課外実習その1、シノノメ張り切る、今日はみんなで通底のお稽古を見学、シノノメのおばあさん、アイボリーは御茶菓子がお気に入り
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
振袖のシノノメは正座礼から顔を上げた。見たこともないニッコニコ顔である。
「お稽古が退屈というわけではありませんが、お客様がいると心の張りが違います」
そう言うと、シノノメは立ち上がった。鳥の子色の振袖は、左袖に金糸の雷神、右袖に銀糸の雷神をあしらう。振袖の図案としては一般的ではないが、威風堂々とシノノメの挙手投足を際立たせている。
茶室の角に用意してあった八寸をそれぞれ客人の前に置き、末席のお祖母さんにご挨拶すると、亭主のとなり、お点前の位置に再び座した。
「ええ、と、ボクは亭主の役なので」羽織袴をつけて正座していたユータが口を開く「ここに座ってますけど、何にもしませんから、お客様は好きにくつろいでください」
お祖母さん以外のお客様は脇息を勧められ、立膝をついて座っていた。正座は慣れないとたいへんですから、とシノノメが注釈する。コーラルは何故か一人だけ、結跏趺坐していた。
「ねえねえ、これ、食べていいの?」
我慢できないアイボリーが、八寸に載せられたお菓子を指し、口先切ってねだる。
「もちろんです。どうぞお召し上がりください」
「これ、なあに? お餅?」ベッコウが左角のお菓子を指して訊く。
「道明寺です」
「この、ちっちゃくて綺麗なのは?」
「金平糖です」
「ニンジンとゴボウがある」コーラルが言った。
「それお菓子じゃないんだ。きんぴらごぼうだよ」そこだけシノノメではなくユータが答えた「ボクが作ったんだ。シノノメが好きだから」
「これから、ほうじ茶を淹れますから。みなさんに一服ずつ差し上げますので、お菓子と一緒にどうぞ」
「ねえねえ、お祖母さん」アイボリーが馴れ馴れしく声をかける「これが通底の訓練なの?」
「お稽古、と言えばお稽古、そうでないと言えば、そうではありませんね」
お祖母さんが答えた。
「どういうこと?」ベッコウが不思議そうに訊ねた「お茶会はお稽古じゃないの?」
「茶会の真似事、ままごとですね」お祖母さんは言う「通底として大事なのはシノノメの動作です。よく見てごらんなさい」
シノノメはひとつずつほうじ茶のお茶碗をお客様に持ってくる。目の前でお茶を注ぐのだが、緊張しているのか、なんとも動作がぎこちない。あ、とベッコウが声をあげた「入れ替わった」
「わかりましたか?」お祖母さんが微笑んだ。
「なるほどー、これが通底なんだ」目を閉じたままでコーラルが言う。
「おや、そちらの方は、気の流れが見えますか。それで結跏趺坐を、なるほどなるほど」
「アイムも見えるよ」
「あなたはめずらしいお髪をお持ちですものね」お祖母さんは再度笑った「シノノメは良いお友だちができてなにより」そしてシノノメに向くと言った「貴女もお給仕ばかりでは退屈でしょう。お友だちに一差し舞っておあげなさい」
「ここでは手狭かと」
「道場に参りましょう」お祖母さんは言う。それからユータに視線を送り、頭を下げた「優多さん、お願いします」
心得ました、とユータが応じると茶室の中に渦巻く亜空間が滲む。
「あゝ、待ってよ。アイムのお菓子…」
「誰も獲ったりしませんよ」
お祖母さんは笑った。花やぐように。
なにを まいましょう
どうじょうじ に なさい
はじめてのかたに のう は たいくつでは ありませんか
なんの みな めききのかたがたばかり えんりょなど ひつようありませぬ
では どうじょうじ を
どうじょうじ らんびょうし を
つづみは この ばば が
なんと しそさんが てづから
らんびょうし ごよういめされ
かねの よういが ございませぬ
いかほど めんを てもちにて
てんにょの めん
きじょ の めん
ざうに わかちて
いざ
いざ
よう
よう
能装束に烏帽子をつけたシノノメが、両手左右に二面を捧げて舞を踏む。
鼓に合わせ、意気が上がり、板の間の道場に呼気が満ちた。
踵があがり、
踵がおちる。
爪を上げ、
爪を下ぐ。
重厚な歩の進み、溜めて一脚を延ばす。
よう
鼓の打ち
よう
鼓の打ち
屈み、屈する。
やあ
よう
歩みを進め、戻す。
よう
やあ
鼓の打ち
屈み、開く
よう
よう
鼓の打ち
暗転して虚空にシノノメが消える。
「不調法にてお目汚しを」
振袖に戻ったシノノメが正座礼から顔を上げる。傍のユータも茶会の始めと同じに座している。
先程と異なるのは、床の間に泥眼、般若の二面がかかり、掛け軸も山水から絵巻きに変わっていた。
「わーい、お菓子あったー」
おかわりもありますよ、水菓子はいかが、などとお祖母さんが言うので、シノノメは手籠いっぱいの蜜柑を差し出す。
喜び勇んだアイボリーが両手にひとつずつ蜜柑を掴んだが、途方にくれてあたりを見回す。
「どうやって食べるの?」
「一個ずつ食うんだよ」
アイボリーが右手、ベッコウが左手から取ると、皮をむいてひとふさずつ食べ出した。
「アイムの…」
「まだ山ほどあんだろうが」
籠からもう一個取り出したアイボリーが、蜜柑をむいて一房頬ばる。
「すっぱい」
アイボリーのしかめ顔が可愛らしかったので、みんな笑った。




