最下階層攻略(訓練1)
ラーネルが大きく反対していたが何とか最下階層に挑戦する事ができる様になった。
リーゼとラーネルは自分達のパーティで参加するつもりらしいが話に参加していないアスリラはどうするんだろう。俺としては足手纏いになりそうなんで参加しない方が良いんだが後で聞いてみるか。
「アルナーレ男爵、許可を許していただきありがとうございます。クートゥリーゼ様、ラーネルさん、最下階層に挑戦する時は宜しくお願いします」
実際は足手纏いになりそうなのでリーゼだけでラーネルは来なくて良いんだが、よろしくと挨拶しないのは失礼過ぎるからな。
「それで最下階層について教えてくれませんか迷宮ボスであるミノタウロスが居るのは分かりましたが他に何かあるんですか」
「では、最下階層について話そうか」
最下階層の四十三階層は迷宮で言う部屋が一つだけある広い空間で、そこに迷宮ボスであるミノタウロスが一体で待ち構えている。
南京錠で施錠している扉の向こうには、やはり階段があり何故、通れないようにしているかというと迷宮ボスは一度、倒されると一年経たないと再び生み出されず、生み出される前に四十三階層に人が入ると、それだけ迷宮ボスが生み出される期間が長くなるからだ。
迷宮ボスであるミノタウロスはBランクの魔物であるから取れる魔核もBランクの物で価値が高く、持っている魔法武器も等級の高いリディア鋼製の戦斧、しかも魔法の力の源である属性を宿した魔石が取り付けられているから大きな利益が見込める。
シビアの貴族、商人、探索者も大金を得られる機会を多くしたいので好奇心や俺のように知らずに入るような奴が出ないように扉に鍵をかける事に同意している。
そして扉を開ける為の鍵の管理は複数の貴族がしている。利己的な考えが大きいみたいだが権力の大きい者が管理するのが良いという結論が出たらしい。
アルナーレ男爵も鍵を持っていないので自分の派閥の鍵を持っている貴族にお願いして鍵を借りる事になっている。
「前回、迷宮ボスであるミノタウロスが倒されたのは約九ヶ月前の事だ。後、三ヶ月もすれば再び迷宮から生み出されるだろう。それまでにリーゼ、お前たちは三十一階層の転移装置に登録して転移できる様にしておきなさい。
コウセル君は何度も迷宮に入れる事は出来ないから地上で待ってもらう事になる。その間、屋敷で住み込みで働かないかね、迷宮に潜る事をジッフル男爵は禁じて来たんだ他にも妨害をして来るだろう。
それに殺人容疑をかけられているんだ、シビアから出る事は出来ないだろう、出来たとしても逃亡罪がかかる恐れがある、どうだろう」
手持ちの金でも三ヶ月ぐらいなら過ごす事は出来るが、何もしないのは暇すぎるな。それに、このまま子犬の寝床亭で泊まっていると大将に迷惑が掛かるかも知れない。
アルナーレ男爵にも迷惑が掛かるかも知れないが本人が誘っているんだ大丈夫なんだろう、提案を受けるか。
「そうですね、お願いしても宜しいですか」
「ああ、構わん。その代り、しっかりと働いてもらうがな。後、他に話す事は無いかね」
「あ~、すみません良いですか」
「まだ質問があるのか?」
先延ばしにしても意味がない、リーゼ達の力量を確かめようパーティが全員居るんだ確かめるなら今が良い。殆ど確定だが戦力にはならないだろう。
「質問というより確認です。今のクートゥリーゼ様達の力量を確かめさせてもらいたいんです」
「そうですね、一緒に戦うのに、お互いの実力が分からないのは困りますしね。分かりました今から着替えてきます」
「では、私も着替えまいります。先に庭の方でお待ちください」
リーゼとラーネルは断りを入れてから着替える為に部屋を出て行った。
俺は元々迷宮に潜る予定だったので皮鎧を着たままなので着替える必要が無いのでアルナーレ男爵に一緒に庭に移動し、執事は俺が住み込みになるのでその準備の為と仕事に戻っていた。
「コウセル君」
二人で庭に移動してくる途中でアルナーレ男爵が話しかけてくる。
「はい」
「先ほどの話で魔物の正体さえ分かれば、どうにか出来ると言っていたが迷宮ボスのミノタウロスと知った今、どう戦うか考えてはいるのかね」
何て答えるかな。リーゼ達と一緒に戦うとするとリーゼ達が足手纏いになりカバーするのに手一杯で作戦なんて立てられない。
でも何も無いと言うのは不味いよな。とりあえず今は濁して答えておこう。
「クートゥリーゼ様達の実力を見ない事には何とも言えません。今、簡単に思いつくのは俺が正面から対峙して周りからクートゥリーゼ様達が攻撃するものぐらいです」
「そうか」
一言返事を返してからアルナーレ男爵は、そのまま黙って庭に移動していく。
