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最下階層攻略(討伐)

長くなるが一話で終わらせようとして時間が掛かりすぎました。

文字数は一万字以上となっています。楽しんでいただければ幸いです。

 しつこく迷宮ボスに挑戦することを止めるように言ってきたロマンシアをなんとか止めることが出来た。

 一応、こちらを心配してての事だと言っていたが、本当か、どうか怪しいもんだ。

 リーゼは、そのまま信じていたみたいだが、もう少し疑うことを知ってほしい。

 まあ、そこら辺の教育はラーネルとアルナーレ男爵に任せよう。

 そんな一悶着があったが漸く最下階層、迷宮ボスの討伐に挑むことが出来る。これが終わればジッフル男爵が掛けてきた殺人容疑を晴らす事ができ、普通に動く事が出来るようになれるはずだ。

 まだまだ細々とした問題が残っているが大きな区切りとなる、気合いを入れていこう。











 四十三階層へ続く階段は岩を切り出したかのような滑らかな石の階段だ。

 今までの階段は段差が、きちんと区切られてはいたものの土を押し固めた物で土身がむき出しの物で、壁も同じように土壁だったが今では床や壁が石造りの物になっていて光源となる水晶の数も増えている。

 迷宮ボスがいるからなのか、それとも四十三階層から迷宮が変化を始めたからなのかは分からないが石造りの迷宮に変わっていた。


 石造りに変化した迷宮の周りを観察しながら階段を下りる。

 他の階段よりも長めなのか四十二階層の喧騒は届かず静かなものだ。


 四十二階層で俺とリーゼ達が一番に迷宮ボスに挑むと知ると、他の五組のパーティは戸惑いと驚愕、そして怒りで騒ぎはじめ一時収拾が付かなくなっていた。

 戸惑いと驚きは理解できるが怒りの方は理解できなかったんだが、他のパーティからすれば俺達が迷宮ボスを討伐できるとは誰一人として思っていないみたいで、せいぜい迷宮ボスの体力を削るぐらいしか出来ないと思い、物見遊山で来ていると思ったんだろう。

 特に三番手のパーティは全員怒っており、リーダーだろう奴は「遊びで来ているなら帰れ! こっち真剣に命懸けでやっているんだ!」と一番、大きな声で吠えていた。

 こちらの容姿と人数を考えれば、そう思われるのは仕方がないのかもしれないが不愉快なもんだ。


 それに真剣にやっているんだと言うセリフには何とも言えない感情が湧いてくる。

 自分達が一番最初に挑戦して迷宮ボスを倒す、というならやる気に満ちているなと思ったりする事も出来るんだが、彼等はシビアの外のパーティが失敗した後、弱っている(・・・・・)迷宮ボスを倒すのに真剣なのだ。

 Bランクの魔物は簡単には倒せない魔物という事は分かっているので四、五年ぐらいは、それでも仕方がないと思うんだが、もう何十年と続いているのを知ると、弱った迷宮ボスだけを狙う事に何も思わないのか? 本当にやる気は有るのか? 自分達なりの誇りは持っていないのか? と疑問と遣る瀬無さを感じる。


 こう言った考えが思い浮かぶのは(この世界の基準では)強者、故の思いなのかも知れないが、それでも、もう少しやりようは無いのかと思ってしまう。

 長い間、慣例となってしまって、今さらどんな立場の人間が今の状態はおかしいと言ってもシビアの探索者達は疑問や怒りは湧くだろうが現状をおかしいとは思わないだろう。


 それを考えればリーゼは甘い所は有るが、迷宮ボスを倒すというシビアでは異端な考え方している。

 ひょっとすれば今のシビアを変えていたかもしれない。

 まあ、リーゼも騎士になる為にシビアを出ていくつもりだから変わる可能性は低かっただろうが。






 四十二階層の事を思い出して色々と考えながら階段を下りていたら階段の終わりが見えて来た。


 考えるのを止めて迷宮ボスとの戦いに集中しよう。


 階段を降り終えると短めの廊下が有り、その先には階段が有った部屋と同じぐらいの部屋がある。

 迷宮が変化していたせいか部屋の内装も、やはりというか変わっていた。

 床は滑らかな石で出来ており、壁も石壁で、階段の所と違うのは一定の間隔で簡単な装飾がされた石柱が立っており、石柱には他の階層よりも強い光を放つ水晶と茨が生えているかのように設置されている。


