学校へ行こうその7、ベルンシュタイン教授が全部悪い、アイボリー風邪をひく
「と、言うわけで、アレシボリプライは、全天から降り注ぐシグナルが確率共鳴によって強化され、付加価値情報として抽出されます。付加価値情報は、根幹情報に対して付加価値として合致してはじめて意味をなします。付加価値情報としてよく例に挙げられるのが、遺伝情報です。遺伝子実体はD N A塩基配列でコード化されていますが、RNA転写メカニズムを経てタンパク質合成に用いられます。機能性タンパク質の総体として、生物が顕現しますが、個体の遺伝情報と個体の機能発言は区別されているということです。面白いですね」
「アレシボリプライ中の遺伝情報って何ですか?」
「3つしかありません。具体的に言うとベッコウちゃん、コーラルちゃん、アイボリーくんの遺伝情報です」
「ここにいる3人分しかないの? つまんな〜い」
「つまんなくありません。むしろ3人分もあって、たいへんですよ。手間だって3倍だし」
「じゃあ、第1世代デザイナーズチルドレンは? あれもアレシボリプライでしょ?」
「3人の遺伝情報は、それぞれそのままで1個の個人を形成できる完全遺伝情報です。そこから共通因子を抜き出して、人類の平均遺伝情報との差分をとり、理解できなかった部分を除いて、受精卵に対し一意部位確定ゲノム変更を行なったのが、第1世代デザイナーズチルドレンです」
「理解できなかった部分を除いてってのは怪しいなあ。大丈夫なの? それ?」
「普通に考えたら、大丈夫ではないです」
「何で除いちゃったのですか?」
「全部、適応するには、膨大な時間がかかって大変だからですね。他の部位にも悪影響出ますし」
「何で、そんな、中途半端なことしたの?」
「さあ? 少なくとも、吉祥財団は反対したようですし、何でそんなことしたのか、詳細はわかりません。先生の生まれる前のお話しです」
「ワタシたちを直接造ればよかったんじゃないの?」
「できたら、そうしてたでしょうね。シンタグマメソドロジーの問題もありますし…、あ、シンタグマメソドロジーは、明日話しますから、明日話しますから、今日は話しません」
「ジャックや、アイジュマルに訊いたら、わかる?」
「さあ、どうでしょう? 興味があるなら、直接訊いてみたらいいと思いますよ。教授に訊くのはやめておいたほうが良いと思いますけど」
「教授はやだなあ」
「オレも」
「アイムも、やだ」
教授、嫌われかたがハンパない。
「アレシボリプライに付加価値情報しか載ってないのは何故ですか?」
「根幹情報にたどり着けていない、ようするに、科学技術熟成度が足りていない人たちに、その上の積み重ね技術を開示することが危険だからです。遺伝情報から生物を再構成できない。無限大の力やエネルギーを制御できない。亜空間が使えない。こういった人たちは、本来、アレシボリプライに近づいてはいけないのです」
「教授だ」
「教授」
「教授だよね」
まあ、教授である。
「じゃあ、最初から、教授が解読したのが間違いってことじゃない?」
「その通りです」
シルベ先生は言い切った。
「みなさん、理解力が高くて、先生はとてもうれしいです」
「ほれ、じっとして」
保健室の先生がベッドのアイボリーのおでこに体温計の計測部を向ける。アイボリーがむずがるので左手でベッドに押さえつける。
「ただの知恵熱みたいなもんだよう。たいしたことないって」
「喉に痛みの出る知恵熱なんて無いっての。ほら、39度2分、さっきより上がってる。静かにして寝てな」
「ユータの平熱と同じようなもんだよう。アイム元気だよう」
「うるさい、黙って寝ろ」
保冷枕に頭を乗せ、熱冷まし用のジェルシートを額に張られたアイボリーは、しぶしぶ毛布を肩まで上げた。
「昨日は何してた? 学校の後」
「みんなでプール」
「その後は?」
「農場で虫探し、虫いたけど捕れなかった」
「プールの後のシャワーは?」
「何それ?」
「プールの後のシャワーと洗眼、みんなしてたでしょ?」
「みんなはしてたよ」
「アイボリーちゃんは?」
「虫が…」
先生はアイボリーの顔を覗き込み、無理やり目蓋を指で開いた。
「いたあい」
「そりゃ痛いよ。目、真っ赤じゃん」
「痛くない…」
「痛いの。両目とも真っ赤か」先生は薬戸棚から目薬を出してすばやく点眼する「結膜炎だね。喉のほうも溶連菌だと思うんだけど…」
言いながら、先生は薬戸棚からカプセル剤を取り出し、コップに水を入れて、アイボリーに差し出す。
「ペニシリン?」
「そう、アモキシシリンだよ。飲んで」
「薬きらい」
「じゃあ、注射だな」
「うそうそ、薬大好き」
アイボリーは、大急ぎでカプセルを口に入れ、コップ一杯の水を飲み干した。
「よろしい、あとは寝る」
保健室のドアが開き、おっかなびっくり4人が入ってきた。
「アイボリー、大丈夫?」
「うん、まあ」先生が言った「たぶん、プールの後、そのまま外に出て溶連菌拾ったみたい。ウィルス抗原のスクリーニング全パスなんで、風邪に似た症状と結膜炎だから、あとは細菌系だろう。抗生物質で様子見る」
「オマエ、シャワーも浴びないで、水着のまま飛び出して行ったもんな」コーラルが呆れ顔で言う「どうせ、昨日の晩も腹出して寝てたんだろう」
「カマキリがいたんだよ、でっかいのが」
「そりゃ、カマキリぐらいいるだろうさ。クワガタもアゲハ蝶もいるんだし」
「え? いるの?」
「いるよ」
「採りにいこう」
「今度にしとけ、帰ったらオレのクワガタ見せてやるから」
コーラルに言われて、アイボリーは小さくうなずいた。
「これ、お昼の給食なんだけど」ユータがプラスチック容器を3つ重ねて差し出す「アイボリー、食べられそうかな?」
アイボリーは悲しそうに首をふる。
「冷蔵庫入れとくといいよ」先生が言った「アイボリーちゃんは入院、どうせ帰ってもやることないでしょ。アタシがちゃんと診ておくから」
「プールしばらく控えようか?」ユータは先生に訊いた「ウイルスに対してはある程度処置してあるけど、細菌は、はっきり言って、生態系持ち込みなんで、制御はできない」
「うーん、まあ、プールの水かぶって、裸で走り回るようなバカなことしなけりゃ、大丈夫だとは思うんだけど。念のため、消毒用の塩素量すこし増やすくらいで良いんじゃないかな」
アイボリーは頭まですっぽりと毛布をかぶってしまった「まあ、アイボリーちゃんも反省してるみたいだしね」
「ほんとかあ?」コーラルは毛布のはじっこをあげて中を覗き込んだ。あわててアイボリーが毛布を被りなおす。
「こらこら、コーラルちゃん、そんなことしないの。カゼ感染るよ」
じゃあ、お大事に、と、みんな保健室を出て行った。
みんながいなくなった後、アイボリーは、やっと毛布から顔を出した。
「どれぐらいで治る?」
「ちゃんと薬飲んでれば、3日ぐらいで治るよ」
「ほんと?」
「薬飲んで、おとなしく寝てればね」
「スキー、できる?」
「何でスキー?」
「スキーするの好きだもの」
「どうして?」
「アイムが初めて友達と遊んだのがスキーだもの」
だいじょうぶ、スキーできるよ、先生はそう言ってアイボリーの毛布をかけ直した。