アルナーレ男爵の中では一応、勝算があると考えて許可を出したんだろうが、まだ不安に思っている所が有りそうだ。下手すれば今後のリーゼ達次第で最下階層に挑戦する事を撤回する事もあるな。
庭の方に出る。庭は植木と芝生だけだが道の方からは見えない位置に芝生の生えておらず、三つほどの丸太が突き立てている場所がある、多分だが訓練スペースだろう。
庭に出てアスリラとハチを探すとすぐに一人と一匹は見つかった。ハチを撫でまわしているアスリラが居る、俺とアルナーレ男爵には気付いていないみたいだ。
アスリラの表情は緩み切っている、ハチが可愛くて仕方がない様な感じだ。
まあ、モータルセンヌでは動物、魔物を飼っている人は珍しい。特に愛玩用となれば一部の裕福層だけになるだろう。
特にハチは犬種的に言えばダックスフンドだ、ミニチュアの方でないとはいえ地球で可愛らしいと人気だった犬種だ、モータルセンヌでも基本的な感性は変わらないので気に入る人は多いだろう。
それにハチは言葉が分かり従順に従うので言う事を聞かないと面倒に思う事もない。
「アスリラさん!」
「よしよし、ハチちゃんここが、いいのかな~」
アスリラに呼びかけながらアルナーレ男爵と一緒に近づいて行くが、俺の呼び掛けに気付かないのか、そのまま夢中になってハチを撫でまわしている。
「・・・ハチ!」
「ワン!」
『ご主人様!』
「ああ~、ハチちゃん。―――あっ」
ハチを傍に呼び、ハチを目で追いかけるアスリラに俺とアルナーレ男爵を視界に入れさせて無理やり気付かせる。
「アルナーレ男爵様、お出でになられていたんですか」
アスリラは自分で近くにアルナーレ男爵が来た事に気付かなかったので少し慌て気味だ。まあ、アルナーレ男爵は怒るというかアスリラがハチを可愛がっている姿を面白がっていたが。
「ああ、随分と犬を可愛がっていたな」
「はい、こういう可愛らし動物と触れ合う事はありませんから」
「確かにそうだな、猟犬などの役に立つ動物や魔物を飼う者はシビアにもそれなりに居るが愛玩用に飼う者は極一部だ。
コウセル君は良い犬を連れているな狩りなどの役に立ち、愛玩用にもなる犬は、そう簡単には見つからんだろう」
「そうですね、変わった犬だと思って拾ったのが切っ掛けですが、ここまで役に立ってくれるとは思いませんでした」
ハチの本当の正体は|クー・シー(犬妖精)なので普通では、まず見つからないし傍に置こうとすれば契約もしないといけないから余程の運が無い限り無理だ。俺もリディアの迷宮で出会わなかったクー・シーと契約する事は無かっただろう。
「ハチ、大人しくしてたか」
「ワンッワンッ」
『はいでアリマス。玉遊びなどして楽しかったでアリマス、投げた球を取って来ると頭などを撫でてくれて気持ちかったでアリマス」
普通の犬とは変わらないと思っていたが、ここまで同じなのか。偶にしか撫でていなかったが、これからは積極的に撫でた方が良いのかな。
ハチは俺の方をお座りをして尻尾を振りながら見上げている。あー、これは撫でてやった方が良いんだよな。
『そうか、良かったな』
「ワン」
『はいでアリマス』
ハチに念話で声を掛けながら頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めて尻尾を振るスピードが上がった。ちょくちょく頭なんかを撫でてやった方が良いみたいだな。
「ちょっと、コウセル、近くに来たんなら教えてよ」
ハチの頭を撫でているとアスリラが怒りながら詰め寄って来る。声は近くに居るアルナーレ男爵に聞こえない様に小さなものだが怒っているのは分かる。
「声は掛けたよ、それで気付かなかったから、ハチを呼んで無理やり気付かせたんだ」
「えっ!? ホント?」
「こんな事で嘘言って、どうするんだよ」
「あはは・・・そ、それよりアルナーレ男爵様と一緒に出て来たけど、どうしたの」
分が悪いと思って話を変えようとしているな。まあ、怒ってないから良いんだけど。
「リーゼさん達から聞くと思うけど、リディアの迷宮の最下階層にリーゼさん達と挑戦する事になった。だから挑戦する前に、お互いの力量を確かめようという事で庭に出て来たんだ。リーゼさんとラーネルさんは着替えてるから後から来るよ」
「えっ、何それ、最下階層て迷宮ボスのミノタウロスの事でしょ、私には無理だよ絶対足手纏いになる」
全くの予想外の事だったのかアスリラは驚き、足手纏いになると参加を拒む。アスリラだけでなくリーゼ達も今の段階では足手纏いになるんだけどな。参加しないなら、その分、楽になるから俺はそっちの方が良いんだけど。
それにしてもアスリラも最下階層の事に、ついて知っているんだなリーゼ達から聞いたりしたのか。シビアの住人だから不思議では無いのか?