 強い光を放つ水晶が有るので、わざわざ(照明球)を使わなくても大丈夫そうだな。


 そして、部屋の奥では今までリディアの迷宮では感じたことがない大きなプレッシャーを放つ魔物がいる。

 迷宮ボスのミノタウロスだ。


 普通のミノタウロスよりも二回りほど身体が大きく何も持っていない筈の右手には一本の巨大な戦斧が握られ、俺達が自分が居る部屋の近くに居ることに気付いているのか、閉じていた目を開き威嚇のする為に唸り声を上げている。


「コウセル殿、行けるか」


 迷宮ボスのプレッシャーに気圧されているのかリーゼの声と顔は引きつっている。


 迷宮ボスのミノタウロスと普通のミノタウロスではプレッシャーが段違いなので仕方がない。


「大丈夫です」


 リーゼへの返事は普段通りに何も問題ないという事を暗に伝える為に気負いをせずに応え、それが伝わったかどうかは分からないがリーゼは俺に向かって頷き、視線をラーネルとアスリラに向ける。


「私も大丈夫です」


「私は物凄く緊張して来た。ちょっと不味いかも」


 ラーネルは緊張はしているがしっかりと返事を返すが、アスリラは緊張した蒼ざめた顔で不安を口にする。


 これは不味いな。見張りの時も不安だとこぼしていたが、あの時は俺が何とかすると言ったから落ち着いたが、また不安になってきたのかな。


 まあ、仕方がない所もある。俺自身も想像していた以上に迷宮ボスのミノタウロスは強いプレッシャーを放っている。

 アスリラも思っていた以上の強敵に不安がぶり返して来たんだろう。


 今のアスリラは緊張し過ぎて身体が硬くなっている。迷宮ボスのミノタウロスの攻撃を回避し続けるのは難しいかもしれない。

 緊張し過ぎた状態のアスリラをカバーするのに魔術などを使えば、今以上に力を隠していた事がバレる。

 これ以上、隠してる力を知られるのは避けたい。しかし、だからと言ってアスリラを見殺しにするのも出来ればしたくない。


 どうするかな、と考え始めようとすると、まだ言葉が終っていなかったのか一拍おいてアスリラの言葉が続く。


「―――だから、何かあった時は助けてね、コウセル」


「…任せてくれ。何が有っても俺が何とかするよ」


 少し驚いて呆けてしまったが快く承諾の返事を返す。


 ここまで素直に助けを求められるとは驚いた。一度目はリーゼとアスリラの目を忍んでいたのに、今回は二人の目の前でだ。


「―――ふふっ、ありがとう。頼りにしてるね」


 少し間が有ったが簡単に返事を返した事に驚いたのか、僅かに目を見開いてから笑いながらアスリラは返事をしてくる。もう大丈夫なのかな?

