ライバル?
人間が見分ける事が、殆ど出来ない、犬人族と狼人族を見分けて、ずいぶん驚かれた。
青年商人ファーシ、獣人娘ホーエル、姉シェッタには良く知っていたなと、感心して程度だが。獣人商人のシューバには、俺の異常さがより知られてしまった。
シューバ達との商談を終えてから、商隊の露天から離れた。
シェッタはホーエルの案内でケイッコー鳥の赤羽の飾付けをする小物を買うために分かれた。女同士の方が気楽だろうし、ホーエルも男客よりシェッタの方がいいのか積極的に接客していた。
商隊の露天から離れて、すぐにリムス神父の所に向かい、魔術書について話すと、快く承知してくれてお金を渡してくれたが、所有権をどちらにするか迷い話し合った。とりあえず所有権は二人が持ち、リムス神父が亡くなってしまったら、俺の家の家長、今ならザーインに所有権が行く事になった。
魔術書は便利な道具だから揉めて問題にならない為にも色々と決めておかないといけない。
翌日、荷車に毛皮類を乗せて商隊の所まで運ぶと、ホーエルがこちらに気付いて、寄って来る。
「こんにちは、コウセルさん。荷車に積んでいる毛皮が買取物ですか?」
「こんにちは、ホーエルさん。そうですよ、後から教会のリムス神父様の所から薬草類や薬などを持ってきますが、先に毛皮だけ買い取って貰っていいですか?」
「それは構わないんですが、父からコウセルさんが来たら、父の元へ案内するように言われているんですがどうしますか? 毛皮の買取が終わってからにしますか、それとも薬草や薬の買取が終わってからにしますか」
たぶん昨日言った街の話をしてくれるんだろう。俺はどっちでも良いんだが、リムス神父に会う前に魔術書を貰いたいが、あまりリムス神父を待たせるのも申し訳ない。
毛皮はそこそこ量があるから時間が掛かるだろう、その間にシューバから魔術書だけでも売って貰い、できれば話をすれば良いか。
「先に顔だけ見せに行きます、毛皮の査定は進めておいて下さい」
「いいんですか、査定を見ていなくても」
「そこは信用してますから、お願いしますね」
「分かりました!私が責任をもって査定します」
信用された事が嬉しいのか尻尾を振っている。
普通なら買取の時には商人に査定を任せきりにはしない、少しでも安く買取るために不正する商人がいる為、見守るのが普通である。
俺もこれがセースなら任せきりにはしないが、シューバの商隊だから信用して任せている。
シューバは律儀な商人だ。他の商人が交わした商談を出来なかったと頭を下げ、ケイッコー鳥の赤羽の相場で取引しようとしていた。
俺との交渉の時にあんなに辛辣だったんだ、商談の件は自分に非が無いように説明ができ、ケイッコー鳥の赤羽も相場も誤魔化して利益を上げる事ができる事に気が付かない筈がない。
そんな律儀なシューバが商隊の纏め役をやっているんだ、他の商人のも不正をしない様に注意をしているだろう、だから、任せても大丈夫だろう。
もし騙されていても、毛皮の単価がセースの時より下でなければ文句を言うつもりはない、相場が分からない以上任せるしかない所もある。
見習いの子供に案内されてシューバの元へ向かう。
シューバは奥の方でテーブルに座り、帳簿を見つめて何か考えているみたいだ。
見習いの子供がシューバに俺が来たことを伝えると立ち上がり迎えてくれた。
「こんにちは、コウセル様、御足労頂ありがとうございます」
「こんにちは、シューバさん」
「こちらに来て頂いたという事は、この後、時間が有るという事でしょうか?」
「いえ、最初に毛皮だけ持って来たのでそちらを先に買取りして貰って、後から、教会のリムス神父様と一緒に薬や薬草を持ってくるつもりです。今は毛皮の査定をしてもらっているので、その間に顔だけ出しておこうと思いました。薬草と薬の買取が終われば時間が出来ます」
「では、話しをするのは薬などを買取った後で、ですね。―――ところで査定を視てなくていいんですか、買値を落そうとするかもしれませんよ」
シューバが表情は変えないが、こちらを試すように言ってくる。
騙されたとしても別に構わない、最低限の買値を付けてくれるなら。その後は・・・・信用しないだけだ、困るのは向こうだけだ、地方都市アンニーに行けばいくらでも金が稼ぐ手段はある。
「別にいいですよ、信用してますから。もし騙しているだと分かった時は、そういう人なんだと判断するだけです」
「ふふふっ、そうですね、貴方は心象が変るだけで別にそれほど損をする訳じゃない、不正をして困るのはこちらでした」
そこは困ったり怯んで欲しいんだが、楽しそうに笑わないでほしい。目先の事を気にするばかりの馬鹿じゃないと判断したのかな、やり辛い人だ。
「それで街の話をしてもらうのは薬草や薬を買取って貰った後でいいんですが、魔術書だけ先に売って貰えませんか、お金は用意する事が出来ました」
そう言って、金が入った皮袋を見せて、シューバから魔術書を買い、毛皮の査定が終わるまで少し話す事にした。
主に、次にどんな物を持ってきて欲しいかを聞かれ、本と答えた、創作の物語以外なら何でもいいと伝えた。
シューバは本を持ってきてくれることを約束をしてくれたが、やはり本は高価なので、詳しく書いてある本は高いので浅い内容になるかも知れないと注意を受けた。
『いいから! 先に俺のを視ろって言ってんだよっ!』
シューバと話していると、怒鳴り声が聞こえてくる。あの声はジャイタか?
