異世界に転生したと思うのですが、私のジョブは何ですか?
面白みのない人生だった。
だから目前にトラックが迫った瞬間、走馬灯で一番輝いていたのが「幼稚園児の時分、近所の犬を撫でた瞬間その犬と飼い主が同時におならした」という最高にしょうもないことで、しかもそのせいで最期の台詞が「なんでこれ……」になった。
最初から最期まで面白みのない人生だった。
そんな人生だったから、まさか続きがあるなんて思いもしなかった。
☆
(え……?)
トラックにぶつかったと思った瞬間、視界が切り替わった。目の前には、奇抜な……所謂「勇者とその御一行」といった格好の男女数名。
おまけにそいつらは、絶対邪悪だってわかる風体の「魔物」と戦っている。
そう、獣ではない。形容しがたい姿かたちの……「魔物」、だ。
『なんだ、これ……』
最初の台詞が最期の台詞とほぼ同じになったが、そんなことを考えている暇はなかった。
『え……!?』
目の前に「魔物」がいるのだが、思わず、自分の声がいつもと違っていることに意識が引っ張られた。よく知っている自分の……三十代男性の声ではない。若い、というより、まだ幼さを感じる女性の声だ。
思わず喉を抑えるが、下に向けた視線は、褐色で華奢な四肢と、薄いが確実に曲線を帯びた胴体を捉えた。
服装はなんとも言えない不思議なものだ。露出は多め(特に腹部分は完全に露出している)だが、部分的にやたらひらひらしたり奇妙な装飾があったりする。身体自体にも、あちこちに薄く光る刺青のような紋様が浮かび上がっていた。
これは―――もしかして。俗にいう。アレか?
『異世界転生……?』
可憐な声の呟きは、目の前の「勇者」によってかき消された。
「大丈夫か!? どうだ、いけるか!?」
その声を聞いた途端、ドクン、と鼓動を感じる。本能的になにかがわかる。そうだ、俺は―――
『いける!』
俺は、皆を助けるためにここへ来たんだ。それが「わかる」。
身体は勝手に動く。そう、何をどうすべきか、「知っている」。
「魔物」に向けて構えた掌に、意識を集中する。
「力」としか形容できないモノがそこに集まって渦を作る。そう、こうやって、掌に降ろした「力」を、すべて集めて、固めて……
『解き放つ!!』
眩い光と共に、「力」は「魔物」へ向けて射出され、その身を貫いた。
耳障りな悲鳴とともに、「魔物」は倒れ……黒い塵となり、消えた。
「やった!!」
嬉しそうな「仲間」たちの声が聞こえる。
俺はそれを満足気に聞きながら、身体の力が抜けるのを感じた。地面にぶつかる前に、駆け寄った「戦士」風の男が逞しい腕で抱きとめてくれた。
『やったんだ、俺……』
さっきの術の反動なのか、とても眠い。
だが、全てを振り絞った実感があった。これまでのつまらない人生では、一度も感じたことのない充足。
ここがどんな世界かはまだよくわからないが……きっと。
きっと、第二の人生は素晴らしいものになる。
満ち足りた気持ちと、新たな出発への希望に包まれたまま、「戦士」に微笑みかけ、俺はゆっくり意識を手放し―――
☆
「大丈夫か?」
戦士は腕の中の少女を軽く揺さぶる。
「…………うん。巧くいったね」
目を開いた少女は、可憐な貌を、茶目っ気たっぷりな笑顔に変えた。戦士に支えてもらって立ち上がると、うん、と伸びをする。さっきまでその身体じゅうにあった光る紋様は、きれいさっぱり無くなっている。
「相変わらず凄いわね、原理はよく分からないけど」
様子を見に来た弓兵は、しみじみと感心しながら、彼女より頭一つ分低い位置にある少女の頭を撫でる。
「えへへ、簡単だよ! 『力』を持ってきて、えいって投げつけるだけ!」
踊るように、少女は球を投げるような仕草をしてみせる。腰に巻いた飾り布がふわりと翻った。
「簡単って言うけど……」
弓兵は苦笑いするしかない。
そこへ、魔物の消滅跡の確認と、周囲の警戒を終えた勇者が混じる。
「君には簡単かもしれないが、君にしかできない」
笑顔で彼もまた、少女の頭を撫でる。少女は得意げだ。
そう、彼女にしか―――彼女の「職業」でしかできない「術」。
この世で一番強い「力」、それはすなわち「命」である。
そしてその「命」を、身体と共に半分受け持つ、「魂」。
どこか遠くで肉体から離れた「魂」を、邪悪な存在を滅する糧として喚び出し、消費する術。
それこそが。
「流石、死霊術師の、降霊術だ」
(END)




