93.がんばり過ぎた聖女Ⅱ
王城の一室。
地位ある者たちが集まり、未来について語り合う。
国の未来?
否、彼らが考えているのはいつだって、わが身の未来だけだった。
そして今日も……。
「聖女様は相変わらずか?」
「はい。残念ながら私の忠告も聞く耳もたぬ状況でして……」
「そうか。聖女としては正しいのだろうが……やはり少々厄介な存在だ」
「ええ、このままでは我が国の実権をあの娘に握られるかもしれません。陛下」
一国の王が渋い表情をしている。
聖女は責務を全うし、迷える者たちを救い続けていた。
人々を支える王としては喜ばしいことのはずだ。
しかし、彼は少々焦っていた。
徐々に民衆の心が王ではなく、聖女に向けられていることを実感して。
数十年余り守ってきた信頼が、突然湧いて出たような小娘に奪われそうになっていることに。
焦りは徐々に、苛立ちへと変わっていく。
「聖女といえど一国民、王である私の命令には従うべきだ」
「もっともでございます。ですがおそらく、陛下から直接の命令も……あの聖女は聞かないでしょう」
「ならば潮時かもしれないな」
「と、いいますと?」
大臣はわかった上で質問する。
その証拠に、表情はニヤリといやらしい。
「すでに災厄は過ぎた。もはやこの国に聖女は必要ないとは思わないか?」
「はい。我々も同じ考えであります」
集まった大臣たちがそろって頷く。
誰もが王の意見に賛同し、一切の否定を口にしない。
もはや議論の余地はなく、聖女の未来は決定した。
「聖女を速やかに、この国から排除せよ。手段は任せるが、そうだな……悲劇を装って消えてもらおう。そのほうが残された我々にとって都合がいい」
「はっ、おまかせください」
人間の醜悪な部分が動き出す。
善性より悪性が際立ち、己が保身のために行動する。
一国の王が、少女を憚る。
◇◇◇
「遠征、ですか?」
「はい。陛下からのお達しです。明後日行われる盗賊の討伐に、聖女様も同行していただきたいと」
ある朝、突然そのような通達が下った。
陛下から直々のお願いなんて珍しいこともある。
その程度の感想だった。
「その遠征に、私の力が必要なのですか?」
「陛下はそうおっしゃっております。今回の遠征は大規模な戦闘が予想されますので、相応の負傷者が出るだろうと。迅速かつ確実に人命を救うためには、聖女様のお力が最適だとお考えのようです」
「そうですか……」
盗賊の討伐。
悪い人たちを罰することは必要だけど、血を流すのは好きじゃない。
世界中の誰だって、悪人になるために生まれたわけじゃない。
道を間違っただけだ。
私なら……そんな人たちを正しく導ける。
いいや、導かなければいけない。
だって私は聖女だから。
それこそが私に与えられた役目なのだから。
遠征への同行が決まり、一時的に教会を留守にする。
少し不安だけど、街の人たちのことはお医者様に任せよう。
幸いなことに、大きな病の流行はきていない。
数日空けるくらいなら大丈夫だろう。
そう自分で納得して、私は心置きなく祈ることができる。
「目的地まではしばらくかかります。馬車でお休みになっていてください」
「ありがとうございます」
馬車の揺れは眠気を誘う。
そういえば、昨日の夜も眠りが浅かった。
なんだか最近、熟睡できた日がないような気もする。
仕方がない。
聖女としての役目が忙しくて、休んでいる暇もないのだから。
でも今なら……。
「少しくらい眠っても……」
考えるより先に睡魔に負けてしまったらしい。
私の意識は沈んでいく。
自分でも疲労が蓄積されていたことはわかる。
ちょっとやそっとじゃ目覚めない深い眠りに入った感覚。
だから気づけなかった。
ううん、気づけたとしても私は何もできなかったはずだ。
「ぅ……え?」
目が覚めた時、私は手足を縛られていた。
状況が理解できない。
視界の端には横転し、炎上する馬車があった。
地面に流れているのは……。
「血? え……?」
困惑と焦りが満ちる。
燃えた馬車の影には騎士の身体が転がっていた。
ピクリとも動かない。
おそらく……いや、間違いなく亡くなっている。
「そんな……」
「お、なんだ目が覚めちまったのかよ。のんきにねてりゃーよかったのによぉ」
「あ、あなたたちは……」
気づけば私の周りに屈強な男たちが集まっていた。
手には武器を持っている。
剣やナイフ……その刃には血が付着していた。
「まさか……騎士の方々を襲ったのは……」
「あー俺たちだよ。当たり前だろ?」
「なんてことを! こんなことが許されると思っているのですか!」
「はっ、聞いてた通り馬鹿な聖女様だな!」
男たちは高笑いする。
彼らは私が聖女であることを知っていた。
知った上で襲撃した。
「俺たちは盗賊、盗むのが仕事だぜ? そんなもん悪いことに決まってんだろ?」
盗賊……遠征の目的も盗賊だった。
まさか待ち伏せされていた?
私たちの行動を察知して罠を……?
わからない。
でも、今すぐやらなきゃいけないことは――
「この縄を解いてください! まだ助かる方がいるかもしれません!」
「おいおい、この状況で他人の心配か? つくづく聖女っていうのは馬鹿なんだな」
「人を助けるのが私の役目です! 貴方たちだって、本当はこんなことしたくないはずです! どうか正気に戻ってください! それに、こんなことをすれば王国も無視できません」
「ふ、くくく……そうか。だったらいいこと教えてやるよ」
男の一人が私に近づく。
そっと耳元で、絶望を囁く。
「俺たちにあんたを襲うように依頼したのは、あんたのとこの国王様だぜ」
「……え?」
「驚いたか? あんたはハメられたんだよ! 聖女はもういらないから捨てちまおうってなぁ!」
「う、うそ……」
そんな……陛下が私を?
私は自分の耳を疑う。
信じられない。
けど、男は高笑いしながら続ける。
「びっくりだよぁ~ だけど真実だ。あんたは売られたんだよ、俺たちの商品としてなぁ」
「……私は……」
「さぞ高く売れるだろうぜ、なんせ聖女様だからな」
「うぅ……」
少女のように涙する。
私はこの時、初めて痛感させられた。
世の中には悪い人たちが大勢いることを。
表には出さないだけで、隠しているだけで、人は悪心を胸に抱いていることを。
私は聖女としてではなく、一人の人間として願う。
ああ、どうか神様。
私に……人の心を見る力をください。
そうすればきっと……こんなことにはならなかったはずだから。