「どうやら、問題が起きたみたいですね、少し失礼します」
シューバは俺に断りを入れたから席を立つ。
「いえ、俺も付いて行きます、たぶん知っている人だと思いますから」
そう、友達ではない、知り合いというのが一番合う表現なんだが、そう言いたくない関係の相手だ。
俺の声の微妙なニュアンスを感じ取ったのかシューバも不思議そうな顔をしているが、深くは聞いてこなかった。
怒鳴っている声の元に行くと、そこには体格に恵まれた大きな身体を持ち、腰に剣を差している男ジャイタが怒鳴り声を上げている。怒鳴り声を浴びせているのはホーエルだ、何があった。
「すみません、お客様、私はこの商隊の纏め役をしておりますシューバといいます、何か御座いましたか」
「ああん! この女が俺が持ってきた物を視ないんだよ」
シューバはホーエルに振り向き問うているが、殆ど義務感しか感じない、相手が我侭を言っている事に気付いたんだろう。
「ホーエル、どうして、このお客様の買取物を査定しないんですか?」
「今は別のお客様の買取物を査定していますので、手が空いていませんでした」
「そうか、分かった」
シューバはホーエルから事情を聞き、ジャイタに説明するが。
「申し訳ありません、今この者は別の仕事をしております。お客様の買取物は別のものに査定させます」
「バカかテメエ! 俺は今すぐその女に査定しろって言ってんだよ、わかんねーのか、他の奴は呼んでねー!」
シューバが固まっている。説明すればしぶしぶ下がるだろうと思っていたんだろうが、まさかここまで我侭を言う相手だとは思わなかったんだろう。
シューバにとってジャイタは苦手な相手だろう、理屈を持って説明しても納得せず我侭を言ってくる、今の所は暴れていないので手が出せないし、シューバの商人としての心情上、先に手を出す事はないし出来ない。
ジャイタは暴れて傷つける事は悪い事だと分かっているから暴れないと思うが、自分が我侭を言っていることは悪い事だとは思っていない。彼にとって強く言えば自分の思い通りになるのは当たり前なのだ。
ジャイタの年齢は俺より二つ上の十四歳で体格に恵まれていて体が大きく、力も強い、小さな村の大人では怯えてしまい、なかなか意見できる人がいなかった、そのためジャイタが言った事は大概叶えられ、それが当たり前に成っていた。
その中で例外であるのが、ジャイタの父親ジャイボ、村長の家族、ザーインだ。
ジャイタの父親のジャイボは元冒険者でDランクで、戦う事になれば敵わないので逆らわない、そんな父親が村長の家族には決して逆らわないので、村長の家族にも文句を言う事無く従う。
ザーインはジャイボ同様、自分には敵わない相手なので逆らわない。ジャイタは自分より強い相手には逆らわないが、唯一の例外として俺には敵意を向けてくる。
ジャイタと初めて会ったのは、ジャイタが大人数を引き連れてサブロと喧嘩していた所に乱入した時だ。
ガキ大将であるジャイタがサブロと喧嘩―――ほとんどリンチだった―――している所に乱入してきた俺をサブロと一緒に痛めつけてやろうと思っていたらしいが、逆にボコボコした。
ジャイタの中で自分より強い俺に対して恐怖心が有るが、自分より年下と言う事と自分がボコボコされた事の屈辱と恨みが恐怖心を越えて俺には従わないようになっていた。
今もシューバが説得しようとジャイタに話しているがジャイタは聞く耳を持たず我侭を言うばかりだ。
「ジャイタ、それぐらいにしろ、順番を守るぐらい小さい子供でも分かるぞ」
これ以上、ジャイタが我侭を言い続ければ、商隊の商人達のノキ村に対する印象が悪くなる。
商人達の間で悪い噂が流れれば、定期的に来る事を依頼している行商人以外、ノキ村に行商人が来る事は無いようになる。
俺はいずれ出て行くから困らないが、そうなれば残していく家族が困る、シューバとジャイタの間に入るべきではないかもしれないが、これ以上、場が悪くなるよりいいだろう。
「テメエ~、コウセル、また俺の邪魔するつもりか」
何時、何を邪魔したか覚えていないんだが、適当に言ってないか?