 見る限りでは身体の固さは抜けているみたいで、顔色もひどく蒼ざめていたがマシになっている。

 万全とは行かないが、これ以上は望めないだろう。


「コウセル殿、あの私も……いや、何でもない」


 思わず、という感じでリーゼが声を出して途中で止めてしまう。


 リーゼも迷宮ボスのミノタウロスの姿を見て不安を感じたんだろうが、リーダーゆえの責任か弱音を吐く事は出来なかったんだろう。

 それでも目の前でアスリラが何かあった時には助けるという約束をしていて自分も、と無意識に思い、声を出してしまったという所か。


「リーゼさんも何かあったら頼ってくださいね、俺が何とかしますから。まあ、何も起こらない様にするつもりでいますけど」


「ああ、ありがとう。もしもの時は頼む……|                ≪うう、私が言わないといけないのに≫」


 そのままにする訳にはいかないので、リーゼとも何かあった時には助けると約束するが、リーゼは喜ぶ事よりも理想と現実の違いに苦悩して落ち込んでいる。


 落ち込んでいるのは予想外だが、緊張などをして動きが固くなっている事は無いみたいなので良しとしよう。


「コウセルさん、二人を事も大事ですがご自身の事も気を付けてください。無茶をするなとは言えませんが危ないと私が判断すれば撤退しますからね」


「はい、分かりました。判断の方はお任せします」


 ラーネルは二人よりかは緊張は無いみたいで、俺が無茶をし過ぎないようにと心配してくる。普通に戦う事が出来れば無茶をする事は無い。

 それより撤退については前にも言われたが、これは改めて注意しないといけないな。

 リーゼとアスリラがキチンと動いてくれれば、余裕を見せる事が出来るんだが。


「―――みんなの意志は改めて確認する事が出来た。そろそろ迷宮ボスに挑む準備をしよう」


 落ち込んでいた所から戻って来たリーゼが、スーハ―と深呼吸してから迷宮ボスに挑む為に準備を言って来る。

 特に反対する事は無いので、それぞれが返事をしてから準備を始めるが、準備と言っても背負っている荷物を下ろし、装備を点検するぐらいだ。

 迷宮ボスに挑むまでの待ち時間が、かなり長かったからな必要な事は何度も確認して準備をしている。


「それじゃあ、作戦の確認だ。コウセル殿が迷宮ボスのミノタウロスを正面から対峙して足止めと惹き付け、ラーネルは遠距離から魔法での攻撃、私とアスリラは回避を重視して迷宮ボスの気を散せる。

 それを迷宮ボスを仕留めるまで続ける。何か質問や意見は有るか?」


「俺は大丈夫です」


「私も大丈夫です。役目を果たします」


「私も無いよ。足手纏いにならない様にがんばるよ」


 作戦の確認と言っても、前々から決まっていた事だ意見も質問も出ず、それぞれが返事を返す。


「よし。コウセル殿、先頭を頼む」


「はい」


「ハチちゃんは、ここで待っててくれ。―――いくぞ」


『頑張ってでアリマス』


『おお』


 リーゼの指示を受け、ハチの犬の鳴き声と同時に俺だけに発せられた念話に応えてから迷宮ボスのミノタウロスが待ち受ける部屋に入っていく。


 俺が部屋の中に入ると迷宮ボスのミノタウロスが威嚇為に上げていた唸り声が止み、胸が大きく膨れ上がるほど息を吸い込み始める。


「気を付けてください。息を大きく吸い込んでいるので多分、大音声で吠えてきます」


 歩くのを止めないまま、後ろの三人に注意を促す。

 そしてハチ以外が部屋の中に入ったのか、迷宮ボスのミノタウロスは息を吸い込んでいたのを止め。

 次の瞬間、迷宮ボスのミノタウロスから部屋中に響く咆哮が発せられる。


 それは侵入者を殺すという宣言と同時に仕掛けて来た先制攻撃。

 放たれた咆哮には魔力も含まれていて、弱い相手ならそれだけで気を失っていただろう。


 後ろの三人は気こそ失っていないが怯んで思考が停止しているのか、歩みを止めている。


 最悪の場合は、ここで詰みだ。

 怯んで思考が停止した相手を迷宮ボスのミノタウロスが戦斧の一撃を叩き込み、戦闘すらならずに終わるだろう。

 だが、今回は俺が居る。この程度の咆哮で怯む様な軟な戦場は渡っていない。


「怯むな!」


 槍の石突を床に叩きつけると同時に迷宮ボスのミノタウロスから発せられた魔力を押し返し、大声を上げると同時に魔術で戦意を高揚しやすくする。


 全く怯む様子の無かった俺を強敵と認識したのか、迷宮ボスのミノタウロスの眼光が俺を捕らえ、戦斧を叩きつけるために振り上げて走り出そう足を出すが、その前に俺が身体強化を行い突撃し突きを放つ。

