第一話 かっこ悪い私
「ど、どどど、どうしてこうなったのー!!!?」
私は数分前の自分の過ちを後悔し、現実に向き合えずにいた。
───遡ること数分前。
春の風が夏の蒸し暑い風に変わりかけてきた初夏。
日も長くなり、六時を回ってもまだ夕焼けは姿を隠さず、その煌びやかに輝く光で私たちを照らし、影を伸ばす。
そんな、春の終わりと夏の始まりを感じる頃。
私は男子と二人きりで校舎裏に来ていた。
夕日が差し込み、私の背中を照らす。
その光は、まるで私を後押しするかのように思える。
私は高校生ならば、興味のない人はいないと言っても過言ではないことをしていた。
それは……って、別にいやらしい方ではない。
それは、告白。
誰が惚れた腫れたと、そんな事ばかりが噂となり、クラスに広まり、やがてそれは学年全員に広まる。
そんなもの面倒くさいと思っていた。
(しかし、私も好きな人の一人や二人ぐらいは……いた……はず。)
そんな、愛や恋なんかに疎い私が何故、告白しているのかというと、もちろん彼のことを好きになったから。
好きになってしまったから……。
(自分で思ってても本当に顔から火が出そう……。)
とまぁ、好きになってしまったことは仕方ない。
(これは……そう! 生理現象……!)
(体がオキシトシンとドーパミンをドパドパと出しているのが、悪いの……?)
私は自分でも何を心の中で言い訳しているのだろうと、俯瞰した冷静な頭で考える。
話は戻ろう。
今、私は手を前に突き出し、腰を九十度曲げた、握手を待つような体勢で突っ立っている。
そう、まさに定番のあのポーズをしている。
漫画でよくある、男子が校舎裏に呼び出して女性にお付き合いを願う、あのポーズ。
(よし………………?)
(って! 私は何してるの!???)
(このポーズって普通、男の人がするもんじゃないの!?)
(なんで、こんな……。いくらなんでもテンパりすぎよ!!)
(女子からの告白って、ラブレターか、ボソッと話す感じよね!?)
(そのために私、昨日徹夜してラブレター書いてきたのに!?)
(渡しそびれたからってさ……こんなことないじゃない。)
確かに現代。
令和はジェンダーレスや多様性がかなり重視されて、男も女も関係ないと言われてはいる。
(だけど、私にもプライドってものがあるわ!!)
(こんな、おかしい格好で告白しようと思ってなかったわ!)
私はチラリと相手の方を見る。
相手は少し困った顔と驚いた顔が混ざった……。
いや、驚きが九十パーセントって顔をしている。
この人と出会ったのは入学式の頃。
今でもよく覚えている。
いわゆる高校デビューを果たした私は、第一印象にとても飢えていた。
昔のように陰キャとバカにされたくない私は、知り合いのいない遠くの学校に、親に無理を言って一人暮らしをしてまで入学させてもらったのだから。
ここで頑張るんだと、私は意気込んでいた。
まず私が目をつけたのは、私と同じ境遇の遠くから来た人を探すこと。
そこで目についたのは、私の隣の席の、少し髪の長い、無口で窓の向こうをじっと見つめる男の子だった。
その男の子は、数十分前から先生が話している間も一度も窓から目を離さなかった。
そんな、少し変わったミステリアスな人。
(窓の外なんて、ただ散った桜が落ちているだけなのに……。)
(って、私かなり感性がない? こういう所ダメよね。直さないと。)
(向上心! 向上心!)
私の勇気が出る言葉を口ずさみながら、自分を鼓舞する。
そして、一呼吸して向き直る。
「ねぇ、君さっきから何見てるの?」
(よし! 出だしは順調! むしろ完璧!)
(話題を作りつつ、私の知りたかったことを聞き出せた!)
(何より、噛まなかった!!)
そんな、陽キャからしたら当たり前と思われるようなことでも、陰キャの私にはとても勇気のいる行動だから。
すると、今まで窓とにらめっこをしていた彼は、ようやくこちらに向き直り、私の目を見つめた。
そして、私は驚愕する。
その圧倒的な遺伝子の差に。
彼は、とてつもないイケメンだった。
アイドルグループなんかに入れば、必ずセンターを勝ち取れるほどの完璧なまでのルックス。
スッと整った高い鼻筋と、影を落とす長い睫毛が、まるで彫刻のように端正な顔立ちを際立たせていた。
そんなイケメンが真隣にいたとは気づかず、私は声をかけてしまった。
その事に気を取られていると、彼が声を出した。
「別に。ただ、外に何か面白いことないかなって。」
驚愕のあまり、一瞬自分の言った言葉すら忘れてしまっていた。
「え? あぁあ! そうなんだー……あはは、は」
(しまったぁ! あまりの驚きに返事が適当になっちゃった!)
(ええと、次の話題、次の話題……名前!)
「そういえばまだ、名前言ってなかったね!私、沢木藍! よろしくね!」
(いっよーし! 陽キャの元気っ子っぽく、ビックリマークがたくさん付くような元気な挨拶できたー!)
