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宇宙大回転マッハシステム ―― 第3象限  作者: 二月三月


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16/21

休日の過ごし方、近所の丘でお弁当を食べよう


「何してるの?」


 シノノメがぺたぺたとご飯を丸めている。不思議に思ったベッコウが声をかけた。


「おにぎりを握っています。具は厚切りベーコンです」


「ふーん」


「食べますか?」


「ワ、ワタシはいい」


「んじゃ、おくれ」


 コーラルが横から手を差し出した。


「はい」


 シノノメが無造作におにぎりをコーラルの手のひらに乗せた。また炊飯器からご飯をよそい、ベーコンの一片を中心において、ぺたぺたと丸める。


「こっちは?」


 もらったおにぎりを食べながら、ランチボックスの中身を指す。


「それもおにぎりです。タラの西京漬を焼いたのと味付けうずら卵が入ってます」


「食べていい?」


「だめです」


 シノノメは6個目のおにぎりを握り終わると海苔を巻いて、ランチボックスの隙間に並べた。


 茹でた小松菜を絞り、切り揃えると、葉生姜の甘酢漬けと卵焼きのとなりに並べた。


 牛乳で煮出した紅茶をこして保温ボトルに入れる。


「和食ぽいのにミルクティーなのか?」


「ユータのサンドイッチに合わせました。シノノメはサンドイッチが好きです」


「ふーん」


「ふーん」


 シノノメは、エプロンを外し、肩がけ鞄にランチボックスと副菜入れを詰め、保温ボトルと一緒に持った。麦わら帽子をかぶる。


「夕方までには帰ります。では」


「はーい」


「ほーい」


 部屋のドアが閉まると、すぐさまドアに飛びついたベッコウは、ドアの隙間をほそーく開けて戸外の様子をうかがう。


「まだ外に出てないから、いま出たら気づかれるぞ」


 振り向いたベッコウが思い切り口に人差し指を当てて、シーっと言う仕草をする。


「聞こえちゃいないよ。どうせシノノメだって浮かれまくってる。外野の物音なんか耳に入るもんか」


 コーラルは窓から外を眺めている。それぞれバッグと水筒を持った二人の、遠ざかる背中を見つめていると、玄関口にもそもそと動く影が出てきた。


「あのバカ」


 コーラルは窓を開けると、靴下のまま外に飛び出した。ベッコウは後も追えずに、部屋の中で躊躇していたが、思い切ると、部屋から廊下に出て玄関に向かった。




 ベッコウが外に出ると、コーラルがアイボリーを叱りつけている最中だった。もっとも、アイボリーだって負けてない。


「早く行かないと、見失っちゃうよ」


「だからぁ、そういうのヤメろって言ってんだろーが」


「だって、気になるんだもん」


「そこを我慢するのが大人だろうが」


 子供だもん、と口を尖らせたアイボリーに、たまらずコーラルは右手を挙げたが…


「やめな、コーラル、とりあえず靴履いてよ」ベッコウがコーラルの靴を差し出す。


 都合のいいときだけ子供してんじゃないよ、とブツクサ言いながらコーラルが靴を履く。


「あ、靴下脱いでよ。靴汚れるよ」


「いつもは靴下履けってうるさいのに」


「靴下ぐちゃぐちゃだし、泥だらけだし、それなら裸足の方がましだよ」


「靴履いたらすぐ行こう、行こう」


「どこ行くかわかってんだから、そんなにあわてなくていい」


「知ってんの?」


「なんで?」


 問い詰める二人にコーラルはめんどくさそうに説明した。


「ヒスパニオラの自転は、重力バランスの関係で固定されている。月の自転周期と同期してるんだ。そのせいで同じ面を地球に向けている。太陽に対しては約27・3日で同じ面を向ける。大気を無理やり流しているとはいえ、寒暖差が激しいから、オレたちは自転軸付近にいるけど、ピクニックなら少し遠出したいだろうし、日差しがおだやかで、気温がちょうどいいところは、そんな多くはない。すぐわかる」


「嘘だね」アイボリーは鼻で笑った「ヒスパニオラは直径423キロメートルあるんだ。その程度の限定条件で目的地なんかわかるもんか」


 はあ、とコーラルはため息をついて、ポケットからスクリーンパッドを出した。ヒスパニオラの緯度経度と赤い点が表示されている。


「さっきシノノメの帽子にトレーサーつけた」


「あ、おにぎり食べてたとき?」


「アイムたちより、ずっと卑怯じゃん、いいね、いいね」


 アイムたち(ヽヽ)というのは気になったが、ここはアイボリーの尻馬に乗ったほうがよさそうだ。


「でもさあ」ベッコウは腑に落ちない顔で言った「トレーサーなんかつけられて、シノノメが気づかないなんてことある?」


「そりゃ、気づいてるだろ」スクリーンパッドに伸ばしたアイボリーの手をコーラルが払いのける「居場所知られるのなんかシノノメは気にしないんだよ。ユータとシノノメ、どっちかっていうとユータか、視界にさえ入らなきゃ、面倒はないと思ってる。だから、騒ぎ立てるようなバカな真似はやめろって言ってるんだ」


