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勇者爆誕: 存在しない魔王を倒す勘違いの旅

——— side: 勇者(?) ———


目が覚めると、鬱蒼とした森の中にいた。


昼間なのに薄暗く、じっとりとした空気が肌にまとわりつく。…ここ、どこだっけ。というか自分は誰だっけ。頭が真っ白になる。


と、とりあえず記憶を整理しよう。


僕は日本出身だ。成人している男だったはず。一般教養といった知識は覚えているし、好きだった小説のことも思い出せる。


でも妙だな。自分の名前も、家族や友人のことも全く覚えていない。


そもそも目が覚める前はどこにいたのだろう。間違っても、森の中にハイキングに来てそのままぐっすり…なんてことはしない様な、生粋のインドア派だったという確信があるのだけど…


とにかく人のいるところに行こう。太陽の位置を確認しようと上を向くと、再び頭が真っ白になった。


木の上にクソでかい鳥がいる。


いや、大きいなんてものじゃない。羽を畳んでいるのに、大型犬の数倍はある。遠い外国にも、絶対にこのサイズの鳥はいないと断言できる。

見た目はフクロウに似ているが、複数の瞳孔を並べた気持ちの悪い目をこちらに向けている。


あっ、今「ボホゥ」と鳴いて、嘴からちょっと火が漏れた。



「…これって、ひょっとして異世界召喚ってやつではあああああああ????」



——— side: メイエン ———


時は戻って半日前。

王国のセレビ領。王国で最大級の規模を誇る巨大な街に、新たな領主が誕生していた。


「メイエン様、準備はよろしいですかな。」


「ありがとう。今行く。」


老執事に応じ、メイエンと呼ばれた女性は会議室へ向かう。腰まで伸びた長い黒髪。凛として理知的な印象を受ける。


「午前は各部門の責任者の紹介がございます。それが終わったら前領主からの引き継ぎ資料をご確認いただき、昼食は近隣の領主との顔合わせのため立食会を…」


「大丈夫。昨日も説明してくれたんだから覚えてる。」


コツコツと、廊下に二人の歩く音が反響する。


現代、戦闘を行う職業として「魔術師」と「霊能術師」が存在する。


メイエンは1000年に一度の天才と呼ばれた霊能術師である。飛び級で学園を卒業し、国の軍事機関である術師団に最年少で所属してからは、魔物の討伐で武勲を上げてきた。

そして今日、国の最重要拠点であるセレビ領の新しい領主として、若干25歳で任命されたのだった。


「それより、午後は”終わりの森”管理者の引き継ぎ儀式なんだから、その準備をしなきゃ」


「ウム、そうですな。”終わりの森”に封印された太古の悪霊を管理する仕事。セレビ領領主として最重要でございます。ですがお嬢様が管理者となれば安心ですわい。」


「重要なのは間違いないけど、別に私じゃなくてもクラス八以上の霊能術師なら務まると思うけど。何せ、5000年間何事もなかったのだから」


この時の二人は知らなかった。


前任の管理者が、この5000年で唯一にして最悪の無能であったことを。5000年守られた封印はすでにガッタガタで、すでに風前の灯だったということを。



——— side: 勇者(?) ———


「うおおおおおお!!!???」


僕は森の中を全力疾走していた。別に運動のためではない。クマより大きな紫色の狼(?)に追われている真っ最中なのだ。


「ふ、フクロウの次は狼の化け物かよ!」


「異世界召喚された」という推測は確信に変わりつつあった。しかし解せない。異世界召喚されたのなら、あっていいはずのものがないのだ。


「すっげーチート能力はないんかああああああい!!!」


これでは、ただ逃げ回るだけの一般人(A)だ。念じてもステータスは見えないし、鑑定もできない。「ファイア」だとか「炎よ…」と唱えてもマッチほどの火すら出なかった。


「そもそも!召喚されたなら”召喚士”の人がいるんじゃないの?!なんで森の中に放置されてるの?!ばかなの?死ぬの?!(僕が)」


紫色の巨大狼がいよいよ距離を詰めてくる。一般人(A)から森のおやつ(A)へとジョブチェンジか…と人生の儚さを噛み締め、短い異世界ライフとの別れを覚悟していた。


しかしそうはならなかった。自分を追いかけていたはずの狼の後ろ姿が、”目の前に”現れたのだ。


「…え?」


狼も驚いている様子だ。振り返ってこちらを睨みながらも、警戒して近付いてこない。


「瞬間移動…いや、すり抜けたのか?」


どうやら、自分は物体をすり抜ける能力を手に入れていたらしい。狼に噛みつかれる瞬間、攻撃を透過させて難を逃れた様だ。


「これって物理攻撃無効ってこと…だよな?チート能力としては地味な気もするけど…結構強い部類の力なんじゃないか?!」


俄然やる気が出てきた。召喚士はいなくて森に放置だったけど、ちゃんと特典はあったのだ!経験値という概念がこの世界にあるのかはわからない。しかし、目の前の紫狼を倒して経験値の肥やしにしてやるか、という思いがメラメラと燃え上がってくる。


