宇宙船に乗ろうその1、オールインワンに会うこと、あるいはゾウの鼻が短くてイノシシになってしまったこと、あとジャックとアイジュマル
部屋に入ると、知らない人が二人いた。
ユータは声をかけようとしたのだが、その前に部屋が割れんばかりに鳴り出した。
「待ってた。待ってた。待ってた。待ってたぞー、ほんとに。一日一善、違う。十年一昔、これもなんか違うな…」
「一日千秋の思い」
「それだ」
ずいぶん待たせたみたいで、申し訳ない。ユータはコーラルからバッグを取って中身を出した。
白い、むくむくした塊。
「これなに?」
「ゾウがいいって聞いたんだけど、神経繊維不織布が足りなくて…。ごめん、鼻が短くなっちゃんたんだ」
「あ、ちょっと、待って、こうか?」
綿毛のかたまりのようなものから、ふわふわを纏ったまま突起が突き出る。四肢が伸びて下方に回転し、歩き出したかと思うと、尻もちをついて座った。肩部にめり込んでいた首が起き上がって、黒いガラス玉の目が開いた。
「ああ、鼻かあ、確かに、ちょっと伸び縮みするぐらいだな。モノとかつかむの無理だ」
「キバは動くよ」
「ほんとだ」
「なんか、白イノシシみたいですね」シノノメが言う「でも可愛い」
「…ガネーシャ」
思わずつぶやいた声の方に、みんなの視線が向いた。
「あ、ごめん」声の主が誤った「ボクの知ってる神様の像に似てたので」
「ジャックです」ジャック・ステイはユータに歩み寄り右手を差し出した「ユータ、キミにあえてとてもうれしい」
「こちらこそ、ジャック」ユータはジャックと握手した「これからアイボリーのところに行くんだけど、一緒に行く?」
「もちろんだよ」ジャックはこれ以上にない笑顔になった。それから、みんなを見回して、もう一度名前を言った「ジャックです。みなさん、よろしく」
「新しいボディ貰ったばかりでゴメンだけどさぁ」ぬいぐるみの中のオールインワンが言う「なれなくて歩きにくい。ズルさせてもらうよ」
部屋の隅からドローンポーターが飛んできた。ひょい、と無造作に乗った白いぬいぐるみは、グルリと部屋を一回りして言う「アイボリーのところに行く。みんな、俺についてきて」
先頭を飛ぶぬいぐるみに、皆、付き従った。
ジャックと並んで進む女性に、シノノメがさりげなく寄り添う「アイジュマル、…でしたよね」
「え?」名を呼ばれたアイジュマルは、驚いて立ち止まった「何故、私の名を?」
「父に言って会議に出てもらいましたが、やはり、お願いした手前、気になりまして、こっそり会議を観察していたのです」
「吉祥家の当代?」
「シノノメです」シノノメは立ち止まったアイジュマルに先を促した「こんなところで止まらないで、みんなと一緒に行きましょう」
「シノノメ、私は…」
「よけいなことは言わなくて結構です」シノノメは振り向きもせずに言った「あなたは、あなたの王子様だけを見続けてください。それ以外のことはしないように」
それは、どういう…? アイジュマルは訊き返えしたが、シノノメは答えず、ユータの背後にしたがった。
「やあ、ベッコウ、キミにもずっと会いたかった」
「シンタグマメソドロジーの入り口にしょっちゅう来てた人ね」
「知ってたの?」
「あれだけ、たびたび来れられたねぇ。顔ぐらい覚えちゃうよ」
ベッコウに言われて、ジャックは顔を真っ赤に染めた。あれまぁ、これには逆にベッコウが驚く。この程度で真っ赤になっちゃって、この人、子どものまんまなんだ。
「オレのとこには来たことないよね」
「さすがにあそこは」顔を赤くしたままジャックは、たどたどしく答える。黙り込まないのは立派なものだ「潜水探査の時は無理にお願いして近くまで行ってもらったけど、入り口を見つけることもできなかった」
ここで、ハッとしたジャックは、ベッコウとコーラルに訊き返した「キミたちのシンタグマメソドロジー前の障壁みたいなものは、アイボリーの場合にもあるんだろうか? それだとボクはアイボリーのところまで行けないんだが」
うーん、と2人は顔を見合わせてしまった。
「あるっちゃ、あるんだけど」先に口を開いたのはコーラルだ「それに機能もしてるんだが、ジャックの場合は気にしなくても良いかな」
「障壁って言うのはさ」鼻を摘まれたような顔のジャックにベッコウがかぶせる「ようするに、何から何を守るかってのが重要で、ワタシのシンタグマメソドロジーの数学障壁っていうのは、ワタシにユータ以外が近づくのをガードしてた。コーラルも同じ。ユータと同じくらい頭が良ければ通れるよ、っていう公平性は担保されてるけど…、実質、ユータ以外は近づけないわけだからね」
「でまあ、今回、そのガードの役割してんのはアイツ」コーラルは先頭を行く白ぬいぐるみを指した「オールインワンは、磁性流体をナノシリカポアに閉じ込めた素子を基盤にした拡張イジングモデル計算機だ。10年稼働しながら漸次規模を拡大している。こんなものに守られてたら、まあ、オレらの障壁なんか比じゃないほど強力なガード機構のハズなんだが…」
「チョロいのよね、アレ」ベッコウがため息をつく「誰か1人弾いたみたいで工場長の屋根に穴開けてたから、機能はしてると思うんだけど」
「L1に来れたボクとアイジュマルは大丈夫ってこと?」
「ジャックはともかく、アイジュマルはどうかなあ」コーラルは、所詮他人事、と適当だ「さっきシノノメが釘刺しに行ってたみたいだし、シノノメだから、別の件かもしれないけどさ。ま、ここにいる連中は、ユータのことしか考えてないし、逆にユータがオーケーならあとはどうでもいいと思ってるから、危険はないんじゃないの?」
お墨付きなのか警告なのか、あるいはその両方なのか、得体のしれない助言をもらったジャックは途方に暮れた。
あ、いた、と、さっきから眼鏡を外しているベッコウが叫んだ。
ユータがオールインワンを追い越して駆け寄る。
少年は白いローブを肩からすっぽりかぶり、たぶん腰掛けていた。ローブの裾が、彼の首から下をすべておおい隠していたので、宙に首から上だけが見えた。
逆立った髪の毛、という言い方はあまり適切ではない。頭髪の一本一本が絡むことなく天井へと伸びている。見ようによっては、天井から首が髪の毛で吊られている様。
「やあ、ごめん、遅くなった」ユータは、息せき切って話しかける「待ったかい?」
「いや、ぜんぜん」微笑んだ彼は、どうかすると口づけるように唇を動かした「もう、これからずっと一緒だから、そうでしょう?」
「うん、そうだね。ずっと一緒だ」
「アイム、アイボリー」アイボリーは言い、目だけを動かして周囲に同意を求めた、髪の毛がつながったままなので、まだ首を動かして周囲を見渡すことができない「アイムはユータの永遠の友達」
「俺は? 俺は?」
やっと追いついたオールインワンが、むくむく踊りながらアピールする。
「やあ、オールインワン。ずいぶん小ちゃくなっちゃったね。可愛いからいいけど」
後から来た連中も、なるべくアイボリーの視界の中に入るよう、きゅっ、と並んだ。
「ありがとう、アイム、みんな見えるよ」アイボリーは視線を流して全員を確認した「よく来てくれた。ユータ以外のみんなも、ついでだから、友達になってあげるね」




