化けの皮が剥げてくる
「あはははは、申し訳ない、どうやらかなり興奮していたみたいです、貴方はまだ、田舎の子供でしかないんでした」
獣人商人シューバが乾いた笑みを浮かべながら笑っている。
旅に便利な魔術書を俺への先行投資として、シューバが格安で金貨二十枚で売ってくれるとが話を持ちかけてきたが田舎の子供にそんな大金を用意できるはずも無く。
さっきまで偉そうに交渉していたので、金が無いから買えないと言うのは恥ずかしかった。
「もういいですよ、魔術書は置いといてください、お金は明日の昼までにひょっとすれば用意できるかも知れません。用意出来なければ明日売ろうとする物がありますから、買値から引いてってください」
仕方が無いがリムス神父にお金を出して貰おう、魔術書が手に入るならお金を出してくれるはずだ。
もし、出しってくれなっかたとしても置いといてもらえば良い。セースの代わりなんだから次も行商に来るのはシューバだろう、俺に投資したいと言っているんだから、それぐらいしてくれるだろう。
「お金を用意できない場合、買い取った物から値引きするのは構いませんが足りるんですか?」
「次もノキ村に来る行商人はシューバさんですよね?」
「はい、そうです」
「もし足らない場合は予約しますんで置いといてください、次来るまでには足らない分を用意しておきます」
「分かりました」
「それより、本当に魔術書を手放して良いんですか? 魔術書をあるから今まで行商を普通より楽できていたんでしょ」
魔術書が無くなれば、おそらく薪や水などを魔術書で代用していた分、多く馬車に乗せる事になり、積み込める商品の数が減るだろう。
洗浄と消臭は、商談する時など相手に好印象を与えるのに役に立つし、冷却は暑い時期や地域に行けば、それだけで商売なり何なり役に立つはずだ。
「大丈夫ですよ、同じ魔術書をもう一冊もっているんです」
凄いな、たぶん一番多く出回っている魔術書だとは思うが、貴重で役に立つ魔術書だ、誰もなかなか手放さないだろ。
「二冊も持っているのが不思議ですか。魔術書を知っていて、見つけられれば意外と簡単に手に入るんですよ」
簡単て、こんな便利な物を簡単に手放す奴がいるのか?
話を聞くと、行商人見習い時代、彼の師匠が魔術書を持って使っていたので、魔術書の事は知っていたらしい。
一人前になり、ひとりで行商をしていたときに、ある貴族と商談する時に応接間に飾ってある魔術書を見つけて、商品の代金に魔術書を譲って貰えないか交渉した。
貴族は魔術書である事を知らず魔導書だと思っており、魔導書が珍しいからインテリアとして飾っているだけだったので快く譲ってくれたらしい。
もう一冊は、蚤の市に売られているのをたまたま見かけ買い取った。
「今では魔導書と魔術書を見分ける人は居ないんじゃ無いでしょうか、魔導書を持っていても、どうやって魔術を覚えればいいか分かりませんから簡単に手放すんですよ」
なるほど、魔術書と魔導書を見分けられる俺は異常と言う事か。それと魔導書を持っているのに魔術が覚えられないという事は、俺が教えた地球の魔術基礎知識が殆ど消されているな。
魔術書と魔導書の見分け方は簡単だ、魔術言語の解説が載って有るか無いかだけ、解説が載ってあれば魔導書だ。それと魔力が帯びているのと帯びていないのがあるのは、魔術言語を正しい方法で書いてあるかないかで、正しい方法で書いてあると魔術言語から魔力が発せられ、その魔術言語を唱えた時に動く魔力の流れを教えてくれている、それらが幾つも記載されて魔導書は魔力を帯びる。
そして、やり方さえ知っていれば魔術を覚えるのは難しい事じゃない。呪文となる魔術言語の意味、その魔術言語を唱えた時に動く魔力の流れ、その二つ覚えれば魔術を覚えられる。他にも色々方法が有ったり、系統により覚え方の違いは有るがこれが基本だ。