 今、使っている槍の都合上、本当の全力とはいかないが今繰り出せる最高の一撃を放ち――――見事に防がれた。

 振り上げていた戦斧を引き戻し、それを盾にして見事に俺の突きを防いだ。金属同士がぶつかる甲高い音が部屋に響き渡る。


 驚いた。突きを躱そうとしたり、急所の部分以外で受け止めたりするだろうと思っていたが、まさか戦斧で防がれるとは思わなかった。

 次は連続で突きを放つ、どう対処するかな。


 引き戻した槍で再び突きを放つと迷宮ボスのミノタウロスは戦斧の柄で弾き、その次は身体を動かして躱したりして次々と対処していく。

 そして甘い突きを放ったせいか戦斧の柄で大きく弾かれ、バランスを僅かに崩し隙を与えてしまう。

 迷宮ボスのミノタウロスは、その隙を見逃さず戦斧を振り上げ、振り下ろす。


 あの振り下ろしは下手に受け止めれば、槍を叩き折り身体をミンチに変えられる。後ろに大きく飛び戦斧を避ける。

 振り下ろされた戦斧は石の床を爆発したように砕き、破片が撒き散らす。


「コウセル殿、援護する!」


 俺と迷宮ボスのミノタウロスが打ち合っている間にリーゼ達の停止していた思考が戻り、迷宮ボスのミノタウロスを討伐するために動いていた。

 リーゼとアスリラは迷宮ボスのミノタウロスを挟む様にと左右に移動し、後ろから魔力の高まりを感じるのでラーネルが魔法の準備をしているんだろう。


「いきます! 研ぎ澄ませ――風の刃よ!」


 放たれた魔法は、いつも使っている(ウインドカッター)だが込められている魔力量が違う。

 規模は、そのままだが威力と速度は増し、普通のミノタウロスなら一撃で倒せるか、少なくとも致命傷になり決着を着けるだけの威力は有る。


 だが、ここに居るのは普通のミノタウロスではなく迷宮ボスとして居るミノタウロスだ。


 迫って来る(ウインドカッター)を脅威だと感じたのか迷宮ボスのミノタウロスは戦斧で迎撃し(ウインドカッター)を打ち払う。

 戦斧で迎撃した事で出来た隙に、リーゼとアスリラが剣とナイフで切り掛かるのだが。


「!? ちょ、硬いすぎ!」


 アスリラは悲鳴に近い驚きの声を上げ、リーゼも声にこそ出していないが顰めた顔をしており苛立ちと悔しさをにじませる。


 アスリラのナイフはミノタウロスを切る事が出来ず、リーゼも皮膚を切る事は出来るが、その奥の筋肉は切る事が出来ていないみたいだ。

 隙が出来たと思ったがリーゼとアスリラの攻撃は脅威と認識していなくて無視をしたみたいだな。


 体勢を整えて俺も攻撃を再開し突きを放つ。(ウインドカッター)を戦斧で打ち払ったので迷宮ボスのミノタウロスの体勢は良くなく、戦斧で槍を弾く事も避ける事も出来ないタイミングだ。

 まともに槍を受けるのは不味いと思ったのか迷宮ボスのミノタウロスが転がり距離を取りながら無理やり、突きを避けようとする。

 放った突きは迷宮ボスのミノタウロスの脇腹辺を抉り、脇腹を抉り取られた痛みに迷宮ボスのミノタウロスが絶叫を上げるが、素早く起き上がり体勢を整える。


 迷宮ボスのミノタウロスと戦う前はシビアの探索者達を情けないと思っていたが、これなら仕方がないのかもしれない。

 ただ強靭な肉体で力押ししてくるだけかと思っていたが、ここまで武器の扱いと判断能力が高いとは思わなかった。

 これならBランクでも上位に入るほどの強さだ工夫をどうこうというレベルを超えている。

 ラルベルグが率いる〈黎明の剣〉がどれ位の実力なのかは知らないが彼らでも全滅する可能性の方が大きかっただろう。


 体勢を整えた迷宮ボスのミノタウロスは怒りの怒号を上げ、近くにいる脅威で有る俺に向かって戦斧を横に振るってくる。

 迫りくる戦斧を槍で打ち上げ、すかさずラーネルの魔法ウインドカッターを放ち迷宮ボスのミノタウロスの左肩から腹に向かって切り裂き、迷宮ボスのミノタウロスは低い呻き声を上げる。


 あまり深くは切り裂いてはいないみたいだが、効いてはいるみたいだな。このままミノタウロスを削っていく。






 振り下ろし、横薙ぎ、袈裟切り、そして体当たりなどを凌いで小さな隙が出来る度にラーネルの魔法が迷宮ボスのミノタウロスを襲う。

 リーゼとアスリラの攻撃は、なかなか通じないが、関節などを集中して攻撃する事で、だんだんと動きが鈍くなり効果が表れてくる。


 じわじわと追い込まれている事に苛立っているのか、焦っているのかは分からないが迷宮ボスのミノタウロスが怒号を上げ、戦斧の斧頭から炎が燃え上がり、戦斧は炎を纏う。


 どうやら戦斧は炎の魔法武器みたいだな。何故、最初から炎を纏わせないのか? 少し疑問に思ったが考えるのを止めて戦闘に集中する。


 戦斧を振るっても当たる距離ではないのに迷宮ボスのミノタウロスが炎を纏った戦斧を振う、すると炎の刃が飛び出し俺に向かって飛んでくる。

 

