92.がんばり過ぎた聖女様Ⅰ
神の声を聞き、祈りで奇跡を起こす選ばれし乙女。
この国では古くからの言い伝えで、人々の願いが満ちた時、神の意志によって聖女が誕生すると言われている。
人々の願いが天に届き、その願いが聞き届けられた時のみ誕生する存在。
聖女の誕生こそが最初の奇跡と呼べる。
当時、この国では複数の病が広まっていた。
寒暖差も激しく、人々は苦しい生活を送っていた。
年端もいかない子供から、老い先短い老人まで、毎日のように多くの人が亡くなった。
誰もが願った。
どうかこの地獄のような日々を終らせてくれ。
天に、神に願った。
そして――
一人の聖女が誕生した。
彼女の祈りは苦しむ者たちを救い、迷える者を導いた。
人々の願いは、神に届いたのだ。
こうして聖女の力によって危機を脱した人々は、神と聖女に深く感謝した。
と同時に、安堵した。
この先どんな辛い時も、苦しい時も、聖女がいればなんとかなる。
困った時は聖女を頼ればいい。
なぜなら聖女は、神の遣わした人々にとっての救世主なのだから。
◇◇◇
王国で最も広い大聖堂。
連日大勢の人々が訪れ、悩みや不安を打ち明ける。
彼らの願いを聞き届けるのは、この国でたった一人の聖女である私の役目。
「聖女様! 息子が風邪を引いてしまったんです!」
「安心してください。主は正しき生を見捨てることはありません」
母親が抱きかかえる子供。
まだ赤ん坊で、表情はちょっぴり苦しそうだった。
小さい身体で病気と闘っている。
今すぐに助けなければならないと思った。
私は手を胸の前で組み、祈りを捧げる。
「主よ、どうか病める命に聖なる輝きを」
放たれた光が子供を包み込む。
慈悲深き主から賜りし聖なる祈りの力。
この力があれば、どんな病も怪我だって一瞬で治すことができる。
光に充てられた子供の表情はみるみるよくなる。
「これでもう大丈夫です」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
母親はなんども頭を下げ、心からの感謝を口にした。
その言葉だけで私の心は満たされる。
感謝されるために祈りを捧げているわけじゃないけれど、誰かに褒められたり、感謝されることは嬉しい。
「聖女様、そろそろお休みください」
「ありがとうございます。でも心配には及びません」
「ですが本日は朝から休みなく祈り続けられております」
「私の身体は病気も怪我もしません。だから大丈夫です」
護衛の騎士さんが私のことを心配してくれる。
有難いことだけど、私は聖女だから。
困っている人がいるのに、ゆっくり休むなんてできない。
祈り導くのが私の役目、その役目を終えるまで、私はこの歩みを止めない。
止めることは許されていない。
季節が廻り、冬になる。
寒さが一層際立って、体調を崩す人も増え始めた。
必然、大聖堂に訪れる人も増える。
私は変わらず祈り続けた。
「お言葉ですが聖女様、むやみやたらに民衆を治療するのはお辞めくださいませ」
「なぜですか? 困っている人がいるなら助けることが私の役目です」
「確かにそうですが、限度というものがございます。先ほどから大聖堂に訪れているのは一般人……しかもただの風邪をこじらせていただけです。そんなもの、街の医者に診てもらえばいい。いちいち聖女様が相手にすることはありません」
「苦しみに大小は関係ありません。私は等しく平等に、苦しむ方々を救いたい」
王国の大臣様は眉を潜ませる。
最近になって、国の偉い方々がよく訪れるようになった。
話はいつも同じだ。
力をふるう相手を選び、優先順位をつけるように言われている。
具体的には重症度以外に、その人の地位も考慮しろと。
もちろん私はそんなことはできないと断った。
それでも彼らは毎日のように足を運び、私に進言する。
「そこまでして民衆の支持を集めたいのですか?」
「そんなつもりはありません。私の願いはただ一つ、この国の人々が健やかに日々を送れることですから」
「ですが事実、民衆の支持はあなたに集まっています。今や陛下のお言葉より、あなたの言葉のほうが民衆も耳を傾ける。あなたが一言命令すれば、民衆は簡単に動いてしまうんです」
「私は命令なんてするつもりはありません。私は聖女です。聖女の役目は祈りを捧げることだけです」
「まったくそればかりを……」
大臣様は呆れている様子だった。
どう思われようと構わない。
私は聖女として、まっとうに役割を果たすだけだ。
「お話はまた後日お聞きします。どうかお引き取りください」
「……わかりました。ではまた明日、お話に伺うとしましょう。何度も言いますが、よく考えてください。ご自身の立場と、この国の未来を」
「はい」
考えてはいる。
私は聖女で、この国の人々の幸福を。
それだけでいいと思っていた。
私はきっと間違っていない。
聖女として、選ばれた者の責任を果たしているのだから。
「聖女様! 私の悩みを聞いてください!」
「はい、もちろんです」
悩める人の声を聞くのも、苦しむ人を救うのも、私がやるべきことだ。
誰になんと言われようと辞めることはない。
命は平等、差なんてない。
比較し、優劣をつけるなんてもってのほかだ。
私は全てを救ってみせる。
それが……人々の願いなのだから。






