90.心配なんですよ
「予定は終わったのですね」
「ああ。問題なく終えた。そちらのほうは?」
「私のほうも変わりありません。今日も一日、ここで祈りを捧げていました」
「そうか」
会話する二人の後ろでじっと見つめる。
初めて出会うタイプの人だ。
歳は私と同じくらい……いいや少し下かな?
小柄だから、もしかするとレンテちゃんと近いかもしれない。
幼く可愛らしい容姿なのに、どこか神々しさを感じる。
気軽に話しかけるのは憚られるような……。
聖女様が私たちをチラッと見る。
「そちらの方々は?」
「春風の旅団から来てくれた者たちだ」
「他の旅団の方々ですね! お話は聞いておりました。私はステラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
彼女は深々と丁寧に頭を下げる。
私たちはそれにつられてお辞儀をした。
微妙な雰囲気の中、最初に口を開いたのはエアル君だった。
「あーえっと、こっちも自己紹介をしようか。俺はエアル、春風の旅団の団長だ。こっちが妹のレンテ。その隣が――」
「錬金術師のユリアです」
「錬金術師……」
彼女はじっと私を見つめる。
私の心を見透かすような瞳で。
「そうですか。通りでイヴェールさんと似たオーラをしているわけです」
「オーラ……ですか?」
聞き慣れない単語にキョトンと首を傾げる。
そんな私に彼女はニコやかに応える。
「私には人の持つ力が光のように見えるんです。その光は才能や力、運命や今の健康状態などを反映しています。あなたが纏っているオーラはイヴェールさんと似ていて、でもすごく大きい。きっと錬金術師の中でも優れた才能の持ち主なのでしょう」
「一目見ただけでそこまでわかるのか?」
「はい。あなたのオーラも大きい。それに炎のように強く温かい。優しくて強い方なのだとわかります」
「すごい……」
それは私が抱いているエアル君への印象そのものだった。
私もエアル君も、彼女とは初めて顔を合わせる。
たった数十秒の邂逅で、私たちの情報を正確に見抜いてしまった。
これが聖女の力……?
「ステラ、彼らには君の不安を解消するために来てもらった」
「私のために……ありがとうございます。イヴェールさんは本当にお優しいですね」
「そういうのはいい。皆に現状を伝えてくれ」
「はい。でしたら近くの椅子にお座りください。少々長いお話になりますので」
私たちは言われた通りに椅子へ座る。
ステラさんは立ったまま、私たちにこの街で起こっていることを教えてくれた。
王都では今、高熱と全身の痛みが襲う流行病が広がっている。
冬風の旅団が到着する以前から予兆があり、到着後に爆発的に患者が増えた。
新しい病だったがゆえに国の対応も間に合わず、あっという間に病は王都中に広まったそうだ。
これで商売どころではないと、冬風も王国に協力して病人の対処に当たった。
薬はなく、ポーションの数にも限りがある。
そんな状況で頼りにされたのは、聖女であるステラさんの祈りだった。
多くの人々が教会に押し寄せ、一時はパニックになったらしい。
しかし何とか乗りきって現在は落ち着きを取り戻していた。
「ですが病は完全に消えたわけではありません。少なくはなっていますが、今日も苦しむ人が教会を訪ねてきました。私は聖女として、苦しむ人たちから目を背けられません。本当はお祭りへも参加したかったのですが……」
ステラさんは申し訳なさそうな表情でイヴェールさんを見る。
イヴェールさんは小さく息を漏らして。
「それはもういい。私も了承したことだ」
「はい。イヴェールさんを始め、冬風の皆様には感謝してもしたりません」
「……そう思うなら、少しは自分の身を案じろ。目の下にクマができているぞ?」
「え、あ……」
ステラさんは隠すように触れる。
確かに彼女の綺麗な白い肌には似合わず、目のシワは少し黒ずんでいる。
私は言われるまで気づかなかったけど、イヴェールさんはよく見ている。
「これはお見苦しいものをお見せしました」
「そういうことじゃない。睡眠はしっかりとるんだ」
「はい」
返事はしっかりとしている。
けど、なんだか危ういような……。
少し昔の私に似ている気がしていた。
「私は大臣の元へ行ってくる。戻ったことの報告をしなければいけない。エアル、すまないが一時この場は君に任せる。ステラの話を聞いてユリアさんにポーションの試案をお願いしたい」
「わかりました」
「助かるよ。それと、彼女が無理をしないように見張っていてくれ。無駄だとは思うが……」
「善処します」
そう言ってイヴェールさんは教会を出て行く。
彼を見送り、ステラさんが悲しそうな表情を見せる。
「また、イヴェールさんにご迷惑をかけてしまいましたね……」
「迷惑というより心配してるんだよ。イヴェールさんはあまり表情には見せないだけで、とても仲間思いの人だから」
「はい。それはもうよく知っています。路頭に迷っていた私に手を差し伸べてくれた方ですから」
ステラさんは優しい笑顔でそう語る。
まるでかつての自分を連想させるような一言に、思わず口が動く。
「あの……ステラさんは、どうして旅団の一員になったんですか?」
いきなりこんな質問をするのは失礼だっただろう。
口にした後で後悔する。
それでも一度口にした言葉は引っ込められない。
私は回答を待った。
「それは……」
答えづらそうな表情を見せる。
その時だった。
教会の扉が勢いよく、大きな音を立てて開いたのは。
「せ、聖女様大変です! 街のみんなが突然倒れて!」
「――! すぐに向かいます。皆さま」
「わかってる。俺たちも行くぞ」
「うん」
話の途中だけど、それどころじゃなさそうだ。
私たちは急いで教会を出る。