 飛んできた炎の刃に驚きはしたが、それで慌てるほど未熟でも無ければ経験不足でもない。

 (結界)を張り、炎の刃を防ぐ。炎の刃が(結界)にぶつかり合い、双方の形が崩れ消えて行く、その崩れていく炎と(結界)を成していた魔力の残滓の向こうから迷宮ボスのミノタウロスが迫り、大きく戦斧を振りかぶっている。

 受け流しや弾くには位置が悪く、後ろに下がるのも無理だ。なら、前に出る。


 戦斧を振り降ろす前に、迷宮ボスのミノタウロスの懐に潜り込む。

 戦斧の有効範囲から逃れたが、すかさず迷宮ボスのミノタウロスは掴み、握りつぶそうと戦斧を持っていない左腕が迫って来る。

 

 あんな太い腕で掴まれたら身体強化をしても耐えられない、握り潰されるのが容易に想像できる。対処しないと。


「コウセル殿!」


 迫って来る左腕に槍で対処しようとしたところで、リーゼが剣で左腕を切り付け俺を掴もうとするのを邪魔をする。良いタイミングだ。

 

 槍の矛先を迷宮ボスのミノタウロスの左腕から顎下へ変え、突き上げるが迷宮ボスのミノタウロスは顔を逸らす事で横っ面を抉るが槍を避けられる。


 ――――この距離で避けた!

 

 槍を避けられたことに驚いていると迷宮ボスのミノタウロスの蹴りが放たれ、防ぐ為に急いで(結界)を張りつつ槍を引き戻す。

 放たれた蹴りは簡単に(結界)を破壊し引き戻していた槍にぶつかり、俺は衝撃を殺しきれず後ろへと蹴り飛ばされる。


 槍を外した自分を不甲斐無いという思いもあるが、それよりも驚愕の念の方が大きい。

 あの距離で槍を躱すか普通。


 距離が空いたせいか、戦斧を振るい迷宮ボスのミノタウロスが炎の刃を飛ばすがラーネルが、すかさず魔法で相殺する。


「コウセルさん。飛んでくる炎は私が対処します、行けますか」


「大丈夫です、怪我は有りません。援護、お願いします」


 返事を返してから再び迷宮ボスのミノタウロスに向かう。






 迷宮ボスのミノタウロスと戦闘を再開するが、今のところは順調だ。

 戦斧が炎を纏い、振り抜けば炎の刃を飛ばして来るのは厄介だがそれだけだ。戦斧に炎が纏った事で強烈な熱波は感じるが危険と思うほどでもなく、飛んでくる炎の刃はラーネルが魔法で対処するので注意はするが手を出す必要はない。

 このまま戦い続ければ討伐する事は出来るだろうが、戦い続けるのは無理だろう。問題が二つある。


 一つはリーゼ達の魔力と体力が持つかどうかだ。

 特にラーネルは思っていたよりも魔法を連発する事になっているし、普段よりも多くの魔力を込めているので消耗が激しい。


 もう一つは―――


「うわ! また飛んできた!」


 リーゼとアスリラに攻撃を仕掛け始めた事だ。


 迷宮ボスのミノタウロスが振り抜いた戦斧から飛び出した炎の刃はアスリラに向かって飛んでいき、すぐにラーネルが魔法を使い打ち消す。


 関節などに蓄積してきたダメージが無視できないほど溜まってきたのか、簡単に倒せるからなのか分からないが、しぶとい俺よりも二人に攻撃する事が多くなった。

 二人は迷宮ボスのミノタウロスのどの攻撃でも一撃受ければ死亡、良くて戦闘不能となる大怪我だ。


 俺も攻撃をさせない様にと前に出るが完全に防ぐことは出来ない。

 二人に攻撃する際に出来る隙を突いて、槍で攻撃はするが致命傷となるモノだけは意識しているのか受ける事のないタイミング、与える事の出来ない位置に居る時に攻撃を仕掛けている。


 二つの問題で特に面倒なのは攻撃対象を変えている事だ。

 体力、魔力が切れても難しくはあるが後ろに退かせれば良いが、攻撃をリーゼか、アスリラが受けた時はほぼ確実に死ぬ事になる。

 特にリーゼが攻撃を受けて死亡すれば、迷宮ボスのミノタウロスを討伐する事が出来ても、俺に掛けられた殺人容疑を晴らす事が出来なくなる。 

 だからといってアスリラを放っておいてリーゼだけを優先して守るつもりはない。どちらも死なせるつもりはない。 


 体力、魔力が切れる前に、二人が攻撃を受ける前に迷宮ボスのミノタウロスを討伐する。

 

 だけど、これといった指示はリーゼからもラーネルからも出ないままだ。

 二人とも何も思いつかないんだろうか? 下手をすればこのまま撤退か?

