・・・
「全員で押しかけるとさすがにアレなので代表で来ました」
「あ、そう」
セドリックは不貞腐れている。ついさっきビルに生まれ変わったばかりのティルフィアは模型に隠れて震えている。
セドリックに対峙してソファに腰掛けているのは弓手頑頭だった。10年前と何も変わっていない。いや、姓が変わった。いまは吉祥頑頭のはずだ。でもおそらくガントーのままだ。おそろしい。
「あらかじめ言っておきますが、女子方のみなさんの怒りが凄まじくてですね。とくにあなたの奥さんから、自分が行くとやり過ぎるから、代わりに行ってきて、と言われてまして」
「へ、へぇ」
「ここで中途半端にやると、あとで3倍酷いことになると思うので、存分にやらせていただきますよ」
「シノノメちゃんには悪かったと思ってるけどさぁ」
「ああ、あの子はいいですよ、慣れてるので。普段から吉祥ズにもっと酷いことされてますから」
さらりと言ってのけるガントーに、セドリックもギョッとしたが、それなら何で自分だけこんなに責められるのかと納得がいかない。
「あ、いま、何で自分だけ怒られるんだ、って思ったでしょ?」
「思ったよ。だから、何?」
そういうところですよ、ガントーはため息をついた「あのねぇ、そういうときは、思ってないよ、って言って、いやいや、思ってるじゃないですか、思ってない、っていうのをいうのを何回も繰り返して、最後にあなたが、ごめん、実はそう思った、って謝るんですよ。そういう手続きを踏まずに結論から入るから、あちこち問題が出るんです」
「そういうメンドクサイの嫌いだし、謝るのはもっと嫌」
「めんどくさがりだっていうのは、まあ、しょうがないですよ。ウソつくのも下手くそみたいだから、ついつい本当のこと言ってしまうのもわかります」
「じゃあ、いいじゃない?」
「よくないから言ってるんですけど、わかります?」
「わかるよ」
ほんとうに思った通りの答えが返ってくる。なんて世の中は思い通りにいかないんだろう。
「普通はわからないんですよ。でも本当にわかってるから始末が悪い」
「普通じゃないし」
「そんなこと、みんな知ってます」
「じゃあ、こうしよう」セドリックは両手を挙げて降参のポーズをとった「これからなるべく上手に嘘つけるように頑張るから、一生懸命努力する」
「やる気ないでしょ?」
「うん、そう」
「どうして3秒しか我慢できない」
「3秒も我慢したろ?」
「すごい進歩だと思いますよ。本当にね」そろそろかなり辛い。百戦錬磨のガントーではあるが、ここまでわけのわからない奴は初めてだ。でも、ここは娘のためでもある。もうひと頑張りしよう「誰もあなたに嘘つけなんて言ってないでしょうが」
「わかってるよ。余計なことするな、って言うんだろう?」
「だったら、するなよ」
「だから、我慢できないんだって」
見るとセドリックは両拳を握りしめて、ぶるぶる震えている。目からだらだら涙が流れていた。
ーー泣くか? 普通?
