最下階層攻略(反省)
不満を爆発させたラーネルと模擬戦をする事になった。
模擬戦の結果は俺の勝利で終わり、ラーネルの心が折れる事を心配していたが、とりあえずは折れる事なく済んだ。
後のフォローはアスリラとリーゼに任せよう。
さて、今回の事を他の人に話さない様に三人に、お願いと暗示掛けないといけない。他人にペラペラと話すような人達でない事は分かっているが何かの拍子に話す事があるかも知れない。
話を聞いたところで信じるかどうかは微妙だと思うが、やらないよりは、マシだろう。
「コウセル殿。ネルには色々と高等技術を教えているみたいだが、私達には何か無いのか」
ラーネルへの無詠唱と二重発動の説明が終ると、それを待っていたかのようにリーゼが少し不満気味に訪ねてくる。
私達とリーゼは言っているが不満を持っているのはリーゼだけでアスリラは気にしていない感じだ。
別に依怙贔屓をしている訳ではないが何か言わないとリーゼは拗ねるな。
「別に特別、高等技術を教えている訳じゃないですよ。今やっている訓練の応用と、ちょっと視点を変える事を教えただけですよ」
「じゃあ、私とリラがやっている訓練の応用で何か無いのか」
「俺が言えるのは、とにかく魔力操作の練度を上げて下さい。二人は敵に接近して戦闘をするので中途半端な事すると怪我をしますし下手すれば死にます。
魔力操作が上手くなれば武器に魔力を通したり、覆ったりして強化する練習をして下さい、それが出来る様になったら後は身体強化と武器強化を同時にできる様に訓練してください。
俺に教えられるのは、それぐらいです。技とかを覚えたいなら道場に通って下さいね。俺は知りませんから」
「ん~、そうか、まだまだ訓練が必要なんだな」
思っている物と若干違ったのか、まだ少し不満そうだが、とりあえずリーゼは納得はしてくれた。
さて、そろそろ、この事を秘密にしてもらうお願いと小細工を仕掛けるか。
「リーゼさん、ラーネルさん、アスリラさん。少し良いですか」
三人に声を掛け自分の方に視線を向けさせ、三人が俺の方を見ているのを確認してから人差し指を立てて話を始める。
「今回、色々と話した事は秘密にして絶対に誰にも話さないで下さいね。魔術を使える事で、もう変に目立ってる所もありますが、これ以上は目立たない様にしたいんでお願いします」
「分かった、誰にも話さないようにする」
「分かりました」
「うん、良いよ」
特に理由を訊ねることなく三人から了承を貰えた。
まあ、理由は訪ねなくても分かるか。変に目立ったせいでジッフル男爵に目を付けられたんだから。
さて、ここで会話を終らせると小細工の方が出来ないので少し会話を伸ばそう。
「絶対ですよ。さっきのラーネルさんとの模擬戦で無詠唱と二重発動を見せたのはリーゼさん達を信頼しているからなんですよ」
「どういう事ですか?」
「さっきの模擬戦、無詠唱と二重発動を使わなくても動き回って魔術を打ち込めば勝つことが出来ました。打ち込むことが出来なくても俺とラーネルさんには魔力量に差が有りますゴリ押しする事も出来ます」
「……そうかもしれませんね」
模擬戦の事が話題に出たせいか俺の話に最初に反応したのは、ラーネルだが無詠唱と二重発動を使わなくても勝てるという発言は気に入らないみたいだ。
それでも模擬戦で負けているせいか、そんな事は無いとは言わないが認めるのも嫌みたいなので渋い顔で曖昧な返事が返ってくる。
プライドを木っ端微塵に打ち砕いたように思ったが、まだ残ってるな。でも考え方はちょっと柔らかくなってるから良いか。
「本気で隠そうと思えば使わなくても良かったんですが今回の模擬戦の趣旨もありましたし、三人には無理に隠さなくても良いと思ったから使う事にしたんです」
「コウセル殿、信頼してくれるのは嬉しいが、それなら何で今まで言ってくれなかったんだ」
「屁理屈になりますけど言わなかったのは聞かれなかったからです。でも、リーゼさんも悪いんですよ、もっといい方法はないか考えないで提示された事だけで判断してます。
