村の困った村長家族
視線の先には一羽の鳥が木の枝にとまっている。ケイッコー鳥だ。
様々な地域で生息している、臆病な鳥で、人や害敵の気配がすると、すぐに逃げ出してしまうので、なかなか仕留めることが出来ない。
しかし、他の鳥類よりも肉質がよく、おいしい。
何より、今、目の前に居る、ケイッコー鳥は色鮮やかな赤い羽根を左右の翼に一枚ずつ生えている。
なぜか、分からないが、ノキ村の周囲の森に生息している、ケイッコー鳥は稀に色鮮やかな赤い羽根を生やしている固体が確認される。
ケイッコー鳥の赤い羽根は、あまり出回っていないので人気が有る、これで羽ペンを作ったり、帽子の飾り羽として使われる。
他の地域にも別の色の羽を生やしたケイッコー鳥が確認されていて、貴族たちは自慢の為に集めている。だから、そこそこの値段で売れる。
魔術で気配を消し、引き絞る弓に番えた矢に魔術を施し、首を確実に射抜く様にする。羽が傷付いたり、血で汚れると価値が落ちる。
弓の弦から指を離す、矢は真っ直ぐケイッコー鳥の首に刺さり、仕留めた。
狩りの締めに、赤羽のケイッコー鳥を仕留められて、今日は運が付いてるし、大猟だ。
リムス神父から勉強を習いはじめてから五年がたった。俺は十二歳に成り、一人で山や森に入ってもいい許可を貰っていた。
リムス神父に勉強を見て貰い、自分の国や村の名前を、はじめて知った。周りの事に無知すぎて、よくリムス神父に笑われたのは、恥ずかしい思い出だ。
さて、今、俺が住んでいる国は、カロンスア王国は、二百年ほど前に建国され、列強とは言えないが、海に面しており、肥沃な大地、幾つかの鉱山が有り、何より、大迷宮が在るので、いずれ列強と呼ばれるのも時間の問題だろう。
カロンスア王国の西南の端に、今、住んでいる村、ノキ村が在る。特産品らしい物が無い為、今後も発展はあまり望めないだろう。
魔術の習得、勉強をしていると、前世から何年経過したか分かった、およそ三百年。
俺は三百年、先の未来に、転生したようだ。
しかし、本当に三百年も経っているのか?文明があまり発達していない、これは、あれか、魔法があるので発達していないのか?
そんな事を考えながら勉強を続けていくと、驚くべきことが次々出て来る。
まず、前世の俺と親友のアルクスの事がわかった。
俺は魔導王コウ・キツサカと歴史に名前を残しいた、魔術の知識と技術を数百年分先に進め、それを惜しげもなく広めた偉人として名前を残していたのだが。
俺の死後、大罪の大魔獣を討伐しても、世界の混乱が収まっていない時に世界中を駆け巡り、人々を助けた偉大な魔法使いガイフルリーンの登場により微妙な立場に成ったらしい。
ガイフルリーンの死後、魔法使いたちは、ガイフルリーンを持ち上げ、魔法神と崇め始め、魔導王より優れていると主張し始めた。
魔術師達はそれに反発し、抗争が始まった、実力は互角だったのだが、魔術師は数が少なく、平民出身が中心、魔法使いは数が多く、貴族出身が中心で、数と権力のゴリ押しで争いは魔法使い側が勝った。
そして、魔法使いの方が優秀と証明され、魔術師は衰退して行ったとされているが。
リムス神父が言うには、それは事実じゃないらしい。
本当は、抗争に勝利した、魔法使い側の、特に貴族の人間が、このままでは、魔術師と言うか平民に地位を奪い取られると思い、魔術に関する知識や技術を積極的に消しに掛かったと教えられた。
何故、そんな事を知っているのかと、尋ねたら、魔術協会なる組織があり、魔術の研究、魔術に関わる歴史の調査、魔術師の地位向上に努めているらしい、リムス神父は魔術協会のメンバーだから知る事ができたそうだ。
