8.もっと怒ればいい
夕食を済ませ、お店の中が静かになる。
店を閉める時間には少しだけ時間があるらしい。
他の団員たちは気を利かせてくれて、先に宿へと戻っていった。
店員さんを除けば、今は私とエアル君、それにレンテちゃんしかないない。
私は二人と向かい合う形で座っていた。
「えっと、どこから話せばいいかな」
最近に起こった出来事が原因で今に至る。
だけど、元を辿れば家が没落した時からだろうか。
それだと話が長くなってしまうな。
「長くなってもいいかな?」
「もちろん」
「夜はまだまだこれからですよ!」
そんな気遣いは必要なかったようだ。
見ず知らずの私に手を差し伸べてくれた人たちだ。
小さなことは気にしないのだろう。
だから私も遠慮なく、腹を括って語った。
「私は――」
生まれた場所、家柄。
家が没落して一人になり、生きる道を模索した先で錬金術師を選んだこと。
数年にわたって勉強して、ようやく念願だった宮廷付きになれた。
王宮での扱いは良くなかったけど、支えになってくれる人がいて……でも、それは全部嘘だった。
何もかも失って、また一人ぼっちになったこと。
最後まで話し終える頃には、話し始めた頃の元気はなくなっていた。
自分のことながら、本当に酷い話だ。
「なんだよそれ! ひどすぎるじゃないか!」
「本当ですよ! ユリアさんは何も悪くないのに!」
二人にも、同じように聞こえたらしい。
少し安心した。
私が抱いている感情は、なにも特別なことじゃないのだとわかって。
「話聞く限り、ユリアの実績を全部横取りされてたってことだろ?」
「そうなるかな。私も初めて知ったけど、今までもそうだったみたい」
「あり得ないだろ? しかもそれに一国の王子が絡んでて、挙句にバレたら濡れ衣着せられて追放とか……」
「そんなの王子様じゃなくて犯罪者ですよ!」
レンテちゃんが感情のままに叫んだ。
大通りでは絶対口に出来ない言葉だし、私は本人を知っているからこそ言いよどむ。
代わりに叫んでくれて、少し清々しい気分だ。
「ユリアはそれで納得したのか?」
「え?」
「そんなことまでされて、納得できたのか?」
「そ、そんなの無理に決まってるよ。納得なんて出来るわけない」
でも、どうしようもなかった。
真実を知っていても、どれだけ声を大にして叫んでも、誰にも響かない。
私の言葉より、陛下は王子の言葉を信用する。
あの場に私の味方はいなかったんだ。
嘘を見抜いてしまった時点で……いいや、彼を信じてしまった時に、こうなる未来は決まっていたのかもしれない。
私は知らない間に、彼と彼が愛する者のために頑張っていたみたいだから。
そう思うと……
「馬鹿みたいだよね……本当にさ」
私の努力も、成果も。
知らない間に吸い取られて、利用されていたんだ。
ただ家柄が優秀で、私よりも小綺麗な服を着ているだけの相手に。
それしか見ていない浅はかな男に。
王子だから信じてもらえて、名のある貴族だから優遇されて。
王宮では当たり前に、そんな馬鹿げた流れが常にあった。
「怒らないんですか?」
「え?」
そう言ったのはレンテちゃんだった。
私を見つめる彼女の目は静かに怒っているよう。
手も少し震えている?
「そこまでされて、ユリアさんは怒ったりしないんですか?」
「お、怒るって言われても……」
「悔しくないんですか?」
「……悔しいよ。頑張ったのは私なのに、全部横取りされて」
悔しいと思う。
追い出されたばかりの頃は悲しさが勝っていた。
でも今は、ふつふつと怒りが湧いてくる。
お腹もいっぱいになったからかな?
「だったら怒って良いと思います! ふざけるなーって言えばいいんです!」
「そうだな。俺もそう思うよ。ユリアにはその権利があるだろ」
そうかな?
そうなのかな?
私は……怒ってもいいのかな?
頭の中で、今日までの人生を振り返ってみる。
良いことよりも悪いことの方が多かった。
楽しいことよりも、辛いことのほうがたくさんあった。
それでも懸命に生きた。
天国にいる二人に安心してもらえるように。
幸せだと言えるように。
自分に出来ることを探して、磨いて、たどり着いた場所だったんだ。
それを奪われて、努力まで否定されて。
こんなの――
「ありえないよ!」
そうだ。
ありえない。
こんな仕打ちはあんまりだ。
「頑張ったのは私なのに! ずっと一人で頑張って、夜遅くまで研究してやっと出来上がった物だってあった! それも全部、全部取られて、ふざけないでよ!」
「そうですユリアさん! その意気です!」
「良い声が出てるな。好きなだけ発散すると良いよ」
二人に見守られながら、聞いてもらいながら。
私は胸の内からあふれ出る怒りを発散した。
声にして、言葉に出して、好きなだけ叫んだ。
言葉にするほど腹が立ってくる。
王子の優しい笑顔も、ミーニャさんの得意げな顔も、今の私には怒りを加速させるスパイスだ。
散々出せるだけ怒りを発散して、声が枯れそうになった。
勢いばかりに叫ぶと呼吸も乱れる。
「はぁ、はぁ……」
「良い怒りっぷりでしたね!」
「そ、そうかな?」
「はい!」
終わってみると恥ずかしさが押し寄せる。
「ならユリア、もし良かったらなんだけど」
顔が赤くなるのを感じていると、エアル君が私に言う。
「うちで働かないか?」