表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/108

85.幸あれ

「二人ともずるい!」


 教会へ向かう途中、レンテちゃんがむくっと頬を膨らませる。

 怒っていても可愛らしくてほっこりしてしまう。


「結婚式のこと! 私にも教えてほしかったです!」

「悪かったよ。ヘルフストからギリギリまで内緒にするよう言われてたんだ」

「私も準備に参加したかったのに!」

「だからごめんって。後のことはヘルフストに直接言ってくれ」

「言えないよ! 今日は二人をお祝いする日なんだから!」


 プンプンと怒りながら、それを我慢するように飲み込むレンテちゃん。

 見た目は子供でも、長年商人として人前に立ってきた経験が、彼女を大人にしている。

 祝う相手に怒りは向けられない。

 だから今は……。


「私の結婚式があってもお兄ちゃんには教えないよ!」

「なっ、なんで俺だけ! というか結婚式? お前にはまだ早いだろ!」

「そんなことないもん! 私だってもう大人なんだから!」

「いや早い。俺はまだ認めないぞ」


 なんだか娘の結婚に反対する父親みたいなことを言っている。

 そんなエアル君が面白くて、思わずクスリと笑う。

 私の声に気付いたエアル君が顔を近づける。


「俺が怒られるならユリアもだぞ!」

「わ、わかってるよ」

「お姉ちゃんはいいの!」

「なんでだよ!」


 祭りに負けないくらい騒がしく、私たちは歩く。

 次第に祭りの中心からも離れていき、夜の静けさが顔を出す。

 周りにはチラホラと、旅団のメンバーが集まっていた。


「お、来たかよお前ら」

「お待たせしました、ボス。リエータさんも」

「ったく、こういう大事な話は先に伝えておきなさい。段取りがあるのよこっちにも」

「それに関しちゃオレが散々謝っただろう? 機嫌直せって」

「あんたの謝罪なんて耳にこぶができるくらい聞き飽きてんのよ!」

「イタタタアタタタ! 耳を引っ張るな耳を!」


 どうやらこっちにも怒っている人がいたみたいだ。

 計画を最初から知っていたのは、ヘルフストさんから直接相談されたメンバーだけ。

 その後すぐに場所の手配をしてもらうため、イヴェールさんに声をかけた。

 リエータさんにはファスルさんから伝えることになっていたけど、お酒に酔って帰宅する日が続き、伝えるのを二日ほど忘れていたらしい。

 たぶん怒っているのはそのせいなんじゃないかな?


「で、肝心の主役はどこにいるんですか?」

「新郎は中で着替え中だよ」


 そう言って歩いてきたのはイヴェールさんだった。

 式場の手配や段取りの設定、そのほとんどを彼がしてくれている。

 すぐに相談してよかったと、私たちは全員で納得していた。

 イヴェールさんは続けて言う。


「新婦のほうは、夏風のファラに呼びに行ってもらっているところだ」

「じゃあ、予定通り俺たちは中で待機してましょう」

「ああ、席はあらかじめ決まっているよ」


 準備はほぼすべて終わっている。

 私たちがやることは、新郎と新婦がそろうのを待つことだ。


 定刻の十分前。

 招待された人たちが席につき、その瞬間を待つ。

 新郎であるヘルフストさんも、普段とは違う白い服を身にまとい、扉が開くのを待っている。


「なんだかこっちが緊張してきた」

「ヘルフストの緊張が俺たちに移りそうだな」


 彼は見るからに緊張していた。

 いつもより表情に余裕がない。

 なんども唇を舐めているのは、緊張で口が乾いているせいか。

 刻々と時間が迫る。


 そして――


 新婦が入場する。


 ガチャリと開いた扉の向こうから、ウエディングドレスを着て。

 元貴族の気品あふれる姿を見せる。

 全員が見入る。

 バージンロードを一緒に歩くのは、大団長のファスルさんだ。

 本来なら父親がやる役目だけど、代理となればファスルさん以上の適任はいない。

 彼はこの団の生みの親だから。


 システィーナさんがヘルフストさんの元へたどり着く。


「驚きましたよ」

「ごめん。君を驚かせたかったんだ」

「ふふっ、だったら大成功ね。ヘルフ君」


 システィーナさんはニコリと微笑む。

 彼女には今、この瞬間まで内緒にしていた。

 きっと表情に見せないだけで、内心はとても驚いているはずだ。

 いや、それ以上に……。


「システィーナさん、嬉しそう……」

「だな」


 幸せがこっちまで伝わる。

 ヘルフストさんの緊張も和らいだのか、普段通りの優しい表情になる。

 

「汝、あなたは彼女を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?

「誓います」


 よどみなき心を。


「新婦システィーナ、あなたは?」

「もちろん、誓いますわ」


 言葉に変えて。

 

「では、誓いの口づけを」


 二人は向かい合う。

 ヘルフストさんがベールを外し、システィーナさんが見上げる。

 うっとりとした表情で。

 唇を合わせる。

 時間にしては数秒の、短なキスだった。

 でも私には、その一瞬に二人の幸せが詰まっているように感じられて。

 

「ねぇ、ヘルフ君」

「なんだい?」

「私、今とっても幸せだわ」

「――ああ、僕もだよ」


 透き通るような笑顔で見つめ合う。

 会場にいた誰もが感じただろう。

 二人の愛を。

 胸が焦がれるほどの恋を。

 システィーナさんの瞳からは涙がこぼれる。

 もちろん嬉しくて。


「ありがとう、ヘルフ君。今日のこと、一生の宝ものにするわ」

「ボクだけの力じゃないさ。ここまで来られたのは、心強い支えがあったからだ」

「ええ、そうね」


 二人は振り向く。

 同時に、私たちのほうへ。


「ありがとう、皆さん」

「この幸せは、みんなのおかげだ」


 感謝の言葉を口にした。

 私たちは声には出さずとも、同じことを心の中でつぶやく。

 

 どういたしまして。

 私たちも、幸せな気持ちになれた。

 だから……。


 ありがとう。


 どうか二人の未来に、幸あれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載開始!! URLをクリックすると見られます!

『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』

https://ncode.syosetu.com/n9843iq/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