強かな獣人商人
まだ、看板娘は出て来ないです
中年商人が連れてきたのは、もう一人の獣人の男シューバだった。
髪の毛は濃い紺色をしており、服はゆったりとしたローブで、服装のせいで体格は分からないが、おそらく細く引締まっているだろう、顔の容姿は平凡な感じだが犬耳があるせいか愛嬌のある顔している、尻尾の毛並みも艶やかだ。
「コウセル様、申し訳ありませんが奥のテーブルの方へお越しいただいてもよろしいですか?」
「わかりました、それと、そんなに丁寧に話さなくても大丈夫ですよ」
「いえ、商人としてお客様に接しているのです、どうかご勘弁を、さあ、こちらのほうへどうぞ」
まあ、商人としてはそれが正しいんだろうが、ノキ村じゃあ、あんな風に丁寧に接してくる人は居ないし、接する事もないからなんか違和感があるな、こういうのも慣れて行かないと行けないんだろうが。
奥のテーブルに着き座るとシューバが謝って来た。
「まず、謝罪を、申し訳ございません、まだCランクの魔核をご用意できておりません」
ああ、やっぱり用意できてないか、一応理由を聞いとくか。
「別に急いでる訳ではないので良いですが、何か問題があったんですか?」
「問題が起きた訳ではないのですが、ノキ村に出発する前日にセースさんから魔核の話を伺いまして用意する事が出来なかったんです」
出発の前日にか。商人なんだから取引について忘れていたと言うことは無いはず、何か理由が有るはずだ。
「どうして、前日に魔核について話して来たか心当たりはありませんか」
「おそらくですが、近頃、魔物の活動が活発化しているんです。その為、都市の防衛のエネルギーの確保や冒険者、兵士達の装備に使われる魔核の価値が高騰して、予想していた利益よりも大幅に下がってしまいますから、取引するのをイヤがったからではないでしょうか。今回のコウセル様との取引は魔核をセースさんが用意すれば手数料をいただきますが利益を丸々納めることが出来ますから」
なるほど、利益の為か。セースはもう行商をするつもりが無いんだな、今回、魔核を用意できなくて取引が出来ずに信用が無くなる事になっても、痛くも痒くのないし、魔核を手に入れる金で別の取引をした方が利益が出るかもしれないからな。
しかし、魔物が活発化しているのは問題だな、何が原因なんだ、まさか大罪の大魔獣が顕現しかけているとか無いよな、キフルブル公国には思念浄化の儀式を、救済の神エミシヤの祭りとして、年に一回は行うように言っている、もう大罪の大魔獣は顕現しない筈だ。
「魔物の活動が活性化している原因は分っているんですか?」
「はい、地方都市アンニーの近くの魔物が生息する森で魔王種が確認されたそうです」
魔王種か、大罪の大魔獣ではないぶんマシか。後はランクがどれくらいに成るかが問題だ、いっそ俺が仕留めに行くか?
魔王種は、魔物を支配する魔物の王の事を言う。突然変異で生まれた突然変異体の中でさらに一定以上の大きな力を持っているか、長い年月を経て進化したり、強力な力を取り込んで進化する超越体で一定以上の力を持っている個体を魔王種という。ランクは住んでいる地域によって様々だが、Bランクから上のランクに指名される強さはある。
ちなみに魔王種と呼ばれているが、魔王種と魔王は別物だ。あくまで魔王種は魔物の事で、魔王は魔族の王の事である、モータルセンヌにも魔族は居るが人々を襲う無慈悲な殺戮者でなく、魔族と言う名の種族でしかない、容姿は人間と変わらないが魔族石と呼ばれる宝石のように美しい石が胸元についている、別の呼び方では宝石族とも呼ばれている。
「Bランク相当のなので、冒険者か国が騎士団を派遣してすぐに討伐されるでしょう」
シューバを見るかぎり、あまり不安そうにしていない、どうやらカロンスア王国はBランクの魔物なら、速やかに討伐できる戦力は持っているみたいだな。魔物にもよるがBランクなら街を滅ぼすぐらいの力を持っている、騎士団の質の高さが伺える。
前にザーインが話してくれた、剛閃ギウスが討伐したサーペントタートル(海竜亀)はAランクで単純な強さはBランクなのだが、海上に居るから討伐がし辛いのでAランクになっている。
