お誕生パーティその5、大好きなのはチョコレートケーキ、スキーは初めてなこと、もっとスキーしたいけど、しばらく我慢が必要なこと
「ひゃっほうぅぅ」
アイボリーが絶叫をあげながら滑走してくる。
ユータのいるところで、止まろうとしたが、エッジが効かずに横滑りしていった。
「ずいぶん、上手くなったね。初めてで1時間、こんなに滑れるなんてすごい」
「アイム、ずっとビジョン見てたからね。ジャックと工場長の教え方も上手い」
「スキー滑れる人が大勢いて良かったよ。初めてが3人もいたら、教えるだけでたいへんだと思ってたんだ」
ゆったりと、大きくシュプールを描いて、コーラルとベッコウが降りてくる。シノノメとジャックが、サポートで並走している。
「工場長は?」
「もっと急斜面のほう行くって言ってました」シノノメが答える「調子出てきたから、2、3本滑ってくるそうです」
「アイムも行こうかなー」
「やめなよ、もう少ししたらパーティだし、主役がいないんじゃ、ケーキ食べられないじゃないか」
「おお、ケーキ。素晴らしい。なんて言っても、初ケーキだしねぇ。どんな味がするかな」
真っ赤なスキーウェアが、猛スピードで滑降してきた。二度エッジを入れると、前を行く4人を追い越して、ユータとアイボリーの前に滑り込む。
「お母さん」停止してゴーグルを上げた彼女にユータが声をかけた「ケーキはチョコレートケーキで間違いないよね」
「大丈夫、大丈夫」お母さんが返事する「スポンジ休ませてるとこだから、今日のも万全、ぜったい、おいしいよ」
わーい、とアイボリーがスキーを履いたままバンバン飛ぶ。おっとり、やってきたジャックがお母さんの隣りについた。
「ひさしぶり」
「あらま、ジャック、ひさしぶり」お母さんは目を丸くした「ウィリアムが他にも来てるって言ってたけど、あんただったの」
「うん、ボクと、あと、アイジュマルも」
「アイジュマルも来たの? まだ見かけてないんだけど」
「彼女、スキーは苦手だから、ゲレンデには来てない」
「なるほど、居残り組か。ちょうどいいや。パーティの準備手伝ってもらおう」
じゃ、またねー、とお母さんは大胆なスケーティングで、ゲレンデから、あっという間にいなくなってしまった。
「パーティはじまるまで、まだ時間ありそうだな」ユータはスキーのビンディングを外し、雪上車を呼んだ。
ベッコウとコーラルがついたところで、8人乗りの雪上車にみんなで乗り込む。
「もっと、上行こうぜ」
「いいな、いいな。スキー楽しい」
「アイムもー、上行きたい」
「パレアナさん、もう来てましたからね」シノノメが言う「お母さんは、仕事早いですから。パーティに遅れないように帰るとすると、さっきと同じところまで行くのが、やっとだと思いますよ」
ちぇ、と、みんな下を向いたが、シノノメに逆らう者はいなかった。こういう見積もりをシノノメが外すことはあり得なかったから、言うことを聞くより他に方法がないのだ。
「それにしても」ジャックが顔をほころばせて言う「
ヒスパニオラに雪山があるとはね、スキーができるなんて思わなかったよ」
「そりゃ、そうだね」ユータが言った「昨日つくったばっかりだし」
「何を?」
「雪山を」
唖然としているジャックに構う風でもなく、ユータは愚痴りだした「アイボリーがスキーしたい、って言うから。最初ぐらいは希望聞いてあげてもいいかな、そう思ったんだよ」
「え? だって、1日でできるものなのか?」
「一日、っていうか、14時間くらいだよ」ユータはジャックの言葉を訂正した「もともとヒスパニオラは自転してない、と言うか、L1は引力の関係で自転周期が月の自公転周期と同じになるので、月にも、地球にも、常に同じ面を向けている。そういう状態だから、L1にいる間は太陽に向いている方と影になっている方とで温度差が激しい。人工的に大気は保持しているけど、積極的には環流していないから、温度が低いところはすぐ氷になっちゃう」
「それが、この雪山?」