覚えた魔術を使う時は、呪文となる魔術言語の意味を理解した上で詠唱し、詠唱する事で動く魔力の流れをスムーズにするように補助すると発動する。詠唱はあくまで補助で、普通に言葉を使うのと同じように魔術言語の意味を意識せずとも使えるようになったり、自分の魔力操作で魔術の流れを再現できたら、呪文は不要となり、無詠唱や詠唱短縮に繋がる。
これらは魔術の基礎知識の一部だ、基礎知識が失われているせいで方法が伝わっていないな。
「今では魔術は、魔法の補助的なものですよ」
どうやら、俺がモータルセンヌに来た頃と変わらないぐらい、魔術技術は衰退したんだな。モータルセンヌに来たばかりの頃も魔術は魔法の能力付加する技術でしかなかった。
「じゃあ、魔術師と名乗っている人は居ないんですか」
「会った事はありませんが、噂で聞く事が有るぐらいですね」
今では魔術師はかなり少数なんだな。
その魔術師を名乗れている人物は、かなり運の巡りがよかったんだろう、魔力の感覚を正確に掴む方法を選び、魔導書を所持している。
リムス神父も運の良い方だったんだろうが、ただ魔導書の質が悪すぎた。魔術言語の解説は載って有ったが正しい方法で記載されていない。
唱える魔術言語の魔力の流れは知らなくても、詠唱すれば発動はしないが魔力は動く、魔術言語の意味を理解した上で何度も唱えればいずれ発動するだろう、しかし、この方法では、使えるようになるまでかなり時間が掛かり、上級に分類される魔術は複雑すぎる魔力の動きを知らないと再現が出来ず使うことが出来ない。
そう言えば、リムス神父、魔術言語ばかり覚えようとしていたけど、魔術言語の魔力感じ取ってんのかな?
「他に何か聞きたい事は有りますか?」
街の噂話を聞きたいが、まず、リムス神父に魔術書の事を話さないといけないな。
「明日、買い取って欲しい物を持って来ますんで、買取が終わった後に街の噂話なんか聞かせてください」
「わかりました。では明日、お待ちしております」
「大将!、大将ー!」
挨拶が終わったので、離れようとした時に、シューバを呼ぶ青年商人がコッチに来る。それだけなら気にせずに離れるんだが、青年商人の後ろから姉シェッタが着いて来ていたのでその場に残った。
「騒がしいですよ、ファーシ、お客様の前です静かにしなさい」
「すみません、大将、けど、こちらのお嬢さんがケイッコー鳥に赤羽を持っているんです」
「ほう、ケイッコー鳥の赤羽ですか」
ケイッコー鳥の赤羽か、あれは珍しいからな買い取りたいのか。
「コウ、ここで何してるの?」
シェッタが俺に気付いて、近くに寄ってくる、ケイッコー鳥の赤羽二枚とお金が入っている袋を持っているから、ケイッコー鳥の赤羽を飾り付けする為の小物を買いに来たんだろう。
「魔導書は有りますかて、尋ねたら有るて言うから、見せてもらってたんだよ」
「コウは、魔術とか本当に好きね」
「まあ、そうだね。それで姉ちゃんはケイッコー赤羽の飾り付けの小物を買いに来たの?」
「うん、そうなんだけど、赤羽に合う飾付けないかって見せて尋ねたら、奥まで来て欲しいて言われて」
シェッタは戸惑っているみたいだな。
「すみません、少し宜しいですか」
シェッタと話しているとシューバが声を掛けてきた。
「始めまして、私はシューバと申します。お客様、お名前をお聞きしても宜しいですか」
「ええっと、私?」
ここまで畏まって、接せられる事がないからシェッタがかなり焦りながらこちらを向いてくる、とりあえず頷いて先を促す。
「シェッタといいます」
「シェッタ様ですね、シェッタ様とコウセル様はご兄弟でいらっしょいますか?」
シェッタがまた、焦りながらこっちを向いてくる、俺が話した方がいいな。シューバも俺が話しに入りやすいように質問して来たんだろうし。
「そうですよ、俺のほうが弟です。で、シューバさん、何か話が有るんじゃないですか」
「はい、実はですね、シェッタ様が持っているケイッコー鳥の赤羽を譲って頂きたいんです、二枚合わせて金貨十枚でどうですか?」
―――おい、ちょっと待て、ケイッコー鳥に赤羽一枚で金貨五枚?
