神の使徒
「どうして、チャオは、ここに来たんでしょうか?」
手術が終わって、穏やかに寝息を立てているチャオを前に、シノノメがユータに訊ねた。
うーん、と腕組みをしたユータは沈黙する。ユータが考えこんでいるのを見るのは初めてで、軽い気持ちで質問したシノノメは驚いた。
「シノノメはチャオのこと、どう思う?」
どう、と言われても。こんどはシノノメが答えに詰まってしまった「初めて見るので、よくわかりません」
「そう、そうなんだ」ユータは言った「ボクも初めてなんだ。いちおう知識としてはあるんだけどね。ボクたちに似ている何者かが地球にはたくさんいる、らしいよね。地球で過ごしてたときも会ったことないしなあ。ベッコウのシンタグマメソドロジーに行ったとき、もう少しきちんと探してたら、見つけられたかもしれないけど、その時はあまり興味なかったし…」
「いまは興味あります?」
「いや、それほどでも」
「シノノメも、デザイナーズチルドレンのみなさんが来るまでは、ユータしか、シノノメと背格好が似ている人は見たことがなかったです。大人はいましたけどね」そしてシノノメはチャオをもう一度しげしげと眺める「この子は少し小さいみたいですし。リリオンさんトコのマルが生まれたら、また違うんでしょうけど」
「そのデザイナーズチルドレンにしてからが、特別なんだ。普通ではないらしい」
「そのようですね」シノノメも応じた。
「でまあ、気になったんで、手術の最中にいろいろ調べてみたんだよ。とくに脳とかDNAとかね」
「違いました?」
「うん、少しね。でも、ボクらとそんな差はないようにも思う…」
「地球にいる人たち、とは違う、と?」
「だいぶ違うのかな? データでの比較だから、よくわからないけど、一般的な地球人とはかなり違う気がする」
「そのせいで神経芽腫もできやすい?」
「目だけじゃなかったしね」
「第1世代デザイナーズチルドレンが同じような状態でしたよね? 資料しか見たことないですけど」
「そうなるのかなぁ、まあ、そうなんだろうな。それでさっきのシノノメの質問なんだけど…」
「どうして、この子が来たのか、ですか?」
「そう、どうしてが、どうやってだったら、自然現象だから、という答えになる」
「自然現象…ですか?」
「まあね。神隠し、とか、人間消失事件というのは、けっこうあるんだ。全部が全部、亜空間がらみではなくて、単なる行方不明がほとんどだろうけど。そんな中でも、いったん居なくなった子が帰ってきた、って事例はとても少ない。そして帰ってきた子は、特別な能力を持っている」
「母の言ってた話ですか? 天狗攫い、眉唾だと思いますけど」
「異空間から帰って全知を得ると言うなら、まあ、胡散臭い。でも、もともと他の人よりものすごく頭が良かったから亜空間に行けた、ということなら、おかしいけど、あっても悪くない」
「宇宙全体の揺らぎからすれば瑣末なこと、と? だから自然現象?」
「事例が稀有で例外事象の発生確率が計算できないけど…」
「あー、なんだ、この子なの?」げほげほ咳き込みながらアイボリーが現れた「かわいいなぁ、うれしいなぁ、アイムのおとうとだよ」
「かってに弟にするなよ。それに、何処から来たのかわかってるんだから、一回は返さないと行けないんだよ」
「えー、めんどくさい。自力で来たんだから、もう、ここにいて良いじゃない」
「術後でお薬入れてますから、免疫が下がってます。風邪ひきは、ばっちいから、むこうで寝ててください」
はーい、とアイボリーは、自分のベッドのある部屋に引き上げた。シノノメの言うことは聞くんだ、とユータは思った。
「どうやって、のほうは説明聞きました。納得できるか、と言われたらなんとも言えませんけど」シノノメが話を戻した「それで? 残りはどうなんですか」
「どうしてがどんな理由でなら、ちょっと話が面倒だな」
「シノノメが聞いたのは、そっちのほうです」
「たぶん、そうだと思ってた」
「わかってるなら、そっちから話してください」
「そっちから話したら、どうやっての話ができないじゃない」
「しなくていいです。聞きたくもないし」
「理由については、ジャックに聞いてみないとわからないんだ」
