課外実習その2、絵巻の鑑賞、鬼女と菩薩、優多、東雲の退出後に始祖さんが語る吉祥の秘密、シノノメがシルベと仲が悪い理由
コーラルが床の間の絵巻きに見入っている。
端に描かれた鬼女の絵を指して言う。
「すげー、これ、ベッコウそっくり」
ーーコロス、コイツ、ゼッタイコロス
「こっちは顔違うよー」
アイボリーが指したのは、絵巻の反対側の角、柔和な女御の筆流しだった。
「こちらは改心後ですね」シノノメが言う。
「かいしんご?」
「そういう絵巻なんですよ。鬼子母神の。他家の子を貪り食っているのと、自分の子が獲られて反省したあとの対比というか…」
「こっちも、ベッコウそっくりだぁ」
ーーナンナンダヨ、オマエハイッタイ
ベッコウが爆ぜた。
「何で、どっちもワタシそっくりとか言うん…」
「おっぱいデカい」
「キサマのワタシに対する解像度ってそんなもんかあ、あ?」
「まあまあ、ベッコウ」誰も頼んでもないのにシノノメが、なぜか合いの手をいれる「おっぱいは、小さいより大きいほうが良いと思いますよ」
ベッコウの大爆発寸前、お祖母さんが無理矢理おさめた。
「乳の大きい小さい、出る出ないは、国を傾けますから、ほどほどになさるがよろしい。とりあえず、大きいほうも小さいほうも矛を納めなさい」
「ねえねえ、おばあさん」アイボリーが猫撫で声ですり寄ってきた「おばあさんは未来のことわかるの? そういう感じの人?」
お祖母さんはマジマジとアイボリーの顔を見つめた。そして、そのままアイボリーから目を離さずにシノノメに声をかけた「シノノメ」
「はい、なんでしょう?」
「少し外で遊んできてもらえますか? ああ、そう、優多さんも一緒に」
わかりました、と、とくに疑問も挟まずにシノノメが立ち上がる。ユータをせかして茶室を出た。
「え、なに、なに、払い腰? だっけ、所払い? 違うか」
「人払い、ですね」お祖母さんはコーラルの言を訂正した「つい最近、来られたばかりなのに、よくご存知です。感心、感心」
「それって、シノノメに聞かれると困るの?」いつの間に、眼鏡を外したベッコウが割って入る「お孫さんでしょ? シノノメは知ってるんじゃないの?」
「そりゃあ、シノノメは知ってますよ。一族の長ですし」お祖母さんはおどけて見せた「聞かせたくないのは優多さんですよ。そんな話をして引かれたら困りますからね。大事な婿さんです」
「ユータに隠し事ってのは無理じゃないか?」コーラルはあいかわらず遠慮がない「アイツは何でも知ってるぞ」
「そんなことは百も承知ですが、優多さんは知らないフリもできるんです。建前というのは、なかなか大事なもので、知らぬフリをされたら、それを知らぬことといたします。そういうことをわきまえているところが、父親とはだいぶ違います」
「あのさ」アイボリーが痺れを切らす「始祖さんて人に会いたいんだけど、中に入ってるんだよね」
「この婆が始祖ですよ」始祖さんは、ちょっと背筋を伸ばした。皺は伸びない「今日は特別ですから、最初から入っております」
3人は顔を見合わせた。こりゃあ一筋縄ではいかないな。
「さて、先に戻りましょうか」始祖さんが言う「未来がわかるか、とのお話しでしたか? もちろんわかります。吉祥の一族は、もともと先を読むことを生業としております」
「能力で? 技術で?」
「半ば技術で、半ば能力で」
「なかば?」
「はじまりは、そう、お天気のことからでした。日本という国は西から天気が変わります。ですから、西を見ておれば、見続けていれば、先のことがわかるのです」
「そんなんでいいの?」
「最初はね。でも、すぐに皆マネします。だから風を読み、気圧を読む」
「気圧?」
「耳がいたい、膝が軋む、頭痛がする。数値はなくとも気圧は読めます」
「なるほど」
「そうすると、台風の来るのがわかる」
「ああ、そうやって未来を読んでいくのね」
「天気に通じれば、次は人です」
「人?」
「天気がわかるのなら、誰に与したほうが良いのかわかるだろう、と聞かれるわけです」
「天気と人事は関係ないよ」
「もちろん関係ありませんよ。でも天気の予報より、人間関係をあてるほうが、よほど楽です。人となりなど、わざわざ推しはかることをせずともすぐわかります」
「で、適当なことを言うと…」