「シューバさん、セースさんから、ケイッコー鳥の色羽は一枚金貨一枚ぐらいの価値だと聞いたんですが」
シューバは少し悩んで顔を顰めさせたが、すぐに納得したのか顰めた顔を戻し、話してくれた。
ケイッコー鳥の色羽は確かに金貨一枚ぐらいの価値だが、赤羽だけは違うらしい。
赤色以外の色羽を生やしたケイッコー鳥は魔物が生息している地域にいるため冒険者が偶に取ってくる事があり、珍しくはあるが出回っている。
しかし、赤羽を生やしたケイッコー鳥は魔物の生息しない森にしかいないため、冒険者はあまり稼げないから魔物が生息していない森には行く事がなく、冒険者ギルドで報酬の良い依頼として出さない限り狩って来ない。
ただの猟師ではケイッコー鳥自体仕留めるのが難しく、赤羽を生やしたケイッコー鳥を見つけられたとしても仕留められず逃がす事が多い。
だから、赤羽は他の色羽より珍しくから、価値が高くなるらしい。
―――やられた
セースの奴、相場の五分の一値段で取引しようとしやがった。
こっちは相場を知らないから、セースの言う事を信じるしかない。一応、ケイッコー鳥の色羽は金貨一枚と嘘は言っていないが、ケイッコー鳥の赤羽が金貨五枚と本当の事も言っていない。
商人だから利益を上げるために、安く手に入れようとするのは分かるが、五分の一は酷すぎる、どうにかして仕返す方法はないか。
「ねえ、コウ、赤羽はやっぱり売ったほうがいいかな?」
俺が腹を立てて、考えていると、シェッタがケイッコー鳥の赤羽を売った方がいいか小声で訊ねてくる。
セースに仕返す方法を考えているのを自分にあげたことを後悔してると思ったのかな?
「その赤羽は、姉ちゃんのだから好きにしていいよ」
魔術書の為にお金は欲しいが、今すぐどうしてもとゆうわけじゃない、確実に手に入るから少しくらい後になるのは構わない。
「・・・・じゃ、売らないって事でいいかな」
「うん、姉ちゃんがそうしたいなら、それでいいよ」
シューバにケイッコー鳥の赤羽の買取を断ろうと声を掛ける前に獣人娘がシューバに声を掛けていた。
「お父さん、お酒は完売しました」
村の男衆を相手に商売している時は耳はピンと立っていたが、今はペタリと伏せていて、心なしか尻尾も力なく垂れている感じがして、草臥れている。俺とシェッタには気付いていないみたいだ。
「ホーエル、今は商談中です、お客様に失礼ですよ。報告は後で聞きますから、後ろに下がっていなさい」
「えっ!す、すみません、お客様」
獣人娘の名前はホーエルて言うのか。
シューバに注意されて、俺たちに、ようやく気付き、頭を下げてシューバの後ろに下がって行く。
「別に構いませんよ。それでケイッコー鳥の赤羽ですが買い取って貰うのはやめておきます」
「ちょっと待ってくれ、もう少し考えてみないか」
買取を断るとファーシが慌てて考え直すように行ってくる。何でこんなにも慌ててるんだ?