「それで、魔核をお持ちできなかった、お詫びなんですが」
「別に良いですよ、次に持ってきて貰えれば良いですから。それとセースとの取引は無しと言う事になるんですか?」
「そうですね、セースさんとの取引は無しになり、わたしとコウセルさんとの契約になります、セースさんとの契約破棄はこちらでしておきます。それとお詫びのほうですが、商人全体の信頼を回復する為です、ぜひ受けて貰えませんか?」
自分はセースのように利益が落ちる事になっても取引をやめず、きちんと取引しますよ、といった所か。田舎の村じゃ、相場が分らないし、価値が変動する物なら尚更分らない、村で買い物をするなら行商に来た商人を信用するしかない。
シューバはあまり利益に成らない田舎の村の子供相手に、詫びたり、礼儀正しく接して、信用を築こうとする、誠実な商人だ信用できるか? まあ、信用するしか無いんだが、向こうは村で買出しをして自分の所で買い物をしないのを危惧しているのかな。
「わかりました、お詫びのほうを受けさして貰います、それでお詫びといいますが何をしてくれるんですか?」
「はい、セースさんから伺いましたが、コウセルさんは魔導書を求めていらっしゃると聞きましたが、お間違いありませんか」
「ええ、魔法適正がありませんでしたが、どうしても魔法のような力を使いたいと思いまして、単純に魔術を習えばいいと思いました、成人すれば冒険者に成るつもりなのでそれで活躍も出来ますし」
もしかして、魔導書が有るのか、有るとしても値段はどれ位だ、足らなかったらリムス神父に借りるか。
「攻撃など出来る魔術が載っている魔導書では有りませんが、旅に役立つ魔導書は有りますよ。取りに言ってくるので少し待っていてください」
シューバは立ち上がり、馬車の中に入っていた。
ちょっと、残念だが表立って使える魔術が使えるのはありがたい、どんな魔導書だ、旅と言うから(照明球)とかの光系か、水などを生み出す水系の魔導書かな。
楽しみにして待っていると、シューバが馬車から出て来た、持っている書物から魔力を感じる本物だ。
「こちらがお売りしたい魔導書になります。お詫びの品として差し上げたいんですが、タダでお渡しすると周りの者から非難されますからご了承お願いします」
「いえいえ、魔導書のような高価な物を、タダで譲ってもらえるとは思っていませんから、大丈夫ですよ、中を見させて貰いますね」
「ええ、どうぞ」
タダだと逆に怖い、タダほど高いものは無いって言うからな、さて、中身はどんな物かな・・・・・・これは・・。
「魔術書か・・」
魔術書は魔導具の一種だ。本に記載された魔術名を唱えると自動的に所有者の魔力を吸い取り、魔術を発動させる。しかもこれは前世の俺がプランマ王国で保護した地球の魔術師に作るように頼んだ魔術書だ。かなりの数を作り冒険者や国の兵士に渡した、遠征の時に荷物を減らし移動速度を上げ、野営する時など簡単に身体を清めたり、温かい物や冷たい物を食べたり飲んだりして士気を維持するのに役立った。
攻撃用の魔術を記載した魔術書もあったがそちらは数が少ない、本の形をした魔道具が数少ないせいか得体の知れない道具として扱われ、得体の知れない道具に命を預ける事が出来ないと、冒険者を中心に言われた。
「魔術書? これは魔導書ではないのですか?」
しまった、つい口から零してしまった。どうする、どうやって誤魔化す。
リムス神父は唱えれば魔術を使える魔導書が有ると説明してくれた事は有るが、魔術書と言う正式な名称は知らないみたいだからリムス神父から聞いたというのは無理だ。
ザーインが知っている事に一か八かで賭けてみるか、冒険者をして国中を歩き回ってんだから知っている可能性があるか?・・・いやダメだ、商隊を率いて行商しているシューバが知らないんだザーインが知っている可能性は限りなく低い。
セースに聞いた事にするか? いや確認を取られたら一発で騙した事がバレる、信用が無くなり必要以上に警戒される。
仕方が無い、かなり苦しいが、本に書いてあった事にするしかない、俺とシューバの間で終わらせれば、周りに不審に思われる事はない、シューバには不審がられるが騙した証拠が無い、他よりはマシだろう。