「そういうことですか」ようやくシノノメは腑に落ちたようだ「そういうことなら、それこそ、何も言わずに聞こえないふりでもしてくれればいいのに」
「ごめん、今度からそうするよ」
「しなくていいです」シノノメはハッキリ否定した「無視されたら、かえって気になりますし、誤魔化すならもっと上手くやってください。それと…」シノノメは依然眠り続けるチャオに目を落とした「アイボリーの言うとおりにしたほうが良いと思いますよ。おとうと云々は別にしても」
「チャオにとっては、そうだね」
「あと、誰かいるんですか? 考慮すべき人が」
「チャオは自分のお母さんのことを心配してた。あと、アイジュマル、かな?」
「アイジュマル? あの人、大人ですよ?」
「そうは見えないじゃない、ボクのお父さんと同じだよ」
「それはそうだけど…」
シノノメはチャオのお母さんのことについては言及しなかった。いくらなんでも、そんなことはすべきではない。
「どうもありがとう、その、いろいろ面倒をかけて」
病室から出てきたユータにジャックは感謝の意を伝えた。
「チャオのこと知ってたでしょ?」
「うん、まあ、薄々とは」ユータの前で嘘をついたとしても、どうせバレる。ジャックは、ゴモゴモと不明瞭な発音で、チャオのことを認めるしかなかった。
「そういうのって、やられたって、わからないもんなの?」
「事が露見してから対策に走ったけど、迂闊だった、としか言いようがない」
「で? あと何人ぐらいいる」
「わからない、皆、死産だったと報告を受けた。自分で調べてもそれ以上はわからなかった」
「本気で探した?」
「と思う」
「デザイナーズチルドレンを増やしたい、という観点だけからなら、施策としてありうるかもしれないけど、いちおうジャックは王族だろう? 精子の管理なんて最重要だろうに、なんでまた?」
「盗まれたのは精子じゃなくてバックアップ用の精母細胞だったんだ。そこから減数分裂の際に選択的に第1世代デザイナーズチルドレン因子を選別して、人工授精した、と聞いている」
「思ってたより酷かったな。奇跡的に遺伝病が排除されていたと思われるジャックの精母細胞があるのに、クローンにせずに精子作るなんてワケがわからない」
「ボクの遺伝子原体が嫌いだったんじゃないかな。もし成功したとしても、造り手の言うことなんか聞かないだろうし」
「チャオなら言うこと聞くってわけでもないと思うけど?」
「それについては、そのとおり」
「残りの生殖細胞は処分した?」
「処分した。残りはボクの体内分だけのはずだが、うーん…、チャオがいる以上、なんとも言えないよ」
ジャックが思ったよりショゲているので、ユータは、それ以上、追求するのをやめた。ユータは、ジャックには必要以上に圧をかけてしまう。そこは反省しよう、とユータは思った。
「それで、チャオの具合はどうだろうか?」ジャックはようやっと、いちばん聞きたかったことを訊ねることができた。
「NMRで見える腫瘍は取り除いた」ユータはスクリーンパッドを取り出し、画像を示しながら説明した「SSsだと細かい部分は見えるけど、大きいところが逆に見えない。物理的な掻爬をできるだけやって、あとは化学療法と低量放射線治療の組み合わせになる。ちょっとこっち来て」
ユータはジャックを校舎に連なる実験棟に連れだした。
部屋に入ると、工作台に大きな緑色の石のはまったサークレットが置いてある。
「これをチャオにつけてあげて」
ユータはジャックにサークレットを手渡した。
「これは…」
「この緑色の石から低量放射線が出る」ユータは石を指して言った「その他にも通信回路とか、護身用の装置とか、とにかくいろいろついてる。ヒスパニオラがL1から離脱する前にチャオを地球に帰さなきゃならないんだ」
「その…、チャオはここにいるわけにはいかないのか?」
「チャオはお母さんのことを心配してる」ユータはジャックを真正面から見据えた「チャオのお母さんのこと、知ってる?」
「…知らない」
「じゃあ、ジャックに頼むわけにはいかないね」ユータは言った「チャオはいったん帰って、お母さんと話し合う。それがいちばん良いと思うよ」