「参加するかはリーゼさん達と話し合ってよ。俺はお願いする立場なんで嫌だと言っても別に構わないよ」
「お願いってコウセルから言い出したの?」
「最初に最下階層に挑戦ようと言い出したのはリーゼさんだよ」
それからアスリラに俺がジッフル男爵から殺人容疑をかけられている事、今のアルナーレ男爵では解決できない事、そして何とかする為に最下階層に挑戦する事を説明した。
「何ていうか災難ね、コウセル」
「俺も、まさか、こんな事で殺人容疑かけられるとは思わなかった」
説明が終るとアスリラに苦い表情で憐れんだ視線を送られる。普通なら悲惨な状態なんで憐れんだ視線を送られても仕方がないんだが嫌な物だ。
まあ、苦い表情を浮かべているのでアスリラ自身も他人事ではないと思っているだろう。大きな権力を持った貴族の我儘で被害に遭うのは殆ど力の無い平民だ。
俺みたいに目立てば確率は上がるが目立たなくとも被害に遭う事はある。何時その不幸が降りかかって来るか分からない交通事故の様なものだ。
それからアスリラがハチを撫でながら、ハチについての質問と可愛がっていた間のハチの様子を延々と説明を聞きながらリーゼ達を待つ。
途中から話を聞くのに疲れて来たし、同じ話を繰り返してきたので早く来ないかなと思い始めた時にリーゼ達が庭に出て来た。
「すみません、遅くなりました」
「構わん、防具はキチンと付けているか」
「はい、お父様」
謝りながらリーゼ達が庭に出てくる。リーゼの姿はツナギの様な物を着ていて動きに邪魔にならない程度に防具を付けている。ラーネルは外套を羽織、杖を持っている。
「コウセル殿、お互いの力量を確かるという事ですが、これからどうしますか? 手合わせをすると思い、木剣と木槍を持って来ましたが」
木剣と木槍は一切、金属が使われていない木製の物だ。アレでも打ち所が悪ければ怪我はしそうだが金属製の物よりかはマシだろう。
「そうですね、クートゥリーゼ様とは手合わせをしましょう。ラーネルさんは魔法を使う所を見せてください」
「分かった。ラーネル、先に手合わせの方をしても良い?」
「分かりました、お嬢様、お気よ付け下さい」
「ラーネル、ありがとう。ではコウセル殿、向こうに訓練場として使っている所がある、そこで手合わせをしよう」
リーゼが指差す方向は芝生の生えていない丸太を突き立ててあるスペースだ。訓練用のスペースで間違いは無かったんだな。
全員が訓練場に移動して、リーゼから槍代わり木槍を受け取ってから訓練場の真ん中に移動して程よい距離を空けてリーゼと対峙する。
他の三人と一匹は芝生が生えているのと生えていない境目で立ってアルナーレ男爵は興味深そうにラーネルは少し(リーゼだけを)心配そうに見ている。
アスリラはハチを抱き上げて嬉しそうにしている、俺とリーゼの手合わせよりもハチと戯れている方が彼女の中では大事なんだろう。
「コウセル殿、前に助けて頂いた時より私は強くなっている。その成長とくとお見せしよう」
「そうですか、では見せていただきます」
ずいぶん自信があるみたいだな、ここで俺の予想を上回る力を発揮してくれれば苦労しないんだけどな、無理な願いか。
「では私が合図を出す」
アルナーレ男爵が声を聴いて、お互い構える。リーゼは剣を腰の位置で両手で持ち剣先を後ろに向けている。
俺は槍を両手で持ち腰を落として構える。魔力操作などは視ただけで分かるが剣の実力は良く知らない、じっくり確かめよう。
「準備は良いな、では―――初め!」
アルナーレ男爵の合図が出し終わると同時にリーゼが飛び出し横薙ぎに剣を振るって来るが槍で下から打ち上げ弾く。
「くっ――――ハァァ」
