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かいじゅうのたまご  作者: 凪司工房
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 平穏と退屈という二つの文字がお似合いだった私の生活は、嘘をこよなく愛するおかしな友人の登場により一変してしまった。といっても彼の嘘の被害者となった訳ではない。彼が何か変化した訳でもなければ、私自身も立ち振舞いを変えたということもなかった。ただうるさい。それによく笑う。

 

 彼の笑いというのはいつも口を半開きにしたところから、一気に笑い声を噴出させて、ぶはぁっという勢いで笑うのだ。それはまるで彼の体内に笑い声のエキスが充填されていて、それが気化して爆発を起こすようなもので、私は密かに笑いの内燃機関と呼んでいた。しかしそれを周囲の人間に説明したところで、理解を示してくれる者はいなかっただろう。私にしたって図書館で図鑑を開くのが好きで、偶然車のエンジンの模式図があり、それを興味深く見て勉強しただけのことだからだ。

 

 私は彼の嘘を、最初は迷惑な戯言(ざれごと)だと思っていたのだけれど、よくよく付き合ってみると、それには彼なりの何かしら理論めいたものがあり、例えば「太陽は大昔は西から東に上がっていたのだけれど、ある時に人間が朝日が眩しいというので反対から上がることにした」という、おそらく嘘だろうという話をする時に、彼の中では人間というのは西側に足を向けて眠るものと決まっているようで、嘘そのものに対してではなく、彼のつく嘘の根底にある彼なりの哲学というものに対して、私は興味を示すようになっていった。

 

 その彼がある日、自分の机の上に灰色の卵型の何かを取り出すと、他の人間には聞こえないような小さな囁きで私に対してこう言ったのだ。

 

 ――これ、かいじゅうの卵なんだ。

 

 私は最初「かいじゅう」という言葉をうまく聞き取れず、一体何の獣の卵なのだろうかと何度か目を瞬かせてそれを見たのだけれど、それはどう見ても玩具の、あるいはコンクリートか何かで作られた卵型の、卵ではない何かで、またどこかで妙な物を拾ってきたものだと思っただけだった。いつもなら彼は一度口にした嘘を相手が理解するまで何度も言うことはないのだけれど、この日はどういう訳か、執拗に「これ、かいじゅうのたまごなんだ」と私に言ってきた。それでようやく「かいじゅう」が「怪獣」のことだと分かり、私は彼がまた嘘をつきたがっているのだと理解した。


「ところでそれはどんな怪獣の卵なんだい?」


 普段なら「ふーん」とか「そう」とか、素っ気ない返事をしていたのだけれど、やはりこの日は私もどうかしていたのだろう。そんな風に、ちょっと意地悪に聞き返してしまった。特に意地悪をしたという意識はなかったのだけれど、彼は「どんな」と何度も口の中で繰り返し、それから唇を尖らせながら真剣にそれがどんな怪獣の卵なのかについて授業中どころか給食の時間もずっと、考えていた。

 

 彼は翌日もその「かいじゅうの卵」を持ってきて、いつか「立派なかいじゅうが生まれるんだ」と得意げにシャツの襟首から自分のお腹へと入れて、ずっと温めていた。今回は一日限りではなく、何日も嘘をつき続けるつもりだと分かり、心の中で私は少しだけ楽しみになった。というのは、これまでの彼の嘘というのは揮発性(きはつせい)で、その場限りのものばかりだったからだ。長くてもその日一日を終わると翌日にはその嘘について話題にすると「そうだっけ?」と、記憶にございませんばりの見事な忘却を見せてくれた。

 だから私は密かに彼がいつまでその嘘をつき続けられるのか、小さな賭けをした。賭けたものは一ヶ月後の給食だ。ソフト麺が大好きだという彼にプレゼントをしてやろうと、柄にもなく思いついたのだった。

 しかしその「かいじゅうの卵」のことはすぐに隣のクラスにまで知れ渡り、三日後には彼とは別の意味で有名だった大柄な男子が部下を引き連れて教室に現れると「どれがかいじゅうの卵だって?」と、みんなが一斉に彼に注目したのを見て「ああ、こいつな」と納得の頷きを見せると、部下たちに彼を連れ出させ、どこかに消えてしまった。

 

 翌日、彼は右の頬に青あざを作って現れた。その手には「なんとか守ったよ」と、やはりあの玩具の卵が握られていたのだけれど、私にはどうして彼がそこまでその玩具に拘っているのか、いまいち分からなかった。

 そんなもの捨ててしまえばいいのに、と思ったのは、やはりこの日の放課後にも隣のクラスの大柄な奴が現れ、再び彼を卵もろとも連れて行ってしまったからだ。その翌日にはやはり、今度は左側の頬に青あざを作っていた。どうも卵のことで意地を張り、殴られているようだ。このままの状態が続けば流石に先生に言っておいた方がいいと思ったのだが、何故か彼はあのいつもの笑顔で「平気だよ」と、やはり嘘をついた。


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