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94.がんばり過ぎた聖女様Ⅲ

 私が神様の声を聞いたのは、十歳になった日のことだった。

 当時の私は薬師を目指して勉強していて、将来は王宮で働く立派な薬師になりたいと思っていた。

 父が冒険者で怪我が多く、その度に母が手当てをしてあげていたのがきっかけだった。

 母は薬師ではなかったけど、薬師に負けないくらいの知識と技術を持っていた。

 一度だけ母に、薬師にならないのか聞いたことがある。

 すると母は笑ってこう答えた。


「私は、あの人が無事でいてくれたらそれでいいの」


 母が薬学を学んだのは、危険な仕事に赴く父を思ってのことだった。

 最初から、母は父のために頑張っていた。

 凄く素敵な理由だと思ったし、優しい母らしいと思った。

 私も母のようになりたいと願った。

 ただ、私には母にとっての父のような存在はいなかった。

 だから漠然と、困っている人を助けられてらいいと思っていた。

 そんなある日、天啓が下った。

 私の中に聖女の力が宿ったことで、うちに秘めていた正義感が膨れ上がった。

 多くの人を救わなくてはならないという衝動にかられ、私は目につくたくさんの人のために祈り続けた。

 そしていつしか、私は王都の大聖堂で祈りを捧げる役割を得た。

 過程は正直、もう覚えていない。

 王都へ向かう私たちを、父と母が寂しそうに見送ったこと。

 それっきり、二人に会うことはなかった。

 私が王都に旅立った一年後に、二人とも病で亡くなってしまったんだ。

 悔しかった。

 私が傍にいれば、二人を救えたのに……。

 それでも私は聖女だから、困っている人が目の前にいたら放っておけない。

 悲しむ時間もわずかしかなく、忙しい日々を過ごす。

 ならせめて、二度と同じ想いはしないように祈り続けよう。

 私のように後悔する人がいなくなってくれたら、私も幸せだから……。


 本当に?

 

 いつからだろう。

 私は、私の気持ちがわからない。

 私は一体、なんのために聖女になったのだろう。

 何を願って、祈り続けているのだろう。

 私自身の願いって……どこにあるのかな?

 

  ◇◇◇


「……うぅ、ここ……」


 真っ暗な中で揺れている。

 手足が動かない。

 縛られたままどこかに移動している?

 そうだ。

 私は盗賊に捕まって、その後で眠らされてしまったんだ。


「いやー今回はついてるぜ。こんなでっけー拾いもん久しぶりじゃねーか?」

「ああ、ボスも間違いなく大喜びだな。なんたって聖女だぞ」

「どこに出しても高値間違いなし。多少の汚れも気にしねーだろうし、なぁお前ら……ボスのとこに届ける前にちょっと遊ばねーか?」

「いいねぇ。聖女様の身体を堪能してやろうぜ」


 下品な笑い声が聞こえていく。

 私をさらった盗賊たちの声。 


「どこに……」


 向かっているのだろうか。

 私は売られてしまった。

 陛下に裏切られて、盗賊に……。

 このままどこかで商品として売り飛ばされて、奴隷として生きていくのだろうか。

 そんなの……。


「嫌……」


 瞳から涙がこぼれる。

 こんな私的な願いを神様は許してくれないかもしれない。

 でも、お願いだから……。


「誰か、助けて」

「――なんだてめぇら!」


 突然大きな揺れと共に車輪の回転が止まった。

 私には見えない。

 だけど、何かに遭遇したらしい。

 男たちが慌てている。


「そこを退きやがれ! 通れねーだろうが!」

「――お前たちだな? 我々に届く予定だった積み荷を盗んだ盗賊というのは」

「ちっ、この間襲った積み荷の持ち主かよ。わざわざ取り返しにきたのか?」

「当然でしょう? それは、我々の商品だ。商人にとって、商品は生命線に等しい。売るものがなければ商売は成り立たない。非常に困るのですよ」


 誰だろう?

 盗賊とは違う男の人の声が聞こえる。

 商人と聞こえた。

 私の周りに積まれている荷物も盗品で、持ち主が取り返しに来たらしい。


「命知らずな野郎だな。商人風情が俺たちから荷物を奪い返せると思ってんのか?」

「心配は無用ですよ。商人でも、私は世界中を旅する商人です。故に、戦う手段は持ち合わせている」

「何言って――な、なんだ? 冷てっ!」

「判断が遅かったですね? 商売においては致命的です」


 外から冷気が流れ込んでいる。

 ぶるっと身体が震える。

 一体外で何が起こっているのだろうか。

 急にあたりが静かになったけど、真っ暗で何も見えない。

 そこにようやく、光が差し込む。


「っ……」

「これは驚いた。盗まれたのは物だけじゃなかったようですね」


 眩しい日差しを背に、その男の人は私と視線を合わせる。

 少しだけ困ったような顔をしていた。


「君、名前は?」

「ステラ、です」

「ステラさん、ですね。事情はわかりませんが、もう大丈夫です。あなたは自由だ」

「自由……」


 彼は私を縛っていたロープを解いてくれた。

 ずっと手足を縛られていたから、しびれて上手く動かせない。

 そんな私に、彼は手を差し伸べてくれる。


「立てますか?」

「はい」


 彼の手を握る。

 冷たくて、硬い男性の手。

 それでいて、優しい心が流れ込んでくる。


「え……?」


 この時が初めてだった。

 他人の背後に、綺麗な輝きが見える様になったのは。

 その人の才能や運命、人柄を映し出す光。

 初めて見た彼の輝きは、雪のように真っ白で冷たくて……その奥に、確かなぬくもりを感じられた。

 

「どうかしましたか?」

「いえ……その……あなたは?」

「私はイヴェールといいます。なんてことはない、ただの旅する商人です」


 私は思う。

 この人はきっと、私が出会った中で一番……心が綺麗な人だと。

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