「この本は、使う魔術名を唱えるとその魔術が使える書物じゃないですか」
「ええ、そうです、その本の中には加熱 冷却 照明球 水生成 消臭 洗浄 点火の魔術言語が記されていて、使う魔術の名前を言うと使えるんです」
「ある冒険者の冒険譚に書いてあったんですが、魔術名を唱えると魔術が使える書物を魔術書と書いて有ったんです」
「ほう、そうですか、ちなみに何という冒険者ですか」
全然信じていないな、あの目は、まあ、信じろというのが無理があるんだけどな。
「名前は出て来なかったんですよ、本の方も汚してしまい捨てました」
「それは、仕方がありませんね、残念です。では、商談に戻りましょう、この魔術書を金貨二十枚でお譲りします」
金貨二十枚! 村の買い物としては高額な物だが、魔術書に付ける値段としては安すぎる、しかも相手は田舎の子供とはいえ、胡散臭い奴だ何を考えてる。
「ずいぶん安いですね、魔力持ちの人なら誰でも魔術が使える道具です、相手を選んで売れば、かなり高額で買ってくれる筈です、どうしてそんな安値で売ろうとするんですか?」
「セースさんから、やたらと狩りの上手い子供が居ると聞きまして、しかも、その子が冒険者に成りたいというじゃないですか、そういう子に先行投資をしたいと思っていたんです」
「なぜ?」
シューバから説明を聞くと。店を構えたいが、どの街に店を構えても、元々街に店を構えている商会の傘下に入らないと邪魔をされて商売が軌道に乗るまでに時間が掛かる。
その時間を短縮する為に冒険者しか取れない価値の高い素材を扱いたいのだが、ギルドでそれらを買うと冒険者から買い取った値段と買い取る時にする品質チェック等の手数料などを値段に上乗せされるので、大きな利益が出ない。
高ランクの冒険者を専属で雇い価値の有る素材を卸して貰いたいが、高ランクの冒険者は殆どが他の商会の専属に成っていたり、専属に成る事を嫌っている。低ランクの冒険者が集めてくる素材は市場に多く出回っているし、何もしなくとも卸しに来るので専属にするメリットが無い。
だから、まだ何処の専属にも成っていない優秀な新人冒険者または、冒険者に成ろうとしている才能有る子供を専属になってもらうために捜しているときに俺を見つけた訳だ。
「一応、理由はわかりました、けど、俺は貴方に何も見せていませんが、どうして俺が才能が有ると思ったんですか」
「見れば分かりますよ、魔力を感じ取れる人は少ないですが私は感じ取れる事が出来ます、君は多くの魔力を持っていて、尚且つ高い技術で魔力を制御している。君のレベルで制御している人はそう居ませんよ」
魔力の量と制御能力か。モータルセンヌの住人しかも商人から推測されるとは思わなかった、当分隠れて居たいから誤魔化す方法を考えないといけないな、まあ、今はシューバとのやり取りだ。
「それに君と話して、さらに君に専属に成って欲しいと思いました、田舎の村の子供なのに知識が豊富だ、あやしぃ!」
殺意を込めて視線を送る、そこを取引で持ってこられるのは面倒だ、あまり過激な手段を取りたく無いんだけどな、まあ、殺しはしないけど、頭を弄る必要が出て来る。
「・・・すみません失言でした。そんなに睨まないで下さい、私はお互い利益の有る取引がしたいだけです、貴方の事を深く知ろうとは思いませんし探りません」
シューバを信じられるなら、この取引はかなり有効だ、俺としてもありがたい。
俺に投資したいと言っているんだ、ノキ村に居る間、秘かに色々の物を頼めば持って来てくれる、当然お代取られるだろうが、それは別に構わない。
世界を旅したいが冒険者になれば、いきなり世界を見て周る旅に出るわけじゃない、ノキ村のに一番近い都市、アンニーで色々と経験を積んでから旅に出るつもりだ。
アンニーに居る間、秘かに高価な素材を買取ってくれる商人が欲しいと思っていた、高ランクの魔物は魔術を使えば今でも討伐する事ができる、その討伐した高ランクの魔物の素材を普通に売れば目立つ事になるだろう。