この話を聞く限り、俺以外の召喚された魔術師達は表側には現れず、隠れて研究をしているか、地球に戻ったんだろう。彼らが居れば、勝つとは言い切れないが、魔術の知識や技術を一方的に消される事は無い筈だ、魔術師にとって魔術の知識と技術は時として命より重い。
プランマ王国で保護していた魔術師達は、俺の返還魔術の研究資料と自分達の研究で返還魔術を完成させて、帰ったんだな。
―――――俺の研究資料を使って、他人が魔術を完成させた事が腹が立つ。
アルクスは断罪の剣王と呼ばれて、今なお最強の剣士呼ばれ、アルクスを主人公にした歌劇があり、つねに人気だという。因みに、俺が主人公の歌劇は無いらしい、他の歌劇で出てきても、魔法の才能が無いことを嘆く卑屈な役らしい。
―――――この怒り何処にぶつければいいんだろう。
プランマ王国は、今も大国として健在している。
そして、もっとも気になっていた、サティアについてだが、俺を思い続け、その心に打たれた救済に神エミシヤから奇跡を授けられ、方術を使えるように成り、聖女になった。
色々やらかしたらしいが、リムス神父は知らないので、いつかキフルブル公国に行かなくては。あと、サティアの使っていた法術は恐らく、俺が教えた魔術と俺が作った魔導具だろう、彼女に信仰心は無かったんだから。
聖女の称号は、エミシヤ教の幹部が信者とお布施を集める為に与えたんだろう、金と力は、いくら有っても困らないからな。
「ただいま」
「コウ、おかえり、狩りはどうだった?」
「コウセル、おかえり、今日の成果はどう?」
家に帰ると母マリスと姉シェッタから狩りの成果を聞かれる。狩りの成果次第で、夕食が豪華になるか、質素になるか、食欲旺盛な我が家族には死活問題だ。
「大猟、大猟、ウサギが二羽に山菜にきのこ、そして、今日の目玉は赤羽を生やしたケイッコー鳥」
「あら、ケイッコー鳥なんて珍しいわね、食べるのが楽しみだわ、調理に仕方は何がいい?」
「今日は焼き鳥の気分、羽は毟っとくから、調理、お願いね」
みんなで分けて食べるけど、調理方法は取ってきた人が決める事になっている。俺は主に焼く、父ザーインは煮る事が多い。
ケイッコー鳥の羽を毟る前に赤羽だけを慎重に取らないと。
「コウ、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」
シェッタがちょっと媚びる様に、お願いしてくる。まあ、このタイミングだ、大体用件は、分かるんだけど。
「ケイッコー鳥の赤羽が欲しいの?」
「そう、お願い、コウがお金貯めてるのは知ってるけど、一枚だけ譲って」
シェッタが手を合わして、頭を下げてお願いしてくる。
―――――シェッタも年頃の女の子だな。
金を貯めているのは、ノキ村を出て行った後の活動資金にするためだ。
十五歳、成人を迎えたらノキ村を出て、冒険者になると家族に話すと、ザーインは武器を扱える様に成る事を条件に許可を得て。
シェッタは嗜好品を送ってくれと気楽に言ってくれたが、母マリスには反対された。
常に命を懸けている為、大体の者が早死にか、手足を失う事になるから、マリスは心配していた。
俺はザーインの協力を受けて、なんとかマリスから条件付きで許可を得た、マリスの条件は元冒険者のザーインと戦って勝利することで、それを聞いたザーインは珍しく苦笑していた。
魔術無しなら、今は、ともかく十五歳になった俺にザーインは勝てない、武器の扱いに差が有っても、魔力量が違いすぎる、ザーインはFランク、普通の魔力持ちより、少ない、力押しで勝つ事ができる。
まだ、ノキ村を出て行くのに三年も時間が有るので、慌てって金を集める必要が無いから、ケイッコー鳥の赤羽を譲るのは良いが、高価な素材で有るのは知ってるはずだ、無理を言ってタダで譲ってくれというのは、シェッタの性格上、ちょっと変だ、何かあたのかな?