「ユータの視界に入るとどうなんのさ」


「こっち来て、一緒に食べようって言うだろ、ユータなら」


「あ、それ、やだなあ。つまんない」


「だろ、だから、向こうが気づかないくらい遠くから見てないといけないわけで…」


「それってワタシはいいけどさあ」ベッコウはメガネを外しながら言った「アンタらどうすんの? いまヒスパニオラって体隠せるような場所ないと思うんだけど」


 2人はいっせいにベッコウの何でも見える(ヽヽヽヽヽヽ)瞳を凝視した。それから振り向くと玄関(げんかん)のほうに歩いて行く。


「家の中入るんなら、新しい靴下に履き替えてよね」


「何でだよ。裸足で良いって言ったじゃん」


「汚れた靴下よりマシって話でしょ。いったん帰るんなら、ちゃんと履くの」


 ちぇ、と舌打ちしたアイボリーは、黙って玄関をくぐった。




「ねぇ、見えるぅ?」


「見えるけど、アンタ見えないの? 倍率は十分だとか言ってなかった?」


手ぶれ補正(スタビライザー)の調子が悪いんだよぉ。地球と重力違うからさぁ」


 アイボリーは手持ちしていたカメラつきスクリーンパッドを投げ出した。型崩れの暗視装置みたいなゴーグルを装着して仁王立ちしているコーラルの肩に顎を乗せ、自分の髪をコーラルの側頭に押し付ける。


「わ、なんだ、勝手に入ってくんな。気持ちわるい」


 コーラルが押し退けようとするが、アイボリーは首にかじりついて離れない。


「我慢しなよ。わあ、よく見える。やっぱり他人(ひと)の目の方がよく見えるや。しばらく貸して」


「やだ、どけ、ヘンタイ、離れろ」


 物理的な接触もそうだが、アイボリーのほうに意識が流れるのが、コーラルにはたまらなく嫌なようだ。


「静かにしてよ」ベッコウが怒った「いくら離れてるからって大声出したら気づかれるでしょ」


 まあ、もっともだ。苦虫を噛み潰したような顔で、コーラルは我慢した。


「向こうの声も聞こえないなあ。なんて言ってるんだろう」


「ば・ん・ご・は・ん・な・に・に・し・ま・しょ・う」


「何でわかるの?」


「アイム、読唇術できるもん」


「続けて」


「しののめのすきなものでいいよ。え? ゆーたのすきなものでいいですよ。おかあさんはなにつくるきだろう。さいきんはしののめがかんがえてます。めんどうだそうです」


「あー、なんか、もっとキラキラした話題しないのかよ。キミのひとみは星座の輝きのようだとか、愛しい人よ貴方の声を聞いているだけで安らぎますとか、素敵なセリフを語り合わないのか」


「そんなことデートのとき言うわけないでしょ。バカなの?」


「おちゃもらえますか。はい。ふー、むぎちゃおいしいです。よかった。さんどいっちおいしかった。まだあるよ。もうおなかいっぱいです」


「あー、ユータは麦茶なんだな。おにぎりで、なるほどなるほど」


「サンドイッチのほうが紅茶かコーヒー持ってくるだろうに、何してるんだ」


「交換してるの。そのほうが楽しいでしょ?」


「そんなもんなのか?」


「そういうものなのっ」


「おにぎりはどうでしたか。べーこんとうずらおいしかったよ。さいきょうづけは。あー、さいきょうづけもおいしかったよ」


「何でもいいんじゃん」


「何でも良くないでしょ。次からはシノノメ西京漬はやめるでしょ」


「何で?」


「何で、って、アンタ本当にバカなの?」




「楽しそうだねぇ」


 ヒスパニオラ唯一の高木(こうぼく)、一昨日植えかえたばかりのポプラの枝に、器用に寝そべるメロゴールドが言った。


「まあね」とメロゴールドの肩でコイントス「ほんとにあの子たちが幸せそうで、涙が出そう」


「ゴリラは泣くんだけど、ヨウムも泣くの?」


「泣くよ。うれしい時も、かなしい時も」


「じゃあ、ゴリラと一緒だな」


 メロゴールドは立ち上がると枝から降りた。


「話し合わなきゃいけないな。みんなで」


「そうね。オールインワンとトッペンもいっしょに」


「話し合っても、どうにもならないけど。話し合いはしたほうが良い」


「そうね。あの子たちのために」


「そうだよ。相棒(バディ)たちのためにも」


 ヨウムはゴリラの肩に止まり、そしてゴリラは住処(すみか)へと歩いていく。もう動いても良さそうなヒスパニオラは、まだ事実上止まっている。



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