休日の過ごし方、近所の丘でお弁当を食べよう
「何してるの?」
シノノメがぺたぺたとご飯を丸めている。不思議に思ったベッコウが声をかけた。
「おにぎりを握っています。具は厚切りベーコンです」
「ふーん」
「食べますか?」
「ワ、ワタシはいい」
「んじゃ、おくれ」
コーラルが横から手を差し出した。
「はい」
シノノメが無造作におにぎりをコーラルの手のひらに乗せた。また炊飯器からご飯をよそい、ベーコンの一片を中心において、ぺたぺたと丸める。
「こっちは?」
もらったおにぎりを食べながら、ランチボックスの中身を指す。
「それもおにぎりです。タラの西京漬を焼いたのと味付けうずら卵が入ってます」
「食べていい?」
「だめです」
シノノメは6個目のおにぎりを握り終わると海苔を巻いて、ランチボックスの隙間に並べた。
茹でた小松菜を絞り、切り揃えると、葉生姜の甘酢漬けと卵焼きのとなりに並べた。
牛乳で煮出した紅茶をこして保温ボトルに入れる。
「和食ぽいのにミルクティーなのか?」
「ユータのサンドイッチに合わせました。シノノメはサンドイッチが好きです」
「ふーん」
「ふーん」
シノノメは、エプロンを外し、肩がけ鞄にランチボックスと副菜入れを詰め、保温ボトルと一緒に持った。麦わら帽子をかぶる。
「夕方までには帰ります。では」
「はーい」
「ほーい」
部屋のドアが閉まると、すぐさまドアに飛びついたベッコウは、ドアの隙間をほそーく開けて戸外の様子をうかがう。
「まだ外に出てないから、いま出たら気づかれるぞ」
振り向いたベッコウが思い切り口に人差し指を当てて、シーっと言う仕草をする。
「聞こえちゃいないよ。どうせシノノメだって浮かれまくってる。外野の物音なんか耳に入るもんか」
コーラルは窓から外を眺めている。それぞれバッグと水筒を持った二人の、遠ざかる背中を見つめていると、玄関口にもそもそと動く影が出てきた。
「あのバカ」
コーラルは窓を開けると、靴下のまま外に飛び出した。ベッコウは後も追えずに、部屋の中で躊躇していたが、思い切ると、部屋から廊下に出て玄関に向かった。
ベッコウが外に出ると、コーラルがアイボリーを叱りつけている最中だった。もっとも、アイボリーだって負けてない。
「早く行かないと、見失っちゃうよ」
「だからぁ、そういうのヤメろって言ってんだろーが」
「だって、気になるんだもん」
「そこを我慢するのが大人だろうが」
子供だもん、と口を尖らせたアイボリーに、たまらずコーラルは右手を挙げたが…
「やめな、コーラル、とりあえず靴履いてよ」ベッコウがコーラルの靴を差し出す。
都合のいいときだけ子供してんじゃないよ、とブツクサ言いながらコーラルが靴を履く。
「あ、靴下脱いでよ。靴汚れるよ」
「いつもは靴下履けってうるさいのに」
「靴下ぐちゃぐちゃだし、泥だらけだし、それなら裸足の方がましだよ」
「靴履いたらすぐ行こう、行こう」
「どこ行くかわかってんだから、そんなにあわてなくていい」
「知ってんの?」
「なんで?」
問い詰める二人にコーラルはめんどくさそうに説明した。
「ヒスパニオラの自転は、重力バランスの関係で固定されている。月の自転周期と同期してるんだ。そのせいで同じ面を地球に向けている。太陽に対しては約27・3日で同じ面を向ける。大気を無理やり流しているとはいえ、寒暖差が激しいから、オレたちは自転軸付近にいるけど、ピクニックなら少し遠出したいだろうし、日差しがおだやかで、気温がちょうどいいところは、そんな多くはない。すぐわかる」
「嘘だね」アイボリーは鼻で笑った「ヒスパニオラは直径423キロメートルあるんだ。その程度の限定条件で目的地なんかわかるもんか」
はあ、とコーラルはため息をついて、ポケットからスクリーンパッドを出した。ヒスパニオラの緯度経度と赤い点が表示されている。
「さっきシノノメの帽子にトレーサーつけた」
「あ、おにぎり食べてたとき?」
「アイムたちより、ずっと卑怯じゃん、いいね、いいね」
アイムたちというのは気になったが、ここはアイボリーの尻馬に乗ったほうがよさそうだ。
「でもさあ」ベッコウは腑に落ちない顔で言った「トレーサーなんかつけられて、シノノメが気づかないなんてことある?」