「いや、氷だってば。氷の山。現時点では、あまり積極的に大気環流してないから、雨も雪も降らない。高低差があるところを狙って、降雪機を大量に入れた、ほら、あそこに一台見える。いちばん近いの」
ユータが指差した先に、大型の車両が見える。すごい勢いで、キラキラした雪を吐き出していた。
「はあ」
「いい機会だと思ったんだ。オールインワンが重力を強くしすぎてるんで、一時的に緩和しなきゃいけない。そうするとスキーできるのはあと数日、重力が小さくなると、滑走スピードが落ちて、あまり楽しくないからね」
「重力、小さくしなくていいよ」アイボリーが割って入った「もっとスキーしようよ」
「ダメだ」ユータはにべも無い「重力発生にミニブラックホールを使ってるから、L1ではもうヒスパニオラは重すぎる。もともとL1は不安定均衡点なのに、これ以上引力バランスが崩れると、この位置を維持できなくなる」
「もう、スキーできないの?」
「だから、現軌道を離脱して、太陽公転軌道に入れば、重力強くできるから、そしたら、またスキーできるから…」
「ほんと? ほんと? 約束だよ」
「まあ、なんとかなると、思うけど…」
雪上車が停止すると、おしゃべりどころではない。みんな、いっせいに雪上車を降りて、スキーを履きだした。
「そうすると、ボクらは、ずいぶん運が良かったんだな。亜空間を抜けて、最初に草原に出れた」
「え?」ユータがビンディングを押さえる手を止め、ジャックのほうを向いた「どういうこと?」
「どう? って」ジャックは面食らって答えた「もし、太陽照射面に出てたら、酷い目にあってたんだろう? あるいは、まるっきりの深夜ならマイナス100℃以下の極寒で…」
「それがわかってるのに、何で探りも入れずに亜空間から通常空間に出てしまったの?」
「あ、いや…、なんとなく…」
「せっかく生存可能域に出たのに、わざわざ、その場を移動し始めたのは、何故?」
「それは、オールインワンにも言われて、あまり何も考えてなかった…」
「そう」ユータは、ぼんやりとスキーのビンディングを眺めながら、いや、眺めていなかったのかもしれないが、言った「ものすごく危険なことをしていて、しかも、それが自分で回避できていないことはわかった?」
「キミが助けてくれたの?」
「ボクじゃない。忙しかったからね。そんなヒマはなかったし、ワザとやってるんだと思ってたから」
「ワザと?」
「まさか、何も考えずにあんなことしてたなんて、思いもしなかったからね。悪ふざけか何かだと思ってたし、それなら、本当に危なくなったら、自分でどうにかするだろうと思ってた」
ユータは、ジャックのほうを向いた。
「アイボリーに、ありがとう、って言っておいたほうが良い」
ジャックが呆然としていると、ユータはスキーをつけてそのまま滑り出してしまった。
「アイボリー」
さすがにスキーの腕前だけはジャックのほうが上で、追いついたジャックはアイボリーに声をかけた。
「あの…、ありがとう」
え? とアイボリーは驚いた顔をした「気付いたの?」
「いや、ユータが、そう言ったほうが良いって…」
アイボリーは突然、笑い出した「…は、ぁは、ユータかぁ。あいかわらず、おせっかいだな。じゃあ…」
アイボリーは笑い声をおさめると、とびきりの作り笑顔で、どういたしまして、と返事した。
「あ、ちょっと待って」そのまま滑り去ろうとするアイボリーをジャックが止める「いったい、どういうことなんだ?」
「どうって、何が?」
「どういたしまして、って、どういうこと?」
「うーん、アイム、シンタグマメドロジーの中で覚えたんだけど…、ありがとう、って言われたら、どういたしまして、って答えるんだよ」
違うの? と問われたジャックは、それはそうだけど、とハギレ悪く言った。なら良かった、とアイボリーは斜面を降りていく。
「アイボリー、キミが助けてくれたの?」
「そうだよー」
どうして助けてくれたの? ジャックはアイボリーの背中に叫んだが、返事はなかった。