「いえ、本当のことを言いますよ」
「そんなことして、揉めない?」
「別に。聞いてきたほうが、言った通りにするわけでもありませんし、正しいからといって実行できるほど頭の良い人は少ないです」
「呪ってくれ、って頼まれたことある?」
「そりゃあ、もう、しょっちゅう…」
「呪うの?」
「呪いますよ。みんな均等に。そんな状況ですからね。どうせ誰か死ぬでしょう。丸儲けです」
「相手だけ呪って、自分は呪わないで、とは言わないのか」
「仮にそう言われて引き受けたところで、言った本人がそんなこと信じないでしょう。あなたを呪いから守って差し上げましょう、なんていう人が信じられますか?」
「アイムは信じないけど、信じる人はいるかもね」
「そういう人は、すぐ死にますね。経験上のお話です」
「経験ねえ…、千年だっけ?」
「あるいは、それ以上でしょうか。それが能力のほうです。文に表さなくとも伝えられる知識がある。口伝よりも正確です。吉祥の力の源と言っても良い。でもまあ、吉祥の中でも意見が分かれることもありますし、経験だけで物事が解決するほど甘くはないです」
「そういうときはどうするの?」
「当代が決めます」
「独断?」
「そうです」
「始祖さんは?」
「その他大勢のひとりです」
「やり方として正しいのはわかるけど、それで、もめないんですか?」
「もめますよ。もちろん。とくに当代と代替わりしたばかりの先代はもめますね」
「ああ…」
納得顔のベッコウに、始祖さんはクスリと笑うと、それは違うんですよ、と言う。
「あなたのお考えはわかりますけどね。そういうことではないんです」
「どういうこと」
始祖さんは居住まいを正した。深く刻まれた皺に悲哀が被る。
「家を守り立てるためとはいえ、歪な知識の伝え方をしたわけです。それで先を読めるようになった。ただ、先を読めるだけでは、世を渡っては行けぬし。女だけで家系が維持できるわけでもない」
「お父さんやお祖父さんのこと?」
「そうです。通底の能力は女だけにしか伝わりませんが、女だけで子を儲けるわけにもいかず。招き入れる婿さんの能力が非常に大事になるわけです。無論、婿選びには吉祥全体で最上級の働きをしますし、いったん選んだ婿はありとあらゆる手管で我がモノとします」
「おっかねー」
「ええ、おっかないんですよ。とっても」始祖さんは笑った「だから、その…、先代の婿さんに対する扱いというか、とかく新しいものというか若い方に目が行きがちですし、ともかく当代といろいろぶつかるものですから、もちろん全員で止めますけれど、死んだ人間より生きてる人間のほうが強いので…」
「うわぁぁー」
「ひょえぇー」
「あの絵なんかより、よほど怖いねぇ」アイボリーは床の間の鬼子母神絵巻を見やった。
「悪気はないんですよ。どちらもね。吉祥の家が少々特殊というだけで、業のようなものですが、どうにか納めています」
「それでシルベ先生とシノノメって仲が悪いの?」
「いえ、それは違います」始祖さんは、あっさり否定した「そもそもシルベはガントーさんに心底ぞっこんです。吉祥の悲願というか、そういうものはシルベの代で叶っておりますので、そういうことではないんです」
「吉祥の悲願?」
はい、と始祖さんはこれまた簡単に肯定した。
「千年を超えると申しましょうか」始祖さんは夢うつつのように遠くを追うような目を彷徨わせた「優れた婿をというのが吉祥の妄執とでもいうものですが、いくら素晴らしい殿方でも、永遠に共するわけにはいかず、死が二人を分つ。そのまま女のほうも没すれば、そこまでにございますが、吉祥の、もはや呪いというほうがふさわしいかも知れぬ、通底で繋がれて滅することもできずに、ただただ想いだけが残るのです」
これは、まずい。3人とも逃げようと思ったのだが、始祖さんの透き通るような瞳に吸われ、その場から動くことができない。
「シルベはそれを止めた。ということです。弓手の家がどうやって頑頭さんを作り上げたか、謎としか言いようがありませんが、とにかく、あの二人は別れるということはありません」
「なんか大変な話になっちゃったな」アイボリーが呟いた。
「これは不調法いたしました」始祖さんは素直に詫びた「ついつい力が入りました。年寄りの繰り言と思し召しください」




