27話 素敵な友達
「とりあえず、早く食堂に行かない?お腹空きすぎて死んじゃいそう!」
「……うん、そうだね。ベリタス君とレオ君も、私達と一緒に食べない?ご飯は大人数で食べた方が良いし!」
「……そうだな。ベリタス、行こう」
「……うん」
重い空気に耐えられず明るい声で促せば、皆、緊張の糸が切れた様に体を動かした。
――よかった。私のせいで空気が重くなるなんて、嫌だしね。
レオとフォルティアの表情が柔らかくなったのを見て、私は安堵する。
ふと、ベリタスの顔を盗み見る。……彼は他の二人と違って、その口元に笑みを浮かべていなかった。
きっとこの出来事を、とても重く受け止めてくれているのだろう。
『……俺の目、見ないで欲しい』
体術の授業で、ベリタスに言われた言葉を思い出す。
……もしかしてあれは、私を嫌って言った言葉ではなかったのだろうか?
その結論に至ると、胸がスッと軽くなった。
思い出してみれば、ベリタスはいつも私を心配し、助けてくれていた。
そんな人が、簡単に私を拒絶するような言葉を吐くだろうか?
私はもう一度、ベリタスの顔を見る。
目元は見えなくても、固い表情をしているのが分かった。
――ああ、そうか。私は、ベリタスには……。
そこまで考えて、私は彼に笑いかけた。
「ベリタス!今日のご飯、なんだろうね!」
「……え、あ、ああ。確か、オムライスがあるって書いてあったよ」
「本当!?おばちゃんの作るオムライス、めちゃくちゃ美味しいんだよね!……ほら、早く行こ!」
いつもより明るい声で、私はベリタスに手を差し出した。
ベリタスはその手をジッと見た後、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……そうだな」
私の手に、彼の手が重なる。温かくて、私よりも固い手。
ベリタスの事を、異性として好きかどうかなんて、今はまだ考えられない。
それでも、やっぱり。
――私はやっぱり、ベリタスには笑っていて欲しい。
この思いだけはきっと、ずっと揺らぐ事はないんだろう。
大人になっても、彼にはこの穏やかな気持ちを向けていたい。
私達は手を取り合ったまま、食堂へと向かった。
一緒にいるレオとフォルティアに不思議そうな顔をしていて、私達は顔を見合わせて笑った。
*
「んん~、美味しい~!」
「リリアが食べてると、なんでも美味しく見えるね」
「いや実際めちゃくちゃ美味しいんだって!一口いる?」
「ハハッ、いいよ。リリアが全部食べな」
ベリタスの微笑みに、私は注文したオムライスに視線を落とした。
ふわふわとろとろの半熟卵がキラキラと輝き、そこから覗く鮮やかなチキンライスも艶々と美しい。
もちろん、素晴らしいのは見た目だけじゃない。
私はスプーンでオムライスを掬い、口に入れる。
瞬間、口の中にバターの風味と、卵の優しい味、ケチャップライスの旨味が広がる。
あまりの美味しさに、先程までの重々しい出来事が頭から吹き飛ぶほどの幸福感に包まれた。
ふうっと幸せの溜息を吐いて、私は口を開く。
「美味しい……。おかわりしそうなくらいには美味しい……」
「……なんか、俺もオムライスにすれば良かったかな」
「ベリタスのも美味しそうじゃん。魚のバターソテー」
「確かに美味しいよ。でも、リリアがすごい幸せそうだからさ」
そう言って笑うベリタスに、私も笑みを返した。
気付けば、ベリタスとの間には気まずい空気などなくなって、いつも通りのやりとりができている。
――よかった。本当に、嫌われたわけじゃなさそう。
食堂に来てからずっと笑みを浮かべているベリタスの様子に、私は本当の意味で安堵した。
きっと私の考えすぎだったのだ、と私は目の前のオムライスをまた一口放り込む。
そうしていると、レオとフォルティアが戻ってきた。
二人共、期限の良さそうな顔で食事の乗ったトレイを持って、私とベリタスの向かい側に着席する。
事前に注文するメニューを決めていた私達と違って、今日のメニューを知らなかった彼等は注文するのに時間がかかっていた。
先に注文を済ませて食事をしていた私達に、彼等は笑顔で口を開いた。
「お待たせ、リリアちゃん!今日のメニュー、全部美味しそうだったから迷っちゃった!」
「すごかったぜ、コイツ。俺が止めなきゃ、全部注文しそうな勢いでさ」
「ちょっと、嘘言わないでよ!」
目の前で始まった言い合いに、私とベリタスは顔を見合わせて笑った。
レオが魔使いに襲われて以来、彼等は本当に仲良くなった。
最初、レオに対して威嚇していたフォルティアも、レオの真っ直ぐな性格を知ってからは段々と心を開いていった。くだらない事で言い合いをするくらいに。
「レオとフォルティア、本当、仲良くなったよね」
「うん、そうだね」
言い合いを続ける二人に視線を向け、私達は笑う。
――本当に、二人が仲良くなって良かった。
セルフィアの事や、嫌がらせの件はまだ解決していないけれど、一時の平和な光景に私は穏やかな気持ちで胸がいっぱいになる。
でも、転生物のお決まりとでもいうのだろうか。
その時間は、長くは続かない事を、私は心のどこかで感じていた。
「――リリアっ!」
「あ、ドクトリーナ先生。……どうしたんですか、そんなに急いで」
こちらへ現れた人物――ドクトリーナはかなり急いでいたのだろう、軽く息を切らしている。
突然の担任の登場に、レオとフォルティアは言い合いを止めて彼女を見つめる。
