89.雪国の聖女
翌朝。
私たちはオータムを出発した。
先に出発した夏風を見送り、最後に出発する秋風に見送られながら。
春風、冬風の旅団の大移動。
二つの旅団がそろって移動すると、まるで王都で開かれていた王族のパレードみたいだ。
私は遠目から見ることしかなかった行事だけど。
移動する馬車の先頭で、私はエアル君の隣に座っている。
「冬風にも新人が入ったなんて驚きだな」
「そんなに珍しいことなの?」
「珍しいよ。現にユリアが加入するまで、一年近く新人はいなかったからな」
世界各地を旅して商売をする一団。
エアル君曰く、旅して巡るという部分の敷居が高いらしい。
よほどの旅好きか、私のように訳アリじゃない限り、いきなりいろんな場所を旅して商売しようというのは難しいそうだ。
確かに私も、事情がなければしり込みしたかもしれない。
旅は楽しくて新鮮な感覚を与えてくれるけど、同じくらい危険や不安も多い。
だからこそ、余計に気になる。
「どうしてその人は、冬風に入ったのかな?」
「正確にはまだ入ったわけじゃないらしいけどな。そこは俺も疑問だ。聖女が旅とか商売って、全然ピンと来ないし」
「うん……」
聖女は錬金術師以上に希少な存在だ。
その存在を知れば、王国や貴族が手に入れようと躍起になるだろう。
どこへ行っても優遇される。
そんな立場の人が、どうして旅する一団と行動を共にしているのか。
「俺も気になってイヴェールさんに聞いてみたんだよ」
「なんて言ってたの?」
「それがさ……」
私から言えることはない。
気になるなら直接、本人に会って聞くといい。
「って、なんだか言い辛そうだったよ」
「そうなんだ……」
「まぁ訳ありなのは確実だな。そうじゃなきゃ、聖女が旅団に入るなんてありえない。もしかすると、ユリアと似た境遇かもしれないな」
「私と……」
理不尽な理由で宮廷を追い出された過去。
忘れたくても忘れられない苦い思い出。
もし、その聖女様が似た境遇で旅団と行動しているのなら……。
「早く話してみたいね」
「そうだな」
不謹慎かもしれないけど、私たちは友人になれる。
予感というより自信があった。
◇◇◇
冬風の旅団が滞在していた地域は一年を通して気温が低い。
今はちょうど冬時期で、毎日のように雪が降る。
街に近づくにつれて気温はぐんぐん下がっていき、厚手のコートやマフラーで対策しないと凍えてしまいそうだ。
道にも雪が降り積もり、先人たち通ってできた跡がなければ馬車も通れなかっただろう。
次第に雪は強くなり、吹雪に近くなる。
「寒い……」
「大丈夫か? 毛布は……これで最後か」
「私の使う? お姉ちゃん」
「大丈夫だよ。レンテちゃんも寒いでしょ? 毛布はレンテちゃんが使ってね」
私はすでに三枚も毛布を使っている。
これ以上は我儘だ。
一年中穏やかな気温が続く場所にいて気が付かなかったけど、私はどうやら寒さが非常に苦手らしい。
露出している肌は痛いし、手袋の中まで冷え込んで上手く指が動かない。
「寒さって……こんなに辛いんだね」
いきなり冬が嫌いになりそうだ。
これじゃまともに錬金術も使えそうにないよ。
そんな私を見かねて、エアル君とレンテちゃん兄妹が視線を合わせ、こくりと頷く。
「そういう時は」
「こうしちゃえばいいよ!」
「ひゃっ!」
二人が左右からぎゅっと肩をひっつけてくる。
挟まれた私は驚いて変な声が出てしまった。
「えっへへ~ こうすればあったかいでしょ?」
「くっついていれば熱も逃げにくいんだよ。多少窮屈で悪いが」
「ううん、暖かいよ」
二人から熱が伝わってくる。
太ももに挟まれた手も、次第に感覚を取り戻す。
人肌の温かさを再認識した瞬間だ。
これなら寒さも耐えられる。
「……」
エアル君の顔がすぐ近くにあって、恥ずかしいのは問題だけど。
別に悪い気分じゃないから大丈夫。
こうして馬車は進み、目的地へとたどり着く。
雪に覆われた鉄の国アイスランド、その王都に。
「ここがアイスランドの王都……なんだか変わった雰囲気だな」
「エアル君も初めて?」
「ああ。話には聞いていたけど、本当に鋼鉄の都市って感じがするな」
建物のほとんどが金属で作られている。
室内の熱を外へ逃がさないようにするためだという。
私がこれまで見てきたどの街とも違う。
表現が難しいけど、少し先の未来の世界にいるみたいだ。
いつものように入国の手続きを済ませる。
宿はイヴェールさんが手配してくれて、すんなり決まった。
荷物や馬車を預けたら、旅団のみんなには休息を。
私とエアル君、レンテちゃんはイヴェールさんに案内されて教会へ向かう。
鉄の街にあるのだから、教会も金属で作られているのかと思った。
だけど違った。
一瞬でわかるほど、それは私たちがよく知る教会の形をしていて。
鉄の街並みの中ではポツリと浮いていた。
「ここに聖女様が……」
私はぼそりと呟く。
イヴェールさんが先頭に立ち、躊躇なく教会の扉を開ける。
中も見知ったつくりをしていた。
結婚式で見たばかりだから驚きも少ない。
ただ一つ、大きな違いがあった。
先に立っていたのは神父さんではなく、銀色の髪をした一人の女性。
小さな後姿に、まだ顔も見ていないのに、私は引き込まれた。
いやきっと、私だけじゃなくてエアル君たちも。
「戻ったぞ。ステラ」
「――イヴェールさん、お帰りなさい」
彼女が振り向く。
空の青より透き通る瞳は神秘的で、美しかった。
この人が聖女様……神様に選ばれた人。