81.四風祭
十日間の準備期間はあっという間に過ぎて。
年に一度の大行事、四風祭が開催された。
開始の合図は大団長ファスルさんの男らしくよく通る声で。
「これより四風祭を開始する! おめぇら! 盛大に盛り上がって遊びまくれ!」
直後に歓声が沸き上がる。
この日のために準備した人たちの気合いと、わざわざ遠方から足を運んでくれた方々の期待が声になって入り混じる。
こうして始まった四風祭は、開始から大勢の方々が訪れていた。
オータムに暮らす人々はもちろん、近隣の街や村から、遠いところは隣国の都から何日もかけてやってくる。
それだけ有名で期待の大きい行事に、私も初めて参加している。
「なんだか緊張するね」
「いつも通りで大丈夫だよ、お姉ちゃん!」
私とレンテちゃんは春風のスペースで露店を担当する。
普段やっていることと大きく変わらない。
変わるとすれば、並べてある商品の種類だろうか。
いつもはポーションがずらっと並んでいる台に、本日並んでいるのは……。
「わぁ! ねぇねぇあれ見て! すごくきれいなアクセサリー!」
「ホントだ。しかもなんだ? 珍しい形のばかりだし、少し光ってる?」
「いらっしゃいませ! 春風のアトリエにようこそ!」
私とレンテちゃんで考えた露店の名前。
四風祭の日に限り、ここが私たちのアトリエになる。
アトリエ、つまりは錬金術師の研究室だ。
「アトリエ? まさかこれ、全部ハンドメイドなの?」
「はい! 私たちの旅団にはとーってもすごい錬金術師がいるんです! このアクセサリーは全部、その人が作ってくれたんですよ!」
「へぇ~ 錬金術ってこういうアクセサリーも作れるんだ」
「これ! ハートのアクセサリー! すごくかわいい」
男女のカップルだろうか。
最初に来てくれたお客さんが、興味津々に並んだアクセサリーを見てくれている。
なんだか少し恥ずかしい。
「この光ってる宝石はなんだろう?」
「それは天然の水晶と、色のついた花びらを合成して作った金属です。ほんのりですが、素材になったお花の香りします」
私の説明を聞いた女性が、赤い宝石に鼻を近づける。
赤はバラの花びらを使った。
香るのはほのかなバラの香りだ。
「本当だ。いい香りがする」
「詳しいですね。もしかして、これを作った錬金術師さんってお姉さんのことですか?」
「あ、はい。そうです」
「すごーい! これ全部一人で?」
私はこくりと頷いて肯定する。
もちろん素材は春風のみんなに集めてもらった。
特別な素材は使っていないから、一つのアクセサリーを作るための単価も少ない。
実際に手で加工してアクセサリーを作るより、錬金術を用いたほうがより複雑に、手作業では不可能な形を作ることもできる。
「いっぱいあると迷っちゃうな~」
「どれも安いし、ほしい物全部買ってもいいんじゃないかな?」
「それはダメだよ! こんなに綺麗なものなら、きっと私たち以外も気に入るでしょ? 私たちで買い占めたらせっかくのお祭りが台無しになっちゃう」
「確かにな。でも、ここから選ぶのは時間がかかりそうだぞ?」
「うーん、どれも可愛いもんねぇ~」
悩む男女のカップル。
ここまで褒めてもらえるとすごくうれしくて、密かにテンションが上がる。
「ねぇレンテちゃん」
「いいですよ! 最初のお客さんですから、サービスしちゃいましょう!」
私が用件を口にする前に、レンテちゃんは察してくれたみたいだ。
私はコホンと一回咳ばらいをする。
「もしよければ、この場でご希望のアクセサリを作りましょうか?」
「「え!?」」
二人同時にびっくりして目を丸くする。
仲のいいカップルさんだ。
「この場で作ってもらえるんですか?」
「はい。素材と色を選んでもらって、完成のイメージをこちらの紙に書いていただければ」
錬金術の強みの一つ。
それは、必要なものをその場で作れてしまうこと。
素材と錬金術師の技術があれば、大抵のものは即時納品できる。
アクセサリーや装飾品の多くは、個人の趣味や好みで別れる。
既製品はどこか物足りない。
好きなデザインだけど、何かがかけている気がする。
そんな悩みを解消するなら、直接イメージを聞いて作ればいい。
私ならそれができる。
「えーどうしよっかな! どんなデザインが好き?」
「せっかくならお揃いにしたいな。同じものを二つってできるんですか?」
「はい。もちろん。形だけ同じにして、香りや色を分けることもできます」
主となる金属類に加え、すでに水晶と混ぜ合わせた花を二十種類以上用意してある。
あとはこの場で組み合わせるだけで、世界に一つしかないアクセサリーの完成だ。
二人は目を輝かせ、ワクワクしながらデザインを書き起こす。
ハートを主体にしたペンダントを作ることになって、お互いに好きな花や色を選んでもらった。
「じゃあ、今から作りますね」
錬成陣はあらかじめ種類を用意してある。
今回使いのはペンダント用。
細かな調整はその場で、私自身の技量で何とかする。
イメージを鮮明に、形にするため。
錬成の瞬間まで、二人が書いてくれたデザインの紙を見つめる。
「始めます」
錬成をスタートする。
光が包み、素材となったものが消え、新たな形へと変化する。
その工程は、錬金術に詳しくない人からすれば、神秘的でとても綺麗だろう。
二人は見入っていた。
そうしてあっという間に二つのペンダントが完成する。
「すごい……私錬金術って初めて見た!」
「俺もだよ。こんなに綺麗なものなんだな。それにあっという間だ」
「どうでしょう? イメージに近くなっていますか?」
二人にペンダントを差し出す。
「バッチリだね」
「ええ。とっても素敵! これが世界に一つ……ううん、私たちだけのペンダントなんだね」
二人はさっそくお揃いのペンダントを首からかける。
その光景は少し歯がゆく、尊いものだった。