保健室へ行こうその2、もしくは吉祥家は代々にらめっこが苦手なこと、そしてゴールデンウィークのお休みのこと
「すみません、休んでいいですか」
ふらふらと保健室に現れたシノノメは、先生の許可より先に、ベッドに倒れ込んだ。
「どしたの、シノノメちゃん、大丈夫?」
「もう、ダメかもしれません」枕に顔を埋めたままシノノメは答えた「こんな敗北は初めてです」
敗北…て、最近の子は何を言い出すやら、難しい。
「親御さんが両方とも学校にいたら、気は休まらないと思うけどさ」
「あんなのは、どうでもいいです」
「仮にもお父さんお母さんを、あんなのとか言っちゃダメだよ」
「いいんです。父はともかく、母とはそのうち縁を切るつもりですから」シノノメはベッドの上で起き上がり、そのまま正座した「同級生の前で真っ昼間からイチャイチャしてる両親など不要です。ちょっと顔が良くて見栄えがするからといって、あんな真似される筋合いはない」
「はぁ…」
「見たくないものは無視するに限ります。ですから、まあ、となりのユータの顔を見ていたのですけど。そしたら、ユータをはさんだ向こう側のコーラルもユータを見ていまして…」
「ま、よくあることだね」
「…目が合ってしまって、コーラルがニコッと笑うものですから、そのまま視線を外してしまって」
「へぇ…」
「もう、ユータの顔も見られないなんて、なんの楽しみもない」
ーーなんでそうなるのよ
「だまってユータちゃんの顔見てればいいじゃない」
「無理です。シノノメはヒラメ顔だから、コーラルに笑われたら、顔を向けられない」
「ひらめ?」
「…はい」
先生は、わざわざシノノメの真正面に回って、シノノメのの顔を見定めた。
細挽きの切れ長の目。
しっかりと意思を示す富士額のおでこに、筆で引いたような一流の眉。鼻も高からず低からず、整った顔だ。
「どこが、ひらめ?」
「代々、ヒラメ顔なんです。吉祥の女はみんなこんな顔です」
「思い込みじゃないの?」
「違います。顔がこんなだから、権力とお金を使って婿を取るしか、家を守る方法がなかったんです」
ーーいろいろ曲がってんなぁ
他所様の家の事情にはあまり口をはさまないほうが良いな。そう思ったが腑に落ちないことがある。
「あのさ、コーラルちゃんが先に笑ったんでしょ?」
「そうですけど…」
「じゃあ、シノノメちゃんの勝ちじゃん」
「え?」
「にらめっこは先に笑ったほうが負けだよ」
「目をそらしたほうが負けではないんですか?」
「そんなルールは知らないなあ」
シノノメは、キョトンとした顔で正座のまま考えていたが、やがて、ベッドを降り先生に頭を下げた。
「ありがとうございました。もう少しがんばってみます」
がんばってねー、と先生も手を振った。
「こんにちは」
挨拶の後、保健室にユータが入ってきた。よく考えたら、挨拶して入ってきたのはユータだけである。保健室っていうのは具合の悪い子が来るところだし、もともと、挨拶とかしないものなのかも、と先生は考えた。
「いらっしゃい、ユータちゃん。どうかした」
「いや、なんでもないですけど、みんな保健室行ったっていうので、ボクもご挨拶に」
「それは、ご丁寧に、どうも…」
「羽二重餅食べます?」
「食べまーす」
「お餅だけだと食べにくいから、お茶入れますね」
「あ、ども…」
ユータに淹れてもらったお茶を飲みながら、先生は羽二重餅をほおばった。
「ふーむ」
「どうですか?」
「この間、工場長にもらったのと味が違う」
「ああ、工場長ね」ユータも羽二重餅を一個口に入れる「工場長、お菓子作るとき、何にでも肉茎入れるから」
「ニッキ?」
「シナモンですよ。好きらしくて、何にでもいれるんです。羽二重餅もニッキ入りありますけど、ボクの作ったほうが普通ですよ」