「そりゃ、気づいてるだろ」スクリーンパッドに伸ばしたアイボリーの手をコーラルが払いのける「居場所知られるのなんかシノノメは気にしないんだよ。ユータとシノノメ、どっちかっていうとユータか、視界にさえ入らなきゃ、面倒はないと思ってる。だから、騒ぎ立てるようなバカな真似はやめろって言ってるんだ」
「ユータの視界に入るとどうなんのさ」
「こっち来て、一緒に食べようって言うだろ、ユータなら」
「あ、それ、やだなあ。つまんない」
「だろ、だから、向こうが気づかないくらい遠くから見てないといけないわけで…」
「それってワタシはいいけどさあ」ベッコウはメガネを外しながら言った「アンタらどうすんの? いまヒスパニオラって体隠せるような場所ないと思うんだけど」
2人はいっせいにベッコウの何でも見える瞳を凝視した。それから振り向くと玄関のほうに歩いて行く。
「家の中入るんなら、新しい靴下に履き替えてよね」
「何でだよ。裸足で良いって言ったじゃん」
「汚れた靴下よりマシって話でしょ。いったん帰るんなら、ちゃんと履くの」
ちぇ、と舌打ちしたアイボリーは、黙って玄関をくぐった。
「ねぇ、見えるぅ?」
「見えるけど、アンタ見えないの? 倍率は十分だとか言ってなかった?」
「手ぶれ補正の調子が悪いんだよぉ。地球と重力違うからさぁ」
アイボリーは手持ちしていたカメラつきスクリーンパッドを投げ出した。型崩れの暗視装置みたいなゴーグルを装着して仁王立ちしているコーラルの肩に顎を乗せ、自分の髪をコーラルの側頭に押し付ける。
「わ、なんだ、勝手に入ってくんな。気持ちわるい」
コーラルが押し退けようとするが、アイボリーは首にかじりついて離れない。
「我慢しなよ。わあ、よく見える。やっぱり他人の目の方がよく見えるや。しばらく貸して」
「やだ、どけ、ヘンタイ、離れろ」
物理的な接触もそうだが、アイボリーのほうに意識が流れるのが、コーラルにはたまらなく嫌なようだ。
「静かにしてよ」ベッコウが怒った「いくら離れてるからって大声出したら気づかれるでしょ」
まあ、もっともだ。苦虫を噛み潰したような顔で、コーラルは我慢した。
「向こうの声も聞こえないなあ。なんて言ってるんだろう」
「ば・ん・ご・は・ん・な・に・に・し・ま・しょ・う」
「何でわかるの?」
「アイム、読唇術できるもん」
「続けて」
「しののめのすきなものでいいよ。え? ゆーたのすきなものでいいですよ。おかあさんはなにつくるきだろう。さいきんはしののめがかんがえてます。めんどうだそうです」
「あー、なんか、もっとキラキラした話題しないのかよ。キミのひとみは星座の輝きのようだとか、愛しい人よ貴方の声を聞いているだけで安らぎますとか、素敵なセリフを語り合わないのか」
「そんなことデートのとき言うわけないでしょ。バカなの?」
「おちゃもらえますか。はい。ふー、むぎちゃおいしいです。よかった。さんどいっちおいしかった。まだあるよ。もうおなかいっぱいです」
「あー、ユータは麦茶なんだな。おにぎりで、なるほどなるほど」
「サンドイッチのほうが紅茶かコーヒー持ってくるだろうに、何してるんだ」
「交換してるの。そのほうが楽しいでしょ?」
「そんなもんなのか?」
「そういうものなのっ」
「おにぎりはどうでしたか。べーこんとうずらおいしかったよ。さいきょうづけは。あー、さいきょうづけもおいしかったよ」
「何でもいいんじゃん」
「何でも良くないでしょ。次からはシノノメ西京漬はやめるでしょ」
「何で?」
「何で、って、アンタ本当にバカなの?」
「楽しそうだねぇ」
ヒスパニオラ唯一の高木、一昨日植えかえたばかりのポプラの枝に、器用に寝そべるメロゴールドが言った。
「まあね」とメロゴールドの肩でコイントス「ほんとにあの子たちが幸せそうで、涙が出そう」
「ゴリラは泣くんだけど、ヨウムも泣くの?」
「泣くよ。うれしい時も、かなしい時も」
「じゃあ、ゴリラと一緒だな」
メロゴールドは立ち上がると枝から降りた。
「話し合わなきゃいけないな。みんなで」
「そうね。オールインワンとトッペンもいっしょに」
「話し合っても、どうにもならないけど。話し合いはしたほうが良い」
「そうね。あの子たちのために」
「そうだよ。相棒たちのためにも」
ヨウムはゴリラの肩に止まり、そしてゴリラは住処へと歩いていく。もう動いても良さそうなヒスパニオラは、まだ事実上止まっている。