目立てば貴族何かが抱え込もうと動き始めるかもしれないし、それに目立つ事により万が一、魔術のを使いこなす事がバレれば最悪、国が抱え込みに動き始める。前世でも召喚された魔術師は色々な勢力に狙われていた、今世も殆ど失われた魔術の技術が手に入るなら色々な勢力が動くだろう。
そして、売る方だけでなく買う方にも気をつけたい。
無いとは思うが買った材料で魔導具を作っている事がバレかもしれない、今世では一応、魔導具は高いが庶民でも手に入る物だが、種類や性能によっては高級な物になるだろう、うっかり高級な物を作り狙われるのは避けたい。
だから、そういう風な事を回避する為に協力、秘密を守ってくれる商人は欲しい。
信じてみるか? いや、お互いの利益の為に手を結ぶんだ、取引してみるか。俺は秘密裏で売買してくれる商人を、シューバは有能な専属冒険者が欲しい。
「いいですよ、シューバさん、条件次第で貴方の専属に成っても」
「本当ですか!それで条件とは」
一つ、成人して冒険者に成るまで必要以上に干渉しない事、あくまで行商人と客の一人として接する事。
二つ、専属には成るが期限を設ける事、期限が過ぎれば専属の契約は解消する。
三つ、俺の事を探らない事。
四つ、俺の事は出来るだけ内密にする事。
五つ、店を構えるのは地方都市アンニーにする事
「大体この五つです、後は俺が気に入らない事をしないで下さい、よっぽどの事が無い限り契約を解消するつもりは有りませんが、注意してください」
「分かりました、期限が有っても専属に成ってくれるなら問題はありません、ですが、具体的に期限はどれくらいになりますか? あんまり短いと困るんですが」
どれくらいで商売が軌道に乗るんだろう、二、三年で良いか、それぐらいでカロンスア王国も見て周るつもりだし。
「二、三年でどうですか。とっいうかそれぐらいで商売を軌道に乗せてください」
「・・・分かりました、軌道に乗せて見せましょう。それと出来るだけ内密にすると言うのはどうしてですか?、有名になればランクなどは上げやすいですよ、私も店の宣伝にも使えるんですが」
「変に目立て、貴族に目を付けられると、動き辛くなります。俺は世界中を旅したいんです、縛られるのはごめんです。俺としては店を構えるのが地方都市アンニーで良かったんですか条件に加えといて言うのもなんですが」
ノキ村の一番近い都市がアンニーだから選んだんだが、シューバは大丈夫なのか?
「別に構いませんよ、何処であろうと店を構えて、繁盛させてみせますよ、だから、貴重な素材なんかをお願いしますね。アンニーなら近くにリディアの迷宮が在りましたね、純度の高いリディア鉱石をお願いします」
凄い自信だな、まあ、シューバの店が大きくなれば俺も動きやすくなれそうだからいいんだけど。
「ええ、冒険者を始めたら取りに行きますよ」
「では、契約成立ですね。証書は作りません、信頼の証です」
おお、もう恩を売り始めた。・・・ああ、苦手だなこういう強かに交渉者は、単純に魔物と戦っている方がマシだ。
「証書を作らないのは、俺が貴方への信頼とは受け取らないんですか」
「貴方が契約を破棄しても証書が無ければ、私は貴方に罰する事は出来ませんが、私が契約を破棄した時、貴方なら証書の有無に関わらず私を罰する事が出来るでしょ。だから、この取引は私の方が不利なんですから、私から貴方への信頼なんですよ」
何て良い顔していやがる、自分の望んだ契約が出来た事が嬉しいんだな。元々こんな契約するつもり無かったが、交渉の場に引きずり出された。これは完全に俺の敗北だな、ああ、最悪だ。
「では、投資の話に戻りましょうか。投資すると言いながら、代金を請求するのはおかしいですがご了承ください、金貨二十枚になります」
笑顔で手を出してくる、本当に最悪だ、シューバもテンションが上がっているんだろう思考が回っていない。
「・・・シューバさん」
「何ですか?」
何でそんなきょとんした顔をするんですか、ちょっと考えれば分かるでしょ。
「俺は田舎の村の子供なんですよ・・・・・はぁ、金貨二十枚なんて大金持っていません」
そう金が足りない。さっきまで偉そうに交渉していたせいか、すげー恥ずかしい。