 それは非常に不味い。撤退するのは避けないといけない。


 もう俺が魔術を使って倒すか? 時間も十分に経っている。

 バレないように魔術を使うのは手間だが、撤退をするよりかはマシだろう。


 ―――やるか。

 

 改めて槍を握り直し、魔術を使う為の魔力を練り始める。

 魔術を使うと心の中で決めると同時に迷宮ボスのミノタウロスは周りに向けていた注意を俺に戻して、更に視線を強くして警戒を高まる。


 野生?の勘だろうか、俺が何かをすると感じ取ったか?

 警戒されたのは面倒だが、二人から意識を戻せたという事で良しとしておこう。


「コウセルさん! 五秒時間を稼いでください! 決めに行きます!」


 一拍遅れてラーネルから指示が飛んでくる。


 機会を伺っていたのかな? 迷宮ボスのミノタウロスの注意が俺に戻ってから指示を出してきた。


 出鼻を挫かれたようで少し不満は有るがラーネルが迷宮ボスのミノタウロスを仕留める為に指示を出して来たんだ、指示に従うことにしよう。

 これで倒せるかは分からないが仕留めきれなかったら、今度こそ俺が魔術を密かに使って仕留めれば良い。


「了解!」


 返事を返すとすぐにラーネルが魔力を練り始める。

 

 どんな魔法を使うつもりなんだ。(ウインドカッター)に、これ以上魔力を込めても今のラーネルでは迷宮ボスのミノタウロスを仕留めきれる威力は多分出せない。

 ここに来るまでに新しい魔法を覚える為に色々と話していたので、新しい魔法を使うつもりでいるんだろうか。

 もし新しい魔法ならぶっつけ本番で使うんだ、かなりの自信がある事になる。

 どうなるか分からないが、その時の楽しみとしておこう。


「リラ! 魔導具を使います。合わしてください!」


 魔導具を使うのか? リーゼが指示しているものは撤退時に足止めをするために紺狼商店に手頃な魔導具を取り寄せてもらい、俺が術式を加えた物の事だ。

 使っている素材の関係上、大幅に強化はできなかったが、それでもBランクの魔物の動きを一時的に止めることが出来るまで強化している。

 もちろん迷宮ボスのミノタウロスにも効果はあるだろう。


 リーゼも、ここで決めるつもりか。


「分かった!」


 アスリラが返事をしながら腰につけているポーチから野球ボールと同じぐらいの大きさの球体を取り出す。

 魔導具は相手に投げつけて使う物だから丁度、手に握れるぐらいの大きさになる。


 俺も持ってはいるが取り出したりすると隙になるので取り出せない。リーゼもそれが分かっているから指示をして来なかったんだろうが。

 さて、万が一、魔導具を外すなんて事の無い様に迷宮ボスのミノタウロスの隙を作らないとな。

 リーゼもアスリラも手に魔導具を握ってはいるが、まだ投げつけていない。


 ――― 一秒


 俺を警戒していて迷宮ボスのミノタウロスは動いていなかったが、ラーネルの高まっていく魔力が不味いモノだと思ったのか前屈みになり脚の筋肉が盛り上がっていく。

 突進をして確実にラーネルを片付けるつもりか?

