだ。
まあ、それでもコウセルが屋敷に住んで居る事を良く思わないので出来るだけ関わらないようにとするのだが、私の思いとは別に時間が経つにつれコウセルと関わる事が増えてきた。
コウセルが屋敷で下働きとして働いていると簡単なモノだと早く終わってしまい暇を持て余す者が出てくる。
せっかく給金を出して雇っているのに仕事をせずに暇を持て余らせるのは勿体ないと仕事を調整していくのだが、そうするとコウセルに追加で回される仕事が本人の希望と能力を考えて、最終的には書斎の整理だったり、私や警備兵の戦闘訓練を追加する事になった。
出来るだけコウセルに関わらないようにしていたが仕事であれば嫌でも関わる事になり、内心、苦い思いをしながらコウセルに接していくのだが、接すれば接するほどコウセルの異常性が目に見えてくる。
まず、書斎の整理なのだがこちらの指示を一度聞いただけで殆ど完璧に整理をしていた。
本という物に関わる事のない平民が一度の指示だけで整理できるのは異常だ。下手をすれば学の有る者、貴族でも慣れないからと何度も指示の詳しい内容を聞きに来るはずだ。
そして、一番異常だと思ったのは、バイモール男爵の最下階層の攻略の協力をするという提案を引かせるようにと父がコウセルに指示した時の話を聞いた時だ。
コウセルは父との会話の中で明言こそしていないそうだが暗に最下階層攻略の協力を引かなかったらバイモール男爵がを亡き者にするかと父に提案したという。
明言せずに相手に意図を伝える会話が出来ることにも警戒心がわくが、それよりも命を奪うという発想が出てくる事が恐ろしい。
しかも、平民が貴族を殺害しようとしているのが、さらに異常さを際立たせている。
コウセルは自分の事を田舎の村から出て来た農民だと言っていたが、それが本当か怪しい。
放逐された貴族の三男、四男だったという方がまだしっくりとくる。
父の方も同じように考えていて、深くは追及しないように言ってきた。
コウセルの本当の正体が分からない不安が有るが、藪を突いて蛇が出てくるよりかはマシだ。
コウセルの過去がどうであれ、アルナーレ男爵家を頼ってきているのを考えれば、今は唯の冒険者に過ぎないのだろう。お互いを利用し合う関係として付き合うのが良い。
バイモール男爵の協力を断る話し合いは無事に終わり、迷宮ボスに挑むまで一カ月を切る。
この頃になるとリーゼ達は三十一階層に有る転移装置に自分達の探索者のギルドカードを登録しており、私でも優秀な探索者になったと理解できるまでになっていた。
コウセルの話では、漸く訓練の成果が出て来たという事らしく、いずれは四十一階層まで潜り事ができるという。
この話を聞いて最下階層の攻略も、最初に思っていたより無謀な試みでは無いのではないかと思い始めた。
懸念していたコウセルとラーネルの関係も良いものになっている訳ではないが、致命的な程、悪くなっているわけでもない。
バイモール男爵が我が家を訊ねて来て帰った後のラーネルは、バイモール男爵に何か言われたのか一日中ずっと不機嫌そうに眉間にシワを寄せてイライラしている感じだったらしく、ラーネルが我慢しきれずコウセルに何か文句を言って関係が悪くなるのではないかと心配していたが、翌日の晩にラーネルを 見た時はイライラした感じは無く、リーゼと共に、やる気に満ちていて安心した。
ただ、そのやる気が最下階層攻略ではなく訓練の方に向けられていたように感じたのが不思議だったが、ジッフル男爵の妨害工作の対処に時間をとられて確かめる事は出来なかった。
最初の方はコウセルを匿ったという事で我が家に嫌がらせを行っていたが、途中から本気でコウセルを助けるのだと分かると手紙を送って来た。
手紙の文章は丁寧なものだが内容は「格下が私に逆らうな」というもので完全に喧嘩を売っている。