彼は一瞬、窓の方に顔を向けて何かボソッと呟いたが、聞こえなかった。
しかし、クルッと顔をこちらに向けた。
「そっか。俺は、黒沢駿。よろしく。」
髪をポリポリと掻きながら、面倒くさそうに目を細めていた。
(駿って名前までかっこいいのなんなの)
そんなに少なくはない名前でも、イケメンがそう名乗ると、たちまちかっこよく思えてしまうのはどうしてだろうか。
「次って体育館に移動だったよね? そろそろ廊下並ぼっか。」
クソ真面目がまた出てしまった。
「あ、俺シューズない……。」
そういや、と言いそうな勢いで、思い出したかのように言い出した黒沢くん。
「え、えぇ〜。」
(入学式早々忘れ物って、もしかして不良?)
(いやいやいや、そんな固定観念に縛られすぎちゃいけない!)
クソ真面目が心の中で漏れたことに気づき、首を左右に振った。
「どうかした?」
「いや別に〜。」
(仕方ないか。貸してあげよう。私、部活の見学したかったからシューズあるし。)
「黒沢くん! これ私のだけど使って! 私もう一足持ってるから、それ使うよ!」
(気の利く陽キャって、こんな感じなのかな?)
「え、いいの? あ、じゃあ帰りなんか奢るよ。」
「え!! いいの!?」
(き、きた! こういう時、明るい人は大体こうする!)
何か奢られたり、嬉しいことがあったりした時の行動を、私は完璧に記憶していた。
陽キャのイメージでもある明るいイメージは、きっとここから来ている。
私はそう確信していた。
「や、やったァ〜!」
声は裏返り、無駄に大きくなった声が教室に響き、うるさかった教室内が少し静かになった。
今、私の人生という名のノートに、新たに黒い歴史が刻まれた……。
(お、終わった。私の夢の高校生デビュー、撃沈。)
「ブッ……。」
誰かが笑った声がしたので、そっちの方を見る。
そこには黒沢くんがいた。
そう。
黒沢くんに笑われていたのだ。
黒沢くんの笑い方は、クールな見た目とは裏腹に、意外と歯を見せて笑うような豪快なものだった。
くすぶり出した笑いは止まることを知らず、やがて黒沢くんの中で爆笑に変わった。
「アハハハ!」
気づいたら黒沢くんは腹を抱えて笑っていた。
私は顔から火が出る思いで恥ずかしかったのに、この人は性格が悪いと思い知るのだった。
「あははっ……ごめん! つい面白くて……!」
「そんなに笑う?」
まだ笑いを止められない黒沢くんは、まだ腹を抱えている。
────そんな出来事があったのが、約二週間前。
そこから、私たちは意気投合し、隣同士の席なのも相まって、たくさん話した。
黒沢くんもオタクに近く、よく私と話が合った。
しかし、イケメンな黒沢くんと一緒にいると、少し女子からの視線が痛かった。
ヒソヒソ話す女子たちの私への嫌味や陰口を、よく耳にした。
それは私にとって不都合だった。
陽キャを目指している私にとって、クラスのマドンナであり、女子グループのリーダー格である日野さんから嫌われるのは、どうにかして避けたい。
しかし、黒沢くんと縁を切ることもしたくない。
そう思っていた時、私はこんな噂を耳にした。
『日野さんは黒沢くんのことが好き。』
そんな噂を耳にして、中学生のような反応をする私。
(なら、私あまり近づかない方がいいよね。)
そこで思いついたのが、私が黒沢くんに告白することだった。
モテない私は、まずフラれて黒沢くんに私を意識して距離を置いてもらう。
それで私は日野さんに嫌われずに済み、さらに黒沢くんが好き同士、仲良くなれるかもしれない。
同担拒否の場合はおしまいだけど……。
(正直、黒沢くんと話すことは楽しかったし、もっと話していたい。)
(でも、夢を叶えることが優先だし、私となんかじゃ釣り合わないから、私は引くのが一番!)
私は唇を少し噛んだ。
────そして現在に至る。
私は未だ片手を突き出したままの状態でいた。
そして、黒沢くんの顔も依然として驚き顔から変わっていない。
(よし、これならフラれること間違いな……いっ!?)
私の視界の端に人の姿が映った。
隣の校舎の窓でこちらを見ていたのは、黒沢くんを好きで、クラスのマドンナである日野さんだった。
(まさか見られているとは思わなかった……!)
私も驚いた表情で俯く。
早く終わらせたい気持ちでいっぱいだった私は、黒沢くんの返事を待つ。
(はやくぅー! はやくしてぇー!)
すると、黒沢くんはその血色のいい唇を震わせて言った。
「まずは……ありがとう。」
(うん……それを待ってたよ……。)
「俺、今まで彼女いたことなかったから分かんないし、それに俺は沢木さんと友達でいたいんだ。」
ここで来る、あの言葉。
『ごめんなさい。』
完璧なフラれる言葉をなぞっていく黒沢くん。
しかし、おかしな言葉が出てきた。
「でも、俺には考える時間が欲しいと思うんだ。」
(あれ? テンプレとは違う言葉。)
「だから、考える時間としてお試し期間を欲しいんだ。ダメかな?」
ここでの行動を、私はこの後、この癖を憎むことになるのをまだ知らなかった。
私は昔から、本当に意味がわからない時の『はい?』は音が低くなって、普通の『はい』に聞こえてしまうという癖があった。
「はいっ……?」
「良かったぁー! それじゃあこれからよろしくね、沢木さん……じゃなくて、藍さん!」
私は、ごめんなさいと言われた後に、お試し期間の間だけ黒沢くんの彼女でいられる権利を授与された。




