22話 歪んだ笑み
魔使いに襲われた次の日、レオは目を覚ましたらしい。
らしい、というのは、これは人づてに聞いた事だからだ。
彼が魔使いに襲われてから5日が経つが、私は未だに彼とは会えていない。
それはフォルティアも同じだった。
理由は簡単だ。
教師たちへ、どの様に魔使いの森の扉を突破したのかの説明と、その対策を講じる為だ。
まず、フォルティアが何故、魔使いの森の扉を開けたのか。――それは、彼女の持つスキルによるものだった。
フォルティアのスキルは植物と会話ができるスキルだ。
そのスキルを用いて蔦と会話し、扉を開けてくれるように頼んだらしい。
しかしそれは簡単な事ではなかったらしい。
フォルティアによると、植物は大体が素直で明るい性格で、彼女が頼めば大抵のお願いは聞いてくれるらしい。
でも、この蔦は違った。
何度呼びかけても問いかけに応じる事はなかったらしい。
それならなぜ、フォルティアは扉から蔦を退ける事ができたのか。
答えは簡単、呼びかけに応じるまで話しかけたからだ。
レオと喧嘩した時の余韻が残っていた彼女は、ムキになって何度もその蔦に呼びかけたらしい。
そうしてようやく会話をしてくれた蔦は、眠っていたから応えられなかった、と答えたそうだ。
そのフォルティアの説明に納得したのはフィデスだった。
彼女が「なるほど」と頷いたのを見て、私はどういう事なのかと聞いた。
『きっとその蔦は、深い眠りにつくような魔法をかけられたのでしょう。本来、術者しか起こし方を知らなかった魔法です。しかし、そこに植物と意思疎通ができるフォルティアさんが現れた。それはきっと、術者によっては想定外だったのでしょう。……これは、他の魔法をかけてもらうしかありませんね』
そう言って彼女は苦笑いをした。
そんな魔法があるのか、と思ったところで、ある考えが頭に浮かんだ。
植物を眠らせる、なんて突飛な発想になる魔法使いが、ただ一人を除いてこの世界にいるだろうか、と。
私は自分の額に冷や汗が流れるのを感じながら、質問があるという意思を示すために手を上げ、恐る恐る聞く。
『あの、校長先生?その、魔法をかけた術者っていうのは、もしかして……』
『……アロウ様です』
『う~ん!』
やっぱり、と私は頭を抱えた。
――あの人、伝説の魔法使いとか言われてるくせに、こんな展開も予想しなかったのかよ!
私からしたら植物と会話したら入れてしまう扉より、他社に向けて発動する防御魔法を森全域にかけて、外から誰も入れなくする方が絶対に侵入しづらいと思ってしまうものだが。
きっと彼女は「植物と意思疎通できないと入れないって面白くないか?」とか思ってこの魔法を使っている気がする。
あの人はそういう人だ。
私は早速、防御魔法で森全体を覆うという方法を提案した。
それを聞いたフィデスは顔を輝かせて、この案に賛成してくれた。
そして、この森全体の範囲なら私でも防御魔法を展開できるので、アロウではなく私が魔法をかける事になった。
魔法をかけ終えた後、教師陣とフォルティアは感動したように防御魔法の観察をしていたのがなんだか可愛くて、少し笑ってしまった。
そうして、レオと会えずに1週間が経った頃。
フォルティアと一緒に登校し、教室で談笑していた時、ガラガラと音を立てて教室の扉が開いた。
そちらに目を向けて「あっ」と声を出した私に、つられてフォルティアもそちらに顔を向けた。
「……よぉ」
教室に入ってきた少年――レオが、私達に声を掛けてきた。
その顔は気恥ずかしそうで、目は少し泳いでいる。
「よかった。体調、良くなったんだ」
「おう、まぁな。……その、あの時は、助かった」
「ん~?あの時って、どの時かな~?」
「っ……俺が魔使いに襲われて、死にかけてた時。お前のお陰で今生きてるって、先生から聞いた。……あ、りがとう」
私の茶化しに負けず、彼はしっかりとお礼を言った。
――なんだ、結構素直なんじゃん。
その事実に私は少し目を丸くするも、彼が私に心を開いてくれている感じがして、胸が少し温かくなった。
「私、レオに酷い事言われたの、忘れてないよ」
「そ、それは、その……ごめん」
「違う違う、責めてるんじゃなくってさ。酷い事言われたはずなのに、私、君が生きてくれてて嬉しく思ってるって、それを伝えたかったの」
笑って言えば、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「……そっ、か」
呟いて、レオはふっと笑った。気が抜けたような笑みだった。
そんな私達の間に「レベリオ君」という問いかけが投げかけられた。……その声の主は、フォルティアだ。
フォルティアに声を掛けられたレオは体を強張らせて「なんだよ」とぶっきら棒に返答した。
「……私、貴方の事、許してない。リリアちゃんに酷い事言ったの、多分、一生許せないと思う」
「……そうかよ」
「でも。……でも、助けてくれて、ありがとう。貴方がいなかったら、きっと私、死んでた。貴方は酷い人だけど、私の命の恩人だよ。本当に、ありがとう」
そう言って、フォルティアはレオに笑顔を向けた。
彼女の笑顔にレオは瞠目して、少しだけ頬を染め、顔を歪ませた。
それはまるで、今にも泣きだしそうなのを堪えているかのような表情だ。
「……ごめん。酷い事言ったなって、後悔してる。俺、劣等感を感じてたんだ、お前に」
「……え?お前って、私?」
突然レオから向けられた視線に、私は自分を指差して確認する。
それにこくりと頷いた彼は、俯いて話を続けた。