利益的な面もあるが、こんな内容の手紙を送られて黙っているのは面子の面で大問題だ。
この手紙を受け取った時点でコウセルを助けつつ、家の勢力を高めるというものから、ジッフル男爵家との本格的な権力闘争に変わった。
手紙を送って来た後のジッフル男爵の妨害工作は多岐にわたり、嫌がらせを続け、コウセルを迷宮に潜らせようとする等の邪魔して来たりした。
前もって手を回していたので迷宮に潜れないという事にはならなかったが、それが出来ないと分かるとジッフル男爵は出来る限り最下階層の攻略成功を低くするための妨害工作と、リーゼ達が失敗した後、我が家を潰すために手を回し始める。
この権力闘争で負ければ我が家は断絶する事は避けられないだろう。だが、ジッフル男爵も負ければ零落するのは確実だ。
ジッフル男爵はあまりにも多くの者を酷いやり方で蹴落として来たので周りの者に嫌われている。
所属している派閥の者も自分たちのとって都合がいいから何もしていないが、特に好いている者はいない。
そんなジッフル男爵が我が家との権力闘争で負けた場合、弱り目だという事で嫌っている者、恨んでいる者は一斉に攻め始め、派閥の者も積極的には助ける事はいないだろう。
我が家を格下だと見下したのを後悔させてやる―――と、意気込んではいたが時間が経つにつれ自分が出来る事があまりにも少ない事に焦りが段々と募る事になる。
そして、前回の迷宮ボスが討伐されて、あと二日で一年になろうという日、リーゼ達は最下階層への向かう為に出発した。
地上にいる私達が出来る事など何もないというのに、リーゼ達が地上に戻って来るまで何も手に付かず、ソワソワと落ち着きなく過ごすことになり、リーゼ達が出発して四日目、帰還予定日になると私達、家族も屋敷に勤めている者も食事も仕事もせずに屋敷の門をジッと見ながら過ごす。
普通は屋敷に勤めている者に仕事をしろと怒るべきなのだが、そんな事は考えられず屋敷の門を注視し続け、一人の男が屋敷へと駆け込んでくる。
男は探索者ギルドにリーゼ達を迎えに行かせたものの一人だ。
屋敷への駆け込んできた男は乱暴に扉を開けて屋敷の中へと入って来る。
普段なら怒鳴りつける所だが、誰も気にしない。
「どうなった!」
それどころか父も礼儀作法を忘れて、怒鳴るようにして男に結果を求める。
成功したのか、失敗したのか。リーゼ達の安否はどうなのか。
「クートゥリーゼ様、見事に迷宮ボスの討伐に成功いたしました!」
男が大声で成功の報告を父にすると、ドッと歓喜の声が玄関ホールを満たす。
「よくやった!」
父は歓喜の声を上げ、母は泣き崩れ、屋敷に勤めている者は貴族である私達の前だというのに普段の立ち振る舞いを忘れて喜び合う。
私自身も、すぐには報告を受け止められず放心してしまったが、放心状態だからなのか、次の言葉には誰よりも早く理解して受け止める事が出来た。
「ただ、コウセルは意識が失った状態で迷宮から戻ってきました
なんでも全身に火傷を負い意識を失ったそうです。今は火傷は完全に治癒されていますが一度も意識は戻っていないらしいです」
「ふむ、そうか……」
男は先程の報告とは違い、嬉しそうな顔から心配そうな顔で報告し、一部の者は、それを聞いてコウセルの容態を男に訪ねている。
私としては複雑な心境だ。もちろん、心配する気持ちもあるが、私にとってコウセルは不気味な存在だ。
アルナーレ男爵家の勢力を上げるのに貢献した人物として感謝の気持ちもあるが、問題が解決したので後腐れなく関係を断てればと思ってしまう。
母はコウセルに対して特に興味のないのか反応はしていないが、父は心配をしている風ではなく別の何かを考えている。
父はどうするつもりなんだろうか?