狼もメラメラしていた。というか、青紫色の炎を纏っている。


「…そ、それって魔法ってやつですかね…? すごく多才な狼さんなんですね。すごい!でも、もう少し物理攻撃で頑張ってみませんかね…?」



物理攻撃はすり抜けられたが、魔法の炎は自分に効くのだろうか。答えはおそらくYESだ。俺にはわかる。


なぜなら、この距離で既にサウナ並みに熱くてしんどいから。


「…うおおおおおおお!!!!発動しろ!攻撃スキル!ファイア!ブ○ザド!うおおおお!!!逃げるスキルでもいい!ワープ!エスケープ!とんずら!なんとかなれっ!」



無慈悲に狼(with炎)が近付いてくる。なんとなく、笑っている様に見える。


「く、くるなぁあああ!!目からビーム!口からミサイル!ああああああ!!」


今度こそ終わりだ。自分を放置した召喚士、理不尽なこの世界。何より、目の前の化け物の見下した視線に対して恨みの念がふつふつと湧いてくる。ああ、ひどい気分だ…何もかも、終わってしまえばいい。めちゃくちゃになればいい。


「『恨むぞ!○ね!!』」



狼は死んだ。



——— side: メイエン ——-



「『恨むぞ!○ね!!』」


なんなのだこの光景は。目の前で起こってることが理解できない。いや、正確には違う。脳が現実を拒否している。


狼が呪殺される現場に出くわす30分ほど前。メイエンは、封印の祠の前で愕然としていた。


何も問題はないはずだった。”終わりの森”に来て、伝説の悪霊を封印している術式を更新する。それだけだ。5000年間、ずっと引き継いできた手順だ。


天才と呼ばれた自分が失敗するなんてあり得ないし、仮に失敗したとしても数年は大丈夫。いくらでもやり直しが効くはずだった。


封印の祠は全壊していた。


それだけでは無い。封印のために設置されていた札はボロボロで、何年も交換されていなかったことが一目で分かった。


保険として置かれていた特別な呪具にはヒビが入り、札の効力が切れた後に、ずっと負担がかかっていたであろうことが容易に推測できた。


あまりに杜撰な管理。前任者は何をしていたのか。誇りと責任のある、”終わりの森”の管理者を何だと思っているのか。


茫然自失になりつつもなんとか冷静さを取り戻し、悪霊を探すことに頭を切り替えた。5000年もの封印である。伝説の悪霊といえど本調子ではないはず。


それに自分は、1000年に一人と言われた天才術師なのだ。発展した霊能術を駆使し、再び封印することは十分可能だ。希望はある。



希望は目の前で打ち砕かれた。



発見した悪霊は、まさに規格外というべき攻撃を放つところだった。


この”終わりの森”は、悪霊の影響で非常に強い魔力を持った魔物に溢れており、その中でも紫の毛を持つ炎の魔物、スズオオカミは、クラス九以上の霊能術師か水系統の最上位魔術師でなければ時間稼ぎすらできないほどの強敵である。


霊能術師としては最強にあたるクラス十のメイエンですら、真っ向勝負は避けて逃げることを前提とする相手である。


そのスズオオカミを、悪霊はたった一言で呪殺して見せた。


「…もう世界は終わり…かな…」


こんな規格外の化け物をどうにかできるなんて、何を思っていたのだろう。責任や後悔すら感じない。一人の術師として、比較することすらできない力の差にただ納得して終わりの瞬間を待っていた。


悪霊はこちらに気がついた様で、ゆっくりと近付いてきた。ああ、見た目は結構かわいいんだね…


しかし次の瞬間、メイエンの覚悟は肩透かしを食うことになる。



「…あの、現地の方でしょうか。」


「…えっ?」


「僕、記憶があやふやで。なぜこの森にいるのかがわからない状況で…っってあれ?!その杖、ひょっとしてお姉さんって魔法使いですか?さっきの狼が突然倒れたのも、ひょっとしてお姉さんの魔法??助けてくれたんですね!ありがとうございます!」



訳がわからない。狼はお前が倒したんじゃ無いか。あんなこと人間にできてたまるか。


そして携帯していた木製の道具に目をやる。これは魔術師の杖とは別物である。



「…えっと、私は魔術師ではないです。これも式神を呼び寄せるときに使う依り代で…」


「えええっ!!ひょっとしてお姉さん召喚士ですか!?!?た、助かった〜!」


「…???」


「僕です。僕が勇者です!!僕のこと、放置してたわけじゃなかったんですね!!疑ってすみません。さあ、一緒に魔王を倒しに行きましょう。もちろん覚悟はできています!!」


この瞬間、かすかな希望を見出したメイエンの頭脳は全力で回転し始める。


召喚士、勇者、魔王。全く心当たりはないし、どれもこの世界に存在しない。おとぎ話の中だけの存在だ。さらに目の前の悪霊は記憶を無くしているらしく、敵意は無い。狼を倒した自覚もなく、わたしが助けたと思っている。さらには魔王を倒すという謎の目標を持っている。わたしのとるべき行動は…



この間、0.1秒。メイエンは王国を、世界を守るため決意する。偽りの物語の演者となる決意を。



「…ええ、わたしが召喚士です。そうですとも。初めまして勇者様。よくぞこの世界に来てくださいました!長く辛い旅になると思いますが、一緒に世界を救いましょう!!!!!」



こうして勇者(世界最凶の悪霊)と、召喚士(霊能術師)による、存在しない魔王を倒す旅が始った。

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