【7】湯けむりの果て、星の下で。〜抱きしめたのは天使の奇跡〜
部屋付きの露天風呂は、想像を超える広さだった。
横三メートル、縦二メートルはある。
ロクシーとアンジュはまず、室内の洗い場でさっと身体を洗い、乳白色の湯が満たされた露天風呂へと入る。
湯の温度は少し熱め。肌に温泉成分が染み込むようで、思わずため息が漏れた。
「足を伸ばしても、まだ余ってる!」
ロクシーはプカプカと浮きながら笑う。完全にリラックスしている様子だ。
「温泉とは気持ちの良いものだな! いつまでも入っていられる!」
アンジュも上機嫌だ。
ロクシーがいたずらっぽく笑って、指先で湯を弾いた。
お湯の雫がアンジュの頬に命中する。
「今のは、なんだ?」
不思議そうに訊くアンジュに、ロクシーがニッと笑う。
「こうやって、お湯を弾き合うの! 勝負しよ!」
その言葉に、二人は湯を掛け合いながらキャッキャッと笑い出した。
夜の竹林に、鈴のような笑い声が響く。
その時――
「お嬢さんたち、フルーツ牛乳の差し入れだ!」
ルチアーノの声がした。
ロクシーはタオルで身体を覆い、温泉の入り口へ向かう。
そこには、キンキンに冷えた瓶のフルーツ牛乳が二本置かれていた。
「ルチアーノ! 珍しく気が利いてる! サンキュ!」
ロクシーは嬉しそうに言い、アンジュのもとへ戻る。
アンジュの瞳が、瓶の中の淡いオレンジ色に釘付けになった。
「ロクシー、それは何だ!?」
ロクシーがパチンとウインクを飛ばす。
「温泉のお供❤️」
「美味しいーーー!! 甘ーーーい!!」
アンジュの弾けるような声。
「アンジュちゃん! 立ち上がって! 腰に手を当てて飲むの! どう!?」
「………!! おお! 最高ではないか!」
そして再び、鈴の音のような笑い声と水音が響く。
その頃――。
ルシアンは、自ら申し出た“警護”の任務を心底後悔していた。
リビングのソファに座りながら、蒼白な顔で考え込む。
――アンジュさまが温泉で、身体をさらし、仁王立ちで牛乳を飲む……!?
これは大天使として止めるべき事案なのか!?
だが、神はこうも仰った。
「日本の正月を理解せよ」と――。
……これも、日本文化の一部……!?
ルシアンの思考がぐるぐると混線していると、背後から鼻歌混じりの声が響いた。
「おい! ルシアン! 今度はお前がソフトクリームを届けてやれ! 超喜ぶぞ! ラブ❤️」
ルシアンがカッと目を見開く。
「ルチアーノ……!!
大晦日の温泉で、フルーツ牛乳とソフトクリームを食す……!
これは……日本文化なのだな!?」
ルチアーノが、赤ワインをブッと吹き出した。
結局、ルシアンがソフトクリームを運んでやることはなかった。
ロクシーとアンジュは温泉をたっぷり堪能し、満ち足りた顔で部屋へと戻っていった。
そして――
部屋付き露天風呂には、ルチアーノとルシアン。
湯気の立ち込める中、ルチアーノがポツリと呟く。
「おじさんが二人きりで、部屋付き露天風呂……」
その視線が、どこか遠くを見ていた。
だが、すぐにいつもの明るい声を取り戻す。
ルチアーノは持ち込んだソフトクリームを掲げ、ニカッと笑った。
「俺様達はズッ友❤️ ズッ友の温泉に――乾〜杯!」
強制的にルシアンの手にもソフトクリームを握らせ、二人で“乾杯”する。
そして同時に、かぶりついた。
ルシアンはルチアーノの真似をして、一口食べてみる。
――甘い。
あのお方は甘党……やはり、ソフトクリームを差し上げれば良かった……。
だが、そんな内省も束の間。
湯気の熱気で、ソフトクリームがみるみる溶けていく。
「ルシアン! 溶けてる! 溶けてる! 早く食えーーー!!」
「………!!」
ルシアンが慌てて、フガフガ言いながらソフトクリームを丸呑みしようとする。
その姿は、もはや大天使の威厳などどこにも無い。
――その様子を水晶玉で見ていたイレイナは、冷めた声で一言。
「……馬鹿なの?」
それから、四人で懐石料理に舌鼓を打った。
テーブルには、山の幸と海の幸がきらびやかに並んでいる。
だが、量は控えめ。
――もちろん、年越し蕎麦のためだ。
アンジュは懐石料理をぺろりと平らげたが、酒には手をつけなかった。
日本の年越しを、昨夜のように酔いつぶれて過ごしたくはなかったのだ。
ルチアーノとロクシーが思い思いに寛いでいると――
アンジュはふと、夜空に瞬く星を見つけた。
振り返ったその先で、ルシアンと目が合う。
ルシアンはただ、じっとアンジュを見つめていた。
アンジュがにっこり笑い、口を開こうとした――
その時、インターフォンが鳴り響く。
『年越し蕎麦』が運ばれてきたのだ。
年越し蕎麦は、天ぷら蕎麦だった。
ロクシーが「ヤバい! ヤバいとしか言えないんだけど! エビ、中身が生! 野菜もうまっ!」と叫べば、
ルチアーノも「出汁と天ぷらが染みるーーー! 俺様、今年も一年頑張った! 偉い!」と蕎麦を啜る。
アンジュも天ぷらを一口食べた途端、脳天に電流が走るような旨味を感じた。
蕎麦の香り、出汁の深み、油の香ばしさ。
ひとつひとつが、心を震わせる。
「ルシアンよ……! これは正に日本文化であるな! 美味い!
年越し蕎麦という奇跡だ!」
「はい。アンジュさま。」
ルシアンも、食べなくても生理的に支障は無いはずなのに――
懐石料理も、天ぷら蕎麦も、同じように口にしていた。
きっと、アンジュが自分と感想を分かち合おうとしてくれると、
そう思ったから。
そして、それは正解だった。
年越し蕎麦が下げられると、女将が微笑みながら言った。
「年越しをお楽しみくださいませ。」
ロクシーはスマホを手に取りながら、「年越しってお参りとかするんだっけ?」と呟く。
ルチアーノも「俺様が神社仏閣に入って大丈夫なのか!?」と青ざめ、水晶玉で地獄の部下に問い合わせていた。
一方、アンジュは竹やぶの向こうに広がる星々を見つめていた。
星屑を見上げながら、小さく呟く。
「ルシアン……」
その声に応じるように、ルシアンが音もなく隣に立つ。
「ルシアンよ、見よ。
あの星を。
我々は天界にいる身、星を見ることなど滅多に無い……」
「はい。」
「……美しいものだな、星は。」
煌めく星々。
けれど、ルシアンにとって美しいのは――
星を見上げるアンジュの青い瞳のほうだった。
しかし、それを言葉には出来ない。
その瞬間――ドンッ、と身体に響く音。
夜空に大輪の花火が咲き誇った。
ルシアンは反射的にアンジュを抱き寄せていた。
それが花火だと理解していても、抱擁を解くことはできない。
「なんと……美しい!」
アンジュの瞳から、花火よりも美しい涙がひとすじ零れ落ちる。
ルシアンはその涙を守るように、そっと抱きしめる腕に力を込めた。
新年を告げる花火が終わるまで――
ルシアンは、ただ静かに、アンジュをやさしく抱きしめていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
あけましておめでとうございます。
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