86.一瞬の火、永久の光
挙式が終われば披露宴。
本来ならその流れだけど、今は四風祭の真っただ中。
時間いっぱいまでのんびり過ごすことはできない。
だから挙式が終われば自由行動になっている。
仕事がある人は戻り、そうでない人たちは新郎新婦の周りに集まったり、仲間たちと談笑をする。
「改めてありがとうございました。私たちのために企画してくれて」
「俺たちは手伝っただけだよ」
「うん。結婚式がしたいって相談してくれたのは、ヘルフストさんでしたから」
「ええ、知ってる。とても嬉しかったわ」
ウエディングドレスから簡易的なドレスに着替えたシスティーナさん。
式も一段落して落ち着きながら紅茶を飲む。
すっと肩の荷が下りたように、彼女の表情は柔らかかった。
「やっぱり緊張しましたか?」
「それはもちろん。結婚式って一生に一度の大イベントだもの。緊張しないほうが無理あるわね」
「そうですよね」
「ふふっ、ユリアさんも覚悟しておいたほうがいいわよ?」
システィーナさんがウインクする。
ドキッとして頬を赤らめる。
「か、覚悟って、私はまだそういう予定は」
「今はそうでも案外急に来るものよ? 私だってそうだったんだから」
「いえ、その、システィーナさんと違って、私にはそういう相手は……」
と、話している最中にエアル君の姿が目に入る。
ちょうどこちらに向かってきている。
「お待たせ。引継ぎだけ済ませてきたから、もう大丈夫だ」
「そ、そうなんだ」
挙式が終わってすぐ、彼は祭りの警備をしてくれている人たちに元へ戻った。
もう祭りも終わりかけだ。
最後の見回りを済ませ、団員たちへの指示出しが終わったらしい。
走ってきたのかちょっぴり呼吸が荒い。
「二人で何の話をしてたんだ?」
「えっと、結婚式のことだよ?」
「ああ、いい式だったな。ヘルフストはガチガチだったけど」
「ふふっ、そういうところもヘルフ君らしいでしょう?」
そうだな、とエアル君が笑う。
自分の結婚式……か。
まだ想像もできないけど、いつかその日がやってくるのだろうか。
だとしたら、隣に立っているのは……誰なんだろう?
「それじゃ、私はヘルフ君のところに戻るわね」
「はい」
「ヘルフストによろしく言っておいてくれ」
「ええ、二人とも楽しんでね? これから花火の時間よ」
そう言って彼女は去っていく。
残された私たちは、静かに彼女を見送って。
「なぁユリア、花火……二人で見るか?」
「――うん」
四風祭の最後は花火で締めくくられる。
私も楽しみにしていた時間だ。
エアル君に連れられ、特等席へと足を運ぶ。
「ちょ、ちょっといいの? こんな場所登っちゃって」
「大丈夫だ。誰も見てないから」
「そ、そういう問題じゃ……だってここ、教会の上だよ?」
エアル君に手を引かれ登ったのは、結婚式を挙げた教会の屋根上。
どう考えても罰当たりだけど、エアル君は気にしていないみたいだった。
「ここが一番高くて、花火がよく見えそうなんだよ。せっかくなら一番いい場所で見たいだろ?」
「それはそうだけど……」
「心配するな。神様だってこれくらい許してくれるさ」
どういう根拠なのか。
時々エアル君は大胆なことをする。
けど、確かにいい眺めの場所だった。
空を遮るものがない。
祭りの明かりも邪魔をしない。
ここは確かに、花火を見るには最高の場所だった。
静かだし、私たち以外誰もいない。
花火が始まるまで、まだ少しだけ時間がある。
「エアル君、これ」
「ん? ペンダント?」
私は二つのペンダントを取り出し、エアル君に見せる。
「うん。私が作ってたもの。エアル君にもあげたくて、内緒で一つずつ持ってたんだ」
「ははっ、レンテが聞いたら、ずるいって怒られそうだな」
「そうだね。だから内緒で、渡したかったんだ」
一つはエアル君のオレンジ色、もう一つは私の薄い青色。
形は同じで色違い。
「今日の思い出か」
「うん。それから日ごろの感謝の気持ち……かな」
いつもエアル君には助けられてばかりだ。
こんなものでしかお返しできないのは情けないけど。
私なりの精一杯の感謝、それから……。
「なぁこれ、どっちを貰ってもいいのか?」
「え、うん」
エアル君はオレンジを選ぶと思っていた。
そのつもりで作ったんだけど……。
「じゃあこっちだ」
選んだのは、薄い青色のペンダントだった。
彼はそれをぎゅっと握りしめる。
「そっちでいいの?」
「ああ、これがいい。この色は好きだ」
「……」
別に、そういう意味じゃない。
でもなんだか、私のことを言ってくれているみたいで……。
どうしようもなく胸が高鳴る。
「もう一つはユリアのか?」
「そのつもりだよ」
「そっか、じゃあちょうどいいな」
エアル君がペンダントを首にかけ、私もそれに続く。
お互いの色を交換したみたいに。
「これでお揃いだ」
「うん」
私たちは笑い合う。
この瞬間の、確かな幸せをかみしめるように。
それを祝福するかのように。
「あ、花火が」
「始まるぞ」
花火が打ちあがった。
大きな光の花が夜空を明るく照らす。
色とりどりの花火を見上げる。
「綺麗……花火ってこんなに綺麗だったんだ」
「だろ? 今夜は特別綺麗に見えるよ」
毎年の恒例行事で、夜空に咲く火花を見て、楽しい時間が終わったことを実感する。
それはまるで、夢から覚めて現実に戻っていくように。
そして――
「また、来年も一緒に見よう」
「うん。一緒に」
一年後の同じ時間を夢想する。
願わくばこの幸せな時間が、未来にもありますように、と。
一瞬のまばゆい光を眺めながら、胸に光る永遠の小さな光を握りしめる。