最下階層を攻略するという目的が一緒でも俺とアルナーレ男爵が求めているものは違うんですから。リーゼさんはいずれ騎士になる為に王都に行くんでしょ。貴族様がシビアより多く住んでるんですから注意しないと何かに利用されますよ」
前もって話してくれなかった事にリーゼが文句を言って来るが聞いてこなかったそっちが悪いと人差し指を指し、視線を合わせて勢いで押し切る。
自分でも言っている事が無茶苦茶だという自覚は有るがそれを認める訳にはいかない。リーゼは言葉に詰まって、反論をしてこない。
リーゼの反論が来る前に矛先を次に変える。次はラーネルだ。
人差し指でラーネルを指し、視線を合わせる。
「これはラーネルさんにも言えるんですよ。リーゼさんの付き人をするんですよね、主が間違えそうなら正したり、主に隙は無いかと警戒しないといけないですよ」
渋かったラーネルの顔がさらに渋くなり反論は無く黙り込む。
さらに顔が渋くなったのは俺に注意されたからか、それとも自分の事ばかり考えていてリーゼの事をおざなりにしていた事に気が付いたからか。
どっちか分からないが後者で会って欲しいものだ。
「それで最後、アスリラさん」
「へぇ!? あたし?」
今回の件で決定権が全くないので自分にも注意が向くとは思っていなかったのかアスリラは驚いている。
「なに不思議そうな顔をしているんですか。リーゼさんとラーネルさんがシビアを出て行っても探索者を続けるんですよね。ソロで活動しないなら入れるパーティ、組む相手を探さないといけません。
良い相手を探したりするのに情報取集は欠かせません。冒険者ギルドに頼めば何とかなるとか考えてるかもしれませんが、変な奴を紹介されるかも知れないんですよ。もっと注意すべきです」
アスリラは注意をしても呆気に取られるだけで顔を歪めたりしないが分かっているんだろうか少し心配だ。
まあ、それでも別れる時にはリディアの迷宮最下階層の攻略者になっているから冒険者ギルドも悪いようにはしないだろうし、そこら辺の奴より強くなってるんで多分、大丈夫、と思おう。
さて、三人全員に注意と仕掛けが終った、締めにかかろう。
「不本意な形で明かす事になりましたが、さっきも言った通り信頼しているからですよ。最後で説教みたいなものになりましたがアレも三人を心配したから言った事なんで覚えておいてくださいよ。分かりましたか」
真面目な顔で相手を心配している風に言ってはいるが実際の所、自分の為にしているだけだ。けど、間違った事は言っているつもりもないので勘弁してほしい。
「わ、分かった。肝に免じておく」
「では、話はこれで終わりです。休憩に入りましょう」
気圧されながらもリーゼが返事して残りの二人も戸惑いながらも頷くのを見て、手を叩いて話を締める。
ああ、疲れた、慣れない事はするもんじゃないな。それでも文句や反論を言わせなかったんだ我ながら上手く出来たとは思う。
心の中で自画自賛をしながら休むためにリーゼ達から離れようとすると鼻からヌメリとするものが出て来て、鼻から口へ、口から顎に伝って地面に落ち、地面を赤く染める。
ちょっと無茶をしたかな。まだ魔術を五つを同時に行使しするのは早すぎた、身体がついてこない。
リーゼ達、三人が話の途中で反論や文句なく俺の話を聞いていたのは、何も俺の話に聞き入ったとか、正論で反論できなかったとかではない。
俺が三人に分からない様に魔術を掛けていたからだ。話を伸ばそうとするまでは、俺が喋っている時に魔力を放出して俺の魔術が効きやすいように整え、説教ぽい事を言っている時に五つの魔術を相手に掛けていた。
まず、自分を中心に場に対して反論や喋らない様に(心的負荷)で威圧して一つ。指差しで言われた事に怒るよりも考えるように(思考誘導)で誘導し、喋りかける事で怒りを抑え鎮める(沈静)で怒りを抑え。
そして左右の眼で秘密を喋らない様に(誓約)と約束した事を印象深くするために(印象操作)を掛け、三人の了承を貰い、手を叩く事で密かに(誓約)を成立させ(印象操作)も効果を大きくした。
その後は(憩空間)で休むような雰囲気を作ろうと思ったが、俺が鼻血を出したので話を続ける雰囲気ではなくなったな。
「コ、コウセル!? 鼻血出てるよ、大丈夫なの」