リーゼは一度、剣を弾いても諦めずに何度も剣を振るてくる。袈裟切り、打ち下ろし、切り上げ、横薙ぎと剣を振るって来るが全部、その場を動かずに槍で弾いて行く。
何というかリーゼは弱くはないが圧倒的に経験不足の様に感じる。どの攻撃も剣筋が素直だ緩急を付けたり虚を入れる事がない。
リーゼみたいに、そこそこ強いが剣筋が素直すぎる冒険者や探索者は偶に居る。魔物だけを相手にして来たせいか人との戦闘経験が少ないので人相手の巧い戦い方を知らないんだ。
今回、最下階層に挑戦する事には無用な技術かも知れないが騎士になるというなら不味いだろう。
それに魔力操作の能力が上がっているから前よりは身体強化なんかが素早くできる様になっているが、それだけで成長があまり見られない。
このままなら足手纏いにしかならなさそうだ。
「コウセル殿、防いでばかりで攻めては来ないのか!」
さっきから防御しかしていない事に苛立っているのか、攻め切れない事に業を煮やしているのか文句を言って来る。なら一振り打ち込んでみるか、上手く受け流してくれれば良いんだけど。
「では此方からも行きますよ、上手く受け流してください。下手に受け止めると怪我しますよ」
「何?」
今までは大きく攻撃を弾いて来たが、小さく弾いて防御しやすいようにする。リーゼの態勢を確かめて木剣で防ぐ事ができると確認してから木槍を横へと片腕で振るう。片腕とは大きく強化しているので普通のミノタウロスよりも筋力的な物は強いだろう。
リーゼは木剣で木槍を受け止めるが受け流すことが出来ず受け止めてしまい弾き飛ばされて二、三回地面を転がって漸く止まった。止まった後ヨロヨロとだが立ち上がり木剣を再び構えるが肩で息をしている。
体力的に厳しいかな。
「今日はこのぐらいにしておきますか?」
「はぁはぁはぁ・・・・っ、まだだ、コウセル殿。もう少しお付き合いいただくぞ」
俺は現状のリーゼの力量を確かめたので、もう良いんだがリーゼは、まだ満足いかないみたいだな。
「コウセル殿、お互いの力量を確かめ合うんだ防御とカウンターだけでなく攻撃もして来てもらいたいんだがな」
攻撃して来いというが距離が空いてるなら魔術で攻撃するのが俺の戦闘スタイルなんだけどな。今までリーゼ達の前で魔術を使って戦うような事は無かったので離れた所から攻撃する手段があるとは思ってないんだろうな。
ここで魔術で攻撃しても俺の力なんだ文句は言われないとは思うが、向こうは納得せず再度、確かめよとするよな。ここはお望み通り木槍で攻めるか。
「では、こちらから行きますよ。真っ直ぐ突きを放つんで防いでください」
「コウセル殿、それは私を甘く見過ぎではないか」
リーゼが転がっていたので二足と少しの距離が空いている、それだけ距離が有れば避けるなり弾くなり出来ると言いたいんだろう。
「なら防いでみせてください。そしたら考えを改めます」
ムッ、とリーゼが顔を顰めるが何も言ってこないまま、中段に剣を構えて待ち構える。見事に防いで考えを改めさせようと考えてるのかな。
見事に防いでくれれば俺も助かるんだけど。
身体強化と魔力放出で速度を一気に全開まで跳ね上げ、攻撃範囲まで接近して勢いを殺さず突きを放つ。
リーゼが木剣で木槍を逸らそうとするが、腕の力で突きの軌道を固定して逸らさせない。
そのまま、突きが胸の防具に当たり後ろに少し飛び、再び地面を転がる。今度は起き上がれず地面に伏せている。
突きは防具の上に当てたので怪我はしていないだろうが突きの勢いは衝撃となり、そのまま胸に伝わっている、痛みか衝撃での痺れ、その両方か、原因が分からないが起き上がって来ない。これで手合わせは終わりだな。
本職じゃないけど、ちょっと俺が戦い方を鍛えないといけないな。最下階層に挑戦する時も、そうだし今後、騎士になった時なんかが心配だ。