「いいよ、でも、何か有ったの?」
シェッタは、苦虫を噛んだように顔をしかめ、訳を話してくれた。
「コウは、ビッテの事、知ってるよね」
「ノコモ村長の娘のビッテさん?」
「そう」
シェッタと同い年の女の子だったな。
ノキ村の村長ノコモとザーインは仲が悪い、と言うか、ノコモ村長が一方的に敵視している。
ザーインが村に帰ってくるまで、リムス神父を除けば、文字の読み書きと算術がまともに出来るのはノコモ村長だけだったが、ザーインが帰って来て、そうでは無くなり、おまけに、冒険者だったザーインは村で一番強く、周りの村人に頼りにされている。その事がノコモ村長は気に入らず、ちょくちょくザーインに嫌がらせをしていた。何というか小物だ。
ザーインも悪意を向けてくる、ノコモ村長と仲良くするつもりが無く、ほとんど、ノコモ村長を無視し、そんな、険悪な仲の親同士を見て育った、シェッタとビッテも、お互いを嫌い合っていた。
「今日さ、ビッテに会ったんだけど、ケイッコー鳥の赤羽で作った、ブローチ付けていて自慢されたの」
「それで悔しいから、欲しいと」
嫌いな相手が、自慢してくれば、鬱陶しいだろし、イラつくだろう。
でも、シェッタらしくない、シェッタは嫌いな相手は無視するし、花より団子だ、装飾品にあまり興味が無いから無理言ってまで、対抗しようとしないはずだ。
「それだけじゃなくて、お前の家は貧乏だ、貧乏だ、そんなんだからコウセルが逃げるんだ、仕方が無いから私が貰ってやる、感謝しろて」
何だそれは、冗談じゃない、わがまま娘と器の小さい強欲村長に奉仕しろってか。
「コウ、まさか貴方、巨乳女の所に行ったりしないわよね」
シェッタは少し心配する顔で尋ねてくる
「いや、有り得ないから」
ビッテは胸が大きく容姿は整っているが、我侭すぎる、俺の目的を無視して考えても有り得ない、これはシェッタに牽制してもらうか。
「赤羽二枚上げるから、ビッテさんに言っといて、コウセルはノキ村に収まる男じゃないて」
「わかった、コウ、お姉ちゃんに任しといて」
見返す事ができるのと、俺が婿入りする話を有り得ないと拒否したのがよほど嬉しいのか、輝く笑顔を浮かべている。
―――――その笑顔を浮かべる場所を間違ってないか。
シェッタにケイッコー鳥の赤羽を二枚渡し、羽毟りを始める。
シェッタは嬉しそうに赤羽を抱えている。どういうデザインにするか、考えているんだろう。
少し悪戯心が湧いてくる、それとケイッコー鳥の赤羽の正しい価値を知ってもらおう。
「姉さん」
「何、コウ」
シェッタがニコニコした顔でこちらに振り向く。
「ケイッコー鳥の赤羽は一枚、金貨一枚の価値が有るから、あんまり、見せびらかしちゃあ駄目だよ」
「えっ」
驚いた顔で固まっている、金貨一枚一万エルド、四人家族の食費を一カ月は賄える金額である。
ケイッコー鳥の羽を毟り終えて、マリスに渡し、そのまま夕食作りを手伝う、シェッタはケイッコー鳥の赤羽を抱えなが唸っていたので、手伝い所ではないみたいだ。
「ただいま」
「ザーイン、お帰り」
「お帰り、お父さん」
「・・・・・お父さん、お帰り」
夕食を作っていると、ザーインが帰ってきた、マリスは料理をしながら返事を返し、シェッタは唸りながら、ほとんど反射で返事を返していた。
俺はザーインが手に持つ、本に気を取られて、返事が遅れた。魔力を帯びている本、恐らく本物の魔導書。
こんなもの何処に、有ったんだ、今では希少な一冊である筈、田舎だから処分を免れたのか?