「ほうほう、二人とも料理上手で良いねぇ。いつもオヤツ持ち歩いてるの?」
「お腹減るたちなんで、学校も間食自由です」
「工場長も、しょっちゅうオヤツ持ち歩いてるんだよね。よく貰ってるよ」
「工場長で思い出した」ユータが言った「今日、帰りに工場長のトコ行くんですけど、一緒に行きます?」
「行く行くー」
「じゃ、そういうことで」
お茶を飲み終わったユータは、湯呑みと小皿を洗って、保健室から出た。
「それじゃあ、帰りにみんなで寄りますから、またそのときに、よろしくお願いします」
「はーい、みんなによろしくね」
「さて、みなさん、明日からゴールデンウィークなので、学校はお休みです。間違えて学校来ないでね」
と、轍先生が帰りの会で宣ったので、みんな帰宅することにした。ベッコウはゴールデンウィークって何かな? と少し疑問に思ったが、質問してもどうせロクな答えが返ってこない気がして、黙っていた。他の子たちも気にしてはいないみたいだった。
工場長の所に行くと、部屋の屋根に大穴が空いていた。
「一昨日、落っこちてきたヤツがいたんだよ」工場長は穴を指さして言った「話し聞いたら、旦那さんの知り合いだって言うから、旦那さんとこに送りつけた」
「これ、なに?」
ベッコウが穴の下にあったツナギ服のようなものをつまみ上げた。コイントスがベッコウの肩にのって覗きこむ。
「落ちてきたやつが着てた。宇宙服みたいだねぇ。あっちにヘルメットもあるよ」
「オバケだ」ベッコウが言う「この前見たオバケが同じようなの着てた」
「そう言えば似てるかな」コイントスも賛同した。
「オバケじゃなくて人間だって」先生が訂正する「でも良かったね。オバケじゃなくて、変質者だからこわくないよ」
「そぉかあ?」工場長は半信半疑だ「変質者もこわいだろう?」
「弱いから大丈夫だよ」
「ほら、みんなボッとしてないで、着替えた、着替えた」
メロゴールドが、ヘルメットとプロテクトスーツをみんなに配り出した。
「いつものヘッドギアと違うから。新しく設計し直したんだ」ユータは自分のスーツを着ながら解説しだした「気密度を上げてある。だから、オープンのヘッドギアから、クローズドのフルフェースヘルメットにしたんだ。衝撃吸収とパワーサポートはたいして変わらない。いちおう宇宙空間でも数分間耐えられるようにはしてあるけど、何かあったら、亜空間使って待避してね。何も無いとは思うけど」
みんな、はーい、とお返事が良い。
「おい、何、ボケっとしてるんだ?」工場長が、管理人さん=先生にスーツを突きつけた「早く着ろよ。置いてくぞ」
「へ? アタシも?」
「なんだよ、行くから来たんじゃないのか?」
あ、行く行く、と慌てて先生もスーツを着だす。
ーー生徒が行くのに保健の先生がついてかないわけにはいかないよなぁ
「ユータぁ」トッペンがユータの足元にじゃれつく「オールインワンがもう、うるさいんだよ、いつ来る、いつ来る、って」
「ああ、ごめん、ごめん。もう行くよ。行くから。…あれ、ボクのバックは…」
「シノノメが持ってます」シノノメがバックを掲げた「ちょっと重いですね、これ」
「ハサミとぬいぐるみしか入ってないけど、ぬいぐるみが重いか」
シノノメからバッグを受け取ったユータだったが、横からそのバッグをコーラルが取り上げた。
「オレが持ってってやるから、ユータは早くゲートを開けてくれ。アイボリーが待ちくたびれてる」
わかった、と、うなずいたユータは電パチ棒を最大に伸ばし、目の前の空間に大きな円を描く。
円の中が、深淵に転化した。
ユータは無言で深淵へと進む。みんなが並んで深淵に入ると、確認するかのように円がたわみ、そして、全てが通常に戻った。




