ヒスパニオラの動物会議、もしくは友達の行方《ゆくえ》
「あー、もういつでも出発できる。多少、問題があったとしても、月見台との連携で占有通路を確保してあるから、まあ、どうとでもなる」
オールインワンは胸を張ったが、象のぬいぐるみが胸を張ったところでサマになるわけでは全然ない。
「チャオって子は里に帰ったのか?」
「帰ったみたいだね」
「それなら全く問題ない」
「問題がないのはわかったけどね」コイントスが言う「そもそも宇宙に行く必要ってあるの?」
「それを俺に訊くかい? 訊くんなら他のヤツにしてくれ」
「他の人に聞いたら丸め込まれちゃうでしょ。いっしょに悩むのにはアンタぐらいがちょうどいいのよ」
「ベッコウに訊いたらいいだろ。それで、解決」
「何で行っちゃいけないの、って聞かれるし、答えられない」
「なら、しょうがないな」
それぐらいわかってる、とコイントスは言うものの、納得はしていないようだった。
ーーあおうぅ、おぁ
皿のミルクをぴちゃぴちゃ舐めていたトッペンが、突然、唸り出した。
どした、トッペン、メロゴールドが抱き上げる。
トッペンは頭を回しながら唸る。目がうつろで、はあはあと舌が出る。
「しっかりしろ」
メロゴールドが優しくトッペンを揺すると、ようやくひと心地ついたらしい。話しだした。
「でざいなー、て言ってる。頭の中のヤツ」
「デザイナー? また厄介なのが来たな」オールインワンがトッペンの中のモノに言った「俺のほうに入れ。トッペンじゃ話しづらいだろ」
ううう、と唸るも、要領を得ない。しばらくしてトッペンが口を開いた「オールインワンは思考機械として構造が違いすぎて無理だ。このままじゃトッペンの負担も大きいから、帰る。次はもっと良い方法で、ユータによろしく」
あまり融通は効かないのかー、オールインワンが嘆いた「トッペン、お疲れ様だ。すこし寝てろ」
「デザイナーって何よ?」コイントスが訊いた。
「デザイナーズチルドレンのデザイナーだよ」オールインワンが中途半端に長い鼻を振った「アレシボリプライの大元の発信者という意味で使われてる」
「アレシボリプライに発信者なんているの?」
「アレシボリプライが、3K宇宙背景輻射みたいな、全宇宙空間で共鳴する情報共鳴構造だって考え方はごく最近のものだ。最初の頃はアレシボメッセージの返信だと思われてたから、発信者がいて、そいつが設計者だっていうのが通説だったんだよ」
「でもアレシボメッセージの返信だってのが誤りなんだから」メロゴールドがトッペンの頭をなでながら言う「設計者なんていないんじゃないの?」
「ところがだ」オールインワンは鼻をぴーんと天井に伸ばした「アレシボリプライの中に設計者の記述がちゃんとあるんだ。翻訳先が英語なんで…、全体として意味が分かりずらいんだけど…、そもそも俺、英語ってヤツがキライなんだ。構造が非論理的だし、書き言葉と話し言葉が別の体系になってるし、でたらめだし…、言語として不完全…」
「あーもう、あんたが英語キライなのなんかどうでもいいよ」コイントスは羽根をバサバサした「それなら設計者って、なんなのよ?」
「まず、デザイナーズチルドレンだ。これどういう意味だ?」
「どう、って、設計された、子供? 新規に設計された人類とか?」
「違う。それだとデザインドチルドレンだ。デザイナーズチルドレンは違う」
「じゃあ、何なのよ」
「文字通りだと設計者の子供だよ。つまり設計者は、デザイナーズチルドレンの親だ」
「???」
「???」
「…ああ、それって、誤訳なんじゃないの? あんたも英語は不完全って言ってたし…」
「この件だけなら誤訳は誤訳かな。設計者よりは造物主が近い。でも、実際の物質を作らずに設計ルールだけを決めたんなら、設計者でもあってると思うな」
「つまりデザイナーズチルドレンをわかりやすく言えば?」
「造物主の子、神の子、もしくは父の子、とこうなる」
「だから、3人じゃ多すぎるのか」
「そゆこと」
「えー、じゃあ、トッペンの頭の中に神サマが入ったってことぉ?」コイントスが部屋の中を飛び回る「そんなの変だ。おかしいよ」
「その通りだ。それはおかしい」
コイントスはメロゴールドの肩に止まった「どう言うことよ?」
「設計者って言い張ってるだけで、ほんとにそうかなんてわかりゃしない。むしろ、俺に入ってこれなかったんだから、本物の設計者じゃないってことは明らか。全知全能には程遠い」
「偽物だとしてもさ」メロゴールドは肩のヨウムに目配せした「設計者を名乗ってる上にトッペンに割り込んできたんだ。そこそこ、こっちの事情に通じてる、ってことだな」
「だから厄介なのさ」
「たしかに厄介だ」メロゴールドはトッペンを膝からおろして立ち上がった「どうする? 誰かに言っとく?」
「いやあ、いいだろ、別に」オールインワンも立ち上がってトコトコ歩き出した。2足歩行のゾウのぬいぐるみというのは、なかなか愛くるしい「俺の見たり聞いたりしたもんはアイボリーに筒抜けだし。あんな派手にトッペンに乗り移ったんだ、ユータにもわかるよ」
「コーラルも肌でわかるか」
「ベッコウにも見えてると思う」
「シノノメには、そもそも隠し事は無理だしなぁ」ゾウが何か手振りでポーズをつける。意味はわからない「大人連中は、まあ、知らないってことはないだろうし、だから、誰にも言う必要はないな」
「それにしても、誰なんだ?」
「心当たりはあるけど、言ったら言ったで、また揉めそうだ」
「そりゃ、そうだけど」メロゴールドはため息をついた「ようするに、ほっといて良いかどうかだよ」
「それも含めて、決めるのはユータだろ? むこうも、ユータによろしく、としか言ってないし」
「どんな感じだった? トッペン?」
トッペンは、あおん? とメロゴールドを見上げた。
「オマエの頭の中に来たヤツは、良いヤツ? 悪いヤツ?」
「ヘンなヤツ」
「それは知ってる」
「ついさっき生まれたばかりだって言ってたから…」
ーーえ?
トリ、サル、ゾウは、いっせいにイヌに視線を向けた。
「本当にそう言ったのか」
「言ったよ。嘘じゃないもん。あ、ちょっと違うか。ついさっき、生まれたのに気づいた、だ」
はあ、とメロゴールドが皆を代表して、深く大きなため息をついた。
「あのクソ親父」
「ろくなことしない」
「もう、良いとか悪いとかいうレベルの問題じゃない」
「とりあえず、シノノメには黙っておこう」オールインワンはメロゴールドに提案した。
「シノノメに隠し事は無理だ、って、さっき言ってなかったか?」
「そりゃ、本格的に探り入れられたら、隠し通すのは無理だけど。シノノメが気にしないでいる間は、なかったことでいいだろ」
「それでいいんなら、いいけど」
「むこうも、ある意味どうしたらいいかわからんのだろうし、あとはユータにまかせるしかないよ」
「ユータ、たいへんなのか?」トッペンが悲しそうな顔で、みんなを見た。
「いや、ユータは、たいへんじゃないんだよ」メロゴールドが優しく言った「ユータはユータだから、何もたいへんなことなんかない、でも、ユータがユータじゃなかったら…」
それは、ありえない想定ではあったが、メロゴールドはいつもそのことに想いを馳せていた。コーラルと先生のことを考えているとき以外は、いつもそのことだけを夢想していたのだった。




