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十六、巨乳デカ尻も楽じゃないぜ

 一樹はあまりのことに、フライ返しを持ったまま固まって動けなかった。ホテルだから自分で料理する必要はないはずだが、今日は桃香がたまには料理がしたいと言い出し、材料を買ってくると言って出かけたのだ。しかしあまりにおそいので、用意しておいた料理用器具をシンクで洗っていたのである。


 だが、「ただいまー」の声にふりむいた彼の、五時間もかけてひたすら食材をえらんでくれた、きまじめで誠実で、自分への愛に満ちた彼女に対し、あたたかいねぎらいの言葉をかけよう……という思いは、ドアの向こうに立っていたそれを見たとたん、跡形もなく消し飛んでしまった。

 そこには桃香がいた。

 しかし、それはもはや五時間前の桃香ではなかった。


 彼は返しを握っていない右手でわなわなと指さし、あごが外れそうな勢いで口をあけ、ぽつりと言った。

「も、桃香……?」

「やっぱり、分かってくれた」

 彼女は、はにかむようにあごを引いて後ろに手を組み、うわ目づかいで口だけにっこりした。それは、彼の反応によっては状況が地獄になる可能性があって、とりあえずはそれが回避されたらしい、という緊張の緩和した状態であった。といって、もしも一樹がまるで気づかず、「どなたですか」と聞かれても、それじたいはたいした問題もなくクリアし、次へ進めるはずだ、という自信はあった。


 だが信じられないという顔で言いはしても、これを見て、これがあの桜木桃香だ、と即座に分かるほうがどうかしている。それほどまでに、彼女の姿はひょう変していた。

 一見して一樹が思い出したのは、ここの市長の、今にも破裂しそうな豊満スタイルをしたあの美女、マキゾネの風貌だった。


 見よ、この山脈のようにでんと連なる一対の豪快な胸、大蛇のようなびしっとしたくびれ、そして下着の後ろにスイカでも入れたような破裂寸前の尻に、すらりと長いカモシカの両足。

 足もとはスニーカーではなく黒のパンプスだし、スカートも上着も、大人がパーティで着るような、シックな黒いドレスである。髪もお下げではなく、腰まで垂らしたサラサラロングで、いつもは解くと肩下までしかないから、いきなりのびたか、カツラだろう。もっとも、体は前のままで髪だけのびていたのならカツラだと確信したろうが、いまは変わるはずのない肉体そのものが変化しているので、髪もおそらくそれにちがいない、とめぼしがついた。

 背は少なくとも二倍にはなっており、彼より少し低いくらい。顔すらも子供っぽく丸い童顔から、りんとした面長に変形している。前と変わらないのは目と眉ぐらいだ。その何百回も至近距離で見てきた視線が、容易に最愛の人を思い出させたのである。

 だがむろん、この突然の事態には、一樹もあぜんとせざるを得なかった。



 桃香は意味ありげにいったん目を閉じ、再び彼を見つめて微笑しながら言った。

「ごめんなさい、驚いたでしょう?」

「わ、わ、わ、」

 一樹は、やっと言葉をひりだした。

「わ――ワープでもしたのか?」

「ワープ?」

「だって、いきなり大人になったってことは、タイムマシンで二十歳の頃にでもワープでもしなきゃ――」

「それワープじゃなくて、タイムスリップでしょ」

 桃香は彼のあいかわらずのボケに、うふふと笑って続けた。

「それに私、もう大人だから」

「あ、そうか」


 混乱のきわみに達し、生つばを飲みこんで呼吸を整える。いつものことだが、あせったり必死になるかわいい彼を見るのは楽しい。

 が、今はそんな場合ではない。

「じゃ、じゃあいったい、それは……」と指さす彼。

「近所に、魔法をかけてもらえる店があるの。そこで、巨乳デカ尻の超グラマー美女にしてもらったのよ。どお? 素敵でしょ」

 髪をかきあげ、モデルのようにくるりと回って全身を見せつけると、またうっとりと笑った。

 ふつうなら、これで悩殺必至だろう。


 だが、彼はちがった。

 桃香の顔から笑いが消えた。

 彼は、きょとんとした目で彼女を見ただけだった。

「ふうん、そうなんだ……」とやっと言い、苦笑する。「いや、おどろいたけど……。桃香がそれでいいなら、いいんじゃない。すごくきれいだよ」


「ええっ、なに言ってるの?!」と目をまるくする桃香。「一樹、あなた、巨乳デカ尻が好きなんじゃないの?!」

「えっ? いや、べつに……」

 あまりの想定外に、ますます顔がくもる桃香。

「だ、だってカズ、市長に胸で顔をもふもふされて、うれしかったんでしょ?」

「ええっ、うれしいわけないよ」

 思い出して、うんざり顔になる。

「窒息しかけたんだぜ。あんな殺人未遂、訴えてもいいくらいだ」

「だっ、だって昨日、思い出して恍惚としてたじゃん! あんなに遠くを見るような目して、あれはどう見ても『いやぁ良かったなぁ、またされたいなぁ』という、まさにエロオヤジの感慨だったわよ!」

「ええっ、そんなことしたかな……」と考えて、「ああ、食い物屋に行く前に、そんな話したな、そういや。あれは、単にあきれてたんだよ。よくまぁ、あんなこと出来るな、って」


「じゃ、じゃあ……」と足元を見る。「一樹は別に、あの市長みたいのが、お好みなわけじゃないのね……」

「うん」

「かっ、かっ、カズの……」


 いきなり顔をまっかにして目に涙をいっぱいため、こぶしを握って肩を怒らせ、わなわな震える。そして次の瞬間、ホテル中に響く落雷のような声で絶叫した。

「カズの、ばかあああああ――!!」


 そしてホテルを飛び出した。

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