「今日は目出度い日だ。リーゼ達を労いたい、いつもよりも屋敷に綺麗にしろ、料理人たちにはいつものよりも良い食材と手間を掛けろ。
あと、コウセル君は我が家の恩人だ。彼の為に客室の準備と医者を呼んでおくように」
父は考えが纏まったのか手を叩いて注目を集めてから指示を出し、指示を受けた者はリーゼ達が出迎える為にと嬉しそうに仕事へ向かって行く。
父はコウセルを客人としてもてなすだけで、特に何もしないつもりなんだろうか?
「ジル、今後の事について話しが有る。執務室の方に来なさい」
「はい、分かりました」
―――どうやら違うみたいだな。
母を連れて戻って行く前に父から執務室に来るように言われた。
皆の前では話せないような事なのか? あまり酷い事でなければいいのだが。
少し憂鬱になりながらも執務室に向かうが、その思いは杞憂に終わった。
執務室で今後の方針について父から話された内容は、コウセルには基本、何もしないが今日から一週間以内に目覚めた場合は客室で一週間経つまで静養してもらい、その間にリーゼ達の評価を上げる様に情報操作をするというものだ。
複雑な心境ながらもコウセルに基本は何もしないという事に安心し、リーゼ達に関する情報操作ならコウセルも文句を言って来る事は無いだろう。
これで今回の事に関しては終わるだろうと思っていたが最後の追い込みのように忙しくなる。
リーゼ達が屋敷に戻って来て、コウセルは客室に寝かせ、リーゼ達三人は汗と埃を流して休憩した後、身内だけで迷宮ボスを討伐した事を祝っていたのだが、その席で迷宮ボスとの戦いについて話して貰っていたのだが迷宮ボスが最後に自爆攻撃をして来たという話を聞いて頭を抱えたくなった。
リーゼ達の話を聞くに凄まじい威力が有り、多分という話だがコウセルが阻止しようとしなければ死んでいたかもしれないという。
問題だ。今後の最下階層攻略が難しくなる。
Bランクの魔物を討伐するだけでも大変なのに、下手をすれば自爆攻撃をしてきて全滅する可能性が出てくるとなると今後、依頼を出しても報酬の事を考えれば受けようとする探索者、冒険者パーティはいないのではないだろうか。
自爆攻撃の事を秘密にすればいいと思う者も出てくるかも知れないが、最下階層の攻略に向かっていた複数の探索者パーティがすでに知っているので、外の者とはいえ探索者、冒険者を使い捨てにしようとすれば反感を買う事になる。
新情報と、厄介になった迷宮ボスを討伐した貴族として我が家の評価はより上がるだろうが、今後のシビアを考えると憂鬱だ。
祝いを終えてからは派閥の上位者に迷宮ボスが自爆攻撃をすることを知らせる手紙を書き、その日に送った。
他の派閥や下位の者には明日のパーティー等の時に知らせれば良いが派閥、上位者にはそうもいかない。
リーゼにはパーティー等で迷宮ボスの話を聞かれたら兎に角、以前よりも厄介になっていることを言うように言い聞かせ、ラーネルとアスリラには密かにコウセルの話題を出さないようにと指示を出しておいた。
コウセルの話題を出さないようにリーゼに説得しなくても済んだのはよかったが代わりに出てきた問題が大きすぎる。
翌日、アルナーレ男爵家の屋敷ではパーティーをするには狭いので同じ派閥の貴族の屋敷でパーティーは開かれた。
パーティーでは主役のリーゼとラーネルが一緒に人に囲まれて次々と話しかけられている。
二人が一緒に居るのはリーゼはラーネルの引き抜き防止の為で、ラーネルはリーゼがコウセルの話題を出さないように監視をしているからだ。
まあ、二人の所以外にも父や私の所に人は集まってくる。
話の最初は迷宮ボスの討伐を祝うものだが、後の方はリーゼやラーネルを自分または子供の嫁にどうだという内容だ。
前に結婚相手を探していたから話を持ってきたんだろう。
魅力的な話もあったがリーゼとラーネルは王都に騎士試験を受けさせる約束もあり、派閥上位者にも話してある。