「俺には何でもできる兄貴がいてさ。その人に、すげー劣等感を感じてた。兄貴が死んでそれもなくなったと思った。……それなのに、そんな時にお前が現れて」
悔しそうに顔を歪め、レオは自分の拳を握りしめた。
私は何も言えず、ただその様子を見つめた。
「お前は伝説の魔法使いの弟子で、杖がなくても魔法が使えて、詠唱なしでも魔法が使える。そんなお前がスキルなしだって聞いて、俺、嬉しかったんだ。やっと自分と同じ悩みを持ってる奴が現れたんだ、って。……なのに」
言葉を詰まらせて、レオは顔を上げた。真っ赤で、目に涙が溜まった顔だ。
「なのにお前は、スキルなしだって事を気にしてないって態度で……!俺、腹が立ったんだ。なんで俺と同じ立場なのに、こんなにヘラヘラしてられるんだって。でも、やっと気づいた。これって、八つ当たりって言うんだよな。こんなんじゃ、父さんと同じだ。本当、ダッセー」
言い切って、レオは流れ出した涙を袖で乱暴に拭く。
――そんな事を考えていたなんて、全然気づかなかった。
ダサい、だなんて。そんな事ないのに。私は口元に笑みを浮かべた。
「ダサくなんてない。自分が辛いと思ってたってハッキリ言えるのは、すごい事なんだよ、本当に。――レオは、かっこいいよ」
「っ……」
私の言葉に、レオは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。
嗚咽を抑えて泣いているせいか、たまに変な声を出しながら泣く彼の頭を、私はそっと撫でた。
彼は反抗しなかった。
遠巻きでベリタスが微笑んでいたのは、見間違いだろうか。
その後、一番遅くに登校してきたセルフィアが、泣きはらした顔のレオを見て慌て始めたので、私とフォルティアは顔を見合して笑ったのだった。
季節は過ぎ、もうすぐで冬も終わる時期になった。
私達は学年末試験を終え、皆は実家へ、私は寮で長い冬休みを過ごす事になった。
「はぁ~、一人でダラダラできるの、最高」
ベッドの上でゴロゴロしながら考える。皆、今頃、なにしているかな。
「休み明け、楽しみだなぁ」
私は笑って、目を閉じた。
すぐ襲ってきた睡魔に体を委ねて、私はスヤスヤと眠りに落ちた。
*
――モンテスマ伯爵家。
その屋敷の前には、そわそわした様子の男性と、それを諫める女性がいた。
二人共上質な服を着ていて、肌も髪も綺麗に整えられている。
誰から見ても、上流階級の者だとすぐ分かる容姿だ。
そんな二人の前に、上質な馬車が止まった。
扉が開けられ、出てきたのはセルフィア・モンテスマ令嬢。
この伯爵家の令嬢で、貴族の間でも才色兼備と噂の才女だ。
馬車から降りたセルフィアは、屋敷の前に佇む男女を見るや否や、その顔を明るく輝かせた。
「お父様、お母様!」
セルフィアはその二人――モンテスマ伯爵とモンテスマ伯爵夫人に駆け寄り、その胸に勢いよく飛び込んだ。
セルフィアの小さな体を受け止めた二人は破顔した。
「おかえりなさい、セルフィア。……まあまあ、少し背が伸びたんじゃないかしら?」
「本当だな。少し見ない間に、すっかりレディになったようだ。お転婆なのは、変わらないがな」
穏やかな声で自分を褒める両親に、セルフィアも顔を綻ばせる。
そんなセルフィアに「そう言えば」と伯爵夫人が声を上げた。
「今日は先生が来てくださるの。着替えをして、しっかりお迎えしなさいね」
「先生が?本当?私、先生に話したい事、たくさんあるんですのよ!」
「ふふ。先生とたくさんお話して、馬への恐怖がすぐなくなるといいわね」
「もう、お母様!きっとすぐに大丈夫になりますわ!先生は心の病を治す先生なのでしょう?」
「ええ、凄腕だって話ですもの。きっとすぐに良くなるわ」
そんな事を話しながら、3人は家へと入っていく。
そしてセルフィアは先生を迎え入れるため、侍女によって身支度を終わらせ、応接間で先生を待つ。
少しすると、部屋の扉が開いて、その先にいる人物にセルフィアは顔を明るくさせた。
「先生!お待ちしておりましたのよ!」
「ああ、セルフィアさん。お待たせして申し訳ございません」
優しい声音で話しかけながら、男はセルフィアに勧められるまま優雅に腰かけた。
「ねえ先生、聞いてください!学校でね、色んなことがあって……」
話し出したセルフィアは止まらなかった。
学校生活であった出来事を、男へとすべて話していく。
男は相槌を打ちながら、優しい微笑みを浮かべて話を聞き続ける。
「でね、前に話したスキルなしの女の子も、私の大切なお友達になったんです!」
「……へえ、スキルなしの女の子と、お友達に?」
反芻した男に、セルフィアは「はい!」と即座に返答した。
「私、こんなに大切と思えるお友達は初めてできたんです!リリアはスキルなしでも魔法の才は誰よりもあって、優しくて、強くて……。あの子は私の自慢のお友達ですわ!」
そう言ってセルフィアは、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
その笑顔を見た男は、一瞬動きを止めた。
「……本当に、彼女の事が好きなんですね」
「ええ!お父様とお母様と同じくらい、大好きです!」
セルフィアの返答に、男の口元にも笑みが浮かんだ。
「……それはそれは、とても良い事ですね」
その笑みが気味悪く歪んでいた事を、セルフィアは気付かなかった。
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