父と子《むすめ》
「父はデザイナーズチルドレンですか?」
我娘の質問はいつも唐突だ。頑頭は、どちらかと言えば、よく持ちこたえているほうだが、それでも時々キツい。
「違うよ」
「それは良かったです」シノノメは花のようにほころんだ「あの母が、そんなヘマをするとは思えませんが、やはり本人に聞くまでは不安なものですから」
「不安なの?」
「だって、実の父親が、あんなポンコツ…、あ、ごめんなさい」
シノノメはあわてて口を押さえた。
「そういうことではないんです。確かにデザイナーズチルドレンのみなさんは、少々ポンコツ…、もとい、環境不適合…、ってこれも違うか、とにかく、個性的な人が多いので、ああいうのが自分の親だと嫌だなぁ、と…、あ、もしかして、これもダメ?」
パタパタとあわてだすシノノメを見て、可愛いな、と思うガントーだが、そういうことは口に出せるものではない。
「そういえば、チャオって子が、この前、来てたんだっけ?」
「そうなんですよ」我が意を得たりとばかりにシノノメが被せる「チャオについては、ちょっと可哀想だなとは思ったんで、こちらにいても良いかな、とも思ったわけですけどね」
「帰ったんだよね?」
まあ、とシノノメは歯切れが悪い。
「お母さんの話が出まして、チャオのですよ。それで、まあ、いったん帰ったほうが良いでしょう、そのほうが良いでしょうとのことで…」
「いったん? また来るの?」
「それは、本人次第とのことですが、そう言うことらしいです」
「来るの?」
「来ますね」
「本当に?」
「ほぼ確定です」
娘が言うんなら、そうなんだろう、はなはだ適当ではあるが、ガントーはボンヤリとそんなことを考えていた。
「チャオのことはいいんですよ。どうでもいいとは言いませんけど、かなり、まあ、なんです、そういうことです」
「…そう」
「それよりジャックが怒られてましてね。ユータにです。怒られてもしょうがないとは思いますけど、勝手に子供なんかつくられてジャックも可哀想かなとは思いましたが、でも子供ですしね、怒られても仕方ありません」
「うん、まあ、そうだね。親としては」
「それです」いきなりシノノメは腰掛けていたソファから立ち上がった「親としてです。聞きたいのはそれです」
「ごねんね。何か、イヤなことあった?」
「イヤなことなんて、そりゃ、存在していれば始終イヤなことばかりで…、ああ、母や父にも、もちろん不満はありますけど、そうじゃありません」
「そうじゃない?」
「シノノメの親ではなくて、ユータの御両親、ちがう、パレアナさんじゃありません、父親のほうです」
「…ああ」
「アレはどうなんですか?」
「どう、と言われても」
「父はあの人の親友ではないんですか?」
「公式文書では、そうなってるね」
シノノメはソファに座り直した。イライラはおさまらない。
「どうして、マッハポイントなんか持ち出したんです?」
「ああ、そのことか」ようやくガントーにも我娘のまわりくどい話の落ち着く先が見えてきたような気がした。
「まず第1に」ガントーは言いながら右手の人差し指を立てた「セドリックは、ユータくんのことがとても好きだ」
「それは知ってます」
「第2に」ガントーは人差し指の隣の中指を立て、2を表した「ユータくんは、とても頭が良い。この世の全てを知るのにさほど時間はかからないだろう」
「もう知ってると思いますけど」
「そうかもしれないね」そしてガントーは薬指を伸ばし、指3本、3の手をした「そして第3、何もかもを知ったユータくんがこの世界に飽きて、別の世界に行ってしまうことをセドリックは恐れた。だから、興味の引きそうな何か、たとえばマッハポイントなんかを鼻面でヒラヒラさせてみた」
「順当に世界探索したら、すぐ終わってしまいそうだから、さも重要そうにフェイクをちらつかせた、と?」
「フェイクと言うほどでもないよ。実際、マッハポイントはそれなりに重要だし」