約束を破るわけにはいかないし、約束を破ればリーゼは家を飛び出す可能性が大きい。ラーネルもリーゼを心配して付いていくだろう。
今ではデメリットの方が大きすぎるので、父と決めた方針どおり全て断った。
リーゼ達と父の所には、まだまだ訪れる人は途絶えないが私の所に訪れる人が少なくなると友人達が話しかけてくる。
貴族同士の付き合いというのもあるので特別、親しいという訳でもないが友好な関係だ。
祝いの言葉に嫉妬や皮肉が混じっていたりしたが、それは仕方がないと受け止める。
全く何もしていないとう訳ではないが、運よく妹が迷宮ボスを討伐した事には変わりがないのだから。
嫉妬や嫌味交じりの祝いの言葉を受けながら会話をしていると、話題がコウセルの事に変わろうとする。
話題を変えようと思ったが友人の口からコウセルを貶す言葉が出てきた事で戸惑って変えるタイミングを失った。
役立たずの探索者、女よりも弱い奴、唯一の怪我人とコウセルを貶すような内容の言葉が出る度に何処からそんな話が出て来たんだと思い悩む。
友人達に聞くが周りの者の誰もが言っていると言って話を広げた者を特定する事が出来なかった。
まずい。コウセルに関する噂が思った以上に広がっている。しかも評価が悪いという事で広がっている。
コウセルの機嫌を損ねる事により、関係が悪くなるかも知れない。不気味な存在なので敵対はしたくはない。
パーティーが終ってから父とリーゼ、ラーネルと相談したのだが、何処から流れてきた話なのか分からない。
可能性は低いがリーゼとラーネルの、どちらかが流したのではないかと思い、それとなく聞いてみたが、リーゼはそんな事は無いと怒り、ラーネルも個人的な感情はともかくコウセルと共に戦って、彼を弱いと言うのはあり得ないと断言された。
想定外の事に頭の痛い思いがするが噂を流した物を探して何とかするしかない。後、噂を鵜呑みにしている友人達との付き合いを改めて考えないとな。
リーゼ達が戻って来て七日が経ち、祝いのパーティー等も一段落した頃。 結局、コウセルの評価を落とすような噂を流した人物の特定は出来なかった。というよりも調べた結果、複数の人物が憶測と願望で話していた物がいつの間にか事実ということになり、独り歩きしたと父と私は思っている。
しかも、一部の貴族、探索者は噂を聞いて、リーゼ達を大きく褒め称えると同時に同じシビアの住人である自分達もすごいのだと馬鹿な事を言っている。
何を馬鹿な事を言っているんだと思うが、こうなるとアルナーレ男爵家では収拾を付ける事が出来ない。
噂が修正できないほど広まり過ぎたというのもあるが、一部の噂を聞いて自分達はすごいのだと言っている貴族や探索者の機嫌を損ねて恨まれるかもしれないからだ。
別に彼らを害する訳でもないのだがコウセルの下げられた評価を修正すると、自分達はすごいのだという優越感を無くすことになる。
そうすると彼らは折角、浸っていた優越感を無くしたアルナーレ男爵家を敵視するだろう。
明らかに逆恨みなんだが、彼らにとってはそんな事は関係ない。
コウセルとの関係は悪化するかも知れないが修正するのは諦めよう。
コウセルとはシビアを去るまでの関係だがシビアの貴族、探索者はずっと続く関係だ。
どちらが被害が少ないかと言えばコウセルだろう。
それにコウセルは話をすれば分かる相手だ。こちらの話を理解して怒らないかもしれない………流石にそれは都合が良すぎるか。
そして、八日目。コウセルが客室から出れるようになると、迷宮探索を再開するために駄目になった装備品などを揃える為に街へ買い出しに行く事になっている。
買い出しをする商店などはアルナーレ男爵家が贔屓にしている店なので、コウセルの酷い噂を聞かせないように配慮するだろうが、屋敷の外に出るので、いつどこで耳にするか分からない。
だから、コウセルには前もって話す事にした。
執務室でコウセル、父と私の三人だけ集まり、噂されているコウセルの評価と、どうしてそうなったかの予想を話あと、不当な評価を正せなかった事に対して父は頭を下げて謝罪する。