 魔術無しで迷宮ボスのミノタウロスの突進など止められない、突進をさせない様にしないとな。


 ――― 二秒


 別に練っていた魔力を使い、無動作、無詠唱で(投石)を三発、迷宮ボスのミノタウロスの眼に向けて放つ。

 普通に(投石)を放っても効果は無いが眼球などの急所や柔い所なら効果は有る。それに今まで一度も使っておらず、無動作、無詠唱だ。軽い奇襲にもなる。

 案の定(投石)に驚いた迷宮ボスのミノタウロスは、前屈みになっていた身体を起こし(投石)を避けようと顔を逸らし身体の動きが一瞬止まる。

 ここで両眼をを潰す事が出来れば一番良かったんだが、流石にそこまで行かず(投石)が顔にぶつけるだけで終わったが、それだけで十分だ。


 ――― 三秒


「今!」


 リーゼの掛け声と共に、二つの魔導具が迷宮ボスのミノタウロスに投げつけられ、当たると同時に電撃が襲う。


 電撃に襲われ迷宮ボスのミノタウロスは絶叫上げるが、上半身を守るために動きが鈍くなりながらも両腕を上げて守ろうとする。


 効果は有るみたいだが、いまひとつだな。本来は電撃で身体を麻痺させる魔導具なんだが完全に麻痺、動きを止めることは出来ていない。

 魔物のランクを考えれば妥当な結果なのかも知れないが、どうも納得いかない。まあ、今は考える暇は無いので置いておこう。


 上半身は腕で守られているので、心臓や喉などの急所は攻めることは出来ない。

 まあ、ここで俺が迷宮ボスのミノタウロスを仕留めるのも白けそうなんで、別に仕留められないのは良い。

 突進が出来ないように足を潰させてもらおう。


 ――― 四秒


 右足に向けて突きを放ち、膝を破壊し、その下は千切り飛ばす。

 魔導具の電撃を受けた時よりも苦痛に満ちた絶叫を上げ、右足の支えを失った事により倒れそうになるが戦斧を杖代わりにして堪える。


 これで碌に身体を動かす事は出来ない。


 ――― 五秒


「いきます! 風の渦よ、槍となって我が敵を穿て! (ヴォルテックス・スピア)!」

 

 ラーネルの詠唱と共に魔力が一層高まり魔法が放たれる。

 多くの魔力を含んだ風の渦が一本の槍となり迷宮ボスのミノタウロスに向かって飛んでいき胸の真ん中に直撃。

 風の槍は突き刺さるというよりはドリルみたいに切削しながら深く身体に食い込み、削り取られた肉片などは周りに飛び散り、そして胸を貫通し床を僅かに削り(ヴォルテックス・スピア)は霧散する。


 ラーネルの新しい魔法か。威力は申し分ないが発動するまで時間が掛かり過ぎだな。

 まあ、だからこそ今まで使っていなかったんだろうが。何より肉片や血が飛び散るので見ていて良い気分にはならないな。


 胸に穴を開けられた迷宮ボスのミノタウロスは仰向けに倒れ、痙攣でビクビクと動いてはいるが起き上がる雰囲気はない。


「や、やったー! 倒したー!」


「やりました! コウセル殿! リラ! ネル! 迷宮ボスを私達で倒したんです!」


 アスリラとリーゼの飛び上がらんばかりに喜んで、ラーネルだけは魔力を使い込んだせいで息を荒くして座り込んでいるがその表情は嬉しそうだ。


 今世、初めてのBランクの魔物の討伐だが三人ほど喜ぶことは出来ないな。

 どちらかというと気苦労で疲れたという感じしかしない。


 座り込んでいるラーネルに気付いたリーゼとアスリラは、心配なのか駆け寄っているので彼女の介抱は二人にお願いして俺は迷宮ボスのミノタウロスに止めを刺しておこう。

 

 迷宮ボスのミノタウロスに近寄りながら観察するが未だに穴が開いた胸が上下している。すごい生命力だな。

 痙攣は収まって段々と弱々しくなっていっているが、まだ生きている。

 頭を破壊すれば、流石に息絶えるだろう。


 あと、迷宮ボスのミノタウロスの元に数歩となる所で胸の動きが止まり死んだのかと訝しんだ瞬間、爆発的に魔力が高まる。

 あまりの事に驚いて足を止めてしまったが、それは失敗だった。

 迷宮ボスのミノタウロスから咆哮が上がり、それはお前たちも道連れだと言っているように憎しみに満ちたモノ(咆哮)

 胸の少し上に離れた所に高まった魔力を内包した炎の球体が現れ、さらに魔力が高まっていく。

 

 不味い。アレはヤバい。アレが解き放たれれば、この部屋が火炎の地獄と化す。

 俺も無事では済まないし、後ろに居る三人は確実に焼け死ぬことになる。


 時間は皆無に近いが、それでも出来る限り身体強化を施して炎の球体を破壊するために動く。

 不完全な状態で破壊したなら完成した状態で解き放たれるよりもマシだ。

 破壊した時に余波を受ける事になるだろうが怪我をしても生きていられるはず、後ろの三人には余波を及ぼさない様にすることができる。

 

 槍が届く距離になり炎の球体を破壊するために槍を突き刺す。その瞬間、炎の球体は爆発し炎が溢れ出す。

 俺はその炎に飲み込まれ意識を失った。


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