「……大丈夫ですよ、少しすれば治まります」
鼻血が出る鼻に手を当てながら、心配するアスリラに大丈夫と答え、魔法の鞄が置いてある木陰へと移動して地面に腰を下ろす。
腰を下ろしてから魔法の鞄からハンカチ用の布を二枚出して、一枚は、これ以上、血が垂れないように鼻を押さえ、もう一枚は汚れた所を拭いていく。
「コウセル、貸して、私が拭いてあげる」
鼻血を出した俺が心配だったのかアスリラは傍まで来てくれ、リーゼとラーネルは離れた所で話し合っている。
少し気恥ずかしいが鼻血を拭くのをアスリラにお願いしようと思うが、ラーネルのフォローは良いのだろうか。
「すみません。けど、良いんですか、アスリラさんは二人と話をしなくても」
「ネルのフォローならリーゼに任せておけば大丈夫よ。それより、ほら、貸して」
「お願いします」
アスリラが大丈夫と言うのだから大丈夫なんだろう。それ以上は何も言わずアスリラに顔を拭いてもらう。
その間は少し暇でもあるのでリーゼとアスリラが何を話しているのかを身体強化で聴覚を強化して盗み聞ぎをさせてもらう。話の内容は俺が話した説教ぽい指摘について、どうするかを話していた。
魔術を掛けるのを止めても俺に対する怒りは無いみたいで、ここで上手く魔術を使えた事を確認できた。
俺が今回、使った魔術は分類すれば下級に属する魔術だったので、強い意志さえあれば誰でも無効化する事が出来る。
強力な暗示系の魔術を使えれば良かったのだが、前世で地球に居た頃に公開されている暗示系の魔術理論を理解するために、最低限の魔術を習得しただけなので、触媒が有るならともかく触媒が無いと強力な暗示系の魔術は使う事が出来ない。
今回は複数の魔術を掛ける事で、それを補っていたが魔術を掛けるのを止めた後、どうなるか心配していたが大丈夫そうだな。
あとは(誓約)がどこまで効果があるかだが、これは確かめようがない。本来なら(誓約)は掛ける事を話した上で使用する魔術だが今回は密かに掛けているので効果が低い。
(誓約)の効果の低さを補うために(印象操作)で約束した事を印象深くしてリーゼ達の善意に強く訴えかける事にしたが、何処まで効果があるか分からない。上手くいくと良いんだけど。
俺が鼻血を出してしまった為、いつもよりも長めの休憩を終えて訓練を再開するとリーゼとラーネルは、アスリラが引くほど気合を入れて訓練に励んだ。
アスリラは強くなる事にそこまで思い入れが無いせいか訓練態度は変わらないが、リーゼは今の訓練をした先を知ったからか、それとも目に見える成長をしたラーネルに対抗意識でも燃やしているのか訓練に励み。
ラーネルも俺というか魔術師に負けた事が不満なのか、訓練をしている姿から次は負けない、という気迫が伝わってくる。
今回の模擬戦では結局、ラーネルの不満を解決する事は出来なかったが、一度、感情を爆発させたんだ次の爆発はいつかは分からないが最下階層を攻略し終えるまでは大丈夫だろう。
はぁー、今日は疲れた。肉体的な物は大丈夫なんだが精神的な物が本当に参る。プラスの事が無かった訳ではないが、それ以上にマイナスが大きい。
毎度、思うが冒険者兼、探索者の俺が肉体的よりも精神的に疲れるのはおかしいだろ。頭使って働いてる訳でもないのに精神的な負担ばかりかかって来る。
今回の事はジッフル男爵が俺を私兵にしようと動いたから起きた事だが、その前から色々と悩まされる事は有った。身分が低いというか社会的に立場が弱いのが問題だ。
これは本格的にパトロンを探しを考えた方が良いかもな。冒険者ランクを高ランクと言われる所まで上げれば冒険者ギルドから支援を受ける事は出来るが、今の状態では高ランクになる前に色々とちょっかいを出され、何らかの形で囚われる可能性が有る。
今、パトロンと言えるような人は紺狼商店のシューバとアルナーレ男爵だが、この二人だと頼りない感じがする。
シューバは店舗を構えたばかりの商人で平民だし商人としての力もまだ強くはない。アルナーレ男爵も貴族ではあるがそれでも爵位が低い、男爵だ。贅沢を言っているのは分かるが自由に動くことを考えるとできるだけ爵位が高い相手が良い。