まさか、自分が酷く低い評価をされているとは思わなかったのか、コウセルは驚いて固まり、そして陰鬱な表情を浮かべて「どうにかならなかったのですか」と弱々しく文句というより愚痴を零す。
コウセル自身も噂をどうにかする事が出来ないと分かっているだろうが、文句を言わずにはいられないだろう。
再び、父が謝罪をして詫びという事で今回の買い出しの費用は、すべてアルナーレ男爵家が持つと言うと、コウセルは一度は断ったが再度、頼むと渋々ながら受け入れた。
買い出しの費用を代わりに支払う程度では怒りの緩和には役に立たなかったか。
まあ、コウセルからすれば、数ヵ月で取り戻せる程度だ、特に恩に感じたりはしないんか。
それでも謝罪と詫びを受け入れたのは、そうしないと話が進まないからだろう。
それに限度は有るだろうが、アルナーレ男爵家に不満を持っていてもリディアの迷宮で探索するには、まだ庇護が必要なので許さなければいけなくなる。
まあ、限度を超えれば離れていき、最悪、敵対なのでそうならないように立ち回らないといけない。
コウセルの様子は不満そうではあるが怒りは小さく、アルナーレ男爵家を切る感じはしないな。
良かった。これなら明日の迷宮探索には私も同行することが出来る。
折角、リディアの迷宮を踏破できるパーティが居るのに下層部を踏破しないのは勿体ないという、話がリーゼから出て来て急遽、私のリディアの迷宮の下層部踏破の話が決まった。
今後の予定を考えるとリーゼ達と私の予定が空く日が合うことはほとんど無く、コウセルもとなると全く無いと言える。
しかも有ったとしても、最下層部を探索できるコウセルを護衛として雇うと、それなりの金額が欲しい。
しかし、今なら戦闘感覚を取り戻すリハビリという事でコウセルは自分から下層部の二十一階層から三十一階層に降りようとする。
そこに同行するなら、そんなに金銭は掛からない。
リーゼ達だけでも私を護衛しながら下層部の踏破は出来ない訳ではないらしいがコウセルが居るなら、より確実だという話だ。
私もアルナーレ男爵家の次期当主なので他の家族よりも大切にされる。
特に今は勢力の増大中だ何かあれば新たな騒動の種になりかねない。
そして、二日後。コウセルに迷宮探索の同行するのを依頼として受けてもらい、コウセルとリーゼ達と一緒に探索者ギルドに向かった。
探索者ギルドに着き中に入ると多くの視線が私達に向けられ、時間が経つと共にと段々と視線が増えていく。
視線を向けられているのは今回の迷宮ボスを討伐したリーゼ達が居るからだろう。
視線の殆どがあこがれや尊敬だが、一部は嫉妬や恨めしさが混じる悪意の有るモノだ。
そして、その視線の殆どはコウセルへの向けられていたが、コウセルには気にした様子はない。
まさか、気付いていないのか? と思い聞いてみるが迷宮ボスを討伐する前より数が多くなっているだけで特に気にしていないという。
武装した探索者に、悪意ある視線を向けられているのに気にならないとは、どういう精神構造をしてるんだと思ったが、その理由は迷宮探索する事で理解する事になる。
転移装置の順番が来て、二十一階層に転移から探索が始まるが自分の動きが緊張して固いのが分かる。
それに比べてリーゼ達は緊張感は有るが、その動きは余裕があり、黙々と進んでいる。
流石は踏破者という事なんだろうか、それとも下層部で探索をしている探索者ならこれが当たり前なんだろうか。
踏破者ましてや探索者でもない自分と妹を比べれば差が有るのは当然なんだが、落ち込まずにはいられなかった。
そして、落ち込みながらも迷宮を進み二十三階層で魔物が居る部屋に辿り着く。
部屋の中に居るのはオークが四匹。
以前、中層部を踏破するために雇った探索者パーティならすぐに引き返す魔物の集団だ。
個人的にも無様に地面を転がされた事が有るので、出来れば戦いたくないが、方針を決めるリーダーはリーゼだ。どういう指示を出す?