「何時、何を邪魔したか知らないけど、今、俺の邪魔してるのはジャイタ、お前だぞ」
「ああん」
「今、そこの女の子に毛皮の査定をお願いしてるんだよ、ジャイタが絡んでるから査定する作業が止まってる、早くしたいから絡むのは止めろ」
とりあえず、これでジャイタの矛先は俺に向くだろうが、この後どうすればいいんだろ、めんどくさいから何時もみたいに殴り飛ばそうかな。
「おまえ、ビッテだけじゃなく、その女にも手出しるのか」
「変な事を言うな、何を勘違いしてるか知らないけど、誰にも手なんて出してないぞ」
本当に何勘違いしてんだ、ビッテなんか関わったて面倒くさいだけだし、ホーエルは昨日会ったばかりだぞ。
なのにホーエルさんなんで顔を赤くしてるんですか、何か口説くような事言ったか? まあ、気にしたら負けだスルーしよう、シューバさんの笑顔が変らないのが怖い。
「じゃあ何でビッテの結婚相手が俺じゃなくお前なんだ。お前が邪魔して無いなら俺が結婚相手に成ってなければおかしだろ」
知らねーよ、そんな事、何時俺がビッテの結婚相手に成ったんだ、それとジャイタ、何でそんなに自分の都合の良い様に考えるんだ、普通に断られたと思わないのか。
「何処から流れた噂か知らないけど、俺はビッテさんの結婚相手じゃないぞ」
「ふん、どうだか。それとお前、その女に何か吹き込んだんだろ、昨日から避けてるのが良い証拠だ」
俺はホーエルの方を向くと気まずそうな顔をしている、本当に避けているのか? だけどシューバは苦笑しているだけそんなに怒っていない?
「昨日何か遭ったんですか、ホーエルさん」
ここは普通に事情を聞いた方が良い、多少乱暴な相手でも接客はしそうなんだが。
「その時はシェッタさんを担当していましたから」
「だからって、買い物にあんなに長い時間掛からないだろうが」
ジャイタよ、この世の真理の一つを知らないのか、女の買い物はどんな世界だろうと時代、老若なんて関係なく長いということを。
「どうなんだ、違わないだろう」
威嚇する為にジャイタが一歩歩くとホーエルとシューバが一歩下がる。
あれ? ホーエルなら分かるが、何でシューバも下がるんだと思ったが、理由が分かった、これなら避けようとされても仕方が無い、シューバもシェッタに接客していた事と、これが有るから怒らなかったんだな。
―――臭―――
「ジャイタ、お前、前に体洗ったの何時だ」
「あん、今そんな事、関係ねーだろ、何か吹き込んだ事を誤魔化すつもりか」
「違う、彼女は狼の獣人だから嗅覚が優れている」
「だから何だ、そんなのどうでもいいだろ」
これで気付けよ、恥かかしたとか、言いがかりをされるのは面倒なのに。
「ジャイタお前、すげー臭いぞ、女を口説きたいんなら、もう少し身嗜みを考えろ、それとどれ位時間が掛かったのか知らないが、女性の買い物は長い、お前の事はたぶん関係ないぞ」
ホーエル、シェッタ、ビッテ、この三人が俺が転生して見た事がある女性中で三指に入る容姿の整った女性だ。
シェッタとビッテは村の男衆皆が狙っているだろう、ジャイタも例外じゃない。しかし、男衆はいまだに誰も二人の横に並べていない。
ビッテの婿は次期村長になる為、高い能力を求められ厳選される、後、俺をビッテの婿にしようと企んでいるせいかも知れないが未だに誰も並んでいない。ジャイタは村長の家族には逆らわないから、我侭を言う事は無く大人しくしている。
