宇宙船に乗ろうその2、アイムはショートカットが好き、男の子だから、無線接続はくすぐったいこと
「このぐらいの長さでいい?」
ローブの上に、切った髪の毛がかからないよう、ケープをかけてから、ユータはアイボリーの髪にハサミをあてて訊ねた。
「もっと短くして、コーラルぐらいがいいな」
「じゃあ、とりあえず切ってから、短く整えるよ。感触は? くすぐったいとかない?」
「くすぐったいけど、我慢する」
アイボリーの髪の毛は神経繊維束なので、感覚がある。痛覚ではないので激痛をともなうわけではないが、くすぐったいらしい。
アイボリーは10万本の髪の毛でオールインワンと接続していた。言わばパラレル10万ビットの極超広帯域接続だ。オールインワン側はすでに接続をソフトウェア的に切断して、ユータの持ってきたぬいぐるみと再接続している。ぬいぐるみの表面にお母さんのつくった神経繊維不織布が必要だったので、ユータの分のぬいぐるみを解いて、布を調達したのだ。
最初の一裁ちは、アイボリーもかなり緊張していた。電位差でよけいな信号が入らないように、非電導セラミックはさみで慎重に切り揃えていく。
「いちおう切り離しは終わったんだけどさ」ユータがアイボリーの顔をのぞきこんで言う「やっぱり刈り込んで短くするの? めんどくさいんだけど」
「ちゃんと短くしてよ」アイボリーが口をとんがらせる「長いままだと、アイム、可愛いから女の子と間違えられちゃうよ」
「なんだそりゃ」横からコーラルが口を出す「オレが女の子に見えない、ってそう言ってんのか?」
「女の子なのは知ってるよ。見えないだけで」
このやろう、とコーラルがアイボリーにつかみかかりそうになったので、あわててユータがおさめた「ボクがまだハサミ持ってるんだから、あぶないから、そう言うのは切り終わってからにして」
その後もアイボリーの言うまま、少しずつ整髪していったが、アイボリーの好みが、やたらうるさいので、最後にはユータも焦れて投げ出した。
「はい、もうおしまい。あとはシャワー浴びて自分で流して」
「やだー、ちゃんとシャンプーして。ちくちくする。気持ち悪い」
「シャンプーしましょうか?」シノノメが言った。え? と、ユータの顔色が変わる。
「シノノメはやめといたほうがいいよ」
何で? とアイボリー「アイムはシノノメでもいいなあ」
「シノノメ、握力はないけど、指の力が強いんだよ」
「なにソレ?」
ユータはシノノメに刃を向けてハサミを渡した。右手の中指と親指で、シノノメはペキンとセラミック刃を折る。
「なんか護身術の一種で、指だけ鍛えてるんだって」
「…まあ、髪切って初めてのシャワーだし、自分でやってみるのも経験かな」
それがいいと思うよ、ユータは言った。
「オレのが、高い、高い〜」
トッペンが後ろ足で立ち上がって、いわゆる、ちんちんのポーズでイキっている。
「くそ、俺だってぇ〜」
鼻が短めのゾウも立ち上がるが、いかんせん不安定で、ころりと後ろに転げてしまう。
背比べ対決はトッペンの勝ちだ。
「オレのが、速い〜、もっと速い〜」
犬がくるくる駆け回る。ゾウも追いかけようとするが、いかんせん、ゾウだ。速くはない。ぬいぐるみなのも遅さに拍車をかける。犬の後ろをヨタヨタ追いかけるが、追いつけない。
「ユーター」オールインワンは叫んだ「中身入れ替えるぞ。もっといい部品にするぅぅ」
「えー、けっこう良いサーボ使ってるんだよ。ソレ」
「だめだー。けっこういい、くらいじゃだめだー。最高級のサーボつけるぅぅ。ロケットもつけるぅぅ、ミサイルもつけて、この生意気な犬、ぶっ飛ばすぅ」
「ねぇ」ベッコウがアイボリーに耳うちした「オールインワンて、あんなにバカだったっけ?」
「切断前はいっしょだけどぉ」アイボリーが答える「離れてみると、うん、あんなもんだと思うよ。最高の相棒だよ。宇宙船の艦長だしね。みんな、こんな艦長が操縦する小惑星で宇宙に行くんだ。楽しいよね、きっと」
「切断後のアンタは、前と比べて桁違いに性格悪くなってるもんね。つながってる時は、いろいろ支えあってたんだねぇ」
「ありがとう、褒められて嬉しいよ」
ーーほめてねぇよ
「どれぐらい、あの犬とゾウを見てなけりゃならないのさ」コイントスがメロゴールドの耳元で囁いた。
「ひさしぶりに会ったんだし、好きにさせとこうよ」
「ひさしぶりって、オールインワンがゾウになってから初めてじゃない?」
「初めてなら、なおさらだ」メロゴールドはひとりで納得している「友だちが初めてできたんだ。トッペンやオールインワンにとって、ユータやアイボリーじゃ、いいとこ相棒だしな。友だち、ってわけにはいかないんだろう」
「アタシたちは友だち、じゃないの?」
「もちろん、友だちさ」メロゴールドは笑う「分離が上手くいって良かったよ。それにしても…」
「天才、てな、ほんとうにいるんだなぁ」メロゴールドの隣りで、工場長がしみじみと吐き出した。
「見飽きてるのかと思ったよ」先生が意外そうな顔で言う。
「何が?」
「天才」
ああ、と工場長は答えたが、首を振って、そうじゃない、と言った。
「坊ちゃんにしろ、旦那さんにしろ、あれは見てて飽きるようなもんじゃないんだ」
「それはそうかもだけど」先生は他の意味だと言う「大学とかに、いたんじゃないの? 天才?」
「いなかったよ」
「誰も?」
「馬鹿ばっかりだった」いったんは、そう言ったものの、しばらく考えていた工場長の瞳の奥にわずかに光が指した「ひとりだけ、いたか」
「いたの?」
「いた」
工場長は先生のほうを向いた。理由はわからないが、何か楽しそうだ。
「ニューヨーク州立大学の伝説だ」
工場長は言った。
「8歳で博士号を取り、12歳で教授になった。社会宗教学のフィールドワークで偽の神を作った。15歳で宇宙に行き、二重惑星での1万人規模の生贄の風習をやめさせ、紐型宇宙人と親友になった。光子型宇宙人の執政官と意見を取り交わし、中性子でできた宇宙皇帝を打ち破り、異星の姫を娶って地球に帰還した。そんな天才が大学のOBにいるって話だった」
「何のヨタ話なのよ、それは。そんな話信じてるの?」
「信じちゃいなかった。つい、さっきまではな」
「さっきまで?」
「ああ、さっきまでは…」
ユータが、天井から垂れ下がるアイボリーの髪の毛を回収している。シノノメは、カットで床に落ちた短い髪を箒とちり取りで片付けていた。天然の神経繊維として最上級の素材だし、今後、アイボリーに使うことも考えてもきちんとストックしておく必要がある。
「ああいうの見てるとさ」工場長は目を細めて、2人の仕事を見続けている「世の中って、言うほど出鱈目が吹聴されることってないんじゃないか、聞こえてきた噂の結構な部分が、ホントじゃないかって思うわけよ」
「そんなもんかねえ」
先生は、工場長の顔を見た。ボサボサの髪と髭のせいで何考えてるのかもわからない。そう言えば、タイムマシンの研究してた、とか言ってたな…
ーーこいつも天才なのかなぁ
確かに、見飽きるってことはないかな。