「金貨十枚も有れば、持ってきた商品が大抵買える、別にこんな田舎で着飾っても意味がないだろ、赤羽売って色々買った方がいいて。ほら、ホーエルちゃんも何か言いなよ、赤羽欲しかったんだろ」
「別に私はいいですよ、どうしても欲しい訳じゃないですから・・・」
ファーシがやたらとホーエルに視線を向けながら説得してくる、最後にはホーエルからも説得するように言っている。
利益を出す為と言うより、ホーエルに良い所を見せたいんだろうが、ホーエルにも説得させようとしているので台無しだ。そこは気前よく俺が買ってやると言ってほしい所だ。それに女性に向かって着飾っても意味がないとか女心が分かってないな、何処だろうと女性は綺麗に着飾りたいものだ・・・・・合ってるよな。
ホーエルは口で否定はしているが、視線がシェッタが持っているケイッコー鳥の赤羽に常に固定されている。
「ファーシ、お客様に失礼ですよ、謝罪しなさい」
シューバが本気で怒っており、牙を剝いて今にも唸りそうだ。ファーシも自分の失態に気付いたのか顔面が蒼白になっている。
「申し訳ありません」
ファーシが頭を下げて謝罪して来るが、シューバにこれ以上怒られるのがイヤだから下げてる感じだな。謝罪については、俺はどうでもいいし、シェッタはファーシの暴言よりもホーエルの物欲しそうな視線に困っている、とりあえず許しておくか。
「別に気にしていませんよ」
さて、これ以上、ココに居てもしかないだろう、リムス神父の所に行くか。
「あの、すみません、えっえ~と」
ホーエルが俺に声を掛けてきけど何か戸惑ってるな―――ああ、名前が分からないんだ。
「コウセルと言います、どうかしたんですか?」
ケイッコー鳥の赤羽の交渉か? でもそれなら俺に話しかけてくるのはおかしいな。
「コウセルさん、次の行商で来るのは、春頃になると思うんですが、その時までにケイッコー鳥の赤羽を手に入れたら置いといていただけませんか、私が買いますから」
なるほど、次、俺がケイッコー鳥の赤羽を手に入れたときの為に交渉しにきたか。
それなら別に構わないな。それにシューバに何枚か買い取ってもらい、セースに仕返すことも出来るはず。
「分かりました、次にケイッコー鳥の赤羽を手に入れたら、ホーエルさんにお売りします」
「はい、分かりました、ありがとうございます」
ホーエルは微笑しているが、本当はかなり嬉しいんだろうな、尻尾を大きく振っている。
「犬の獣人さんも嬉しいと犬みたいに尻尾振るんですね」
シェッタが尻尾を振っている事を指摘するとシューバは苦笑し、ホーエルは笑顔から拗ねた顔になった。
シューバが感情を隠しきれず尻尾を振る娘を見て苦笑するのは分かるが、ホーエルが恥かしがるのなら分かるが、何故拗ねるんだ。
何が不満なんだ、シェッタもいきなり拗ねられた戸惑っている。
獣人は自分の種族に分類されている動物の特徴や癖を指摘されても怒らない。悪意を持って貶しているなら兎も角、シェッタにそんな意思は無いから尻尾を振っている事を指摘されて怒っているんじゃないはず。
何を不満に思っている、先まで振っていた尻尾もピタリと止まっている・・・・尻尾?
ホーエルの尻尾の毛並は艶やかだが少し硬質だ、耳の毛並みも同じ、口から鋭い八重歯がちらりと覗いている・・・・もしかして。
「シューバさんとホーエルさんの種族はもしかして、狼人族ですか?」
シューバは驚き眼を丸くし、ホーエルは驚いた後、笑顔で詰め寄り確認してくる。
「分かるんですか、お父さんと私が、犬人族じゃなく、狼人族だて」
あー、やっぱりそうか、狼人族か。
俺も前世では犬人族と狼人族を間違えて怒らせた事がある。犬人族と狼人族はお互い自分の部族に誇りを持っている為、間違えられると酷く不機嫌になる。
しかも、両種族を間違えるのは人間だけで、他の獣人族だけでなく他の種族も違いに気が付くから、なぜ分かってくれないのかと非難される。
どうやって見分けているんだと、犬人族と狼人族に聞いても、何となく分かるだろうと言われる始末、他の種族も同じ感じで見分け方が分からない。
どうにか見分けられ方がないかと、両種族のささやかな違いでも無いかと訊ね、ようやく、見分け方らしいものが出来たが、狼人族は犬人族に比べと毛並みが固く、八重歯が長い事が分かったが、個体差が有るので、あくまでも目安にしかならなっかた。
今回は予想で答えたが、俺は予想で種族を決めず、必ず種族を聞くことにしている。これは犬人族と狼人族だけでなく、他の獣人にも必ずしている。
偶に種族名ではなく部族名を名乗る獣人が居る。どうしてそうなったのか分からないが種族名より部族名で呼ばれる事を好む。有名なのは狼人族の天狼族だろう、彼らは狼人族はおろか他の獣人族より力を持ち、一線を画くする存在だ。
そんな風に数多く有るので必ず聞くことにしている。
「本当に、不思議な方ですね、コウセル様は」
やってしまった、自分の異常さが余計に浮き彫りになった。