「お父さん、その本、どうしたの、魔力を帯びているみたいだけど」
何処に有ったか知らないが、そこを探せばまだまだ、出って来るんじゃないか。
「ノコモ村長から、借りてきた魔導書だ。コウセル、リムス神父様から聞いたが、魔術を完璧に使いこなしているようだな」
ノコモ村長の家か、探しに行けないな、家に入れば既成事実をでっち上げられかねない。
魔術の方は、ここ最近で使いこなしている事にしてある。
「うん、回復と結界魔術は完璧だよ、でも、魂撃の方は、きちんと試した事がないから分からないよ」
回復と結界は簡単に確かめられるが、魂撃は今まで使う機会が無かった。魂撃は霊体に攻撃する魔術で、試すならゴーストやレイス、霊体の魔物でなければいけないが、ノキ村の周辺には出現しない。
唯の魔法や魔術、魔力を通した武器でも、ゴースト、レイスみたいな霊体の魔物にダメージを与えられるが、霊体に限定した魂撃の方が効率良くダメージが与えられる。
「リムス神父様が保障してくれるなら、大丈夫だ。この魔導書は土の魔導書で、土属性に魔術が記載されているらしい、リムス神父様と一緒に勉強して、魔術を習得してきなさい」
俺はザーインから魔導書を受け取る。かなり運が良い、表だって使える魔術が三つだけだと心許なかった。中身を見ていないから、何が載っているか分からないが、攻撃用があれば助かる。
「わかった、明日、この魔導書を持って、リムス神父様の所へ、行ってくるよ。でも、お父さん、よくノコモ村長が魔導書を持ってる事、知ってたね、おまけに借りてくるし」
「ふん、酒に酔って言い触らしてたんだよ、周りは冗談だと思ってたらしいが。借りるのは簡単だ、貸しが有るからな、それで強請れば、あいつは断れん」
あきれる、言い触らしているノコモ村長はアホだし、何をネタに強請ったんだザーイン。
「なんで、魔導書を本当に持ってるて思ったの?周りは冗談だと思ってたんでしょ、それに何をネタに強請ったの? 二人が喧嘩したら最悪、村丸ごと巻き込む事になるよ」
ザーインは自警団のリーダーをしているから周りから信頼されてる、ノキ村の最高権力者のノコモ村長に逆らってもザーインに味方する人が居るだろう。
そして、従来通り、ノコモ村長を支持する人も居る、喧嘩が大きくなれば、村を二分する大騒動になる。
「あいつは酒を飲むと口が軽くなるが、恥を搔きたくないから、嘘は言わん。何をネタに強請ったか、か・・・・・マリスもシェッタも知っているからお前も良いだろ」
俺以外、みんな知っていること、なんだ、赤ん坊の時から、ちゃんとした自我があるから大抵の事は知っているはずなんだが。
「ノコモ村長が風土病の薬を、他の村に売ったんだよ、混乱が起きるのは、私も嫌だから足りないという事にした、お前はまだ、小さくて覚えて無いだろうが」
ああっ!あの時か。覚えているけど、情報が足りなっかたな、情報はザーインの怒り狂った声だけだったからな、村の様子は知らなかった。そうか、混乱を抑える為に足りない事にしてたのか。
「売ったと言えば袋叩きに遭って村長の座を降りる、紛失したと言っても、信頼は失墜だ村長の座を降りる事に成る。どちらにしても、村長の座を巡り、言い争いが目に見えている、そんな状態じゃ、ゆっくり看病も出来ん」
なるほど、混乱すれば何かある度に自警団のリーダーとして呼び出される、そしたらマリスだけで俺の世話とシェッタの看病を不眠不休でしなくてはならなくなる。
「まあ、正直に混乱がイヤだと言わず、恩を売り付けたんだがな」
―――――ザーインも、なかなか強かだな。
さて、魔導書の中身は・・・・・整地、耕作、岩砕、土振動、土壁、石弾か、唯の下級魔術も有るが、この村と言うか、農村に役立つ魔術が中心だな。
ノコモ村長、自分が使えないなら、誰かに教えればいいのに、村で誰か一人でも使えたら、村がもっと発展する。
自分が使えなくて、他人が使えるように成るのを嫌ったんだろうな。一応、村長としての能力があるのに、器が小さすぎる、残念な人だ。