シェッタは色々とアプローチを受けているが、父親のザーインを避けている男は相手にしておらず、一人を除き誰もがザーインを恐れて避けているから結婚相手として見ていない。ジャイタもザーインを恐れて避けているが、どうしてもシェッタを物にしようと人気の無い所に連れ込もうとしていたが、俺が察知して未然に阻止した。
その時のジャイタと喧嘩になったが、骨折みたいな生活に支障が出ないレベルで一方的に殴り倒した、最後の方は怯えて震えていたので殴るのを止めて、シェッタに何かすればもっと酷い目に遭わせると注意した。その後、ジャイタの父親ジャイボにもザーインから注意して貰ったので今後、人気の無い所へ連れ込もうとしなくなった。
ジャイタは傷が治ってから、怯えてはいたが俺に対する憎悪は無くなっておらず、恨んでいたが、俺としては感謝してほしいと思っている。シェッタを人気の無い所に連れ込んだりして何も無かったとしても、たぶん、きっと、いや絶対、運悪く怪我をする事になるだろう、絶対に死にはしないが絶対にベットの上で一生過ごす事になる怪我をしただろう。
そんな訳でジャイタの思い通りになるの容姿の整った女性が居ない中、新しい現れた容姿の整った女性がホーエルだ。
昨日は近くにシェッタが居た為、買い物が終わるのを待っていたが長くて諦め、今日は一人で仕事をしていたから声を掛けたという所か。
俺が臭いと言ったことが恥ずかしいのか、恥を搔かされた事を怒っているのか、その両方か顔を真っ赤にして怒っている。
怒りに任せて、腰に差してある剣を抜く―――――寸前に近づき、剣の柄を握る腕の手首を掴む。身体強化を使っているから、体格では圧倒的に劣る俺でも力負けしない。
「ジャイタ、お前何を考えて、剣を抜こうとした、武器を抜いたり構える事の意味をジャイボさんから習ってないのか、抜いたら殺されても文句は言えないんだぞ」
ジャイタを睨みながら言うが、表情と言葉に感情を乗せていない。ジャイタは一方的に殴り倒された時の事を思い出したのか、真っ赤に成っていた顔を蒼白にしていた。
「うるせっ!」
怒鳴り声のような、悲鳴のような声を上げて、俺の手を振り払う。俺が握っていた腕の手首には俺の手形がくっきりと残っており、手も血流が止まっていたせいか変色していた。
「少し魔力が扱えるからていい気に成るなよコウセル! 俺も村を出て冒険者に成る、そしてお前より強く偉くなってあの時俺にやったようにお前をボコボコにしてやる覚えておけ!」
ジャイタは魔力量がCランクぐらいあると聞いたことがあるが、あんな性格だ冒険者に成って死ななきゃいいんだが、まあどうでもいい、あいつ程度なら俺の敵に成る事すら出来ないだろう。
ジャイタは言う事だけ言って何処かへ行ってしまった。
「すみません、シューバさん、ホーエルさん、村の人間がご迷惑掛けました」
二人に頭を下げて謝る、ジャイタの評価が下がるのはいいが、ノキ村の評価が下がるのはまずい。
「大丈夫です、コウセルさん頭を上げてください」
「そうです、コウセル様、頭を上げてください、本当ならこちらの問題でした気にしないで下さい」
言葉に従って頭を上げる、二人とも表面上は気にしていなさそうだ。そう表面上だ、ホーエルは本当に気にしていないみたいだが、シューバは分からない、裏で何を思っているんだか、爆弾を投下してくる。
「ですが、ホーエルに手を出すなら最後まで責任取ってくださいね」
「お父さん!!」
シューバの言葉は冗談なんだか本気なんだか判断がつかない、それとホーエルなんでそんなに顔を赤くするんだ、恥ずかしいだけだよな。