願い
私は人と話すのが苦手だ。
別に、人が嫌いなわけじゃない。
むしろ本当は仲良くしたい。
でも、いざ話そうとすると言葉が出てこない。
だから気づけば、いつもあんな言い方をしてしまう。
「ごめん。忙しいの。話しかけないで」
今日もまた、そう言ってしまった。
本当は違うのに。
……どうして私は普通に話せないんだろう。
放課後。
私は鞄を持って教室を出ようとした。
その時だった。
「よう、時雨」
後ろから声がする。
振り向くと、男の子が立っていた。
正直、ほとんど話したことはない。
名前は時也君だったかな?
「今から帰るのか?」
突然話しかけられて、少し驚く。
でも私は、いつものように短く答えた。
「……うん」
それ以上は何も言わない。
目も合わせない。
これ以上話すと、きっとまた変なことを言ってしまうから。
「そっか」
時也君はそれだけ言うと、特に気にした様子もなく席に戻った。
会話はそれで終わりだった。
でも、私は心の中で思っていた。
――時也君、話しかけてくれてありがとう。
少しだけ、嬉しかった。
学校を出て、夕焼けの道を歩く。
オレンジ色の光が街を染めている。
ふと、昔のことを思い出す。
小さい頃の私は、今とは全然違った。
「きもいんだよブス」
「近寄んな」
そんな言葉を、何度も言われた。
どうしてだろう。
私はただ、みんなと仲良くしたかっただけなのに。
そんな心に鉛を抱えた帰り道。
私は泣きながら歩いていた。
「……私、かわいくなりたい」
涙を拭きながら、そう呟いた。
「そうしたら、みんなと仲良くできるから」
その時だった。
気がつくと、目の前に古びた洋館があった。
街の外れにある、不思議な館。
扉を開けると、静かなホールが広がっていた。
中央には、大きな振り子時計。
カチッ
カチッ
規則正しい音が館の中に響いている。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、黒いスーツの男が立っていた。
白髪の執事。
その日、私は願った。
「かわいくなりたい」
その願いは、叶った。
代償と引き換えに。
そして今。
私はまた、その館の前に立っている。
ゆっくりと扉を押す。
ギィ……
重たい音を立てて扉が開く。
中に入ると、あの時計の音が聞こえてくる。
カチッ
カチッ
「いらっしゃいませ」
振り向くと、執事が静かに立っていた。
「時雨様、本日はどのようなご用件でしょうか」
私は少しだけ迷ってから言った。
「……また、人と仲良くできるようになりたいんです」
執事は静かに頷く。
「願いですね」
そして続けた。
「ただし、あなたの寿命は残り一年となります」
私は目を伏せる。
分かっていたことだ。
「さらに、その期間を健康に過ごせるとは限りません」
「いずれ入院することになるでしょう」
館には時計の音だけが響く。
カチッ
カチッ
執事はもう一度問いかけた。
「それでも、本当に願いますか?」
少しだけ考える。
でも、答えは決まっていた。
「……はい」
その瞬間。
カチッ
館の時計の針が、大きく一つ進んだ。
執事は静かに告げる。
「契約は成立しました」
「あなたの残り時間を、頂きます」
ーー1年のタイムリミットは楽しく過ごせたらいいな。