ドクトリーナの異様な雰囲気に、私の中に少しの焦りと違和感が芽生える。――なにか、嫌な予感がする。
自分の中に生まれた嫌な感情を振り払いたくて、私は何も知らない振りをして口を開いた。
「先生、私に用ですか?」
いつも通りを心がけて言ったつもりなのに、少し動揺した声を出してしまったのが自分でもわかった。
私に問いかけられたドクトリーナは息を整えて、その形の良い唇を開いた。
「リリア。今から、校長室に来なさい」
「えっ……!?」
ドクトリーナの言葉に、フォルティアから驚きの声が上がった。
きっと、声は上げていなくとも、レオとベリタスも驚いているんだろう。
――セルフィアには嫌われて、ベリタスには目を見るなと言われて、机の中にはナイフが入っていて。
しまいには、悪い事をした記憶もないのに校長室に呼び出される。
今年に入ってから、嫌な事が立て続けに起こっている気がして、眩暈を覚えた。
「……ご飯食べてからでも良いですか?」
「ダメよ。後で食べられるよう手配しておくから、まずは校長室に来なさい」
軽い調子で言った言葉は、ドクトリーナの固い声に否定された。
思わず溜息を漏らしてしまうのは仕方のない事だろう。一体、私の身に何が起きていると言うのか。
私はトレイを持って立ち上がり、座ったままの友人達の顔を見渡す。
思った通り、彼等の表情は固い。少しの驚きと困惑が入り混じったその顔に、私は少し口角を上げて口を開いた。
「みんな、ごめんね。ちょっと行ってくる」
なるべく明るく言ったつもりの声は、やっぱりというか、下手な演技じみていた。
――私はこの子達より大人なんだから。この子達に心配をかけてはいけない。
気丈に振る舞う方法なんて、その思考を持ち続ける事しか、私は知らなかったのだ。
だから、知りもしなかった。
彼等が私に対して、どんな感情を持っているかなんて。
「リリア。――なにかあったら、絶対、俺等に相談して」
「……え……?」
ベリタスから告げられた言葉に、私は驚いてその顔を見た。
前髪で表情は良く分からなくとも、真剣に言ってくれている事は、その誠実さを感じる声だけで分かった。
――そんな事、初めて言われた。
今まで言われた事のない言葉に、体が少しむず痒くなるのを感じた。
嫌な感覚ではない。……でも、なぜだろう。視界がゆらり、揺らいだ。
「そうだよ!リリアちゃんは、私達の大切な友達なんだから!」
「お前が強いのは知ってる。でも、だからって一人で抱え込む必要はねーんだからな」
フォルティアとレオが、ベリタスに続いて言った。
……どうしてだろう。私の方が、精神的には彼等よりもずっと大人なはずなのに。なのに、どうして。
――どうしてこんなに頼もしくて、嬉しいんだろう。
自信に満ち溢れた友人達の顔が、波の様にゆらりと揺らいだ。
いつの間にか私の目には熱い涙が溜まっていて、その事実に呆気にとられながら、私は制服の裾でそれを拭った。
「みんな、ありがとう」
私の言葉に、彼等は満足そうに笑った。
――もっと頑張らなくちゃ。
心の中で決意して、私はドクトリーナを見上げ、頷いた。
「行きましょうか」
「……はい」
ドクトリーナの促しで、私は彼女と共にその場を離れる。
トレイを片付けて食堂を出た私達は、校長室を目指して足を運ぶ。
微妙な空気が漂う中、彼女は前を見たまま口を開いた。
「リリアは、みんなに好かれているのね」
「え?」
突然ドクトリーナから放たれた言葉に、私は、私よりも幾分か背の高い彼女を見上げた。
「とっても素敵な友達ね」
そう言ったドクトリーナの顔には薄っすらと笑顔が浮かんでいた。それは、とても穏やかな笑顔だった。
彼女の柔らかい声に、私はまた涙腺が緩みそうになって俯いた。
「はい、とっても。私には、勿体ないくらい」
少しだけ震えてしまった声を、ドクトリーナはどう思っただろうか。
静かに「そう」とだけ答えた彼女の顔を見る事もなく、私は歩み続けた。
「失礼します」
とある一室。〝校長室〟という名札が掲げられたドアをノックし、私達は部屋に入る。
そこにいたのは、険しい顔をしたフィデスと――無表情のセルフィア。
「座りなさい」
「はい、失礼します」
フィデスの声掛けに、私は彼女たちの向かいのソファに腰掛けた。
ドクトリーナが私の隣に座るのを横目で見ながら、私は目の前の二人に顔を向ける。
「リリア。なぜ呼び出されたか、賢い貴女には分かりますね?」
「……お言葉ですが、私には心当たりがありません」
私の返答にフィデスの眉がピクリと動いて、私は少し身構えた。
しかしフィデスは私に何かをいう訳でもなく、大きな溜息を吐いた。そこには疲れと、どこか安堵が含まれていた。
疲れが抜けきれないままの表情をセルフィアに向け、フィデスは言葉を続けた。
「リリアはこう言っています。それでも、貴女はリリアの事を告発なさるつもりですか?」
「もちろんです、校長先生」
「告発……?」
フィデスの言葉に、私は首を傾げてセルフィアを見た。
彼女とぱちりと目が合うと、セルフィアはとても嫌そうな顔をして目を逸らした。ズキリと胸が痛む。
――どうして、ここまで嫌われてしまったんだろう。
思いながら、私はセルフィアを見つめ続ける。
彼女は私の視線を無視したまま、桃色の唇を静かに動かした。
「――ここにいるリリアさんは皆を欺き、私を皆から遠ざけようと画策し、あまつさえ刃物で私を脅そうとしたのです」
「……え?」
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