96.私が選ぶ道
深い眠りから目を覚ます。
身体がぐでんと重く、瞼もゆっくり開く。
目覚めた私は、暖かいベッドで布団にくるまっていた。
いつ眠ってしまったのか思い出せず混乱する。
だけどすぐに理解した。
ベッドの傍らに、イヴェールさんが付き沿ってくれていたから。
「目が覚めたか?」
「……はい」
そうか。
私は倒れてしまったんだ。
街の人たちに祈りを捧げた直後から記憶がない。
きっとあの後に倒れて……。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「私ではなく彼らに謝罪しなさい。君をここへ運び、看病してくれたのはエアルたちだ」
「そう……ですか。皆さまはどちらに?」
「教会で街の方々の対処に当たってもらっている」
つまり私の代わりに……。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
どこまで迷惑をかけてしまっているのか。
倒れてしまった自分が情けない。
「ステラ、初めて出会った時、私が言った言葉を覚えているか?」
「……はい」
「君はがんばり過ぎる。今も直っていないようだね」
君はがんばり過ぎないほうがいい。
程よく力を抜きなさい。
困ったら誰かに頼りなさい。
常に全力で走っていたら、いつか限界が来て――
「また、転んでしまいました」
皆様への申し訳なさ以上に情けなく感じる。
イヴェールさんは私に、ずっと前から忠告してくれていた。
私は一度、それで大きな失敗をしている。
同じ失敗を繰り返さないように努めるべきだったのに。
「私は君に、自身の願いを見つけてほしいと思っていた。聖女としてではなく、君自身がやりたいことを見つけたほうがいいと。だが君は今も、聖女であり続けることに全力だ。それが真に君の望みならば私は尊重する」
「イヴェールさん……」
「ただ、そうだとすれば、君は我々と一緒にいるべきではないのだろう」
イヴェールさんは普段通り、静かに冷たく、表情も崩さずそう言った。
そんなことはない、と言いかけた口が塞がる。
まったくその通りだった。
「私たちは旅する商人の一団だ。君の聖女としての理念はすべての人の幸福だろう。だが、私たちは商人故に、すべては望まない。売買契約が成立する関係を最優先する。義ではなく、理で動くのが私たち商人だ」
私の場合は逆だとイヴェールさんは言う。
論理や理屈より感情を優先して行動するのが聖女だと。
まさにその通りで、私は助けたいと思ったら躊躇しない。
たとえ相手が何者でも祈りを捧げるだろう。
仮に自らにとって不利な決断だろうと、困っている人を放っておけない。
イヴェールさんは椅子から立ち上がる。
「この国はいいところだ。大臣たちも人間味が溢れている。きっと悪いようにはならないだろう」
「それは……」
「君の意志次第でいつでも歓迎される。だから、よく考えておきなさい」
「……イヴェールさんはどう思いますか?」
「私の考えは変わらない。君が選んだ道を尊重する」
◇◇◇
「大変ご迷惑をおかけしました」
ステラさんが教会で深々と頭を下げる。
私は慌てて手をふり顔を振り、気にしないでいいと慰める。
レンテちゃんが明るい声で言う。
「ステラさんは頑張り屋さんなんですよ!」
「倒れるまでかんばり過ぎるのはよくないことだけどな」
「……はい」
エアル君の言葉に、ステラさんは噛み占めるように頷いた。
イヴェールさんにも同じことを言われたのだろうか。
なんだか少し元気がない。
「ユリア」
「あ、うん。ステラさんに聞いてもらいたい話があるんです」
エアル君に促され、私は本題へと入る。
彼女が倒れたのは一日前。
それから私たちは混乱する街の人たちを先導しつつ情報を集めた。
なぜ急に病が発症したのか。
共通点はないのか。
そうして浮かび上がったのは……。
「どうやら皆、あの場の外にいた人たちが発症したみたいです」
「外、ですか?」
「はい。同じ地域でも室内にいた方々は平気でした。それに皆さん集まってた目的もバラバラで、同じことをしていたわけでもありません。滞在時間も違います」
「つまり、あの一瞬で病に感染し、発症したということでしょうか?」
「その可能性が高いと私たちは考えています」
不自然な点は多くある。
病というのは感染してから発症まで、多少なりとも時間が空く。
悪い物質が身体に巡るまで時間がかかるからだ。
薬品でさえ、飲んでから実際の効果が表れるまではかかる。
即時効果を発揮できるのは、錬金術で作られたポーション……もしくは、魔法。
「どちらにしろ、人為的に引き起こされた病だと思います」
「誰かが意図的に病を広げていると? そんなことが……」
「ありえない話ではないだろうね。私のほうで大臣から聞いた話だが、どうにも王国内で悪さをしている盗賊集団がいるらしい」
「盗賊……」
ステラさんがわずかに肩を震わせた。
「奴らは様々な手口で街や村を襲い、金品や女性を攫っているそうだ」
「そいつらがついにここを……王都を標的にしたってことですか」
イヴェールさんがエアル君の問いに頷く。
「だが、仮にそうだった場合、この案件は我々が深くかかわるべきではなく王国の問題だ」
「そうですね。盗賊退治は俺たちの仕事じゃない。けど、無視もできないでしょう? 盗賊の標的は国や街だけじゃない。本来は俺たちのような商人が狙われますから」
「その通りだ。無視はできない。ならば最低限の責任は果たすまでだ」
「王都を襲っている盗賊を見つけ、可能なら捕縛することですね」
二人は淡々とすべきことを言葉でまとめていく。
イヴェールさんの話によれば、盗賊たちは大きな集団を形成していて、私たちだけで退治は危険すぎるという。
加えて現状は仮定でしかない。
王国も各地で暴れる盗賊の対処で忙しいらしく、今すぐには動けない。
だから、私たちで原因をハッキリさせて、王国が盗賊退治をするための足掛かりを作る。
「十分危険ではあるが……エアル、協力をしてもらえるか?」
「もちろんですよ。盗賊は俺たち商人にとっても大敵ですから」
今ここに、春風と冬風、二つの旅団の共同戦線が張られた。