88.冬風の誘い
イヴェールさんから相談があるということで、私たちは近くのカフェに入った。
私たちは席に着く。
そこにはなぜかもう一人、先客が座っていた。
「ボスも一緒だったんですね」
「おう。ちょうどこいつから相談されててな。お前らのことを話してたんだよ」
ファスルさんは私にまっすぐ視線を向ける。
「まっ、細かく言やーユリアちゃんのこと話してたんだけどな」
「私、ですか?」
「ああ。ユリアちゃんの力なら、こいつの悩みを解決できそうだなって話だ」
「悩み?」
イヴェールさんに視線が集まる。
彼は紅茶を飲み、ゆっくりと小さなため息をこぼす。
「悩みというほどのことではないよ。あくまで相談、いや提案がしたくてね」
彼はカップを置き、改めて話始める。
「実は最近、冬風にも新人が入ったんだ。まぁ正確にはまだ団員ではないんだが、見習のような形で行動を共にしている」
「冬風にも新人ですか。あれ? でも祭りに参加していたのは見知った顔ばかりだった気が……」
エアル君は当然冬風の人たちとも交流はある。
新人がいれば気づくはずだけど、それらしい人は思い浮かばないらしい。
レンテちゃんもうーんと悩み、わからないと答えた。
「祭りには参加していない。彼女は今頃、北の国の教会にいるはずだ」
「教会?」
「その人はシスターさんですか?」
「いいや、彼女は聖女だ」
私たちはほぼ同時に目を見開く。
聖女とは神に選ばれた乙女。
神の声を聞き、人々に伝える役割を持つ存在。
その祈りは神の奇跡を体現し、あらゆる病、災いから人々を救うと言われている。
私の錬金術やエアル君の魔法とも違う。
この世界に存在する力の中で、もっとも特別なものだろう。
だから驚いた。
聖女なんておとぎ話の存在で、王都にすらいなかったから。
本当にいるんだという驚きと、そんな人が旅団の一員になっていることへの。
エアル君が尋ねる。
「どうして四風祭に参加しなかったんですか?」
「本人が拒否したんだ。私が今、この街を離れるわけにはいかないから、とね」
「……どういうことですか?」
「その街で何かがあったんですね?」
エアル君に続けてした私の問いかけに、イヴェールさんはゆっくり、確かに頷く。
「その街周辺で、少々厄介な病が流行っていてね。ちょうど我々が滞在を開始した頃からだった。彼女は聖女故に苦しんでいる人々を放っておけない」
「だから今も滞在を?」
「そういうことだ。彼女のおかげで街に広まった病は治まりつつある。だが彼女はまだ不安らしい。全員を救ってからじゃないと離れられない。そう言って残った」
さすがに一人きりで滞在させられないから、団員の数名を残しているそうだ。
旅団は慈善団体じゃない。
優しさだけで生きられるほど世界は甘くないと、私はもう知っている。
だからイヴェールさんの判断は間違っていないと思った。
ただ、残ることを選択した彼女も、間違っているわけじゃないけど。
「イヴェールさん、相談っていうのはユリアのポーションですか?」
「そうだ。彼女の不安を取り除くためには治療薬がいる。仮に再発しても大丈夫だとわかれば、彼女も心置きなく街を出られるだろうからね」
「なるほど。どうだユリア? 作れそうか?」
「うーん、話を聞いただけじゃなんとも言えない、かな?」
病にもいろいろ種類はある。
どういう病なのかを知った上で、適当なポーションを作る。
何よりポーション作りには素材も必要だ。
「イヴェールさん、ポーションは販売する予定なんですか?」
「そのつもりだよ。あくまで我々がするのは商売だ」
イヴェールさんはハッキリとそう答えた。
商人らしい返答だ。
春風の一員として行動していた今なら、彼の言葉が薄情ではないとわかる。
素材だってただじゃない。
お金がなければ、苦しむのは自分や旅団のみんなだ。
でも、商品として売り出すならコストと売り上げを考えないといけない。
最低限の素材で作り、価格も安くしないと街の人も手を出しづらいだろうから。
「うん。やっぱり実際に見てからじゃないと作れないよ。商品なら尚更」
「そうか。じゃあ行先を変更しないとな」
「いいの?」
「ああ、ユリア一人で行かせると無茶しそうだし、行くなら春風として行こう。みんなも同じことを言うはずだ」
そう言ったエアル君の隣で、レンテちゃんもうんうんと首を振っている。
なんとなく、エアル君はそう言ってくれると思っていた。
私が行きたいと言ったなら、文句も言わずについてきてくれると。
「いいのか? こちらとしては一時的に彼女を借りるというのでも構わないが」
「そのほうが困るんですよ。ユリアはうちの稼ぎ頭ですから」
「そうですよ! 私とお姉ちゃんで今度は売上げ一位を目指すんです!」
レンテちゃんも張り切っている。
そんな二人の声を聞き、イヴェールさんは小さく息を漏らす。
彼はファスルさんに視線を向ける。
「構わないか?」
「おう、各団のことはお前らに一任してる。好きにやれよ」
「そうか。ならこれ以上の確認は必要ないか。冬風の旅団団長として、春風の旅団へ正式に要請する。我々と共に来てほしい」
「「「はい!」」」
三人同時に元気よく返事をする。
こうして冬風に誘われて、私たちは北の地へ向かうことになった。
密かに私はワクワクしていた。
聖女がどんな人なのか、見てみたいと思ったからだ。