「ここら辺でオーク四匹は珍しいですね」
「お金にはなるんだけど、解体が面倒くさいな~」
オーク四匹が二十三層に居ることをリーゼが珍しがっているが特に焦っている感じではない。
アスリラにいたっては、既に戦闘後の事を気にしている。
「リーゼ、どうするんだ? お前たちは余裕が有るんだろうが、私の腕ではオークとは戦えないぞ」
「兄上に戦えとは言いませんよ。ネルを護衛に付けますので見ててください。
ネル、兄上の護衛と危ないと思ったら援護をお願い。ハチちゃんもここで待機です。リラ、コウセル殿、私達は三人で前に出ます」
慣れた感じでリーゼが指示を出し、三人と一匹は返事を返してから動き始める。
ハチは私の足元まで来て座り、ネルも傍によって待機し、残りの三人は武器を構えてオーク達に近づいて行く。
う~む。戦わずに済んだのは良かったんだが、最初から戦力として数えられていないのは悔しいものだ。
まあ、それよりも作戦らしい作戦も無いのに動き始めたが、これでいいのか?
「ラーネル、私が口出しするべきではないと思うが、お前は戦闘に参加しなくてもいいのか?
三人で前に出ていったがオークは四匹だ。三対四ではこちらが不利だぞ」
「大丈夫です、ジルモルト様。お嬢様ならオーク一匹、数秒で倒します。アスリラもオークに倒されるほど軟ではありません、牽制をしていればコウセル殿が片付けるでしょう」
疑問に思った事をラーネルに聞けばリーゼもアスリラも問題無いと返して来るが、コウセルに関しては言葉が少ない。
もう少し詳しく聞こうと思ったが三人と四匹のオークとの戦闘始まりそうなので、聞くのを止めて三人の戦いを見る事にした。
最初はリーゼの方視線を向ける。リーゼの方には一匹のオークが腕を振り、襲い掛かっていたが、迫ってくる腕の手の部分を剣で切り裂く。
オークは手を切り裂かれた事で悲鳴のような鳴き声を出す。リーゼは動きを止めず、次に脚を切り付け体勢を崩し、低くなったオークの頭に剣を叩きこむ。
絶命したのか頭に剣を叩きこまれたオークは、そのまま地面に倒れ込む。
次にアスリラの方に視線を向ければ、器用にオークの攻撃を避けながら大振りのナイフで切り付けている。
ナイフを使っているからなのか、致命傷に成るような傷は与えられないみたいだが戦い続ければ倒せるだろうし、牽制という意味では役目を果たしているだろう。
二人の戦いぶりに感心と僅かな嫉妬をしていると、ぐぐもったオークの鳴き声が聞こえ、そちらに視線を移せば頭の一部が失ったのと身体に三つの穴を開けた二匹のオークが視界に入る。
二匹のオークに対峙しているのはコウセルなので、コウセルがやった事なんだろう。
リーゼとアスリラの強さには感心と嫉妬をしたが、コウセルまでなると恐怖心しか湧かない。
コウセルは地面に倒れ込もうとするオーク二匹から視線を外し、リーゼとアスリラの方に視線を向ける。
すぐに現状を把握したのかアスリラの加戦する為に、アスリラと対峙しているオーク向かって跳び、槍を叩きつけて頭を割り戦闘が終了した。
呆気ない。オークが弱いのではと勘違いしてしまいそうだ。
勿論、そんな事は無いだろうが、そう勘違いしてしまいそうなほどリーゼ達は強くなっている。
その中でも異常なのがコウセルだ。リーゼ達と比べても群を抜いた強さだ。
それなのにコウセルは槍が変わって調子が出ないと言う始末。
改めてコウセルとは敵対しないようにしなければと決意を固めた。