ガントーの頭に、普通じゃないし、というさっきのセドリックの声が響く。パレアナは、よくこんなのと夫婦やってるなあ。
もう、これぐらいが限界だ。
ガントーは立ち上がった。ここで、部屋の隅っこで震えている男を見つけた。
ーー忘れてた
ガントーは近づいて声をかけた「…あの、ウィリアム?」
「…ビル、でいいよ」
「ああ、ビル…、それで、ずっと気になってたんだけど」ガントーは小惑星帯の一部を指差して言った「3ユノー、って、こんなにまんまるじゃないですよね」
「うん、もっと、ひしゃげてる」
「それでね」ガントーは上着のポケットから小石を取り出した「これ、私が作ったんですけど、こっちのほうが良いと思いません?」
ビルは、黙って足下の小箱を開け、中を改めると、小石を一個取り出した。
「すごい、そっちのほうがずっといい」ガントーは驚きの声を上げた「どうしてそっちを飾らないんです?」
ビルは、ちらりとセドリックを見やった。まだ泣いている。
「うーん、まあ、他のも作ってるし、そのうち取り替えておくよ」
ビルが言うと、それじゃまた、とガントーは部屋から出ていった。
「なんとも面目ない」頑頭は淑女3人に向かって頭を下げた「頑張っては見たんですが、泣かれちゃって…、もう私には無理です」
「ま、ね、しょうがないよ」
「え、泣いちゃったんですかぁ」
「・・・」
パレアナはガントーに詳細を訊ねた「泣いたって、どんなふうに?」
「こう、こぶしを握って、こらえながら涙こぼしてました」
「ああ、まだ、その程度か。たいして効いてないわ、それ。本気で泣き出すと、床に突っ伏して、手足振り乱して、大声で泣き叫ぶから」
「やーん、おもしろそう、見てみたい」
「・・・」
「あと何回か言わないとダメでしょ。言ってもダメだけど、こういうのはしつこくやらないと…」そして隣りに座っている轍に向いた「シノノメちゃんには悪いことしたね」
「いいのよぉ、あの娘は、しょっちゅうそういうめにあわせてるから、心配ないって。ものすごーく鍛えてあるの」
ーーあってるから、ではなく、あわせてるから、なのが恐ろしい
「それにね。娘の舅なんて、あたしには、ぜんっぜんカンケーないしさぁ…」ここで、ガントーもいることを思い出したらしいシルベは、関係ございませんわよね、ほほほ、などと適当に語尾だけごまかすので、全員で無視した。
「まあ、シノノメちゃんは、あとでご機嫌とっとくよ」
「えー、そんな、よろしいのに」
「・・・」
ひとり、気まずくなったのか、じゃあ、みなさんコーヒーでも、などと言ってシルベが立ち上がろうとするのを無言でリリオンが押し留めた。
「ああ、リリオン、カモミールがあるから」
あらためて立ち上がったリリオンが、ノンカフェインの茶葉を見繕ってティーポットに入れ、お湯を注ぐ。
だいぶお腹の目立ってきたリリオンだが、身のこなしにさほど差し障りはないようだ。ティーカップを4つ用意して砂時計を逆さにする。自分の仕事は済んだ、とリリオンはソファに戻る。
「ユータにしてもさ。別に本気で怒ってるんじゃなくて、あいかわらず、おかしな言い逃れするから、そっちのほうが気にいらないだけだと思うし」
「ユータくん、我慢強いものねぇ。うちの娘に愛想尽かさないぐらいだもの。本当に我慢強い」
「・・・」
時計の砂落ちたよ、と促すと、こんどこそ、みたいな顔でシルベが立ち上がった。
自分の前に置かれたカップを取り上げ、口に含んだリリオン。心地よいカモミールの香りを堪能しつつ、つぶやいた。
「ほんと、男の子育てるのって難しいんだな。がんばらなきゃ」
「うーん、ユータは、それこそ、お腹の中にいるときから生まれたては大変だったけど、少し大きくなってからは、あんまり手はかからなかったよ」
「そうじゃなくて。セドリックだよ。育て方間違うと、ああなる」
皆いっせいにパレアナを見た。
「ちょ、ちょっと、待ってよ、私? 私のせいだって言うの?」
いつになく慌てたパレアナは必死で言い訳した。
「そりゃ、あれやこれやで20年ぐらいは一緒にいるけどさ。私だって、何かやらかすたんびに叱ったんだよ。何度も何度も、な・ん・ど・も。でも、治らないんだもの」
「いや、知ってるけど」
「・・・」
まわりの冷たい反応に、とうとう、パレアナは絶叫した。
「とにかく私のせいじゃないから。私のせいじゃ、ぜったい、ない」




