77.お酒の力ってすごい
目の前にはお酒がある。
ファスルさんが勝手に私たちの分も注文したらしい。
「レンテ、お前はダメだぞ?」
「わかってるよ! お酒より果物のジュースのほうが好きだもん」
国によって様々だけど、成人になるまで飲酒を禁止する習慣があったりする。
私が生まれ育った国でもそうだった。
世界各地を旅するエアル君たちにも、そういう習慣はあるらしい。
お酒は美味しいらしいけど、子供の頃に飲むと成長に悪い影響を与える。
「お酒……」
「ん? どうしたユリア、お酒苦手だったか?」
「そういうわけじゃなくて、私、お酒って飲んだことないんだ」
「そうだったのか? ああ、確かにユリアがお酒を飲んでるところ見たことないな」
お酒を飲むと一時的に思考力や判断能力が低下する。
錬金術師にとって、それらの能力が損なわれるのは致命的だった。
一つの理解、判断を誤れば大きな失敗をしてしまう。
だから私は成人を過ぎてもお酒には手を出さないようにしていた。
というより、忙しさも相まって、お酒を飲むような機会に恵まれなかったんだ。
「エアル君はお酒好きなの?」
「俺は普通かな? 強いほうではあるよ。ボスたちが酒好きで、会うたびに付き合わされてたからな」
「そうなんだ。美味しいの?」
「うーん、人によるんじゃないか? 俺はそれなりに好きだけど、嫌いな人も多いよ」
そう言って視線をヘルフストさんに向ける。
確か彼はお酒が苦手だと言っていた。
「僕はお酒に強くないし、味も好きじゃないんだ。何より気持ち悪くなって吐いてしまうのがダメだ。せっかくの料理を戻すなんてありえない」
ヘルフストさんらしい理由だと思った。
お酒には好き嫌いとは別に、強い弱いも存在している。
果たして私はどうなのか。
ちょっと試したい気分になる。
今まで避けてきたものに挑戦するのは、少し勇気がいるけど……。
「飲んでみたらいいんじゃないか? 合わなかったら無理して飲まなくていいしな」
「うん」
エアル君に後押しされて、私はお酒の入ったグラスを持つ。
独特なお酒の香り……ふわっと鼻に入るだけで、なんだか不思議な気分になる。
私はゆっくりと口をつけ、のどに通す。
「お、意外といい飲みっぷりじゃねーか!」
「はぁ……」
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
不思議な味ではあった。
ジュースみたいだけど、独特な香りと後味があって。
喉は潤いながら渇きも感じて、もう一杯がほしくなる。
「お酒、悪くないかも」
「そいつはよかったなぁ! ほしけりゃジャンジャン頼んぜいいぜ! 今夜は俺のおごりだ!」
「ありがとうございます」
ファスルさんのご厚意にあやかって、私はもう一杯お酒を頼む。
また一杯、次の一杯と口に運ぶ。
「お、おい、本当に大丈夫か?」
「平気だよ。ちょっと身体がポカポカするかなぁ」
思っていた以上にいい気分になれる。
どうやら私はお酒が好きなほうだったらしい。
強さもあるんじゃないかな?
気持ち悪さなんて感じないし、むしろとても清々しい気分で……。
「意外だね。彼女、お酒は弱そうな見た目なのに」
「ああ、俺より強いんじゃないか?」
「がっはっは! なんだエアル、お前女の子に負けてんのか? 情けねー奴だなぁ」
「別に競ってませんからね」
お酒が美味しい。
一緒に食べるおつかみも。
晩酌する人たちの気分が初めて理解できた。
こんなの止められないよ。
「つーかエアル! お前もそろそろ相手を見つけたらどうだぁ?」
「何の話ですか?」
「とぼけんなって~ ヘルフストが妻帯者になったんだぞ~ 順番的には次はお前の番だろぉ」
「どうして俺なんですか! 年齢とかでいうなら俺よりボスたちのほうが」
「バーカ! こういうのは若い奴から順にめでてー話があるほうが盛り上がるんだよ!」
「どういう理屈ですか……」
「諦めろエアル。今のボスに何を言っても無駄だ」
エアル君とヘルフストさんが呆れている。
何の話をしてるのかな?
声は聞こえるけど、上手く頭が整理できない。
なんだかぼーっとしてきた。
「お姉ちゃんまだ飲めるんですか?」
「うん。全然いけるよ」
レンテちゃんが心配そうに見ている。
次に一杯で終わりにしようかな?
「気になる奴とかいないのか? なんなら俺が探してきてやろうか? お前にピッタリな女の子」
「い、いや大丈夫ですって」
「遠慮するなって! お前はいい男なのにそういうところで遠慮するからダメなんだぞ? さっさと恋人でも作っちまえ! なぁヘルフスト!」
「うっ、そうですねぇ。エアルもそろそろ浮ついた話の一つくらいあってもいいとは思うかな?」
「お前……」
ヘルフストさんが強気な表情を見せる。
妻帯者の余裕というものだろうか。
困っているエアル君はなんだか可愛いと思う。
でも、なんで困っているのかな?
「いいのかお前? このままじゃヘルフストにも負けてるぞ? 男として!」
「別に勝敗が大事なわけじゃ」
「負け惜しみか?」
「くっ……ちょっと前までウジウジしてたくせに」
「それも含めて、彼女への愛だ」
愛、彼女……?
エアル君が悔しそうな顔をしてる。
「ほら素直になれって。女は俺が探してきてやるから」
「結構です! 恋人くらい、俺もその気になれば作れますから」
「へぇ、言うじゃねーか! ホントにやれんのか?」
「できますよ! 次の四風会議までには作ってきます! それなら文句ないでしょ!」
エアル君が珍しく声を上げている。
恋人?
エアル君が……恋人を探してる?
誰かが……エアル君の恋人になって……それは、なんだか……。
「その時は驚かないでくださいよ。絶対いい恋人を――」
私は彼の服の裾を掴んでいた。
「ユリア?」
「……ダメ……私が、いるでしょ?」
あれ?
私……何を言ってるんだろう?
頭がぼーっとして、すごく……眠たい。
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、見たことがないほど顔を真っ赤にしているエアル君だった。
「スゥー……」
「寝ちゃいましたね、お姉ちゃん」
「……ああ」
ユリアはエアルの肩に頭をちょこんと乗せて眠っている。
気持ちよさそうに、幸せそうに。
「お酒の力ってすごいな……ユリアのあんな顔、初めてみた」
「ふっ、どうやら余計なお世話だったみてーだな? なぁヘルフスト」
「ですね。この調子なら、四風会議まで待つ必要もなさそうだな? エアル」
「……かもしれないな」
眠るユリアの髪に触れる。
愛おしさに頬が緩む。