「半分納得ですけど」シノノメは小さくため息をついた「めんどくさいことをするものです」
「そりゃあ、セドリックは、めんどくさいこと好きだからね」
「さすが、親友だけあって、セドリックおじさんには詳しいですね」
「専門家だからね」
「何の?」
「セドリックの」
「ああ」
少し気になることがあったので、こんどはガントーがシノノメに訊ねた「半分納得、って言ったけど、残り半分は?」
「父にもうひとつ聞きたいことがあったのですよ。ニヘイさん、ニヘイリョウジさんという方のことです」
「何で知ってるの?」
「シノノメが知らないことなんてありませんよ」
「そりゃまあ、そうだけど」
「吉祥の親族に初美伯母さんという方がいまして」
「初耳です」
「ダジャレはさておき、本当は伯母ではなく、母の年嵩の従姉妹なんですが」
「その方が何か」親族のことで、なおかつシノノメが当代として話し出したので、思わず頑頭も敬語になった。婿としての立場上、仕方のないところである。
「たいへん、優秀な方で、と言っても吉祥の中で、という話ですが。轍などより初美を当代に、と考える吉祥ズも多かったのです」
「なるほど…」
「そこは、なるほど、ではなくて、そんなばかな、ぐらい言ってあげてください。他に味方もいないでしょうし」
「そんな莫迦な」
「わざわざ言わないでもよろしい」
「それで、その初美さんがどうして?」
「男と逐電しました」
「ずいぶん人を見る目があったんですね」
「吉祥の女は、男を選ぶ目だけは鍛えられていますからね。父に聞きたかったのはそれだけです」
「なるほど、いまは二瓶初美さんなわけですね」
「お会いしたことがありますか?」
「残念ながら、二瓶亮二さんは仕事にプライベートを持ち込むような人ではなかったので」
「そうですか」
シノノメの面持ちが暗い、不思議に思ったので訊ねてみた。
「初美伯母さんと会ったことは?」
「ありません。でも、たいへん美しい方だったとは聞いています」我慢できなくなったのかシノノメがぽそりとつぶやいた「なんでシノノメばかり…」
「え?」
「どうして? 吉祥の女は皆、見目麗しかったと聞いてます。初美伯母さんはともかく、母ですらあんな男好きのする顔に生まれているのに…、どうして、シノノメだけヒラメ顔なんですか?」
まさか、自分の娘が容姿のことで悩んでいるなど露ほども考えていなかった頑頭は、さすがに狼狽えた。
「普通に美人だと思うけど」
「親の欲目です」
「誰とくらべて言ってるの」
「ベッコウとコーラル」
そりゃムリだ、口には出さなかったが、2人ともデザイナーズチルドレンとして最高級に調整されているのだ。いくら純血で洗練されているとはいえ、自然交配だけで完成するのは無理がある。とは言え、シノノメも吉祥、というか日本女性としては、最高級であるはずなのだが。
「いいんです。ユータは別に顔貌でどうこういうような人ではないですから」
「じゃあ、どうして?」
「ユータのお父さんと同じですよ」シノノメは言った「もうすこし顔でも良ければ、ユータもいっしょにいて楽しいかな、と」
「置いていかれると困る?」
「そんなことはありませんよ」シノノメは急にあっけらかんと答えた「ユータがシノノメを置いてどこかに行ってしまうなんてことはありません」
「え?」
「シノノメは吉祥の当代です」シノノメは宣言した「ですから少しばかり未来のことがわかるのです」
「…まあ、そうだね」
「ですから、ユータがどこかにふらっと行きそうになったらですねぇ」シノノメはうれしそうに目を輝かせた「シノノメも連れて行ってください、ってお願いすればいいだけなんです。そうしたら、ユータは優しいから、必ずシノノメのお願いをきいてくれるのです」
ーーそりゃ、そうだろうけど
シノノメはいつにない上機嫌で笑いながら言うのだが、それはいつもシノノメの言うお姫様笑い、妻の笑顔にそっくりだった。