前世では王族が後ろ盾だったので、この手の悩みは無かったが今世ではそうもいかない。何処かに条件の良いパトロンはいないだろうか。
ラーネルと模擬戦を行った日から特に問題が起こる事なく月日が過ぎていく。
リーゼ達は最下階層に挑戦する日までに無事に三十一階層の転移装置に登録する事ができ、地上から一気に最下層部とされている三十一階層に転移する事が出来るようになった。
一度だけ、リーゼ達は自分達だけで最下層部に挑戦をした事があるみたいだが、遭遇する魔物がミノタウロスとオークで戦って倒す事は出来るが手古摺って時間が掛かったり、体力、魔力の消費が多いので、なかなか進むことが出来ないみたいだ。
もう少し訓練をして強くなってからなら時間も掛かるし苦労はするだろうが三人だけで四十二階層まで潜る事が出来るようになっていたと思う。まあ、それは今回の最下階層の攻略が済んでからやって貰おう。
リーゼ達が三十一階層の転移装置に登録した日からは最下階層に挑戦する日まで、あまり日数が無いため迷宮に潜る事を一時的に止めて、地上で訓練をして過ごしていく事になり、少しハードな訓練を毎日していく事にした。
気合の入っているリーゼとアスリラは黙々と訓練をこなしていき、アスリラも文句こそ言ってはいるがサボる事なく訓練をしている。
まあ、訓練がきつくなったせいかアスリラは休憩時にハチに癒しを多く求めるようになり、ハチにはアスリラを慰めるように言っているので、それらしい仕草をしてアスリラを慰めている。
アスリラは慰める仕草が気に入り、いや、気に入り過ぎてハチに愚痴をこぼしながら激しく可愛がっており、ハチから念話で『ご主人様、助けてでアリマス』助けを請われるが期間限定なので我慢してくれ。
訓練は忙しいが問題が起こる事なく俺達は過ごしているが、アルナーレ男爵はジッフル男爵との争いが激化してきて忙しく動き回っている。
ジッフル男爵からすればアルナーレ男爵は自分が好き勝手に使えるそこそこの駒を横取りしようとしている上、自分を蹴落とそうとしていると思っているらしく、何かと圧力を掛けて来たり妨害を行っている。
アルナーレ男爵からすれば自分の家を富ませる者を奪うだけでなく、色々と圧力を掛けて来たり妨害をしてくるのでジッフル男爵が鬱陶しい。
二人の争いは今の所、前々から準備をしていたアルナーレ男爵が有利に推し進めているが、決着は俺達が最下階層を攻略できるかに掛かっているので、まだ決着は付いていない。
そして、最下階層に挑戦する日が近付いて来ると訓練を軽いものにしていき体力の回復や荷物の準備をしていき、装備類を一新したりしていた。
リーゼはリディア鋼製の防具類と魔鋼鉄の剣とシビアで揃えられる最高ランクの装備なのでアルナーレ男爵家が贔屓にしている鍛治師に点検と砥を頼み最高状態に。
アスリラは普通の鉄製の装備だったのでリディア鋼と魔鋼鉄製の装備に変わり。
ラーネルは今まで使ってきた杖から俺が提供したエアウルフの角を材料に作った杖を使う事になる。
俺の方は装備類に不満が無いので変えることなくそのままだ。
アルナーレ男爵は費用は此方ですべて持つから心配なく変えれば良いと言ってはいるが、心配もあるだろうが恩を着せに来ているんじゃないかと邪推してしまう。
実際、アスリラにはほぼ強制で装備類を一新するように迫っていて、アスリラも断る理由もないので少し引きながらも装備類を受け取っていた。
俺の方はザーインから譲り受けた槍よりも良い物は、なかなか無いし、皮鎧に関しては今より良い物を用意するとなると時間も金銭も多く掛かり最下階層の挑戦に間に合わないと説得して断った。
本当なら、もう少し早い段階で装備類をそろえて慣れさせたいと思っていたが、ジッフル男爵の妨害工作で納期される時期が遅れ、慣れさせる時間が少なくなったのは残念だ。鬱陶しい事をしてくれる。
それでも時間が全くない訳ではないので、地上で出来るだけ慣れさせて、最下階層に移動する時に魔物相手で最終的な調整をするとしよう。
さあ、準備は整った、もうすぐ迷宮ボスが討伐されて一年が経つ。最下階層の攻略を始めよう。